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日はだいぶ傾いて、窓から見える街並みが茜色に染まっている。説明にかなり時間がかかってしまったようだ。
ステラに補足してもらいながら、俺は自分の身に起こったことをハロルドさんに説明した。
一通り話が終わるとハロルドさんは、突然そんな目にあって不安だっただろう、よく頑張ったと労ってくれた。優しさが沁みる。療養と軽いリハビリしかしてないし、ステラもいてくれたからそこまで大変ではなかったけどね。むしろほぼ寝てた。
「話すのにはさぞ勇気がいったことだろう。話してくれてありがとう………いや、私が詰め寄って強引に話させたんだよね、すまなかった。」
あれはマジで怖かったです。ほんとに、マジで。
「私の方でも異世界についての情報を集めてみよう。何か私に出来ることがあれば協力させてもらうから、遠慮なく言うといい。」
ついさっきまで俺は入れ替わりのことを隠そうとしていたのに、ハロルドさんはあっさり許してくれた。それに、俺が弟じゃないとわかった後もすごく優しい。ステラが事情を明かすことを勧めた理由がよくわかる。
「それと………私とステラは問題無いが、君が異世界人であることはあまり口外しない方がいいだろうね。」
「私もそう思ったので、他の人にはまだ言ってないですよぅ。手紙で旦那様方に伝えるのも、一応避けておいたんですぅ。」
「うん、私もその判断に賛成だ。」
? 何で?
「異世界からの迷い人というと、その特異な知識を独占するために監禁されたり、よくわからないうちに使徒様や聖女様などと担ぎ上げられて反乱や暴動の旗頭にされたりと、大変な目にあう者も多いからね。迷い人は総じて魔力量が多いと言われているし。
万が一そのことを書いた手紙を盗まれでもしたら、ユウト君が危険だ。」
「うわぁ、そういうのあるのか………ステラが前に言ってた懸念事項ってそのことだったんだ。」
「はい、情報はどこから漏れるかわかりませんからねぇ。」
ステラとハロルドさんは大丈夫だと思ったから話したけど、これからは今まで以上に気をつけよう。
この世界、異世界からの迷い人というのはちょくちょく現れるものらしい。道理で二人共俺が異世界人だという部分はあっさり受け入れたわけだ。
異世界の人間と人格だけ入れ替わる事例は聞いたことがないと言っていたが、俺は元に戻れるんだろうか。俺が向こうで死んでいたら戻るも何もないんだけど。
「異世界の人間だとバレたらまずいってことですね………気をつけます。」
「あ、もちろん迷い人が全員酷い目にあうわけじゃないですよぅ。新しい商売で名を馳せた方や、当時不治と言われた病の治療法を確立して貴族位を授けられた方もいらっしゃいます。
今はむやみに正体を明かさず警戒しておこう、くらいに思っておいてください。私も気をつけておきますから。」
「いざとなったら私が守るから心配はいらないよ。これでも次期伯爵として、それなりの権力と伝手は持っているからね。」
よろしくお願いします。
自分で言うのもだけど、俺は脳筋なんで。騙されやすいし押しに弱いし、陰謀とか計略にあっさりはまる自信があるんで。
「さて、うちの両親にはどう説明しようか………。
本人の意向を無視して利用したりは絶対にしないが、母上は家族を、特に一番年下のヒューを溺愛しているからね。別人になっていると聞いた時にどんな行動に出るか、皆目検討がつかない。」
ハロルドさんは学園の寮に入ってからしばらくの間、母親から一日一通以上、かつ一通につき便箋十枚以上の手紙を送られていたらしい。ヒューはもっと送られていたはず、とのこと。
………返信が大変そうだ。
「私は、奥様にはお伝えしない方が良いと思いますよぅ。
最近領でも魔物の異常行動が増えていて、旦那様も奥様も対応に追われているんですよね?農作物の収穫量にも影響が出ていると聞きますし、ヒュー様の暴発事故もありましたし、ここで更に奥様が暴走なんてしたら旦那様が………」
「倒れるね。今はやめておこう。
私が折を見て父上にだけ伝えるよ。母上に伝えるかどうかはそれから決めた方が良さそうだ………暴発事故の知らせを聞いた時点で暴走寸前だった。」
「やっぱりそうですよねぇ。むしろ暴走してないのが奇跡ですよぅ。」
そんな会話をしながら、二人は揃って困ったような笑みを浮かべる。
ヒューバートさんのお母さん、暴走するタイプなの?ヒューバートさんも大概ヤバい人みたいだけど、ウィリアムズ家大丈夫?当主さんとハロルドさんの荷が重すぎない?
………そういえば目覚めてからまだ一回もこの部屋出てないし、自分に起きてることで精一杯だったから外で起きてることは何も知らないな。
「はい先生、質問です。魔物の異常行動って何ですか?」
「先生?………何だか少し照れるけれど、最近、世界中で魔力の流れに異変が起きているようでね。魔物や含有魔力の多い植物なんかもその影響を受けているんだ。
私も折角王都に来ているから、ヒューの見舞いついでに知り合いを当たって情報を集めようと思っていた。」
「魔物っていうのは、魔力を持つ危ない生き物みたいな認識で合ってますか?」
「あぁそうか、君の世界には魔力がないんだったね。
普通の動物にも多かれ少なかれ魔力はあるけれど、大まかに言えば魔法を使える程度の魔力と知能を持つ動物や植物が魔物と呼ばれているんだ。
知能の高い魔物の中には、人と言葉を交わしたり、協力してくれるものもいるよ。私の愛馬も魔物に分類される。」
漫画やゲームによっては魔物=悪ってこともあるけど、ここではそうじゃないみたいだ。
………動物はまだ想像つくけど、魔力と知能を持つ植物ってどんなのだろう。ファンタジーによく出てくる、トレントとかドライアド的なやつかな。見てみたい。
「魔物と心を通わせて使役する魔物使いもいますし、人に近い一部の魔物は国の試験に合格すれば亜人と呼ばれて街に住むことができたりしますよぅ。口や声帯の構造上、私達の言葉は話せないことも多いんですけどねぇ。」
ゲームでよくみるゴブリンやコボルト、リザードマンみたいな種族は亜人としてちょくちょく街中にいて、人の言葉が話せない時は主に筆談や専用の手話で意思疎通するそうだ。
ちなみに、エルフやドワーフ、ケモ耳の獣人というのはいない。ちょっと残念。
その他、生き物の血を吸って力を増す吸血人や角が生えている角人、生まれつき魔力の翼を持つ翼人の一族などがいるが、それらは亜人ではなく普通の人。そういう体質、くらいの扱いで、一族以外の一般家庭にも稀に生まれるらしい。
「今騒がれている魔物というのはその中でも、魔法を使ってくる野生の危険生物、みたいなもののことです。それらが最近凶暴化や弱体化、異常増殖なんかをしていて、旦那様方はその対応に追われていらっしゃるんですよぅ。何が起きるのかは、学者様方でも予測できないみたいで~。」
後手に回って対処するしかないということか。それは確かに苦労しそうだ。
魔導士が発動する魔法も魔力異常の影響を受けており、魔法の不発や暴発事故が国中で相次いでいる。ヒューバートさんはその原因を探るべく研究室のメンバーと実験し、それはそれは派手な魔力爆発を起こしたんだとか。手足が飛んだりしなくて幸いだったとまで言われた。
ステラとハロルドさんから聞いた話のせいで変なイメージが定着しかけていたけど、ちゃんと仕事してたんだなこの人。
「うーん………とりあえず、今話しておくのはこれくらいでいいかな?他にこの世界の事でわからないことがあれば」
「はいはーい!今まで通り、私に聞いてくださぁい!わかる範囲でお答えしますよぅ!」
「わ、私に聞いても良いんだよ?貴族社会に関してなら、私の方が詳しいはずだ。」
横からずいっと出てきたステラに台詞を取られ、一瞬慌てた顔をしてから負けじと身を乗り出してくるハロルドさん。
普段が落ち着いた印象の優雅なカズ兄って感じだから、焦っていると余計カズ兄に見えるな。親しみ湧いてきた。
「ありがとう、ステラ。ハロルドさんも、ありがとうございます。とても心強いです。」
「本当の兄と思って、何でも頼ってくれ。中身が別人とはいえ、ヒューに頼られるなんてとても新鮮な気分だ。
いつも手を貸したいとは思っているんだが、ヒューには何故か逃げられてしまうんだよ。特にあの子が暴走していたりすると、その思考回路について行くことすらできなくてね………」
一人であらぬ方向に走り出すヒューバートさんと、おいて行かれるハロルドさんが目に浮かぶ。苦労人だなぁ。
「最近はもう避けられるとか通り越して邪険に扱われていらっしゃいますしねぇ、ハロルド様。」
「そうかい?」
「転移魔法で王都の端までふっ飛ばされたこと、もうお忘れなんですか?」
………カズ兄は俺とかなり親しくしてくれたんだけど、ヒューバートさんはハロルドさんのこと嫌いなのかな。
「たとえ何度飛ばされても、私にとってはかわいい弟だ。
………中身が別人だとしても、この身体は弟のもの。私が絶対に守ってみせるよ。勿論、ユウト君のこともね。」
ぽん、とハロルドさんが俺の肩に置いた手から、じんわりと暖かさが伝わってくる。
ハロルドさんが心配してるのはヒューバートさんのことだし、ハロルドさんはカズ兄じゃない。それはわかってるけど、話し相手に安心感を与えるこの感じ、カズ兄にそっくりだ。
………本当にカズ兄も転生しちゃったわけじゃないよな?心配になってきた。
俺がカズ兄のことを気にしているのと同じくらい、あるいはそれ以上に、ハロルドさんとステラもヒューバートさんのことを心配しているはず。突然家族が別人に変わったんだから当然だ。元のヒューバートさんは今どうなってるんだろう。
「私はしばらくここに滞在する予定だから、その間はユウト君と色々話がしてみたいな。君の世界の事を知れば、何かの手がかりになるかもしれない。単純に興味もあるしね。」
「はい、他にも俺に出来ることがあれば言ってください。大したことはできませんけど………あ、材料があれば俺の国の料理とか作れますよ。家庭料理でよければ。」
ほとんど一人暮らしみたいなものだったからね。
「料理、ですか?ヒュー様ってたまに栄養補給のみを目的とした、味度外視の丸薬みたいな料理作るんですけど………今はユウト様なのはわかってますが、ちょっと怖いですねぇ。」
いやいや、ちゃんと美味しく作るよ?味も栄養のうちだと思ってる派だからね、俺は。
「異世界の料理か、それは楽しみだね!期待しているよ。
………さて、長く話し込んでしまったけれど、そろそろ休んだ方が良いだろう、身体に障る。私は一度失礼しよう。
ステラ、少しいいかな?」
「はい。ユウト様、ゆっくりお休みください。」
ハロルドさんはステラを連れて部屋を後にした。俺をこれからどうするか、とかをこれから二人で話すのだろうか。
まぁ、それくらいは当然だ。無条件に受け入れられたら逆にこっちが不安になる。
でも俺は二人を信用するって決めて、全て話したから。彼らが俺を信じるかどうかは、二人が判断することだ。
雲行きが怪しいようだったら全力で逃げるけどね。ヒューバートさんはどうか知らないけど、俺は運動神経にだけは自信あるんだ。二十人くらいの不良に囲まれた所から一人で逃げきったという実績がある。
部屋にいるのが自分一人になると、急に強い眠気が襲ってきた。まだ夕方なんだけど………
久しぶりに長く起き上がっていて、たくさん話をして、自分で思っているより体力を使っていたのかもしれない。眠気に負けてベッドに横になると、数分も経たないうちに俺は夢の世界へと旅立っていった。
白く、何もない空間が広がっている。
………ん?この何も無さは見覚えがあるな。
「…………………い!!おーーーーーーい!!!」
誰かの、声が、聞こえる。