28
朝日と鶏の鳴き声で目を覚ました。下の階からは既にかすかな生活音がしている。ってか鶏いるのか、ここ。
音がするってことは、もう皆起きてるのか?でもファウストとカズ兄はまだ寝てるな。ん、ファウスト?………あぁ、これヒューか。
ヒューがファウストの姿ってことは、俺は自分の身体に戻ってるな。やっぱりこの状態が一番自然なんだろうか。
ヒューは寝相がかなり悪いようで、身体がほとんど布団に収まっていないし脚はカズ兄に乗っている。カズ兄が呻き声上げてるけど、もう朝だしそのうち起きるだろうから放っておこう。
「♪」
「コウ、おはよ。今日は早起きだね?」
二人を起こさないよう、コウを腕に巻きつけてそっと階段を降りる。
一階の土間では深幸さんが、てきぱきと朝食の用意をしてくれていた。さっきから聞こえてた音はこれか。
俺の足音に気づいた深幸さんがこちらに振り返る。
「あ、おはよう結斗君。朝御飯もうすぐ出来るから………もしかして、中身ヒューバート君だったりする?」
「おはようございます、深幸さん。今は見た目通りです。
ややこしいですよね、これ。ファウストも増えるし、何か目印でも考えるか………」
しゅるしゅるしゅる
「コウは説明不要で助かるよ。」
「賢いわよねその子、触るのはまだ抵抗あるけど。
………さてと、悪いんだけど結斗君、お爺ちゃんと司馬さん達呼んできてくれない?お爺ちゃんは多分外で乾布摩擦してるわ。」
「わかりました。」
二階に戻り、ヒューとカズ兄のかぶっている布をひっぺがす。二人してうつらうつらしている動きがそっくりだ。異世界のだけど兄弟だからかな。
これなら放っておいてもじきに起きるだろう。コウもぺしぺしと二人を尻尾で叩いて起こしてくれてるし。かわいい………じゃなくて、あとは頼むな、コウ。
外に出ると、上裸の源之助さんが村を眺めながら布を片手に佇んでいた。………脱いだら結構筋肉すごいな。
「おはようございます、源之助さん。そろそろ朝御飯出来るそうですよ。あ、俺は結斗です。」
「おぉ、お早うさん。呼びに来てくれたんか。」
? なんか源之助さん、しんみりしてた?感傷に浸っているというか、黄昏れてるっていうか。黄昏にはまだ程遠い時間だけど。
「あの、どうかしたんですか?」
「………村の皆に意見を聞いての。お主らに村として全面協力することになった。
わしも調査には賛成じゃが、場合によってはこの村を離れることになるかも知れんと思うと少し感慨深くなってのぅ。
わしが子どもだった頃より丈夫な家も、便利な道具も増えた。村人は増えたり減ったりを繰り返して、気がつけばわしが一番の年寄りになっておる。」
今までのことを色々思い返してたのか。
源之助さんの具体的な年齢は知らないけど、何十年もここで過ごしてきたんだ、思い入れも人一倍強いよな。
「外を調べることにしただけで、村を離れると決まったわけじゃないですよ。ここの方が居心地が良ければ、また帰って来ればいいじゃないですか。」
「ほ、そうじゃの。それに過去は心の支え、未来の糧にするものじゃ。執着しては枷になる。
さて、では戻るとするか。客人がいるから今朝の朝食は気合いを入れる、と深幸が張り切っとったぞ。」
いつも通りの穏やかな表情に戻った源之助さんは、さらりと名言を残して家の中に戻っていった。
家に戻って起きてきたヒューと身体を交代し、皆で深幸さんの作った朝食をいただいた。一汁一菜、ただ主食はご飯じゃなくて芋で、おかずには謎の肉片が入っている。
食材の正体なんかいちいち気にしてはいけない。ありがたくいただいたよ、普通に美味しかったし。
ヒューは箸に悪戦苦闘し、見かねた深幸さんが食べさせようとするのを必死になって止めていた。
食べさせられそうになっているのはヒューなのに、見た目が俺だから何となく俺まで恥ずかしいという謎現象が発生。それを見ていたカズ兄が腹を抱えて震えていたので、机の下で足を蹴りつけておいた。
騒がしい朝食の後、源之助さんとカズ兄にもファウストが来ることを伝える。深幸さんは「後でおじいちゃんに聞くわ」と言ってさっさと洗い物をしにいってしまったのでここにはいない。話が終わったら手伝いにいこう。
「もう一人増えるのか、結斗が………」
「あくまでも異世界の同一人物であって、ユウトではないぞ?見た目は俺、中身はファウストだ。」
「いや、ファウストのことも知ってるしそれはわかってるんだけどさ………」
同じ顔の人物がもう一人増えて、更に中身がそれぞれ入れ替わるかもしれないわけだ。ややこしさ倍増どころじゃないのは目に見えている。
「また入れ替わるかもしれんのであれば、何か目印でも決めておいた方がええかの?」
「誰がどの身体にいるかの目印ってことですか?んー、俺は結斗ならわかると思うよ、動きで。」
カズ兄は特殊な例だと思う。
「コウに聞けば一発でわかるんだがな。全員に、遠目からでも、一目でわかった方がいいんだろう?」
「………ファウスト、ヒューのつえ、もってくるはず。
おれは、このかたなをもつ。ヒューは、つえ。ファウストは、このうわぎと、うでのやつ。それでわかる?」
「自分の得物を持つ方が良いじゃろうしの。それを見てお主らを見分ければ良いのじゃな?」
俺の頭じゃそれくらいしか思いつかない。
「刀と杖はともかく、腕のやつって何?」
「ほら。」
「え、うわ、袖からなんか出てきた!」
入れ替わった時に武器の持ち変えを俺が忘れそうだけど、それは追々慣れるしかないよな。
「………司馬殿、結斗殿。帰れるのであれば早く帰りたいのではないのか?わしらのことなら気にせんでええぞ?」
「ああ、俺とユウトだけで決めてきてしまったからな。
昨日の時点では外を目指すしか選択肢がないようなものだったが、今の話を聞いたあとならどう思う、カズマ。帰りたいと言うなら明日にでも帰せるが。」
「いや、帰れるんならそんなすぐじゃなくていいよ。別に急ぐ用事とかないし。
それに、ファウストだけじゃなくてこの村の人達も外調べたいんだよな?俺も協力するよ。結斗程じゃないけど俺も強いぞ。」
カズ兄はそう言うだろうなって思ってたけど、なんか想像以上にやる気だな。
ファウストもカズ兄の弟枠に入ってるのかもしれない。かわいがってたみたいだし。
村の人達にももう一人俺がくることを伝え、村の畑仕事を手伝いながらファウストとの約束の時間を待った。世界の壁が薄い場所は大体決まっているそうだから、昨日ヒュー達が現れた辺りにファウストも来るはずだ。
「そろそろ出発するか。ファウストの迎えに村の者も誰か来るのか?」
「俺と義親は行くつもりだぞー。」
「あたしも行きたい!また目印立てるの手伝うよ!」
あ、花梨ちゃん。今回は調査じゃないんだってば。
「あぶないかも、しれないから、むらで、まってて。」
「今までもお手伝いしてたじゃん!それに、哲お兄ちゃんが大丈夫ならあたしだって大丈夫だもん!」
「おい、兄ちゃんを何だと思ってんだ花梨。」
がしっ
「悪いね、うちの子が駄々こねて。こっちには構わないで行って来な。哲、気をつけるんだよ。」
「あぅーーー、あたしも行くのーーー!!」
花梨ちゃんは突然後ろから現れた女性に引きずられて退場していった。
「………え、何、白昼堂々誘拐事件?」
「司馬は会ってなかったか、あれうちの母親だよ。」
やっぱそうか。村一番のおてんばである花梨ちゃんを片腕で捕獲できるのはあの人だけだ。
一緒に行動する機会はあまりなかったが、調査に来る義親さんと哲さんに俺の分までお弁当持たせてくれたり、調査に使った目印作るのを手伝ってくれたりと、サポート面で大変お世話になっている。
「さっさと行こう、ぐずぐずしてると花梨が連れてけって泣きついて来るぞ。」
ファウストとの約束は正午頃。空間の割れ目が近くに開くとカズ兄とヒューのように吸い込まれるかもしれないので、とりあえず皆でファウストの家に集まっている。
ファウストが集めたらしき謎の品物達を五人で見ながら時間を潰していると、ぐらりと空気が揺れた。来たな。
外に出ると、人影が二つ。………二つ?
ヒューの姿のファウストはともかく、その隣にハロルドさんがいる。え、何で?
聞き取れるかどうかギリギリの声量でヒューが「やっぱりな」と呟いた。
「ーーーー、ーーーーー!ーーーーー!!」
ファウストは俺達の所に駆け寄ってくると、地面にへたりこんで何かこちらに訴え始めた。
「ヒュー、ファウストは、なんて?」
「全く、これだから兄上は………俺がファウストと交代しよう。それっ!」
直後、隣に立っていた俺もくずおれた。
「ほんとにごめんなさい俺じゃ止められなかったんですハロルドさんはおきぞくさまでえらい人なんだし危ないから来たら駄目って言ったんですけど全然聞いてくれなくてそのまま空間の穴に押し込まれ………あれ?」
「ぐっ、ファウスト、たましい、からだに、こていして。」
「え?あ、この身体ユウトですね。成程、話は聞きましたけどこういうことですか。えと、魂を固定、固定………」
「ーーーーー?」
「こっちは見た目通りヒューですね、聞こえてますよ。
………あ、そうでした、そのままじゃ言葉通じないんでしたよね。じゃあこれが言ってた思念伝達魔法ですか、ヒューすごいです!それ、俺にも使えますか?」
「うわぁほんとにもう一人同じ顔のやつが来た、事情聞いた上で見ても訳わかんねぇ。
今結斗の身体なのが豺、なんだよな?あいつあんな喋り方なのか、ちょっと意外だ。」
「なんか後ろにもう一人いるぞ。顔だけ見りゃ司馬だな。」
「ーーーーーーーー、ーーーー。ーーーー?」
「自分を指して………ハロルドって言ってるのか。ヒューに聞いてはいたけど、ほんとに俺がもう一人いるよ。変な感じだ。
えっと、俺は司馬。カズマ、です。よろしく。」
「ーーーーーーー、ーーーーー!」
「ーーーー、ーーーーーーーーーーーー。ーーーー!」
「あ。ハロルドさんがヒューに抱きつきましたね。久しぶりに会えて嬉しいんでしょうか。」
「あの長髪がヒューの元の姿か。すげぇ迷惑そうな顔してんな………ん?白髪の司馬、今度は俺達に向かって何か言ってないか?あいつの名前は何だって、はると?」
「ハロルドだよ。あとあれは白髪じゃないと思う。」
大混乱である。もはや誰が何を言っているのかもわからない。ちょっと落ち着こう、皆。
どれが誰の身体で、今誰が中にいるのかを皆に説明する。ハロルドさんと義親さん達もヒューを介して自己紹介し、午前の打ち合わせ通り、三人それぞれの武器を持った。
俺とヒュー、ファウストの三人で集まり、ヒューが二つ魔法陣を展開する。昨日練習して、両手に一つずつ翻訳の魔法陣を出せるようになったらしい。
「なにが、あった?なんで、ハロルドさん、いるの?」
「護衛と見張りの目を盗んで穴に近づくのには成功したんですけど、何故かハロルドさんに先回りされてて………ほんとに、あの、すみません。うぅ。」
『兄上に探知されたんだろう。俺は探知魔法も誤魔化せるが、あれは魔術理論を相当学んでいないと無理だ。仕方ない。』
ハロルドさんすげぇ。と同時にちょっと怖ぇ。やってることほぼストーカーじゃん。
俺もヒューの身体にいる時は探知されていたんだろうか。うん、心の平穏のために考えないでおこう。
「………ごうりゅうは、できた。さっそく、さくせん、たてる?いったん、むら、もどる?」
「ここにいる人達でその作戦?をやるんなら、作戦会議は俺の家でいいと思います。男七人だとさすがに狭いですかね?」
『そういえば、確かに男ばかりだな。』
「うちならここからも近くて、すぐに例の仕掛けを見に行くこともできますよね?とりあえず上がってください。」
『では、俺は兄上を連れてこよう。はぁ………』
この数分足らずで疲れきってんな、ヒュー。




