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屋敷の門が開き、困惑した顔の使用人達に迎え入れられた。そりゃねー、俺の顔見たら戸惑いますよねー。
こっちの世界来てから警戒か戸惑いの視線しか向けられていない気がする。仕方ないことだけど、落ち着かないなぁ。
ステラがタオルを抱えて走ってきた。二十日程前まで俺はここにいたはずだけど、もっと久しぶりに会うような感じがする。
「おかえりなさいませ、ハロルド様!ヒュー様も無事お戻りのようで………ヒュー、様?」
「はじめまして、で良いのかな。ステラ、俺は結斗だよ。元の姿で会うのは初めてだね。」
ピタリと一瞬動きを止めたステラの目が俺の姿を認めた後、だんだんと見開かれていく。
「ユ、ユウト様ぁ!?えっと、そちらが、元のお姿なんですね?ハロルド様からある程度お話は伺ってますけど、何故、こちらに?」
驚くのは無理ないと思うけど、持ってきてくれたタオル全部落としてるよ?周りの使用人さん達が慌てて拾い集めてるよ?
………あ、大丈夫です自分で拭きますありがとうございます。
「ステラにはすごくお世話になったから、直接お礼言いたくて連れてきてもらったんだ。あの時は本当にありがとう。」
「いえいえ、お元気そうで良かったですよぅ!見慣れませんけど、短髪も爽やかでお似合いですね!
あ、ヒュー様がそちらで何かしでかしませんでしたか?私が説教しておきますよ!」
久しぶりに会ったんだから素直に無事を喜んであげてよ。何でいきなり説教しようとするんだ。
………ステラの目が少し潤んでいるのには気づかなかったことにしておく。
「何も悪いことはしていないぞ、多分………。
久しぶりだな、ステラ。俺は事故以来だから、一月半は会っていなかったことになるか。」
「そうですねぇ。ヒュー様の暴走がない、平和な日々を謳歌してましたよぅ。」
「そういえば、暴発事故の時の測定データがあるとユウトに聞いたんだが、見られるか?」
「異世界から帰ってきて最初の質問がそれですかぁ?ありますけどぉ。」
「相変わらずヒューには若干辛口だね………あれ?俺、何でステラの言葉わかるんだろ。」
他の使用人さんの言ってることはわからないのに。
「あぁ、ヒューが作ったこのペンダントを元に、私がいくつか予備を作ったんだよ。ただ、陣が細かすぎて成功率が低かったから、ステラには実験に付き合ってもらっていたんだ。彼女は隣国の言葉を話せるからね。」
「今お湯の用意をしていますから、もう少しだけここでお待ちくださいね。レナさん!暖かいお飲み物をお願いしますぅ!」
ぱたぱたと走っていくステラが相変わらずで、少しほっとした。ヒューも久々の我が家で、安心できてるんじゃないかな。
「………。」
そうでもないらしい。まぁ、既にいつの間にか護衛ついてるもんな。………今気づいたけど、屋敷についてからヒューの表情がかなり固い。やっぱり相当嫌だったんだろう。
護衛の人達を改めて見てみると、周囲をというよりヒューと俺を警戒している感じがする。名目は護衛だが監視も兼ねている、と言っていたのはこういうことか。ヒューがストレス感じるのもわかるわ。
身体を拭いてヒューの服を貸してもらい、応接室に通された。今はヒューとハロルドさん、ステラ、俺の四人で机を囲んでいる。
護衛はステラが部屋の外にぱぱっと追い出した。手慣れているのがなんだか悲しい。
「では、話を聞こうか。何があったんだい?」
「………ユウト、兄上への説明を頼んでもいいか?思いついたことがあるから忘れないうちに書き留めておきたいんだ。これが出来ればユウトも楽に皆と話せるようになるぞ!」
「え、うん、わかっ」
バタン!!
せめて返事は最後まで聞け。
「………うちの弟がすまないね。」
「いえ、いつも助けてもらってますから。」
それに、表情が普段通りに戻ったのはいいことだと思うんだ。護衛の存在を忘れるのには魔導研究が最適らしい。
とりあえず、説明は承った。
魔力異常の原因と、持ってきた結晶が魔力の乱れをある程度収めることなどを話す。
事前にヒューと示し合わせた通り、今は世界が近づいている原因は割愛。もう少しファウストの世界の情報が揃ったら俺から兄上に伝えておく、この情報は慎重に扱わないとファウストの世界に戦争を仕掛ける者が現れかねん、だそうだ。
「話の規模が大き過ぎて、よくわかりませんよぅ………。」
「世界がそのままぶつかってしまうことはないのかい?」
「ぶつかった場合は、その………世界ごと消えるそうです。あ、まだ大丈夫ですからね!しばらくしたら自然に元の位置に戻るそうです!大丈夫だから!!」
世界が消えると聞いて、二人の顔が蒼白になった。俺も聞いた時は血の気が引いたよ。
まだ気は抜けないけど、少なくともすぐにどうにかはならないと聞いたんで大丈夫です。
「えっと、だから魔力の異常は一時的なものです。世界が元の位置に戻れば異常もなくなります。それまでの対症療法と、空間の穴の安定した保持を同時にやってくれるのが持ってきた結晶です。」
「危険なものではないんだね?」
「それが、ちょっと微妙で………俺には具体的な影響はわかりませんけど、結晶の周囲は魔力が乱れるそうです。その代わりにそれ以外の地域の魔力異常が治まる、みたいな。今はヒューが結晶の周りに結界張ってます。」
「ふむ………悪影響の可能性があっても持ち帰るべきとヒューは判断したのか。早く国に報告を入れなければいけないね。
まずは殿下かな。………ただこんな話、どこまで正しく伝わるか………」
いつも問題事持ち込んですみません、ほんと。
「そんな顔をしないで、ユウト君。教えてくれて感謝しているよ。世界の狭間から世界を俯瞰できる君達でなければ、この原因はわからなかっただろう。」
いやぁ、気づいたのは俺達じゃなくてシキなんだけどね。
俺達が三人揃って死にかけたのも、考えようによっては幸運だったのかもしれない。皆に会えたし、偶然とはいえ世界が消える前に止められた。怪我は超痛かったけど。
「さて、今の君はただの迷い人という扱いだ。今は私が偶然弟の同一人物を保護した、ということにしてある。そのうち君の身分証を何かしら用意する予定だよ。
そうだ、ヒューはまだ休暇中で、私達の行方不明騒ぎはそこまで広まっていなかった。箝口令が敷かれていたようだ。母上も父上が上手く止めてくれた。」
………俺、一回ヒューのお父さんに謝りたいんだよな。心労かけまくってる気がする。そして多分これからもかける。
「客室をご用意しましたので、ここにいる間はそちらをお使いくださいね!」
「突然押し掛けてすみません。お金とかは持ってませんけど、何かの形で返すので。」
「世界とヒューのために来てくれたんだから、謝らないで。そもそも、いきなりそっちに押し掛けたのはヒューの方だ。うちの弟がすまないね。
………ヒューは国に帰るのが嫌で君の世界に行ったんじゃないかと思うんだけど、ユウト君は何か聞いているかい?」
ヒューに関する察し能力が半端ないなハロルドさん。護衛がいない生活に慣れちゃったって言ってましたよ。
「ヒュー様はもっと文句言えばいいと思うんですけどねぇ。
私が専属でついたのも、はじめは部屋の外に監視を追いやるためだったんですよぅ。世話役も全員監視役にしろとか言ってくる他家の言い分を何とか旦那様が退けて、それでも今くらいの監視が残されたんです。」
ステラ、もうはっきり監視って言っちゃってるな。一応護衛なんじゃないのか。
「ユウト様、ヒュー様の扱いについてはどこまでご存知ですか?」
「えーっと、魔力量が異常で利用されたり悪巧みされたりしたら困るから、四六時中見張りを兼ねた護衛がついてる………くらい?」
「成程、最低限だね。では、少し補足しよう。この国の貴族は五歳頃に魔力量や属性を測るんだけど、ヒューはその測定水晶を割ってしまったんだよ。測定だけでそれを割れるのは古来のドラゴンくらいだと言われる水晶をね。
私もかなり魔力は多い方なんだが、それでもヒューの三分の一以下だ。というか、ヒューの魔力量を正確に測る方法がない。」
「そ、そんなに………」
魔力が異常に多いのは聞いてたけど、人外レベルなのか。
「結果が公開されることは通常ないんだが、ヒューは伝説の大賢者に比肩する、あるいはそれ以上の結果でね。王家や一部の高位貴族にはそのことが伝えられた。良くも悪くも、国にとって大きな存在になるから。
その頃から何人かの護衛はついていたけど、当時はまだ貴族として普通くらいの人数だったよ。」
「それだけなら良かったんですけど、確かヒュー様が十歳の時、有力貴族が多く参加するパーティーでヒュー様が魔法を使いまして。
事故に巻き込まれかけたご令嬢を守るためとっさに出した簡単な防御魔法だったんですけど、まだ制御が今のようにお上手ではなかったので、魔力が多すぎてかなり派手に光ったんです。その強い光で近くにいた方々が十人以上目を回して倒れてしまわれ………」
「溢れた魔力を抑えるのにも少し時間がかかってしまって、その影響で体調を崩した人もいたんだよね。」
倒れた人の中には高位貴族や大臣なども混ざっていたため、大きな波紋を呼んだらしい。
十歳の少年が人助けのためにやったことであり、怪我人もいなかったので問題にはならなかったが、それからヒューに近づく者はいなくなったそうだ。簡単な防御魔法でもそれなのに攻撃魔法ならどうなるのか、と。
「その出来事を期に、ヒューの魔力量を知る貴族の一部がヒューの行動を監視するべきと言うようになった。私達は勿論いくつかの他家も反対してくれたが、議論を重ねた結果が現状だ。
エクセルシス侯爵家が監視派なのが大きい。あそこの令嬢を助けるためにヒューは魔法を使ったのに。」
「そのご令嬢が一番至近距離で光と魔力の余波を受けてしまわれたのですから、仕方ない気もしますよぅ。
ご令嬢からはこちらの謝罪を受け入れる旨のお手紙と助けてもらったことへの感謝の品が届きましたけど、侯爵様はいまだにご令嬢とヒュー様が偶然でもはち会わせないように手を回していらっしゃいます。侯爵様、ご令嬢を溺愛なさっていることで有名でして。」
俺達三人の中ではファウストが一番ハードな生活をしていると思っていたが、ヒューも違う意味でなかなか苦労の多い人生を送っているようだ。
「ステラ、前にヒューの知り合いが少ない理由話してくれたよね。なんでその時はそれ教えてくれなかったの?」
「ええと………ユウト様にその辺りの事情を話すかは迷ったんですけど、そもそも魔法や魔力をご存知ないとのことだったのでハロルド様と相談してとりあえず保留にしてたんです。
突然ヒュー様になったというだけでも混乱なさっていたでしょう?そこで更にご自身に危険視される程膨大な魔力があるなんて話したら、もっと混乱なさるかと思いまして。」
あー、確かにその頃はまだ自分のことだけでいっぱいいっぱいだったし、あれ以上はキャパオーバーだったかも。
「ヒューの外出許可が出てから室長とも相談して、まずは魔力の扱いを練習してもらうことにしたんだ。暴発の危険を考えるとそちらの方が優先度は高い。魔力の扱いや魔法の知識に十分慣れたら、魔力量や監視のことを伝えようと思っていた。
討伐の前には話そうと考えていたんだが、ちょうどその頃に君がファウスト君と入れ替わってしまってね。」
そこから慌ててファウストにも魔法の練習や討伐指揮の勉強をしてもらったため、ファウストにも事情を話す時間はなかったらしい。
バタンッ
「ユウト!研究室に行くぞ!」
「脈絡!話の脈絡がなさすぎる!何だよヒュー、アイデアをメモしに行ったんじゃなかったのか?」
目を輝かせたヒューが何の前触れもなく部屋に飛び込んできた。驚いて机の脚に思い切り脛をぶつけたのは秘密である。
「こら、ノックくらいしなさい。で、何をするつもりだい?もう少しここで待っていて欲しいんだけどな。」
「翻訳ペンダントを改良します!そのためには研究室の設備が必要だ。試したいから一緒に来い、ユウト!」
ぐいぐいと腕を引っ張られる。強引だな、おい。そもそも俺が研究室に行っても大丈夫なのか?あそこの兵士さんには捕まりたくないぞ。
………成程、これが話に聞いていた、ヒューの魔導研究馬鹿暴走状態。さっきからこちらを向いてはいるのに、俺達のことは目に入っていない。
さっきからうっすら狂気を感じる笑顔で怖いんだけど。その表情、人前ではやめた方がいいと思うよ。
ま、でも楽しそうで何よりだ。翻訳機が便利になるなら助かるし、俺も手伝えるなら行こうかな。




