30.5 カゲ捜索中
「はあっ!」
う、嫌な手応え。骨を折った感触だろうか。
「お疲れ様、カズマ。」
少し離れて見ていた異世界の俺、ハロルドがこちらにきて水筒を渡してくれた。
俺の顔、銀に輝くロングヘア、ファウストに借りた女児用らしきピンクの水筒。謎過ぎる組み合わせだ。
「怪我はないかい?」
「おう、無問題だ。」
「何故君が隣国の言葉を………?」
「え?あぁ、そういう風に聞こえんだ?」
ヒューが作ったこの翻訳ペンダント、思念を飛ばしているというだけあって、細かいニュアンスも結構伝わるんだよな。相手の知らない概念とか固有名詞はそのまんまの音が伝わるっぽいけど。
「よし、ちゃんと黒いのも消えたな………ってあれ、思ったよりちっちゃい。」
靄が散った後に残ったのは、胴体が俺の靴より少し大きい程度の蜥蜴的な生物だった。俺が最後の攻撃で折ったのは背骨だったらしい。
未だビクビクと動く手足と尻尾。自分でやっておいて何だが、可哀想に思うと同時に背筋がぞわぞわする。爬虫類ちょっと苦手なんだよ。
「戦ってる間は中型犬くらいに見えてたのに………このサイズであんなに苦労するとか、自信なくすわ………」
「私がさっき倒したカゲもこのくらいだったよ。この大きさの生き物ですらカゲになれば手強くなる、と考えるべきじゃないかな。」
「………。」
ハロルドのフォローが逆につらい。
俺が苦戦してたこれと同じようなのを危なげなくさらっと倒してただろ、見てたぞ。
「その胡乱な目をやめてくれないか………本当に、自信を持っていいと思うよ。君の実力は現時点でも銀の三冒険者に匹敵する。実戦を重ねればすぐ金になれそうだ。」
「銀の三って?」
「あぁ、階級では伝わらないか。銀の三は特に玉石混交だし………そうだね、全冒険者の上位三割には入るんじゃないかな。」
「………世辞にしちゃ大袈裟だぞ。」
「戦闘能力に関してお世辞は言わないよ。命に関わるもの。」
思いの外真剣な声に顔を上げると、基本的に笑顔を絶やさないハロルドが真顔でこちらを見据えていた。マジか。
俺は結斗と違ってただの大学生だし、野生動物も森にいる鳥とか小動物、せいぜい猪くらいしか見たことないんだぞ。まだ手震えてるくらいなのに、ファンタジー世界の冒険者の中で上位三割とかないない、あり得ないって。そりゃ、町の不良との喧嘩くらいだったら負けないけどさ。
「実戦経験が少ないだけだよ。君の剣技は完成された、とても美しいものだった………強いていうなら、型だけを修めている者の剣術に近いと感じたかな。」
お、鋭い。それは多分、俺が剣道より先にうちの神事で捧げる剣舞を教わったからだ。動きの正確さと見栄えの良さ重視なんだよ。
「私は貴族とはいえ田舎者だから、実戦を積む機会には事欠かなかった。それだけのことさ。
大丈夫、君は十分強いし、もっと強くなる。少なくとも、そこらのカゲに引けを取ることはない。私が保証するよ。」
目の前の俺が、白い歯を覗かせて爽やかに笑う。うん、そこまで言ってもらえると自信戻ってきたかも。
………それにしても、何でハロルドはこんなにイケメンムーヴが似合うんだ?俺も顔は同じはずなんだけどな。
「歯磨き粉のCMかな………?」
「しーえむって何だい?」
「いや、何でもない。ありがとな、ハロルド。」
「私は事実を言っただけだよ。」
笑顔が眩しい。真似したら俺もモテるかな………ただのイタいやつになりそうだ。やめとこ。
「おーいカズ兄ー、ハロルドさーん。」
「おや、ヒュー達が戻ってきたよ。あれは………」
おかえり………って、結斗とファウストが首の無い牛を引き摺ってる!?頭部分は後ろのヒューが浮かせて運んでるし!
「ちょ、怖い怖い、何してんのお前ら!?」
そもそもお前ら三人、全く同じ顔な時点で世にも奇妙な物語状態なんだぞ!?そこに血塗れ首なし死体で追い打ちかけてくんな!!奏江さんが見たらショック死するだろ、これ!!
「何って、狩り的な?襲ってきたから返り討ちにした。」
「当分お肉には困りませんね!」
「兄上、後で解体に手を貸してもらえませんか?」
「これは大物だね、勿論手伝うよ。血抜きはまだなのかな。」
え、嘘、この状況に順応できてないの俺だけ?
「カズマ、どうかしたのかい?」
「いや、これなかなかの衝撃映像だと思うんだけど………?」
「そうかな。………君、本当に都会っ子なんだね。」
俺が住んでるの、郊外の住宅街ですが?すぐ近くに山とか森とかあるんですが?俺で都会っ子だったら、都心とかに住んでるやつは何っ子になるんだ。大都会っ子か。
「ユウトは平気そうだが。育った環境はカズマとほとんど同じだろう?」
「俺は二週間くらいここに住んでるからね。村の人達とも何回か狩りしたし。」
「さっきも瞬殺でしたね。」
適応が早い。早過ぎるぞ、結斗。
いや、でも結斗だからな………普通どれくらいで慣れるもんなんだろう………
「それに………ここに来て初めて斬ったのは、人だったんだよね。それと比べれば、これくらいは。」
「人!?」
「カゲになっちゃってた、日本村の人。」
「………そうか。」
その時の光景を思い出してか、苦い顔になった結斗の頭をぽんぽんと撫でる。
救う方法がないとはいえ、いくら結斗でも現代日本人にいきなりそれはハードルが高かっただろう。やらないとこちらがやられるって状況だったのかもしれないけど………
「そりゃ、キツかったろ。大丈夫か?」
「うん。放っておいても助からないし、健一さんも………カゲになっちゃった人も、仲間を傷つけるのは本意じゃないはず。そう考えて割り切ったら、自分でもびっくりするくらいあっさり斬れた。俺ならそうして欲しいし。」
「おう………そうか………」
異世界に来ても、結斗は結斗だった。変な所で思い切りが良いというか、何というか。
普通なら動くのを躊躇ってしまいそうな状況でも、自分を納得させて行動を始めるまでがやたら早いのだ。思考より先に脊髄反射で動くことも多い。さすが脳筋、いや、親父さん譲りの行動力である。
「自分の身を守るため、とは言わないんだね。………本当に、ユウト君はどこまでも利他的だ。」
「勿論、それもありますよ。あの時は源之助さん達もいたし、俺もファウストの身体でしたから。殺されるわけにはいかないじゃないですか。」
………その言い方だと、自分の身体だったら殺されても良かったみたいだぞ。
結斗は時々しれっとこういう発言をするから心配で目が離せないんだよな。本人は無自覚らしいってのがまた。
まぁ、今以上につきまとったら本気で嫌われそうだからこれでも自重してるんだけど。
「よっと………カズ兄、さすがに重いから家に置いてくるね。お裾分けするから、義親さん達に伝えといてくれない?」
「りょーかい、合流したら言っとく。今どこにいんのかわかんないけど。」
「ならば、コウに探してもらえ。コウの索敵範囲は俺並みだ、テツ達の居場所もわかるだろう。」
「マジ?ヒュー並みって相当だろ?」
「コウもわかるって言ってますよ、ほら。」
しゅるしゅるっ
白蛇がファウストの袖から滑り出て、結斗に頬擦りし始めた。結斗も鼻の下を伸ばして完全に親バカの顔になっている。
そいつ、言うほどかわいいか?お前の脚より長いぞ?
コウが良い子なのは十分わかっているが、まだ生理的嫌悪が先立って近寄れない。コウもそれを察して、俺には近づかないでくれている。蛇に気を遣われるとは。
結斗から降りたコウはするすると俺の横、50cmくらい離れた所でとぐろを巻いた。それから、俺の顔を見てこくりと頷く。「任せろ」ってか。
よろしく、と念を込めつつ尻尾の先を少しだけ撫でてみた。今はこれが限界だ。早く慣れるよう頑張るから、もうちょい待っててくれな、コウ。
「お肉ー!やったねお兄ちゃん!」
「しばらくは飯が豪勢になるな!」
「村に運んでくれれば、皆で解体手伝うわよ?わけてもらうだけなんて申し訳ないわ。」
コウが日本村の探索メンバーを俺達の所まで連れてきてくれた。結斗達が牛を仕留めた話を聞いた彼らの反応がこれである。
………俺なら結斗達が残していった血の道を前に「お肉ー!」とは言えない。流石現地民。
「解体、かぁ………できるかな、俺………」
「無理にやることないわよ司馬さん、健一さんもお魚しか捌けなかったし。」
「やれるようになりたいってんなら、次の獲物はお前がやるか?首落として、腹かっ開いて内臓の処理。」
「ちょっと義親!」
………手の震えはもう、治まった。やらなきゃやられるって状況にも、精神的には慣れてきた。あとは実際にやるだけだ。
それに、ここで俺が足踏みしていたらその間にきっと結斗はまた一人でどこか先へ行ってしまう。
それに、生きることは他の命を頂くこと。日本では誰かがやってくれているだけだ。俺も結斗を見習って、腹を括ろう。
「そうだな。次があったら声かけてくれ。」
俺がそう言うと、片側だけ吊り上がっていた義親の口角がゆるゆると普段の位置に戻った。なんだ、意地悪で言ったつもりだったのか?
………義親って、グレてた頃の結斗にちょっと似てるんだよな。結斗も義親には少し親近感を抱いているらしく、日本村の人達のことを「義親さん達」と言うことが多い。
「断られると踏んで、冗談で言ったんだが………」
「やるよ、弟分に負けてばっかじゃいられないだろ。」
「弟………あんたもよく似たようなこと言うわよね、哲。」
そう言いながら深幸さんが、花梨ちゃんと手を繋いではしゃいでいる哲の方に視線を向ける。
そんなに肉が嬉しいのかこの兄妹。いやまぁ俺も肉は好きだけど。
「ん?そりゃ負けらんねぇからな!」
「ハロルドさんも何かとヒューバート君の前に立つし、兄というのは弟の前に立っていたい生き物なのかしら。」
「花梨は妹だろうが。」
「哲の言う弟分はあんたよ、義親。」
そりゃそうだ。弟分が可愛くない兄貴なんていないだろ?
あいつに嫌がられない限り、いつまでだって守ってやりたい。
「兄が全員ではないけれど、勿論ヒューのことはかわいくて仕方ないよ。赤ん坊の頃から見ているんだ。
………たとえあの子の方が強くても、私の助けなんて要らなくても、守れる場所にいたい。前に立てなくてもせめて、隣に並んでいたいものだ。」
珍しく小さな声で呟くようにそう言ったハロルドは、俺達からついと目を逸らす。その表情は、俺が何度も鏡の中に見たものだった。
俺から見ればハロルドもはちゃめちゃに強いが、その弟であるヒューは世界最強レベルの魔導士だと聞いた。
優秀過ぎる弟分に抜かれ、おいていかれる悔しさ、寂しさ、そして焦り。それでもあいつは俺をずっと慕ってくれて。それが嬉しくて、頼れる兄貴であり続けたいと頑張ったりして。でも、ふとした瞬間に手の届かない所に行ってしまいそうで不安になる。
俺が結斗に抱くこの思いは、きっとハロルドがヒューに抱くものと同じだ。
さっきハロルドが言った言葉は、俺の心の声そのものだった。俺も、戦えるようになりたい。結斗のことを守れるように、せめて隣に立っていられる程度には強く。
俺はもう絶対、あいつを独りにしないって決めたんだ。
「………おい哲あそこ、牙持ちの鹿だ。狙いは俺達らしい。」
「牙?ここの鹿は、肉食なのかい?」
「牙持ちなら雑食、無ければ草食。どっちも食いでがあるし旨いぞ。今日は大猟だな。」
こちらに駆けてくる大きな鹿。その口からは鋭い牙が覗いており、その周りの毛は赤黒く染まっている。
人間の血じゃないだろうな………考えないでおこう。世の中、知らない方が幸せなこともある。
「あれは敵性で、食べられるんだね?
カズマ、行こう!私もヒューに負けてはいられないよ!」
ハロルドの少し上擦った声と、普段より大袈裟な動き。それは昔結斗に、俺が空元気を出している時の特徴だと言われたものと同じ。
出会った時はあんま性格似てないなと思ったし、何で今空元気出してんのかもわかんないけど。やっぱ俺とハロルドは同一人物なんだなぁ。
「よっしゃ、危なくなったらフォロー頼む、ハロルド!」
「待てよ、俺もそろそろ花梨と義親にいい所見せたい!」
「じゃあテツ君は矢で援護を頼むよ!」
タタタッ………
「………行っちゃったね、お兄ちゃん達。」
「花梨は行くなよ、良い餌だ。」
「はぁい。」
「何のんびり見てるの義親!あれ凶暴なんだから、私達も行くわよ………って、脚速い!!ちょっと待ちなさいっ、そこの兄馬鹿三人衆!!」




