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ヒューに腕を引かれるままに部屋を出ようとした所で、目の前の扉からノックが聞こえた。
「お話し中失礼します。ハロルド様、リック様がいらっしゃいました。どちらの部屋にご案内しましょう?」
「! さすが、早いね。ヒュー、研究室に行くのは少し待ってくれ。君達に会わせたくて呼んだ人なんだ。ここへは私が連れてこよう。」
「では、お飲み物はこちらにお運びしますね。」
「頼む。」
そういえばだいぶ前に、ハロルドさんは交友関係が広いとか聞いた気がする。ご友人だろうか。
研究室に行きたがるヒューをステラと二人で何とか宥めすかしていると、ハロルドさんは自分と同い年くらいの男性を連れて戻ってきた。
やっと落ち着いて座ってくれたヒューがガタッと音を立てて勢いよく立ち上がったが、知っている人なのだろうか。俺も少し遅れて立ち上がる。
あれ、ステラが知らないうちに使用人ポジションに立ってる。そっか、メイドさんが俺達と一緒にテーブル囲んでたらおかしいのか。
「お邪魔しまーす。ハロルドの弟に会うのはかなり久々だが………あー、ほんっとに同じ顔なのな。どっちだ?」
「ヒューは長髪の方。髪の色でわかるだろう?」
「わからん。ほぼ同じだろ。」
「そう?屋内だからかな。太陽の下だともっとわかりやすいよ。」
何となくハロルドさんのような貴族の人が来ると思っていたのだが、わりと街中で普通に見かけそうな人が来た。焦げ茶のぼさぼさした髪と太いフレームの眼鏡が目を引く。
「………それとリック、使用人には平民の友人だと紹介しているんだから、もう少し正体を隠す努力をしてくれないか。普通の人にしては立ち居振る舞いが堂々とし過ぎだよ。」
「ここの人間にならバレてもまぁ平気だろ。
それに、魔の森にあいた謎の穴に弟担いで飛び込んだ次期伯爵にだけは普通を語られたくないな。」
それはごもっとも。
この人はやはり貴族らしい。今は変装しているのだろう。確かに目元は見えにくいし、少し緩めの服装で体格もあまりわからないようになっている。
「じゃあ髪短い方は迷い人、いや、自分の意志で来たんなら異世界人が妥当か?
あぁ、ハロルドに事情は聞いてる。俺はリックだ。よろしくな!」
そう言うと、人好きのする笑顔で俺の手を取った。握手は今のところ異世界でも共通なんだよな………うわ、すごい剣だこ。兵士さん?
「弟君を最後にこうしてしっかり見たのはいつだったかな、まだよちよちしてた頃だった気がする。色々あったみたいだが、立派になったもんだ。」
「は、拝謁を賜り光栄です、でん」
「んんっ、膝をつくのはよせ、今の俺は平民だ。
ってか、変装してることだけならともかく、正体がここまでの短時間で見破られたのは初めてなんだが。」
「ヒューは魔力も視ているからね。すごいだろう?」
「出たよ、兄馬鹿。確かにすごいけども。」
「兄上………」
よちよちしてたヒューも気になるけど、もしかしてこの人めちゃめちゃ偉い人?伯爵家のヒューが跪こうとしたし、拝謁なんて言葉そうそう使わないよな?
「ユウトは………えー、リック様の言葉がわからないよな。兄上、やはり先に研究室で翻訳ペンダントを作らせていただけませんか?」
「待ってヒュー、俺さっきからリック様の言葉わかってるよ。ハロルドさんがペンダントの予備渡したんじゃないかな。」
「その通りだけどお二人さん、今の俺は平民。ただのリックだっつーの。」
「あ………申し訳ありません。どのように、お呼びすれば………」
「だからリックだって。」
「いえ、それは流石に………」
「真面目なやつだな………」
そこは俺もヒューに同意する。お忍びというやつなんだろうけど、だからと言って呼び捨てはさすがにできない。
「私にも最初は正体隠して近づいてきたんだよね、彼。ほんと性格悪いんだから。」
「あの時はハロルドも身分は隠してただろ、お互い様だ。」
「君は私の正体を調べた上で話しかけてきたじゃないか、それをお互い様とは言わないよ。
とにかく二人とも、この姿の時はリックって呼んであげて。大丈夫だから。」
「おう、敬語もいらないぞ。」
一見するとちょっとチャラめで気さくなお兄さんなのに、どこか逆らい難い風格も滲み出ている。
ヒューが跪くレベルの偉い人で、俺のことをハロルドさんから聞いている。正体はもうほぼ確定だが、聞くのが怖い。
「えっと、刀伎結斗と申します。よろしくお願いします、リック、さん?」
「こっちも真面目そうだな………ま、初対面だし今はそれでいいか。ユウト、テルミニシアへようこそ。ハロルドに色々聞いてるぞ、強いんだってな。」
………ハロルドさん、色々って何をどこまで喋ってあるんですか。俺がヒューのふりしてたこととか、問題になりません?
「リック、例の魔力異常について新たにわかったことがある。その対策になりそうなものをヒューとユウト君が持ってきてくれた。かなり説明に時間がかかりそうなんだけど、城の方は大丈夫かい?」
「最低限の仕事は終わらせてきてるから大丈夫だろ。我が従者には後でちゃんと叱られるよ。」
「ニールはいつも大変だよね、主がこんな調子で………
ではヒュー、ユウト君、もう一度さっきの説明をお願いできるかな。」
了解です。
説明している間に研究室で翻訳ペンダントを作ってくる、とヒューは飛び出して行った。さっきからうずうずしてたんだよな、「早く試作したい」って顔に書いてあった。
ストッパー役にステラもついて行ったみたいだから、あっちは任せよう。
「………にわかには信じ難い話だし、それが原因だという証拠も、その結晶で落ち着くという確証もない、か………
あ、お前自身を疑ってるわけではないからな。この眼鏡は魔道具で、話の真偽は大体わかるんだ。少なくとも、お前が嘘をついていないのと、悪意がないのはわかる。」
「勿論嘘はついていません。ローレンさんのモノクルと同じですかね、ハロルドさん。」
「あれを元に作った簡易版、魔力の揺らぎのみが見えるものだ。実は私のタイピンも、同じ原理の応用で簡易的に真偽確認ができるんだよ。」
そう言いながら、着けていたタイピンを外して俺の手に乗せる。
シンプルなデザインながら、薄く入れられた溝が角度によって光をはね返すことで上品に輝く………はいすみません知ったような口を利いてますが全部ハロルドさんからの受け売りです。
「タイピンで魔力が見えるんですか?」
「試してみようか………私は、ヒューバートが嫌いだ。」
ブブブブブブ
「うわっ!?」
「嘘でも言いたくないものだね。どうだい、ユウト君。」
「り、理解しました………」
ハロルドさんが「嫌いだ」と言っている間だけ、タイピンが手のひらで強く震えた。
例えが悪いけど、手に持っているセミが鳴いた時の感触。絶妙にキモい。
「今はわざとやったから少し振動が強かったようだけど、これで相手の話の真偽を確認しているんだよ。
ヒューと入れ替わったと言う君のこともはじめは信じられなくて、しばらくは君との会話でもずっと使っていた。今更だが、すぐに信じてあげられなくてすまなかったね。」
「いえ、当然だと思います。」
そうでもしないと信じられない話ばっかりしてるのは俺の方なんで。
ヒューと入れ替わったとか、異世界の人間だとか、今は世界が近づいて魔力が乱れてるとか。証拠がないことばかりだし、改めて考えると妄言のオンパレードと思われてもおかしくない。あれ、俺、ヤバいやつでは?
「さてリック、さっき話した結晶は例の穴の所に置いてある。今はヒューの結界と兵が守ってくれているはずだ。
ユウト君、あの結晶の効力で魔力が落ち着くのはどれくらいの範囲かわかるかい?」
「あー、すみません、俺はわからないです。結晶の周辺は魔力が逆に乱れてしまうそうなので、その範囲も調べないといけませんね。ヒューならその辺もわかるのかな………。
あと、結晶の周りは魔物が集まるかもってヒューが言ってました。兵士さんも動かす必要があるでしょうか?」
「うぅーーあぁーー、もう無理!」
リックさんが突然ばっと立ち上がった。無理?え、何が?
「ここで聞いた情報を俺が陛下に伝えるつもりだったが、話の規模が大きすぎて流石の俺も手に余るわ。俺が陛下の所まで直通でお前らを連れてく。今日は大雨で外での予定は皆潰れてたはずだ。
ハロルド、研究室で弟拾って今から王城に来い。俺は先に帰って待ってるから。じゃーな。」
バタン
………話の展開について行けなかったんですけど、ハロルドさん助けてください。
「今日は顔繋ぎだけのつもりだったんだけどな。変装してきてもらった意味がなくなってしまったね。
ユウト君、またヒューの服を貸すから着替えてくれるかな。今貸している服は普段着だから。
リックの言い方だと正式な謁見ではなさそうだ。そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。簡単な作法は馬車で教えるね。」
今からいきなり城で王様に会うの?俺まだこの世界に来たばっかりなんだけど?
謁見なんかしたことないぞ、何かやらかしたらどうしよう。せめてハロルドさんやヒューには迷惑かけないようにしないと。
来てしまいました、王城。の、裏口。裏なのにすごく豪華。花のアーチがいくつも並んでいて、自分がものすごく場違いに感じる。何だこのメルヘンな風景。映えスポットか。
ヒューの準礼服というのを借りているので、服装だけは問題ないと思いたいが………服に着られるってこういうことを言うんだろうな。ヒューはちゃんと貴公子だが、俺はなんかこう、仮装してる感が強い。紺色の詰襟に、金の糸で蔦のような刺繍。綺麗ではあるけど、恥ずかしい程にファンタジーなデザイン。
一国の王にコスプレで会いに行かされるという何とも言えないこの心境、誰かわかってくれ。
それに、馬車に乗っている間は礼儀作法を詰め込まれていてそれどころではなかったが、いざ城を目の前にすると緊張が帰ってきてしまった。やばい絶対何かやらかす。
ふと隣のヒューを見ると、俺と同じく顔が真っ青だ。式典以外で来るのは初めてらしい。
「よく来てくれた。歓迎しよう、友よ。陛下の許までは私が案内する。」
???
輝くような金の髪と透き通るような紫の瞳の男性に出迎えられた。紫って珍しいと思うんだけど、この世界では普通なのかな。キレイダナー。
「ヒュー、ユウト君、大丈夫かい?目が死んでるよ?………これがリックの変装前。この国の第二王子だ。」
ハロルドさんがこそっと彼の正体を教えてくれた。うん、薄々そんな気はしてた。
絵に描いたようにきらきらした王子様だ。眩しい。サングラスください。
「ついてこい。あぁ、お前達は少し下がっていろ。彼らと内々に話したいことがある。」
王子の一声で、周りに控えていた使用人達がそそくさと下がっていく。
さすが王族………命令口調が板についてるを通り越して芯まで染み付いてる………
「この方が緊張しないだろ?今回は正式な謁見じゃないし、父上も母上も普段はゆる~い人だから気楽にしていて大丈夫だぞ。」
指示を終えた王子が、「リックさん」の顔でこちらに振り返った。本当にさっきの人と同一人物なんだな………
っていうか、気楽にとか無理ですよ国王夫妻の前でそんな………そういえば、国王夫妻の顔立ちは榊原夫妻なんだっけ。知り合いの姿だと思えばまだ………いややっぱ無理。
「今から行くのは離れで城からは少し離れてるし、俺が直接招いたから細かい手荷物チェックとかも飛ばしてる。」
「………それ、大丈夫なのかい?」
「王子様特権だよ、使わなきゃ損だろ?呪いや武器の類いは結界でも弾かれるから問題ないさ。そろそろ通るぞ。」
通る?何も見えないけど………
「うわっ………今なんか一瞬全身がぬるっとした………」
「うむ、それが結界だ。今のが感じとれたということは、ユウトも魔力感知能力が高くなってきたという証だ………ぬるっと、というのはよくわからんが。」
だって、スライムでできた膜を通過したみたいな感触したよ?ぬるっとした、以外の表現ある?
「………あぁ、そういえばまだ渡していなかったな。ユウト、これを着けてくれ。試作だが、翻訳ペンダントの改良版だ。」
顔色が通常状態に戻ってきたヒューから、透明な石がついたシンプルなペンダントを渡された。石の中に細かく複雑な模様が浮かんでいるのが見える。
「立体的に魔法陣を刻む道具と、それを魔石に取り込ませる機械が第三研究室にしかなくてな。
今までは着けた者の言葉を周りが理解できるようにするものだったが、これなら逆もいけるはずだ。」
「こっちの言葉も伝わるし、ペンダントを着けていない人の言葉もわかるってこと?」
「そういうことだ。少し試すか?俺がペンダントを外して話した内容がわかれば」
「待った、もう着いたから。開けるぞー。」
え、ちょ、まっ、まだ心の準備が
「陛下、連れて参りました。」
「入れ。」
促されるまま部屋に入り、ヒューとハロルドさんを横目でみながらもたもたと跪く。あれ、左足引くんだっけ、右足だっけ。
ああああさっきまで作法教わってたのに全部頭からぶっ飛んで何もわかんないごめんなさいああああ
「………面をあげよ。」




