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変装を解いて軍本部の前に到着したが、入口付近に何やら人だかりができていた。何、誰か揉めてる?
「今こちらに向かっておられるので、中でお待ちください侯爵様!!どうか落ち着いて!」
「娘の居場所に関する手掛かりはこの者だけなのだ!早く解呪を!」
侯爵様?かなり切羽詰まった様子だが、娘さんに何かあったのだろうか。
「………!」
侯爵様に連れられた金髪の少女が、枝で地面にガリガリと文字を書いている。あの子が娘さん?いや、「娘の居場所の手掛かり」だから違うな。
少女は声が出せないらしく、口を動かしても息の音しかしない。それで文字を書いているのか。
「girl」「kidnaped」「dragon」いくつか単語はわかるけど………もっとちゃんと勉強しとけば良かった。文法と熟語がどうも苦手で。
「えっと、女の子が誘拐されたってことなのかな。southwestは南西、あとは山………ヒュー、ドラゴンって人さらうの?」
「何を言っている………ユウト、あの文字が読めるのか?俺は微妙に読めそうで読めないんだが。
日本語ではなさそうだが、ユウトが知る言葉ならお前の世界からの迷い人かもしれんな。」
「え………あ、そうか!」
この国の言葉は英語っぽいけど英語じゃないんだった!
「すみません!俺、その子の書いてる言葉が少しわかるかもしれません!」
「何だ君は………後ろにいるのは、ウィリアムズ家の!」
「ご無沙汰しております、侯爵。」
「同じ顔立ち。では彼が………」
「………。」
ん?なんか、ちょっとぎくしゃくしてるな。態度を見るに、侯爵様はヒュー監視派の人なのだろうか。
もしかして、声掛けない方が良かった?困ってるのかと思って深く考えずに話しかけちゃったけど………
「突然お声掛けして、申し訳ありません。彼女が書いている文章を、彼が読めるようです。私を警戒なさっているのは存じておりますが、緊急のようですので」
「頼むっ!!」
「こ、侯爵………?」
「今までの態度を考えれば断られても仕方ないが、このままでは、ジュリアが………」
台詞を言い終わる前に鬼気迫る表情で頼み込まれ、ヒューが気圧されている。
あまり関係が良くないと思われる相手にここまで必死で頼み込むとは、娘さんのことがそれだけ心配なんだろう。
「………読めるのは私ではなくこちらです。ユウト、頼めるか?」
「わかってたけど、責任重大だね………頑張るよ。」
完璧に英語読めるわけじゃないけど、出来るだけのことはやってみよう。俺の言葉はペンダントで通じるはずだし。
一心不乱に字を書き続けている少女に気づいてもらうため、こちらもしゃがんでそっとその肩を叩く。
「!」
「すみません………えっと、何て聞こうかな………あの、英語圏の人ですか?俺は少しだけそれを読めるので、同じ世界の出身だと思うんです。」
「………!」
お、また地面に何か書き始めたな。どれどれ。
『日本人?』
………予想外の返事が来た。でもこれは好都合だ。
「はい、日本人です。何があったか教えてください。」
「ユウト、紙とペンだ。これに書いてもらえ。」
「ありがとう。これ使ってください。」
少女は頷くと、日本語で状況を説明し始めた。
『祖母の家の近所で池に落ち、気がついたらこの世界にいた。それからしばらくは自分を見つけてくれた人が住む村でお世話になっていた。
その人に手伝いを頼まれて森に入ると、よくわからない集団に捕まってしまった。その数日後、自分そっくりの少女がそこに連れてこられた。
さらに数日後、今度は捕まっていた場所ごとドラゴンのような生き物に襲われた。
どさくさに紛れて手足の拘束を解くのには成功したが、他に捕まっていた子ども達をおいて逃げることはできないと、自分似の少女に助けを呼んでくることを頼まれた。その少女は、最後に見た時は魔法を使って子ども達を守っていた。
この街までたどり着き、少女の父親に何とか見つけてもらえた所だが、言葉が通じないし声も出なくて困っていた。
少女達と別れてから丸一日以上経っているから、急いで助けに行って欲しい。』
「………だそうです。大変でしたね。」
かなり要約したけどね。言いたいこと、覚えていることをとにかく全部書こうとしてくれたようだ。紙追加するとは思わなかったよ。
紙の端にいつの間にか「説明下手くそでごめん、ちょっと今パニックで」と走り書きがされていた。
「十分伝わりましたよ、ありがとうございます。大丈夫、あとは任せて。」
あ、若干涙目だけど笑ってくれた。かわいい。
「彼女が言う自分に似た少女というのは、十中八九私の娘だ。あの子が行方不明になってからもう五日になる。急がなければ。」
「地図も描いてくれたみたいです。ヒュー、これどこかわかる?」
「王都の南西、おそらく、俺が今朝大きな魔力を感知した辺りだ。侯爵のおっしゃった通り、急がないとまずいだろう。」
「っ………!はぁっ………!」
少女の顔色が徐々に悪くなってきている。怪我とかしてるのかも。病気かもしれない。
「大丈夫ですか?お水もらってきましょうか。熱とかはなさそうだけど………」
「ふむ………首に呪具の輪をつけられているな。これが彼女の体力と声を奪っているようだ。俺が解呪してみよう。侯爵、早くご令嬢の元に助けを向かわせてください。」
「あなたが行きなさい、ヒューバート!」
「!」
軍本部から剣を抱えたローレンさんが飛び出してきた。
「ユウト君、突然で悪いけどあなたも行ってくれない?私の独断で動かせる前衛が今いないの。武器はこの剣使って、軍の支給品だから損耗は気にしなくていいわ。」
「え、俺ですか?行くのはいいですけど………今の話全部聞いてたんですか?」
「監視水晶っていうのがあって、私はいつでもどこからでもここの様子を見られるし会話も聞けるの。
そんなのどうでも良いからヒューバート、ユウト君連れて近くまで転移しなさい、1秒が惜しいわ。例の連続失踪事件に関わりがあるかもしれない。保護だけなら二人でも出来るわよね。」
連続失踪事件なんて起きてるのか。
世界同士の衝突の危機は知っていても、各世界で起こっている事件はあまり知らない。俺はこの世界の新聞とか読めないし。
「そんな事件知らないのですが。」
「あなたは最近ここにいなかったんだから当然よ。」
「あと、護衛達を全員連れて行く余裕はありません。」
「緊急だもの、構わないわ。追いかけたいと言うなら転移先まで自力で走らせなさいな。時間がないから魔導研究室長として指令を出すわよ。
ウィリアムズ第一研究室長、銀の三ランク冒険者ユルギスと協力して、エクセルシス侯爵令嬢及び被害者達を保護しなさい。余裕があれば犯人の捕縛、もしくは討伐。あくまでも保護が最優先よ。いい?
ユルギス、この紙は緊急依頼用。終わった後にギルドに出せば正式な依頼として受理されるわ、持って行って。」
ローレンさんの凛とした姿に、仕事中の母さんが重なる。聞くだけで背筋が伸びて気合いが入るような、その場の空気が引き締まるような声が響いた。
「………ユウト、断ってもいいんだぞ。」
「行くよ。運動能力にだけはそこそこ自信あるし、聞いちゃったからには放っとけないって。」
ローレンさんに差し出された紙を受けとる。予想外だけど、早速の初依頼だ。
「ありがとう。室長、その指令、しかと承りました。」
「着いたら状況をこちらに教えて、必要なら応援を出すわ。」
………あれ?そういえばローレンさん、なんでもう俺のランクと偽名知ってんの?今から伝えに行く所だったのに。
「この子の解呪は私が引き受けるわ。言葉がわからないと困るからあなたの翻訳ペンダントを置いていって、今はいらないでしょう?この子の分はこちらで複製するから。」
「わかりました。これも渡しておきます、改良版翻訳ペンダントの設計図です。魔法石は上級で。」
「これはまた………とんでもなく複雑ね。」
やっぱすごいんだ、あのペンダント。
設計図を渡した後、ヒューはペンダントを外そうと首の後ろに手を回した。やたらジャラジャラ、ガチャガチャと音がする。
「あー、少し待ってください、絡まった………」
「見せて、外すから………ちょっとヒューバート、あなた首にいくつ物をかけてるのよ馬鹿じゃないの!?一旦全部外しなさい!!」
「ひ、引っ張らないでください室長、首絞まる………!」
本当だ、翻訳ペンダント以外にも色々首にかけてる。
おしゃれではなさそうだし、あれ全部魔法道具とかなのかな。急いでいる時に限って絡まるよね、ああいうの。
ヒューがローレンさんに段ボールペンダントを無事に外してもらうと、侯爵様とその部下らしき三人が近づいてきた。
「ウィリアムズ副室長、私と部下も連れて行ってもらえないだろうか。黙って待つだけなど耐えられない。
我々に何かあっても責任は問わん、君の指示にも従おう。」
侯爵様も?部下の人達はともかく、侯爵様が直接行くのはどうなんだ。
「荒ぶるドラゴンと鉢合わせる可能性がありますが、それでもいらっしゃいますか。」
「娘がそこにいるのだろう、尚更行かなくては。………頼む。」
侯爵様の目の下には隈が見える。娘さんが消えて五日と言っていたから、その間ずっと必死で探していたんだろうか。
「………私とユウトを含めて六~七人まででしたら何とか。
ユウト、魔力を借りていいか。同じ魔力だから楽に借りられるはずなんだ。」
「いいよ、俺はそんなに魔力使わないと思うし。どうすればいい?」
「助かる、お前は立っているだけでいいぞ。侯爵、もう少し私の近くに。連れて行くのはそちらの三人ですね。」
「………恩に着る。」
右手に杖を構えたヒューが空いている左手を俺の肩に乗せると、足下に大きく複雑な魔法陣が浮かび上がった。
身体から魔力が急速に抜けていくのを感じる。………だいぶ抜かれたな、結構な大魔術なんじゃないか?これ。
ヒューは真剣な表情でぶつぶつと何かを呟き、流れる魔力で長い髪はなびき、その足下では魔法陣がさらに緻密に組み上げられていく。すごい、大魔導士って感じだ。
「行くぞ!」
ヒューの声が聞こえると同時に、辺り一面が光に包まれた。
思わず閉じた瞼をゆっくりと開くと、目の前には鬱蒼とした森が広がっていた。奥からは強い魔力を感じる。
わぁ、本当に瞬間移動した。満タンだった俺の魔力が四分の一くらい持っていかれた気がするし、ヒューが肩で息をしているから相当大変な魔法のようだ。
「ヒュー、大丈夫?」
「はぁっ、はぁ………問題ない、ほとんどユウトの魔力を使ったから、余力もかなりあるぞ。
この濃い魔力はドラゴンで間違いないだろう。なるべく目立たず、かつ急いで進まなければ。機動力を考えると、応援はない方がいいか………よし。」
ヒューがぶつぶつと喋りながら小さな紙にさらさらと何かを書き、たたんだそれをぐっと握ったかと思うと紙が消えた。
何今の、てじ
「室長に状況を知らせただけだ、手品の類いじゃないぞ。」
思考を先回りして読まれた。
「侯爵、大勢ではドラゴンを刺激してしまいますので、一先ずここにいる者のみで救出に向かいます。隠密魔法をかけてもよろしいでしょうか。」
「いや、こちらにも魔導士はいるから彼にかけてもらう。」
「………わかりました。」
気まずい。さっきからヒューと侯爵はお互いに微妙に視線をずらして会話している。
さっきローレンさんが侯爵様の娘さんのことを「エクセルシス侯爵令嬢」と言っていた。俺の記憶が正しければ、昔ヒューの魔法でご令嬢が倒れてしまった監視派筆頭の家だ。もしかしたら、攫われたのはその時倒れたご令嬢本人かもしれない。
二人がぎくしゃくしているのは十中八九そのせいだろう。今は娘さんの命がかかっているから、仕方なく行動を共にしている感じだろうか。
当然だが、ヒュー以外の全員が俺にも視線をちらちらと飛ばしている。さっき侯爵様が俺を見て同じ顔立ちだとか何とか言っていたので、俺がヒューと同一人物で魔力量が同じであることも察しているだろう。
ただでさえ警戒していたやつが二人になったりしたら、警戒も二倍だよなぁ。監視の目的もあってついてきたんだと思う。
「………その、君の魔法を信じていないわけではない。転移は君にしか出来ないし、ドラゴンがいるなら尚更君の魔力は温存するべきだ。こちらの魔導士も優秀ではあるが、ドラゴンに有効な魔法はあまり使えない。」
「お気遣いありがとうございます。行きましょう。」
侯爵は一応、歩み寄ろうとしているのだろうか。散々避けたり監視つけたりしておいて必要な時は機嫌窺って利用するのか、と思わなくもないけど。
対するヒューは塩対応、食べたら一口で高血圧になりそうなくらいの塩っ気だ。まぁ、これは仕方ないと思う。
ちらっと侯爵様の部下の方を見ると、全員無表情ではあるが侯爵様とヒューの冷えきった雰囲気で居心地が悪そうにしていた。俺も正直ちょっと離れたい。
ずっとこの空気のままなのかな、気が重いよ。




