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村の中を回って、別れの挨拶をする。俺が源之助さん達に会った日から結構交流はあったので、村人はもう大抵顔見知りだ。
一応聞いてみたが、日本に行きたいという人はいなかった。ルーツが日本でも彼らの故郷はあくまでここだから、日本については話を聞くだけで十分なのだそうだ。まぁ正直、行きたいと言われても戸籍とか色々困るんだけどね。
「何だお前ら、もう帰んのか。」
「突然じゃない、何かあったの?」
「いや、元々仕掛けを破ったら帰るという話ではあった。世界に穴があいてたから、あれが閉じないうちに帰ることにしたんだろ。」
哲さん、深幸さん、義親さんだ。色々とお世話になりました。………深幸さんは羞恥から完全復活できたみたいだな。
「皆さん、お世話になりました。」
「世話になったのはこっちだ。結斗が日本人じゃなければ、ファウストとこんな風に話すことも協力することもなかった。」
「ヒューのおかげで外のやつとも普通に話せるようになったし、他の集落のやつとも話せそうだしな!」
「ヒューバート君とハロルドさんは、結局最後までお箸使えなかったわね。覚えると便利よ?」
「えぇ、お兄ちゃん達もう帰っちゃうの?またすぐ会える?」
哲さんの後ろから花梨ちゃんが出てきた。しょっちゅう会うのは厳しいかなー。
「すぐ会えるかはわかりませんけど、伝言ならいつでも預かりますよ。俺は毎晩会えるので。」
「やまいぬさんだけ?ずるいー。でも、ありがとうございました!何かお手伝いできることあったら、あたしに言ってね!」
「ありがとう、花梨ちゃん。カゲの誘導では大活躍だったね。すごく助かった。」
花梨ちゃん、投石のコントロール抜群なんだよね。小石にカーブかける人なんて俺は初めて見たよ。
「その魔力量なら優秀な魔導士になれそうだ。壁の外ならカゲになる心配はないだろうから、魔法を学んでみるといい。」
「ほんと?あたしも氷とか風出せる?」
「見た所雷が得意そうだが、色々試してみろ。魔力の属性と得意魔法の属性は必ずしも同じではない。」
「わかった、やってみる!ヒューお兄ちゃんみたいに、どーんとおっきい魔法も撃てるようになるんだから!」
「うむ、その意気だ!」
………やっぱヒューって年下の面倒見るの好きだよな。ハロルドさんの影響だろうか。
奥の家から、話を終えたらしい源之助さんとメランさん達が出てきた。
「おや、もう帰られるのか?何もお返しが出来ておらんが、そのために引き止めるのも忍びないのぅ。」
「いえ、この村の協力がなければ仕掛けは破れませんでしたから。食糧も分けていただきましたし、武器もお借りしました。こちらがお礼をしないといけないくらいです。」
「何を言う。お主らは、この閉じた世界を開いてくれた。結斗殿は泉でわしらと健一を救ってくれた。村人一同を代表して、わし個人としても、礼を言わせてほしい。本当にありがとう。」
そういえば、健一さんの件からはもう二週間以上経ってるのか。最近は時間が経つのが早く感じるな。
「私達も、今までの事情は簡単に聞いた。何百年と続いたシステムを変えることになるから一悶着はあるだろうが、決して彼らを悪いようには扱わないと誓おう。
中のことを知らせてくれてありがとう、異世界の若者達。あとは我々に任せてくれ。」
うん、もう少し早く、自分達で気づいて欲しかったかな。
でもファウストや村の人達にはあまり外の人を責める様子がないし、今のところメランさんも誠実そうな人に見える。部外者の俺がとやかくいうことじゃないだろう。
「………そうだ義親さん、これ良ければ使って。ファウストに返そうとしたら、俺には扱えないから使える人に渡してくださいって言われてさ。」
「結斗の刀じゃねぇか。村正とかって呼んで大事にしてただろ、日本のものなんだから持ってけよ。俺も大して上手くは扱えねぇぞ。」
「今の日本に刀持って突然現れたらそれだけで捕まっちゃうよ。それに、その、警察に調べられたら健一さんの血液反応が出るだろうから、俺が殺人犯にされる可能性が………健一さんを殺したのは事実なんだけど………」
健一さんのことで後悔はしないと決めているが、ムラマサを見ているとふとした時に首を斬った感触を思い出してしまう。
それに、この世界では普通の武器だとしても、日本では殺人の凶器。一緒に戦ってくれた相棒が、そんな扱いになるのは嫌だ。名実共に妖刀になっちゃうよ。
「あれは殺したんじゃねぇ、助けたんだ。………っつっても、気になるもんは仕方ねぇか。わかった、そういうことなら使わせてもらう。いや宝として飾っとくのもありか?」
「宝なの?これ。一応出来る手入れはしといたし、どうせなら有効活用してよ。」
「そうか。とりあえず、預かっとく。
代わりと言っちゃなんだが、これ持ってけ。ヒュー達の分もある。ついでにファウストの分も今渡しとくか。」
「小百合さんと夜なべして作ってたの。石は義親と哲が探してくれたものよ。」
深幸さんから白っぽい石がついた、紐の輪を渡された。よく見ると紐の編み込みがかなり細かい。これを人数分作ってくれたのか。
ちなみに、小百合さんというのは哲さんと花梨ちゃんのお母さんである。さっき挨拶に行った時は何も言ってなかったけど、こんなお土産を用意してくれてたんだ。
「ありがとうございます!綺麗ですけど何ですか、これ。」
「こんな感じで、手首とか足首につけとくんだ。ついてる石は、あの魔力出す石な。花梨がいつも投げてる石の小さいやつ。
うちの村のやつは皆お守り代わりにこれを着けてて、武器がない時にカゲに襲われたらこれ投げて、その隙に逃げるんだよ。………お前らの世界じゃ必要ないんだろうが、これくらいしかやれるもんが思いつかなくてな。」
「使えなくてもいいよ、ありがとう!これ着けてたら、皆のことをいつでも思い出せるね!お揃いだし!」
帰った時に思い出しかないより、品物があった方が良いに決まってるじゃん!身につけられるのも個人的には嬉しい。
「お、おう。………なんか、恥ずかしくなってきた。変なことはしてない、よな?」
目を逸らされてしまった。義親さんが照れ隠しせずに普通に照れるって、なかなかレアじゃないか?
「結斗君の笑顔が眩しい………。そんなに喜んでくれるなら、作った甲斐あったわね。」
深幸さんが満足気に笑う。
いつも家事を一手に引き受けてくれていただけでもありがたかったのに、さらにこんなものまで作ってくれていたとは………深幸さんの睡眠時間が心配になってきた。
「俺達の分まで、ありがとうな!大事にするよ!」
「うお、こっちの笑顔も眩しい………。結斗と司馬、そういう所は似てるよな。人たらしって言うのか?」
「あぁ………何となくわかる。妙に間が抜けてて毒気抜かれるっつうか。」
「ひどくね?」
義親さんなりの誉め言葉だよ、カズ兄。
「司馬みたいに間抜けてはいねぇが、ハロルドも似たような感じはするな。」
「私もかい?でも、本当に嬉しいよ。ヒューも喜んではいるが………石を研究対象として見ている気がする。」
確かにヒューは石を撫でたり、他の石と重さを比べようとしたり、少し魔力を入れてみたりしている。
「帰ったら分解したりしないだろうね?」
「………」
「ヒュー?」
「はいっ、聞いています!………研究したいのは否定出来ませんが、そのために壊したりはさすがに。魔力波の計測なら分解せずにできるだろうか………」
「じゃあ一つ別にやるよ。大きさが中途半端で使いにくいやつがあってさ。ほら。」
「もらっても良いのか!?」
「ここではその辺に転がってるもんだからな、これ。粉々にしたっていいぞ。」
お別れだからもっとしんみりするかと思ってたけど、なんだかんだ最後までわやわやしてたな。暗いお別れより良いよね。
「見送りたいのは山々だが、これから他の集落のやつらを外に連れ出す手伝いをすることになったんだ。俺達はここでお別れだな。」
「そっか、そっちも急ぐよね。じゃあ皆さん、お元気で!」
「何か俺達に出来ることがあれば、ファウストを通して伝えてくれれば何とかしてまた来るからな!」
「そんなことはない方が良いけど、ありがとう。」
「元気でねー!」
村の人達に総出で見送られながら、ファウストと俺達異世界組は村をあとにした。
五人全員がほとんど黙ったまま、穴の前まで来た。穴からは不思議な風が吹き込んでくる。
「俺も、ここでお別れですね。ユウトとヒューには会えますけど、カズマさんとハロルドさんには夢じゃ会えないので寂しいです。」
カズ兄とハロルドさんがファウストに歩み寄る。
「君も弟みたいなものだ、力になれただけでも嬉しかったよ。よく頑張ったね。
この後どうなったのか、ここの皆が元気にしているか、時々ヒューを通して私にも教えてくれるともっと嬉しいな。」
「あ、それは俺も知りたい!壁の外がどんな所かとか、わかったら教えてくれよ。
ほんとは自分で見たいけど、結斗から話聞くので我慢するよ。なんならまた会いに来るし。」
「勿論お話ししますよ………わ、また撫でるんですか。」
二人に、主にカズ兄にわしゃわしゃと頭を撫でられ、ファウストの髪がぐちゃぐちゃになってしまっている。
でも、本人は少し嬉しそうだ。
「俺達とはまた今夜会おうな、ファウスト。自力で帰ったって言って、シキを驚かせてやろう!
あと、コウのこともよろしくな。コウはもうお前のこと大好きみたいだし、仲良くやってくれよ。」
「あのペンダントは半永久的に使えるが、所詮紙だからあまり濡らさないように気をつけてくれ。まぁ、外にも翻訳機はあるようだから壊れても問題はないだろうが。」
「ふふ、二人とはまたすぐに会えますからね。コウも残ってくれるし、村の人達もいます。皆さんのおかげで仲間がたくさん出来ましたから、俺はもう大丈夫です。」
しゅるしゅるしゅる
「コウ、俺達とはお別れだよ。いっぱい活躍してくれてありがとう。もう義親さんと喧嘩したら駄目だよ?」
「俺達の怪我を治してくれてありがとうな、コウ。ファウストのこと頼んだぞ。」
ぎゅうぅぅぅぅ
しゅるしゅるしゅる
「戻ってったな。やっぱりファウストの袖が好きなのか。」
「そんなに居心地良いんですかね、俺の袖。」
ファウストが一番思考が純粋だから懐いてるんじゃないかと俺は思ってるけどね。戦闘での騙し討ちはともかく、人に対して裏表というものがほとんどない。
「あ、俺達もお別れか!最初は変な感じしたけど、楽しかったよ。ありがとな、ハロルド。」
「私も異世界の自分に会うなんて、珍しい体験が出来て良かったよ。何かの拍子にそちらに迷い込んだ時には、頼らせてもらってもいいかな?」
「おう、そうなったら夜海神社を訪ねてくれ。俺がそっち行っちゃった時はよろしく。」
「勿論。テルミニシア王国のウィリアムズ伯爵家に連絡を。」
カズ兄とハロルドさんは、同一人物だからかずっと仲良さそうだったけど、意外と別れの挨拶はあっさりしてるな。
「………寂しいですけど、ハロルドさん達はほんとにもう帰さないと。俺もメランさん手伝うって言っちゃいましたから戻らないといけません。
ユウト、ヒュー、また今夜。カズマさんとハロルドさんは、お元気で。本当にありがとうございました。」
「元気でね、ファウスト君。」
「じゃあ、また今夜!」
はぐれないようにカズ兄を掴み、四人一斉に飛び込む。
生身で来ても感覚は夢とほぼ同じなんだな。周りは虹色にゆらゆらと揺れている。
ヒューが指差す方を見ると、今通って来たような穴が見えた。あれが日本か、穴が開きっぱなしで助かった。
ありがとう、ヒュー!
あまりここでぐずぐずはしていられない。軽く手を振ってカズ兄と二人、その穴に飛び込んだ。




