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この真っ白い空間、事故直後に見た場所と同じだ。ってことはこれ、夢か?
そういえば、怪我がないし髪も短いな。もしかして元に戻ってる?
いや、俺の身体にも怪我はあるはず。今の俺は無傷で、痛みもない。うん、夢だな。
「………おー………!……………ぉい!!
聞……ない……か………!!!」
また声がした。気のせいではなさそうだが、途切れ途切れでどこから聞こえてくるのかわからない。
「………トさん!ユウトさん、ですよね!聞こえますか!」
「だいたい7時の方向だ!振り向け!」
お、今度ははっきり聞こえた。しれっと名前を呼ばれてるけど、知らない声だ。
「7時の方向?それどういう意味ですか?」
「む?あぁ、この表現では通じんか?」
叫んでいなくても会話がはっきり聞こえるようになってきた。今のところ、俺への敵意等は感じない。
7時の方向………見つけた。人影が二つ。あの時の、俺と同じ顔をした二人のようだ。でもちょっと遠いな。
「あ、こっち向きました。」
「行きたい方向へ動くイメージをしろ!それだけで動ける!」
イメージ?二人がいる方へ進めー。あ、ほんとだ。移動は簡単だった。
一ヶ所にじっとする方が難しいかも。何にかはわからないけど、流されるような感覚がする。おっとっと。
俺が空中でもたついていると長髪の俺がそばに来て、背中に手を回して支えてくれた。紳士だ。俺の顔をした紳士がいる。
「ユウトだな?慣れるまでは俺に掴まっていて構わんぞ。たまに強く流されるから気をつけろ。」
「あ、ありがとうございます。あなたはヒューバートさん、ですよね?」
「敬語は無しだ。せっかく堅苦しい身分制度のない所にいるんだから、楽に話せ。呼び方もヒューでいいぞ。年もそんなに変わらんだろう?」
ヒューバートさんが想像より気さくで驚いた。ステラが研究室に引きこもる魔術馬鹿みたいに言ってたから、てっきり気難しい学者タイプかと思ってたのに。
ただ、そのフレンドリーさがヒューバートさんの堂々とした振舞いと合わさると、若干偉そうというか高圧的にも見えて小市民の俺はちょっと腰が引ける。
彼は研究室の最年少副室長?らしいし、実際にすごい人なんだろう。その自信が所作に表れている。
「………嫌、だろうか。無理にとは言わんが。」
あれ、なんか急に不安気に………あぁ、俺が返事せずに固まってるからか、すみませんでした。
でも個人的にはこちらの方が話しやすいかもしれないな。貴族的な雰囲気が薄まって、何というか、顔立ちも相まってより俺っぽくなった気がする。
「ごめん、ちょっと驚いただけで嫌なわけじゃない。じゃあ普通に話すね。よろしく、ヒュー。
えーと、もう一人の………そっちの君は?」
「俺は、えと、名前はない、です。なくても特に困らなくて。その………」
こちらはヒューと正反対、俺を警戒して少し肩を強ばらせている感じだ。ほぼ初対面だし警戒はある程度仕方ないと思うけど、腰のナイフに手をかけるのはやめてほしい。
「今までは互いしかいなかったから、名前を呼ばなくても困らなかったんだ。だが、三人いるとさすがに困るな。
なぁ、何か名前の希望はないか?通称名や呼び名なんかもないんだったか。」
「呼び名もないです。通称って言ったらヤマイヌとか、シュヴァルツシュピネとかキリングドールとかですか。他にもなんか色々呼ばれてるみたいですけど意味がわかりませんし、それは名前とは違うんですよね?」
何その二つ名みたいなの。中二心が疼いちゃうじゃん。
ってかキリングドールって、一体何したらそんな通称が………俺も人の事は言えないか。黙っとこ。
「名前がどういうものなのかわかりませんし、適当に決めてもらえれば………」
「いいのか?今まで適当に呼んでいた俺が言えることではないが、名は大事だぞ?
お前が良いと言うなら、そうだな………ファウストとかどうだ、格好いいだろう!昔の偉大な魔導士の名だ!」
「ファウストか。俺の世界にも同じ名前の、魔術士や錬金術士として有名な人がいるよ。祝福された者、みたいな意味だったはず。」
ゲーテの「ファウスト」とか有名だよね。
好きなゲームキャラの元になった話って聞いて一度読んでみようとはしたんだけど、話が暗いわ文体が古風過ぎるわで挫折した。
「ん?ユウトの世界にも魔導士はいるのか?魔法が使えないと聞いていたんだが。」
「いないよ。もしいたとしても、一般的に存在は知られてない。言い伝えとか、物語の中にならよくいるかな。」
ファンタジー物に限れば、いないことの方が少ないと思う。
あれ、そういえば神社のお祓いとか祈祷って魔法に含まれるのかな?魔力=霊力?うーん、魔法の定義とは………
「俺、そんなに魔法上手くないですよ?せいぜいお湯沸かすのに使ってるくらいで。」
「む、そうなのか。俺とユウトは名の最後に「t」の音がついているから、揃いにできるかとも思ったんだが。」
「それは………ちょっと嬉しいかも、しれないです。
特にこだわりはないですし、その名前にします。」
そう言って彼はふにゃりと笑った。事故の直後から今まで固い表情しか見たことがなかったが、笑うと印象ががらっと変わるな。俺とヒューも同じ顔なのに雰囲気はまるで違うから、なんだか不思議な気分だ。
じゃあ、名前はファウストで決まりかな。格好良いし、俺もいいと思う。
………俺の名前、最後は「to」だけどね。
「よし!改めてよろしくな、ファウスト!」
「はい、ありがとうございます、ヒュー。ユウトさんも、よろしくお願いします。」
「あ、俺のことも呼び捨てて、敬語も無しで。俺も呼び捨てで呼んで良い?」
「すみません、この口調以外で話すの苦手なんです。
それで、えと、呼び捨てって名前だけで呼ぶことですよね。じゃあ、俺のことは呼び捨てしてください。俺もユウトって呼びます。」
「わかった。よろしく、ファウスト。」
「ファウスト………俺の、名前。ふふっ」
ファウストはなんか、笑うとかわいい感じがするな。守ってやりたい後輩感というか、弟感がある。
………あ!なんかほのぼのと話しちゃってたけど、のんびりしてる場合じゃなかった!夢から覚める前に俺の、俺達の身に何が起きてるのか聞かないと!
「ユウト、考えてることは大体想像がつきますけど、焦らなくても大丈夫ですよ。俺達がここにいる間は時が止まってるみたいなんです。ヒューの時計は動くんで経った時間はわかりますけど。」
「この時計が正しいかはわからんが、体感的にはあっていると思うぞ。」
「時が、止まってる………?」
二人の話によると、眠ると時々夢の代わりにここへ来ることがあるそうだ。どういう条件でそうなるのかは謎だが、帰る時は帰ろうと思うだけで帰れるらしい。
そしてここにいる時間の長さに関わらず、目を覚ますと大抵いつもの起床時間なのだそうだ。睡眠時間より明らかに長くここにいたとしても。
前に一度、ここにいつまでいられるのかを二人で確かめようとしたことがあるらしい。するといつまで経っても眠気は来ず、ヒューの時計で丸一日経ったころにファウストが全身だるいと言い出し、そこから二人の自我の境が徐々に曖昧になって混ざりそうになったとのこと。意味がわからない。
二人もそれ以来、話はほどほどにして帰るようにしているそうだ。
自我が混ざるって話はちょっと怖いけど、帰るタイミングは自分で決められるのか。それに、一日はいても大丈夫ってことならゆっくり話せるな。
「とりあえず、今俺達に起きていることで、わかっていることをユウトに説明しよう。
まず俺達は全員、元の世界で大怪我を負ったようだ。その拍子に、いわゆる魂と呼ばれるものが入れ替わったのではないかと考えている。
今ユウトの身体にはファウストが、俺はファウストの身体にいる。名乗る前から俺の名を知っていたのだから、ユウトは俺の身体にいるんだろう。
そうだ、ユウトの身体は無事だぞ。片脚の骨にひびと、全身に大きな打ち身がいくつかできていたくらいだそうだ。強い衝撃を受けて昏倒したようだが、後遺症はない………んだな?ファウスト。」
「はい。手当てしてくれた人に、相変わらず意味わかんないくらい丈夫な身体ですねぇって言われました。」
………その言い方、外科の東先生だな。
「えと、車にはねられたのはユウトもわかってると思うんですけど、それは運転してた人が突然気を失ったからだそうです。「どられこ」が見てたって。その人も死んでないですけどまだ起きてもないです。
俺とヒューは入れ替わった後、何回かここで、夢の中で会ってお話してます。ユウトだけずっと来なくて、もしかしたら死んじゃったのかもって話してたので、会えて良かったです。
ヒューも、身体が生きてるってわかって良かったですね。」
「ああ、俺は死んでいてもおかしくなかったからな。
………少し話が飛ぶがユウト、お前はこの状況をどう思っている?元に戻りたいと考えているか?」
「え、そりゃそうでしょ。魔法使えるのはちょっと魅力的だけど、この先ずっとヒューとして生きるとかさすがにちょっと無理。」
フィクションならともかく、実際に一から別世界で生きるのは大変過ぎる。既に白米が恋しくなっているくらいだ。塩むすび食べたい。
「まぁ普通そうだろうな、俺達も同じように思っている。次の話をする前に、一応お前の意見を確認しておきたかっただけだ。では話を進めよう。
全員で元に戻るためには、お互いの身体を無事に生かしながら元に戻る方法を探す必要がある。まずは各々怪我を治すのが最優先だが、それぞれの世界のことをもっと知らなくてはならない。俺達の世界のことを教えるから、ユウトの世界について俺達に教えてほしいんだ。」
ヒューはこの先やるべきことを色々と考えているようだ。その思考力はさすが研究者という所だろうか。
今まで自分がどうなってるのかわからなくて不安だったけど、この三人で中身が入れ替わってたんだな。俺の身体が生きているというのも聞けたし、同じ目に会っている人が他に二人もいてちょっと安心した。元に戻りたいと思ってるのも共通みたいだ。
さて、二人に俺の世界のことを教えると言っても、何から教えれば………あ、そうだ。
「俺、ヒューの記憶を少し見られたんだよね。だからファウストは俺の、ヒューはファウストの記憶を見られるんじゃないかな?全員がお互いに口で説明するより、そっち見た方が早いかも。」
「え、本当ですかそれ。」
「………見るのは最近の記憶だけにしてね?恥ずかしいから。」
「わかりました。」
ヒューの記憶を勝手に見ておいてだけど、その………あんまり見られたくないあれこれがあるんだよね。暗黒の歴史が。
「記憶は全部見られるわけじゃないみたいだけど、かなり助けにはなると思うよ。ヒューの家族構成とか肩書きとかもそれで知ったんだ。勝手に見てごめん、ヒュー。」
「構わん、使えるものは使えばいい。………あまりに個人的な記憶は避けてもらいたいが。」
はい、気をつけます。
「それにしても、そんなことができるとはな。何だか面白そうだ、早速やってみるか!」
おお、ヒューの目が輝きだした。漫画ならきっと「わくわく」という文字が周りにたくさん浮かんでいる。良く言えば好奇心の塊ってステラが前に言ってたもんな。
「ちょっと待ってくださいよヒュー、それって見られるの俺の記憶ですよね?」
「お前も俺みたいなものなんだ、少しくらい構わないだろう?個人的な記憶は勿論避けるつもりだが、駄目か?」
「駄目、とは、言いませんけど………なんか、恥ずかしいっていうか………その………別に見てもいいですけど………」
嫌なら嫌って言っていいんだよ?
………ん?お前も俺みたいなものっていうのは何?見た目の話?ジャイアン理論の亜種?
「ああ、俺達は顔がほぼ同じだろう?
俺のいた国に、異世界には自分と同じ魂を持った人間が生きている、という有名な話があってだな。実際に異世界から自分にそっくりの人物が迷い込んできたという例もいくつか確認されている。
その人物は顔立ちがよく似ており、魂の力と言われる魔力がほぼ同量、属性適性まで同じと言われていてな。俺の世界では「異世界の同一人物」と呼ばれている。昔の学者はイソス、とかいう呼び方をしていたらしいが。」
あー、そういう設定の小説とか漫画はあるよな。
信じられないと言いたい所だけど、実際目の前に二人も自分がいるし………
「俺も話を聞いたことがあるだけだったが、実際に俺達の顔立ちはほぼ同じ。見る限り、魔力の量も質も同じようだ。」
「つまり、俺達三人は同じ魂を持つ………?」
「はい、異世界の同一人物、だと思われます。」