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ステラに事情を明かしてから、少し肩の力が抜けた気がする。隠し事するのってどうも苦手なんだよ。
ひとまずステラ以外の使用人には、俺とヒューバートさんの状態を伝えないことにした。そもそもステラが専属でいてくれるので、他の使用人とはほぼ接触がない。
二人きりの時、ステラは俺のことをユウト様と呼ぶことにしたようだ。自分の名前を呼んでくれる人がいる、というだけでも結構心は落ち着くものだな。様付けはどれだけ頼んでもやめてくれなかったけど。
「ユウト様~、ハロルド様からヒュー様にお手紙ですよぅ。あ、ハロルド様というのは」
「大丈夫、わかるよ。ヒューバートさんのお兄さんだよね?普段は実家の領地経営に携わってる………で、合ってる?」
「はい!事故の知らせを受けて、お見舞いにいらっしゃるそうなんですけど~」
んー、家族か。誤魔化せるかな。
「私的には、ユウト様の事情を話して早く味方にしておきたいお方なんですよぅ。私はただのメイドですから一人だと大してお力にはなれませんし、何よりヒュー様のご家族ですから。」
「ステラには今でも十分助けてもらってるけどね。
えっと、ハロルドさんの話だったね。いきなり事情話しても大丈夫かな?ヒューバートさんがハロルドさんを避けてるみたいで、最近の記憶を見てもいまいち人柄がわからないんだ。
俺がヒューバートさんじゃないって知ったら、「偽者!成敗!」みたいな感じにならない?」
見た目はわかるけど、程度だ。ヒューバートさんの潜在意識的な何かが、お兄さんのことを考えるのを拒否している気がする。
「確かに避けてはおられましたけど………ヒュー様、遂にハロルド様の記憶を抹消でもなさったんでしょうか………?」
「? ヒューバートさんの記憶は完全に見られるわけじゃないから、どんな人なのかわかる範囲で教えて。お兄さんのことをヒューバートさんがどう思ってたかとかはわからないんだ。」
「ええと、基本的にとてもお優しい方ですし、敵意がなければお話はきちんと聞いてくださいますよぅ。ヒュー様に関する話でしたら尚更です。敵と見なした相手は容赦なくすりつぶしますけど。」
最後の一文がすげぇ怖いんですが?え、何、精神的に?物理的に?
とにかく敵意は絶対向けないようにしよう。元々そんな予定はないし。
「ハロルド様は、交友関係がとても広いお方なんですぅ。事情を話しておけば、情報集めの強い味方になってくださると思うんですよぅ。ヒュー様ご友人いませんし。」
………寂しいやつだな、ヒューバートさん。
情報はいくらあっても困るものではないし、そんな人が協力してくれれば心強い。弟ではないと知っても協力してくれるような人ならいいけど、そうでなかった時はどうするか………
「いずれは事情を全てお話しすることになりますけど、会ってすぐに話すかとかどこまで話すかなんかは、実際にお会いになって反応を見てから決めてもいいと思いますよぅ。
ハロルド様が到着されるまであと数日あるはずですから、それまでに少し考えておいていただければ」
コンコン
「ん?ステラ以外が来るなんて珍しい………どうぞ。」
「ヒューバート様、失礼します!たった今、ハロルド様がご到着なさいました!」
………………。
「あと数日あるって言わなかったかなぁ、ステラさん。フラグ回収が早いにも限度ってあると思うんだ。」
「す、すみません、ちょっと予想外でしたぁ………ふらぐ回収って何ですか?」
「………何でもない。」
「ええと、とりあえずお茶の用意頼んでいい?俺も着替えてすぐ行くから」
「まだ痛むだろう、横になっていなさい。」
「っ!あ、兄上!?」
ハロルドさんは既に部屋の入り口に立っていた。
兄上なんて単語、生まれて初めて言ったよ。一人っ子だから当然だけど。いや、たとえ兄がいたとしても兄上とは呼ばないな。
ハロルドさんは、穏やかそうなイケメンだ。水色がかった長い銀髪と、ヒューバートさんと同じ色の瞳。
いかにも優しげな貴公子といった感じの、「剣は嗜む程度です」とか言いそうな風貌に見えるが、様々な武道を父に教わっていた俺にはわかる。この人、絶対強い。
一目見ただけでも身体全体がバランス良く鍛えられているのがわかる。その立ち姿に一切のブレはなく、リラックスした様子だが隙はない。優しそうな雰囲気に騙されて、なめてかかった破落戸なんかは瞬殺されるだろう。
髪型はヒューバートさんとほぼ同じだし、兄弟だけあって似ていなくはないが………実際に会って確信した。俺はこの顔をよく知っている。ヒューバートさんの記憶で見たからではなく、刀伎結斗としてだ。
俺が住んでいた家の近所には神社があり、そこの宮司を代々務めている榊原家とは家族ぐるみで仲良くしてもらっていた。
そこの跡取り息子であり幼なじみの榊原司馬、通称カズ兄とハロルドさんがとてもよく似ている。というか、ほぼ本人だ。カズ兄がカラコンとウィッグでコスプレした姿だと言われれば、多分俺は信じる。
俺にとっては兄貴みたいな存在だったが、まさか異世界で本当に兄弟になるとは。いや、カズ兄ではないんだろうけど。
………まさか、カズ兄も死んで転生したんじゃないだろうな。
「これはまた、随分派手に怪我をしたね。起き上がっていて平気なのかい?」
「は、はい、ご心配をおかけしました。あの、ご到着はもう少し後だと聞いていたんですが………?」
おかげで心の準備とか何もできてないんだよ?
「弟の一大事なんだ、急ぐのは当然だろう。」
ハロルドさんはそう言いながら腰の剣を外してすぐ横のサイドテーブルに立てかけ、ステラがさっと出した椅子に優雅な所作で腰掛けた。
………この人にとっては普通の動きなんだろうけど、顔立ちがカズ兄だから無駄に格好つけているようにも見えてしまうな。ヤバい、笑っちゃいそう。
「昏睡状態と聞いて、私は勿論本邸の皆も心配していたよ。それに今使用人に聞いたけど、記憶が曖昧になっているらしいね?」
「えー、曖昧というか、思い出すのに少し時間がかかる感じです。兄上のことはちゃんとわかったでしょう?」
「それはそうだが………今回の知らせを聞いた時は心臓が止まりそうだった。お前はただでさえ怪我が多いのに、何かあっても連絡を寄越してくれないじゃないか。いつもステラの手紙で安否を確認しているんだよ?」
ヒューバートさん、普段は魔術研究ばかりで、家族への連絡はほとんどしていなかったようだ。
あれ、記憶の感じだとわざと連絡を断っていたのか?記憶が断片的でよくわからないな。
………とりあえず笑顔で誤魔化しておこう。愛想笑いは日本人の十八番である。
「思っていたより元気そうで安心したよ。少し雰囲気は変わった気がするけれど………生きていてくれれば、それでいい。」
そう言って立ち上がると、こちらに歩み寄って優しく抱きしめてきた。反射的に身構えてしまったが、外国の人が挨拶でするような軽いハグだ。
傷には強く触れないように、俺が痛みを感じないようにかなり気を使ってくれている。本当に弟のことを大事に思っているんだな。この感じ、カズ兄にそっくりだ。
ステラの方をちらっと見ると、こくりと頷いた。話せってことだろうか。
この弟想いのお兄さんに弟のふりをし続けるのは罪悪感が強いから、俺も話してしまいたい。
でも、偽物扱いされて捕まりそうになった場合、ステラと使用人達くらいならともかく、ハロルドさんからは逃げ切れる気がしない。ここは流されず、もう少し様子を見て慎重に決めた方が………
「何か考え事かい?ヒューバート。」
「いえ、何も?兄上にお会いするのは久しぶりだな、と。」
「………遠回しに聞くのはやめよう。何を隠している?兄に言えないようなことが、何か、あるの、かな?」
ハロルドさんがずいずいと迫ってきた。口元は一応笑っているが、目つきが先程までより明らかに鋭い。
なんで!?やっぱり口調とか違い過ぎるのか?さすがに肉親を誤魔化すのは厳しかったか!
優しいお兄さんだなぁと思ってたのに、抱きしめるふりして逃げられないようにしてたんですね?やだなぁ、ハロルドさんったら策士。ヤバい、ほんとに逃げ道がない。
助けてステラー!あれ、いなくなってる!?
事情を話すかどうかはゆっくり決めればいいとか言ってたじゃん!こんなの問答無用で聞き出されちゃうじゃん!助けてお願いステラさーーーん!!カムバーーーック!!
「いつもなら、私が部屋に入れないように魔術で妨害してくるし、突破して入っても絨毯に転移魔法陣仕込まれてるし、会えても魔術書読んでて会話なんてほとんどしてくれないじゃないか。こんなに会話が続いているのは久しぶりだよ?何かあったと思うのが当然だと思うんだけどなぁ?
思い出すのに時間がかかる、ということは記憶喪失というわけでもないのだろう?最低でも魔術書は読んでいるだろうと踏んでいたのに。」
ヒューバートさん、お兄さんに何してんだ!その妨害をあっさり突破してるハロルドさんもすげぇな!
しかもヒューバートさんの記憶にそれほど強く残ってないってことはそれだけ関心が薄いってこと、つまり気にも留めてないってことじゃないのか!?ハロルドさん可哀想過ぎるだろ!!
っていうか、普段そんなことしてるから今回は妨害魔術の準備されないように手紙と自分がほぼ同着になるようにしたんだな!!納得だよ!!!
心の叫びとツッコミが止まらない。声に出してないとはいえ、さすがに疲れるわ。
ステラも教えといてくれよな!あぁ、でも思っていたより早くハロルドさんが来ちゃったんだっけ。説明する時間なんてなかったか。
「これでも次期伯爵家当主なんだ、力になれることも多いと思うよ?私が魔導でお前にかなわないのは確かだが、この兄はそんなに頼りにならないか?ん?」
そんなことないです超良い兄です。
だから顔近づけてくるのやめて!美形の真顔は相手にある種の恐怖を与えるから気をつけろっていつも言ってるじゃん!!
あ、違うこの人カズ兄じゃないんだった!落ち着け俺!!
「ヒュー。言いたくないなら無理にとは言わない。ただ、一人で何もかも抱え込むのはやめて欲しい。たまには私にも、兄らしいことをさせてくれないか。」
少し声色が優しくなった。先ほどまでの鋭い眼光とはうってかわって、今度は心配そうな眼差しでじっと見つめてくる。
「いつも言っているだろう、私は必ずお前を守ると。
………事故で忘れてしまったのなら、何度でも改めて伝えるだけだ。何があっても、私はヒューの味方だよ。」
うぅ、カズ兄みたいな顔でそんな目をされると隠し事がしづらい。台詞は優しいけど逃げ道は相変わらず塞がれてるし、また知らない間に戻ってきたステラが言っちゃえ言っちゃえ!みたいなジェスチャーしてるし。
………これは、無理だな。降参です。白旗、白旗。
「その………俺は、あなたの弟ではないんですが、話を聞いてくださいますか?」
「! あぁ、聞かせてもらおうか。ヒューではない、とは一体どういうことかな。」
聞いては、くれそうだ。でもさりげなく剣の動線を空けるのやめてもらえませんかね。今の俺じゃ避けられない。
部屋の隅に控えていたステラが、すっとハロルドさんと俺の間に入ってきた。
「事情をお伝えせず申し訳ありません、ハロルド様。ですが、間諜や暗殺者の類いではないのです。この数日で色々と確認させていただきましたので、間違いありません。
あまり広めない方が良い内容だと判断し、周りの人払いをさせていただきました。」
え?確認とかされた覚えはないんだけど。俺が気づかないような方法でされてたのかな。
っていうか、さっき一瞬部屋から消えたのは人払いをするためだったのか。見捨てられたかと思った。
ステラの言葉でハロルドさんの警戒が少し緩んだ気がする。本当にありがとうございます、ステラ様。
「ユウト様、大丈夫ですよぅ。私にお聞かせくださったお話をハロルド様にもお願いします。」
「ユウト………?」
俺はこれまでの話を、ハロルドさんに話し始めた。