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ドカァン、という音と共に土煙があがる。
カゲは巨大化した分、攻撃力もはね上がっているようだ。一撃で地面が大きく窪んでいる。
「うわ、あれは食らいたくないな。受けるのは無理だ。ヒットアンドアウェイでちまちま削るしかないか。」
「ひっとあん何とかって何?」
「あー………一撃離脱を繰り返す、みたいな?」
「哲さんと義親さんはいつも通り、遠くからどんどん削って。前衛組で直接叩きつつ矢を集めるから、残数は気にしなくていいよ。」
「了解。射線に突然入らないようにだけ気ぃつけてくれよな。」
「俺達が味方に当てるわけねぇだろ、無駄な心配させんな。」
「花梨、わしの後ろにいなさい。万が一の時は村への連絡を頼むからの。」
「わかった、気をつけてね!」
カゲとの戦いはほとんどぶっつけ本番だが、この数日で皆お互いの動きを覚えたから自然に連携して動けている。怪我での離脱者もまだ出ていない。
「皆さん、聞こえますか!?最初に隠れたクレーン車までカゲを誘導して欲しいんですけど!」
この声は、ファウストか?
「できるけど、何するの?」
「俺が一人の時にやってたみたいに、ワイヤーでクレーン車に縛りつけます!
一応このワイヤー金属製ですけど、あの力だとすぐちぎられるかもしれないので、皆さんは縛った後一気に攻撃をお願いします!」
基本的にカゲは拘束してから殴るって言ってたな。でもあんなでかいのをどうやって?
「長さ足りるか?」
「多分2周か3周くらいならできますし、いざとなったらクレーンにかかってる紐っぽいのも使います。というか、駄目で元々って感じです。ワイヤーが絡まって多少動きが鈍くなれば、戦いやすくなりませんかね?」
「成程な、わかった。皆も聞こえたな!クレーン車に誘導するぞ!」
そういうことなら、また俺が囮になるのが良さそうだ。そう思って走り出そうとすると、後ろから優しく肩を叩いて止められた。
………ハロルドさん?
「皆疲れもあるだろうし、ちょっと時間を節約しようかと思ってね。それに、少しは私も見せ場が欲しいな。
ヒュー、私が道を作るから風で押してくれ!」
そう言いながら、剣に魔力を込め始める。道?
「………はぁっ!」
ハロルドさんが剣を地面に突き立てると、そこから鏡のように滑らかな氷の道が現れた。カゲの足元を通ってクレーン車の方向に伸びていく。
カゲは魔法を使ったハロルドさんに狙いを定めたが、滑って上手く動けないようだ。すごい、つるんつるんだ。
「くっ………想定より少し短いか。この世界は本当に魔法が使いづらいね。」
「大規模な魔法使うのは避けてくださいって言いましたよね兄上!?カゲも近くにいるのに!!」
「大丈夫、凍らせたのは表面の数cmだ。それほど魔力は使っていないよ。」
「………まぁ、やってしまったものは仕方ないか。折角ですから利用させてもらいます、兄上はしばらく離れていてください。
皆、氷を砕かないようにカゲの足を叩け!滑らせてクレーンの前に移動させるぞ!」
そう言って今度はヒューが宙に魔法陣を描き、突風を吹かせ始めた。お前も魔法使うんじゃないかよ。
皆で足元を重点的に攻撃して転ばせると、カゲは氷の道の上を突風でするするとクレーン車の元に運ばれて行く。見た目がちょっと締まらないが、確かにこれは速い。
「ありがとうございます!少し離れててください!」
いつの間にかクレーンの頂上に登っていたファウストが魔力でカゲを近くまで呼び寄せ、ワイヤーをたなびかせながら飛び降りてきた。某アメコミヒーローみたいだ。
クレーンに固定したワイヤーを使って縦横無尽に飛び回りながら、巨大狼の首や脚にワイヤーをかけて手際よく締めあげていく。………何がどうなってるんだ?あれ。
「ユウト、攻撃してください!クレーン車の方がちょっと持ち上がってます、早く!」
はっ、あまりの手際の良さに呆然としてた。
我に返ると、既に皆集まってカゲを袋叩きにしていた。いけない、俺も殴りにいかないと………
じわじわと、だが着実に黒い魔力は減って、遂に普通のカゲよりも小さくなった。もうワイヤーを切る力はなさそうだ。
中にうっすらと人影も見えてきた。もうすぐ、終わる。
「ファウスト、最後はお前がやるか?」
「………ありがとうございます、そうします。」
未だ暴れているカゲに落ち着いた足取りで歩み寄り、ファウストがナイフを逆手に構える。
「さよなら、姉さん。」
短い別れの挨拶をして、ファウストは躊躇うことなく胸の真ん中にナイフを突き立てた。
とすん、という軽い音と共に、黒い魔力が霧散する。カゲがいた所には、黒っぽい塊が現れた。
彼女がカゲになってもう一ヶ月以上経つ。本体は暴走した魔力で徐々に壊れていくため、元の顔などはもうよくわからない。かろうじてわかる手足らしきものと流れ出る血がなければ、生き物とすらわからなかったかもしれないほどだ。
「皆さん、ありがとうございました。これで姉さんもゆっくり休めます。」
ナイフを抜き取ったファウストが、こちらに振り返って明るく笑う。
表情とは裏腹に固く握りしめられて白くなった手が、返り血の赤を際立たせているように見えた。
「………墓、入れないとな。手伝ってやる。」
「はい、ありがとうございま………わ、わ。何で撫でるんですかヨシチカさん。」
「あたしもやる!やまいぬさん、かっこ良かったよ!」
「カリンさんまで………えと、ありがとうございます。その、ワイヤー外すの手伝ってもらえますか?明るいうちに仕掛けの向こうを調べましょう。」
ファウストは二人から目を逸らしてそう言った。少し顔が赤くなっている。お姉さん倒したわりには平気そうだな?
………いや、そんなことないか。ナイフと手を拭って赤くなった布をぎゅっと胸に当てている。
すぐに元気を出すのは無理だろうけど、ファウストを支えてくれる人はたくさんいる。きっと大丈夫だ。
「もう、離れてくださいっ!早く行きますよ!ヒュー達を元の世界に帰すんですから!」
「あら照れてるの?かわいい。
でもお姉さん運ぶのはともかく、外に出るのは焦らなくても良いんじゃない?少し休んで、万全な状態で調査しましょうよ。」
「俺も疲れた、ってか腹減った!今日はもう帰ろうぜー?村の皆がご飯作って待ってるって言ってたしさー。」
「ーーーーーーーー!!ーーーーーーーーーーーー!?」
うん?何だ今の声。
誰かのペンダントが壊れた?いや、それにしては声が遠い。
「………おい見ろあそこ、壁が開いてんぞ。五人、こっち来る。周りにいくつか板みたいなの浮いてんな。光る板。武器か………?」
え、どこどこ………ちっさ。なんで見えるの、義親さん。
壊したパネルの向こうに伸びる長いベルトコンベア、その更に先の壁にある分厚い扉が開いており、その近くにいくつかの人影が見える。
「外の人が様子見に来たんですかね。敵じゃないといいんですけど………すみません!外の人ですか?」
「ーーーーー?ーーーーーー!」
「いえ、俺は外から入ったんじゃなくてここ産まれです。はい、いくつか村もあります。中に人がいるの、外の人は知らないんですか?」
「ファウスト、あの者達の言葉がわかるのか?何者だ?」
「え………言われてみればそうですね。皆さんにはわからないんですか。なら、俺が少し話してきます。」
恐る恐るベルトコンベアのこちら側に来た謎の集団に、ファウストが駆け寄っていく。
警戒心強めのファウストらしくない………と思っていたら、しっかりナイフを袖に隠して握っていた。
外から来た人達は一見するとスーツのサラリーマンに見えなくもないが、マントのようなものを着ていたり、頭にサークレットのような輪を着けていたりする。世界観が謎だ。
「ーーーーーーーー?ーーーー、ーーーーーーーー。」
「だから入ったんじゃなくて、ここで産まれてここに住んでるんですってば。最近ここが壁の中って知って、外を調べようという話になって。あ、仕掛け壊したのはごめんなさい。」
「ーーーーーーーー、ーーーー。」
「ーーーー、ーーーーーーーー。ーーーー?」
「カゲのことですか?もう倒しましたしそこまで怖がらなくても………俺、子どもじゃないですよ。みせいねん?ってどういう意味ですか?」
何喋ってるんだろう。ファウストの台詞しか聞こえないが、聞いている限りでは外の人は中の事をほとんど知らないような感じがする。
「えと、少し待ってください。………皆さん、とりあえず敵対するつもりはなさそうです。コウも敵意は無いって言ってます。」
しゅるっ
ファウストの袖からコウが頭を出した。そういえばずっと姿見えなかったけど、戦闘中もそこにいたの?ファウストが飛び回ってる間とか、暗闇ジェットコースター状態だったんじゃ。
「ここはエネルギー?を吸い取って集める仕掛けの中だから外で話そうって言われたんですけど、どうしますか?」
外から来た人達の方をちらりと見ると、全員が互いに顔を見合わせて困惑した様子。その表情をしたいのは俺達の方もなんだけど。
「元々外に出るって話だったんだし、別にいいだろ。でも全員で押し掛けたら人数多くないか?」
「全員連れて行く気みたいですよ。遭難者を保護しないと、って。」
「遭難したわけではないのじゃがのぅ。………哲、深幸、花梨を連れて一度村へ戻ってくれんか。」
「えー、あたしも外見たい!」
「花梨、外はあとでゆっくり見られるだろ。俺達は村のやつらに作戦成功を伝えてやろう、な?」
「………うん。」
哲さんがちゃんとお兄ちゃんしてる………
「おい結斗、何だその顔。俺を何だと思ってんだ。」
「え?うーん………明るくて強くて頼りになるけど、どっか抜けてて危機感薄くてちょっと心配な人?」
「ふふ、的確………」
「笑ってんじゃねぇよ深幸………」
「異世界組は行くか?帰る方法探すんだろ。」
「それはもう解決したって言ったじゃないですかヨシチカさん。
あ、でもヒューは通訳に来て欲しいです。なんか微妙に言葉通じないことがあるみたいなので。お願いできますか?」
「わかった、引き受けよう。」
「ヒューが行くなら私も行くよ、もう離れたくないからね。ユウト君とカズマはどうする?」
うーん、どうしよ。人数を均等に分けるなら、村に戻った方がいいのかな?村の守備力的な意味で。
「結斗、元の世界に帰る人間はできるだけ揃って行動した方が良いんじゃないか?もし突然帰るチャンスがあったら誰もそれを逃さないように。」
「んー、逃してもシキが穴開けてくれるし大丈夫だと思うけど………まぁ、確かにそうかもね。俺達も外行こうか。」
「わかりました、伝えてきますね。」
哲さんと深幸さんが村に戻るなら大丈夫か。村の人達もそれなりに戦えるらしいし。
………あ!
「ちょっと待った!俺着替えてくる!!」
「は?………あぁ、もう見慣れてきて忘れてた。まだ変態衣装のままだったな。」
俺は変態じゃないやい!皆に言われて仕方なく着てただけなんだからな!攻撃ほとんど受けてないからまじで無駄だったけど!
はぁ………さっさと着替えてこようっと。
「………カズマ、少しいいかな?」
「ん、どうしたハロルド?」
「上手い質問の仕方がわからないんだけど………ユウト君は、自分の意見を通すのが苦手だったりするかい?」
「そうか?………あー、どうだろ。
周りに合わせる傾向はあるけど、それは国民性もあると思うんだよな。普通に自分の希望言ってくることもあるし、特別苦手ってことはないと思う。何が気になったんだ?」
「気には、なったんだろうね。でも、何がと聞かれると正直返答に困る。国民性ならカズマにも同じ感覚を抱くはずだ。
………君からユウト君の過去を聞いたからかな。私が気にし過ぎなのかもしれない。」
「気にし過ぎるくらいでいいよ、あいつ変な所で危なっかしいから。むしろその調子で頼むわ。
ほら、俺達も行こうぜ。」




