30.5 ファウスト君はツンデレお兄さんを攻略したい
今日はお肉がたくさん獲れましたけど、目的のカゲは見つけられませんでした。
それなりに強いカゲでないと、作戦には使えません。でも、カゲになってからもっと強くなるまでには時間がかかるので、作戦で使いたい強さのカゲというのはそんなに数がいないです。弱いうちに倒されることも多いですから。
「おい。」
「ふぇ、ヨシチカさん?」
「何だその間抜けな声………ほら、濡らした手拭いだ。身体拭いとけ。」
「ありがとうございます。わ、冷たくて気持ちいい………」
「………ふん」
あぅ、そっぽ向かれちゃいました。
ヒューやユウトと入れ替わる前から、ヨシチカさんのことは近所に住んでるちょっと怖いお兄さんと思っていました。でも、家族や仲間にはすごく優しいってことも、知ってました。
お話できるようになったのが嬉しくて、もっとお話したいんですけど………
何年か前のあの日、俺が戦っていたのは、四角い箱のような形のカゲでした。黒い魔力の矢を飛ばしてくる以外はほとんど動きのない、少し珍しいカゲでした。普段のカゲとは比べ物にならないくらい硬くて、ナイフを初めて折られました。
でも、そこは姉さんもたまに通る場所でした。倒しておかないと、脚の悪い姉さんではこの矢を避けられません。
時間をかけて、地道に削っていきました。少しずつ攻撃が通るようになってきた時、後ろから声がしました。
声の主はヨシチカさんでした。あの時は近所の人ってことしか知りませんでしたけど。
武器を構えて、何か叫んでいました。いつもは睨んでくるだけで何も言わないのに、その日は何だかつらそうな顔をしていました。
今ならその理由もわかります。でも、その時の俺にはわかりませんでした。どうせわからないからと無視して、いつも通りにカゲを倒しました。
戦いを仕掛けられる前に、と思って、カゲを倒した後すぐに距離を取りました。
でも、いつもと違ってヨシチカさんはその場に膝をつきました。ヨシチカさんがあんなに大きく表情を変えるのを見たのは、あの一回だけ。
膝立ちのまま歩いてカゲだったものの隣に座ると、その手を取って自分の額に押し当てていました。
それを見てやっと、あのカゲはヨシチカさんの大切な人だったんだと気づきました。
その日は逃げるように家に帰って、いつもより早く寝床に潜り込みました。
あの頃の俺にとって大切な人は、姉さんしかいませんでした。その姉さんがもしカゲになってしまったら。そんな想像が止まらなくなって、不安で苦しくて眠れませんでした。
ヨシチカさんはきっと、あの人を倒しに来てたんです。姉さんがもしカゲになったら、すごく、すごく嫌だけど、きっと俺もそうするから。
それなのに俺が倒してしまったから、あんな顔をしていたんでしょうか。そう思いました。姉さん以外の人の気持ちをちゃんと考えたのは、あれがきっと初めてでした。
相手が悲しむことや怒ることをしてしまったら、謝らないといけません。昔おじさんにそう言われました。そうしておけば、今は争っている相手でもいつか味方になってくれるかもしれないからだそうです。
でも、言葉が通じたらごめんなさいって言えますけど、それはできないから。日が昇る前に、少しうちの野菜を置いて、俺からだってわかるように昨日折れたナイフの柄も隣に置いていきました。直接会うのはちょっと怖くて。
日が昇ってからも少し様子を見ていましたが、野菜は村の外の焚き火に使われていました。村の人達が全員出てきて、険しい顔で話し合いをしているのが不思議で………あの頃はまだ、自分が怖がられてるって知らなかったんです。
謝るのに失敗してしまったみたいだったので、それからは村に近づかないようにしてきました。ヨシチカさんに睨まれる度に、心の中でごめんなさいと言っていました。
言葉が通じるようになって、やっとごめんなさいが言えました。ヨシチカさんは怒ってないって、ありがとなって言ってくれました。ほんのちょっぴりでしたけど、初めて笑った顔を見せてくれました。
この何年か、ずっと胸の端っこに刺さっていたトゲが、溶けて消えたような気がしました。
あれ、ヨシチカさんとミユキさんが村の外れでしゃがんでます。何してるんでしょうか。
「どうしたんですか?これ何ですか?」
「ファウストか。これは健一の………お前は健一のこと知らねぇんだったな。最近死んだ仲間の墓だよ。」
「はか」
「とりあえず埋めただけになってたから、そろそろちゃんと整えてあげようと思って………お墓、知らない?」
「はか」と「おはか」は一緒なんですかね。
「死んだやつを埋めて、名前書いた石とか板を置いて、遺されたやつはそこで死者を弔うんだよ。」
「とむらう」
「そうね、亡くなった人にこっちは元気にやってるよとか、こんなことがあったよとか、ここでお話をしてる人が多いと思うわ。あとは頑張るから見守っててねとか、安心して眠ってねとか?」
「この板にですか。」
「板の下に本人が埋まってんだよ。それが墓だ。」
「この辺りはこの村の墓地になってるの。あっち側は長いこと行方不明の人とか、まだ死んでないけどカゲになっちゃった人達の仮墓よ。」
カゲになった人も死んだのと同じだからお墓をつくる。身体はまだ動いてて埋められないから、仮のお墓を。
………お墓。
「俺、おじさんのお墓も姉さんの仮墓も作ってません。今からでも作った方がいいでしょうか。」
「ファウスト君、家族いたの?ずっと一人だと思ってたわ。」
「そりゃ、こいつにだって育てた親はいただろ。まるっきり野生だったらこんなに喋らない。」
「赤ん坊は一人で生きられないから、とかじゃないの?」
「こいつなら生きられそうな気がする。」
「………否定、できないわね。」
無理ですよ?多分。
「えと、おじさんは俺が小さい頃に死んだのであんまりはっきりは覚えてません。姉さんは一ヶ月前くらいにカゲになって、襲われて大怪我した時にユウト達と入れ替わりました。だから今は一人です。」
「一ヶ月前なんて、ついこの間じゃない………!」
「わ、わ。」
ミユキさんがぎゅっと抱きしめてきました。
あったかくて柔らかくて、昔の姉さんを思い出します。何だか寂しくなって、俺もぎゅっとしたくなっちゃいましたけど、ミユキさんは姉さんじゃないので我慢です。
紳士はみだりに女性に触れるものじゃないって、ハロルドさんが言ってましたからね。紳士と男の何が違うのかはまだわかりませんが。
「まだつらいわよね。大丈夫、ファウスト君はもう私達の仲間、一人じゃないのよ。
ユウト君達と入れ替わったのも、何かのご縁かもしれないわね。」
「それは関係ねぇ」
「あんたはちょっと黙ってなさい」
「………」
?
「………義親、哲呼んできて。ファウスト君の家行くわよ。」
「今からか?ってかこの感じだと遺骨とか残してねぇだろこいつ」
「お墓は生きてる人間が死と向き合って先に進むためにあるの。私がファウスト君のために作ってあげたいの。」
「わかったわかった」
え、今から作るんですか?俺作り方知らないですよ?
「………今深幸も言ったろ、墓は所詮生きてるやつのためのもんだ。お前が作りたきゃ作ればいい。どうなんだ。」
「え、と………」
ユウトの家には、ユウトの両親にお祈りする所がありました。ヒューの家には、今までの当主様やその家族の絵が沢山並んだ部屋がありました。
カナエさんはお花を飾りながら笑顔でそこに話しかけていましたし、ハロルドさんは本邸のれいびょう?に年二回は必ず会いに行くと言っていました。
返事はないけどお話ししたい時とか、伝えたいことがある時はここにきて言うんだって、二人とも言ってました。お墓っていうのも、きっとそういう場所。
俺も姉さんに、仲間ができたこととか、異世界行ったこととか話したい。俺は元気に生きてますって。
皆そう思うから、世界とか国が違っても、死んだ人とお話しする場所を作るんですね。
「俺も、姉さんとお話、したいです。ヨシチカさん、作り方教えてください。」
「わかった。この村のやり方で良けりゃ教えてやる。」
「………なぁ、ほんとに俺でいいのか?」
「カズ兄以外に誰ができるんだよそんなの。」
「いやまぁそうなんだけどさ。」
気がつくと、何故か村人総出の大事になっていました。ヨシチカさんは「遺体か遺品を埋めて目印立てれば終わり」って言ってたはずなんですけど。何ででしょう。
ユウトが綺麗な模様の石、というか岩?を二つ、目印にするのに持ってきてくれて、ヒューとハロルドさんが魔法でその岩の角を丸く削ってくれて、村の人達はどこからかお花を持ってきてくれました。あれは多分、泉の近くに時々生えてるやつ。
今はカズマさんがお墓の周りに水を撒いたり、四隅に紐を結んだ杭を立てたりしています。仕上げだそうです。
「よし。だいぶ略式だけど、ここの物でやれそうなことはやったぞ。何もやらないよりはましだろ。
後で村の墓地にもやりましょうか、源さん。」
「是非頼みたい。お清めができる者など、村にはおらんからの。」
「了解です。」
おじさんの方には覚えている中で一番よく着ていた服を。姉さんの方には、脚を悪くしてからずっと使っていた杖を埋めました。名前はおじさんのしかわからなかったので、姉さんの方には姉さんが持ち物によくつけていたマークを書いておきました。
カズマさんが最後に何をしてくれたのかは全くわかりませんでしたが、そのゆっくりとした丁寧な動きを見ているだけでも、何だかお墓がとても大事で綺麗なものになったような気がしました。
「それにしても、司馬が神社の跡取りってのは驚きだなぁ。」
「はは、意外ってよく言われる。
神職の資格はまだ持ってないし、本格的なことは何もできてないけどそこは許してくれよ、ファウスト。」
「いえ、皆さんがいなかったら、お墓立てようと考えることもなかったですから。本格的とかどうでもいいんです、俺にはわかんないので。ありがとうございました。」
「そっか。ファウストが満足なら良かったよ。」
カズマさんにわしわしと頭を撫でられました。姉さんはもっと優しくふわふわ撫でてくれたんですけど、これはこれで嬉しい。
………あ。
「ヨシチカさん!」
「っ!」
「お墓のこと教えてくれて、ありがとうございました!」
「………おう。」
あっちを向いたまま、早足でどこかに行ってしまいました。
「逃げたな、あいつ。
気にすんなよファウスト、照れてるだけだからな。お前のこと嫌いなわけじゃないから。」
「そうよ、ああ見えて純粋な年下にはすごく弱いんだから。ぐいぐい話しかけに行っちゃって!
………ひねくれ過ぎてて面倒くさいのよ、あいつ。司馬さんの祝詞でついでに浄化されればいいんだわ。」
「本音がだだ漏れてるぞー、深幸。」
大丈夫ですよ二人とも、知ってますから。ヨシチカさんはすごく優しくて、でもそれを知られるのが恥ずかしくて嫌いなだけなんですよね。
ユウトが言ってました、ちょっと義親さんの気持ちわかるんだよねって。優しくしてもらってもお礼を言われても素直に受け取れなくて、返事が素っ気なくなっちゃって、自分の部屋に帰ってから後悔するんだそうです。
カズマさんは、ヨシチカさんをツンデレキャラだなって言ってました。攻略したらものすごく優しくなるタイプだって。攻略という言葉は、人に使う時は仲良くなることを言います。これは日本で覚えました。ツンデレという言葉の意味は、教わってもよくわかりませんでした。
ヨシチカさんみたいな人を攻略したかったら、根気強く話しかけろって昨日カズマさんに教わりました。昔のユウトがあんなんだった、斜に構えてても根が優しいから無視はできないんだって。
よぉし、俺、頑張ってヨシチカさんを攻略します!
「あいつら………余計なこと吹き込んでんじゃねぇよ………」
「さっさと諦めた方が楽ではあるよ?」
「それができたらこんな性格してねぇんだっつの………って、いつからそこにいたお前。」
「俺が元々いた所に義親さんが逃げ込んできたんだよ。
哲さんと深幸さんはわかんないけど、カズ兄はほんとしつこいからねー。カズ兄に人付き合い仕込まれてるファウストも似たようなものだと思うんだ。」
「その言い方は………」
「うん、経験済み。」
「………仕方ねぇ、適当に相手するか。」




