44
起きてすぐにシキから聞いた情報を紙にメモする。あんなもんずっと覚えてられるか。
えっと、この湿地帯のボスはヒュドラっと………シキの話ではこいつも普段は温厚ってことだけど、温厚なヒュドラっていまいち想像できないな。
バタン!
「ユウト、王都の南西に何かいる!!徐々に近づいてきている気が」
「落ち着くんだ、ヒュー。
朝から騒いですまないね。ヒューの探知に何か大きな反応があるらしいんだ。まだ遠いみたいで、軍からの注意勧告なんかは来ていないんだけれど、ユウト君にも感知できるかい?」
寝間着姿のウィリアムズ兄弟が部屋に飛び込んできた。ヒューがこの時間にちゃんと起きてるなんて珍しい。
えーと、ここから南西?魔結晶はここからほぼ真南だから、結晶からは大体西かな。
「ハロルドさん、俺魔力量はヒュー並みかもしれないですけど、魔力感知は下手ですからね。
それからヒュー、その反応って山岳地帯の方だよな?シキに話聞いてないの?」
「ん?あぁ………あの後は観測装置の話題で盛り上がってしまって、それ以外の話はできずに帰ってきたんだ。」
………魔術オタクを二人きりでおいて帰ったのは間違いだったか。
「気がついたら思いの外時間が経っていてな。慌てて帰ろうとしたら、言おうとしていたことはユウトに話してあるから、起きたら話を聞けと言われた。探知をしっかりやれとも言われたから範囲を広げたら、あの大きい反応があったんだ。シキの話はあれについてなんだな?」
「シキというのは、人名かい?」
「前に説明した、世界の狭間にいる俺達の協力者です。ファウストの世界から帰る時に、外から穴を開けてくれる手筈になっていた。」
「あぁ、そういえば名前は聞いていなかったね。」
ヒューは魔法関係の技術とか大好きだし、シキは人に何か教えるの好きみたいだから二人揃って暴走しちゃったんだな。止めるやつもいなかったし。
シキも気をつけておいて、と言っていただけだった。こんなにすぐ動くとは思っていなかったんだろう。
「ヒュー、その反応は多分ドラゴン。最近挙動不審だから気をつけてって言われたんだ。他にもいるから、忘れないうちにメモしてた所。ほら、こんな感じなんだけど………」
「ほらと言われても、日本語は読めんぞ。」
「そうだった。じゃ口頭で。」
シキに聞いた話を、ヒューにこちらの言葉でメモしなおしてもらう。世界の狭間ではメモなんて取れなかったから、口で唱えまくって覚えてきた。百回は唱えていたので、間違えてはいないはず。
「これ、冒険者ギルドの情報に近いね。あそこのドラゴンは人と友好的なはずなんだけどな。」
不意に手元が暗くなったので見上げると、ハロルドさんが俺とヒューの後ろからメモを覗き込んでいた。あ、ちょっと髭生えてる。
「ふむ………知らない情報もあるし、警戒を呼び掛けた方がいいかもしれない。」
「ハロルドさん、冒険者ギルドの情報まで知ってるんですか?」
「私とヒューは冒険者ライセンスを持っているからね。はじめは市井で流れている情報を集めるのが目的だったんだけど、依頼受けるのも結構楽しくて。」
何でもありだなこの人。っていうか何気にヒューも冒険者なんだ………え、あの運動神経で?
「挙動不審のドラゴンがこちらに近づいているとすれば、早く手を打たなければ。俺が行って見てこよう。」
「危ないから駄目だ。私が確認して」
「ハロルド様も駄目です。旦那様とダンさんに絶対止めろと言われていますので譲りませんよ。」
うわステラいつの間に。
「調査依頼を出しますから、皆様うちで大人しくしててください。」
「だが、調査より先にドラゴンが来てしまったら………ん?山の方に帰っていくな。もうすぐ探知の圏外だ。それならしばらくは大丈夫か………?」
「油断はできない、早く軍と冒険者ギルドに調査を依頼しよう。依頼書を出すより直接話した方がいいだろうね。」
「両方に依頼するんですか?」
「冒険者ギルドの方が情報が速いけど粗くて、軍は少し時間がかかるけど情報がより正確で詳しいんだ。」
成程、速さを取るか正確さを取るかで使い分けられるのか。で、今回はどちらもほしいから両方使うと。
「では、私は冒険者ギルド長に直談判しに行こう。ヒューは軍への依頼を頼めるかい?研究室長を通すのが一番早いと思う。まだヒューは休暇中だから、あと数日は自由に動けるよね?」
「わかりました、そちらはお願いします。」
………俺には何か出来ないのかな。ヒューはいてくれるだけで心強いって言ってくれるけど、ここに来てから俺自身は何もしてない気がして落ち着かない。
異世界関係の説明なら少しは役に立てるかと思ってここに来たけど、さすがにドラゴンなんてどうしたらいいかわからないよ。
「ユウト、とりあえず俺と一緒に来ないか?室長に挨拶したいとか言っていただろう。」
「言ったけど、まだ仮の身元証明しかないよ?大丈夫?」
「俺が招けば大丈夫だ、権限だけなら俺は中佐と同等だぞ。身体検査や荷物の検査はあるだろうが、大したことはない。魔法で一瞬だ。」
そういうのって何となく、手荷物ひっくり返したり服全部脱いだりしなきゃいけないものだと思ってた。漫画とか映画の見すぎかな。
それと、軍の階級ってよくわからないけど中佐って結構偉いよな?もしかしてヒューって俺が思ってたよりすごい?
「室長も君達を心配していたから、会えたら喜ぶと思う。では、そちらは頼んだよ。
ステラ、父上に速達を送る。領地にいる主も様子がおかしいようだから伝えないと。」
「はい、すぐにご用意します。」
またあの威圧感がすごい建物に行くのか。気合い入れよう。
ぐさぐさと刺さる衛兵達の視線を何とか耐え凌ぎ、検査を突破。何も企んでないからそりゃそうなんだけど。
担当の人には顔面をまじまじと見つめられた。顔だけなら色味以外完全にヒューですからねー、気になりますよねー。
ヒューと連れ立って廊下を歩いていると、前方から見覚えのある人物がすごい勢いで走ってきた。俺達の目の前で急ブレーキをかけ、バッとヒューの手を取る。相変わらずだなぁ、廊下は走っちゃ駄目ですよ?
ヒューはまさか自分に用があるとは思わなかったらしく、目を瞬かせている。轢かれないように廊下の端に寄ってたもんね。
「隊長!隊長じゃん!!消えたって聞いて心配してたんだよ~!大丈夫だった?何があったの?」
「隊、長………ユウト、彼女は誰だ?」
「討伐の時の魔導隊メンバー、アディラさんだよ。」
「あれ、また口調変わってる?っていうか、もしかしてまた記憶なくしてるの?大変だね~。隣の人はどちら様?」
いちいち騒がれて面倒なので、今の俺はフードで顔を隠している。アディラさんには俺が不審者に見えていることだろう。
………あれ、ヒューが消えたって知られてるじゃん?箝口令が仕事してない。
「えー………すまない、室長に至急の用があるから話はまたの機会にしてもらえるだろうか。」
「そうなんだ、引き留めてごめん。でもほんとに心配してたんだから、時間とれたら顔見せに来てよね!何回でも自己紹介するから!」
いつでもテンション高いな、アディラさん。他の皆も元気にしてるだろうか。
彼女の反応を見る限り、ヒューはしょっちゅう記憶を失う人だと思われているようだ。まぁ、記憶喪失じゃなくて実際に三人いるとか普通思わないよな。
突然知らない人物に親しげに話しかけられたヒューは、頭上にはてなマークをいくつも浮かべてしばらく固まっていた。
「室長、突然すみません。ヒューバートとユウトですが。」
ガタン!
バサバサッ
………何、今の音。
ガチャッ
「い、今ヒューバートとユウトって言った………?昨日ハロルドから来てるって連絡はあったけど、こんなにすぐここに連れて来るとは思ってなかったわ。
二人とも無事で良かった、お帰りなさい。入って、お茶出すわ。」
ローレンさんにお帰りなさいって言われると母さん思い出すな。服装と煙管と髪の色と瞳の色と話し方以外はほぼ一緒だし。あれ、羅列すると結構違う所多いな。
………何見てんだよヒュー。あの時は不意討ちだっただけで、さすがにもう泣かないからな?
「あなた本当にヒューバートと同じ顔なのねぇ、印象はかなり違うけど。元気そうで安心したわ。
いきなりまた別人になるんだもの、心配したのよ?」
「何の前触れもなく入れ替わりましたからね。
あの後、ローレンさんに教わった魔法に何度も助けられました。本当にありがとうございます。」
「そう、役に立って良かった。それで、今日はどうしたの?先触れもないなんて。」
「突然押し掛けたのは謝ります。ですが、急いで軍に調査してほしいことがありまして。」
「正規の手順で依頼するより私に依頼した方が通りが早いってことね。そんなに急ぎならギルドの方が良いんじゃない?」
「そちらには兄上が行っています。」
「両方使うのね、わかったわ。
でも討伐が一段落したとはいえ、軍はまだ警戒を続けているから調査開始までに時間がかかるわよ。研究室での調査でよければ、王都に近い地点は討伐の時の魔導隊で調査するのもありね。あなたも行く?」
俺、ちょっと行ってみたいな。危険なのは話に聞いてるけど、ドラゴンとかファンタジーの定番じゃん。
「調査なら俺だけでいいのでは。」
「駄目よ、あなたは自分の重要性と運動神経の無さをもっと自覚なさい。
それに、あなたが一人で行くと言ってもどうせ自称護衛役がちょろちょろついていくからそいつらが危険な目にあうわよ。それならはじめから複数人で行って、何人かに護衛役を兼ねてもらう方がまし。討伐隊でもそうだったもの。」
あー、護衛か。軍本部では見当たらないから忘れてたよ。
討伐隊の中にも護衛役いたんだな、全然知らなかった。気がつかないように配慮されていたんだろうか。その配慮、軍以外でもして欲しい。
「討伐の魔導隊メンバーでならその時の護衛役もいるし、全員研究室所属だから私の権限ですぐに行かせてあげられるわ。竜の山のドラゴンは特に急を要するみたいだし、そこだけでもうちで調査してもいいかもしれない。」
「俺は、魔導隊とは初対面なのですが………」
「隊の皆はそう思ってないわよ、しゃきっとしなさい隊長。
………でも、確かにこのままだと色々面倒ね。魔導隊の皆には事情伝えようかしら。アディラにはヒューバートが消えたことバラしちゃったし。」
「あぁ、さっき会いましたよ。何で知ってるのかなぁって思ってたんです。」
箝口令出てるんですよね?と聞くと、ローレンさんは視線をついっと手元の書類から明後日の方向へ逸らす。
「………副室長どこにいるんですか~って、何度も何度もここに突撃してくるんだもの。隠すの面倒になっちゃって。」
「面倒って。ちょっと正直過ぎませんかローレンさん。」
「研究室配属になった時点で秘密保持の誓約書は書いてもらってるから、一応大丈夫よ。」
「大丈夫なら大丈夫と言い切ってください室長。何ですか一応って。」
「あなた達、何となくツッコミ方も似てるわね。
………書類はこれでよしっと。ここから遠い所の調査は、私からそこの領主達に調査依頼を出しておくわ。王都からの派遣じゃ時間も費用もかかり過ぎる。」
俺達との会話は続けながらも、何かが書かれた紙をてきぱきと量産していく。あの書き方は多分各所への手紙と申請書、依頼書だ。ヒューだった時にさんざん見た。
………母さんも家でよく仕事関係のメールしながら俺と喋ってたなぁ。口調はもっと淡々としてたけど。
「ユウト君も行く?陛下に呼ばれたらそっちが優先になるけど、それまでは特にやること決まってないのよね。冒険者登録してくれたら前衛として隊にねじ込むわよ、権限で。
あなたはヒューバートの身体でも兵士投げ飛ばせるくらい強いから、皆を守ってくれると安心だわ。ちゃんと報酬も出すわよ~。」
「お前そんなことしたのか、ユウト………」
行きたいですけど、ねじ込むって。職権乱用では?
「調査の護衛に冒険者雇うのはよくあることよ。登録の時に実力試験であなたの強さを見せてくれると、名指しで雇いやすくなるわ。あまり階級の低い人を雇ったら裏を疑われるから、できるだけ頑張ってね。」
「冒険者ってそんなにすぐなれるものなんですか?」
「なるだけなら5分くらいよ。実力試験受けて欲しいからもう少しかかるかもしれないけど、それでもそう長くはないわ。身分証明にもなるし、やっておいて損はないわよ。」
冒険者のライセンスカードは一番手軽に作れる身分証明なので、異世界からの迷い人はよく冒険者をやるらしい。手軽であるが故に怪しい人も多いそうだが。
「じゃあこっちでも準備しておくから、ヒューバートはユウト君の冒険者登録してきて。偽名で登録するなら後でその名前を教えてね。」
「え、偽名ありなの?」
「俺はヒューゴで登録しているぞ。貴族はよくやるし、他所から逃げて来た者が新たな名前で活動したりもしている。
魔力を登録するから調べればすぐ正体はバレるんだが、騒がれたくないだけなら十分だ。」
へー。俺は別に隠す必要ないけど、どうしようかな。




