25
それから二週間、昼は荒野の探索をして夜は世界の狭間で訓練をするという日々が続いた。
荒野の探索は義親さん達の協力もあり、順調に進んでいる。
進めない地点がいくつかあるとヒューは考えたようだが、これは点ではなく線だ。進めない地点に目印を立てていくと、大きな弧を描いていることが判明した。たくさん目印を立ててようやくわかったくらいの緩やかな弧だ。
こうした所は荒野の東西南北にある、と源之助さんは先代村長達から聞いているらしい。直接調べたわけではないが、やはりこの仕掛けは壁を隠すものだろう。
壁の外が栄えていて安全なら、ファウストや日本村の人達を連れ出したい。しかし、俺達が外でどういう扱いなのかはまだわからない。閉じ込めておきたいのかもしれないし、外より中の方が何かから守られているのかもしれない。外の人達が俺達の存在を全く知らない可能性もある。
それらを判断するためには、まず外のことを知らないと。
シキとの訓練も何とか頑張っている。あれからはちゃんと毎日狭間に行けているし、魂も全身の形を変えられてから自力で戻れるくらいにはなった。
ヒューとファウストはもう自分で形を変えられる程操作が上手くなっているので、俺も早く追い付きたいところだ。
それと、シキには世界の狭間から他の世界を覗く方法も教えてもらっている。俺はまだ中を見ることはできないが、各世界の輪郭は見えるようになった。
世界の狭間でうっすら見える虹色は、それぞれの世界の色だったんだな。どの世界もカラフルで、とても綺麗だ。宇宙から地球を見たガガーリンもこんな気持ちだったのかな、なんて思ったりした。
さて、今日も午後に差し掛かり、義親さんと哲さんがうちに来た。最近は花梨ちゃんもたまに来て手伝ってくれているのだが、今日はお母さんに捕まって針仕事だそうだ。
「今日はどの辺りからだ?」
「きた、だいたい、しらべた。たぶん、ここを、かこむように、しかけがある。」
「そうだな。他の方角もこんな感じで弧を描いているなら、繋げば丸になるか。すっっっげぇでかいけど。」
シキには「多分スリランカにニュージーランドの北側の島を足したくらいの面積」と言われたが、いまいちピンと来なかった。何故その二つをチョイスしたのか。
「………あの、ヨシチカさん、テツさん。はなしたい、ことが、あります。」
「ん?何だよ、急に改まって。」
「いつの間に敬語なんて覚えたんだお前。」
日本語喋るのもかなり上達したと思うし、今日はこれから二人に自分のことや壁の話をしようと思っている。この円の外についても。
「おれ、ほんとは」
「シャアァァァァァァッ」
「コウ君?どうし………っ!?」
突如、強い目眩に襲われる。
二人も膝をついているから、俺だけの症状ではない。何とか踏ん張り、ムラマサを構える。
ここから少し離れた所、地面から1.5mくらい上の空間がぐにゃりと歪んで穴が開いた。
「「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
「人だ!人落ちてきたぞ義親!」
「死んでないどころか叫んでられるとは、随分元気なやつらだ。地獄へようこそ、だな。」
二人の人間が落ちてくると同時に、謎の穴は閉じる。
………え、何事?
「大丈夫かヒュー!うっわ頭ぐらぐらする、気持ち悪ぃ。」
「カズマこそ大丈夫か!?近くの世界に無理矢理入ったんだが、ここは………ん?」
俺とカズ兄だ!?
「ヒュー、おれだ!なんで、ここ、いる!?」
「ファウスト!?いや、ユウトか!調査していたら、急に例の穴に吸い込まれてな………」
ヒューが俺に数歩近づくと、突然すごい力で前に引っ張られるような感覚がした。
一瞬視界が暗転し、気がついた時には隣でカズ兄が地面に手をついていた。目の前には転んでいるファウストとコウ、呆然としている義親さんと哲さん。
「え………ヒュー、入れ替わった?」
「ーーーー? ーーー!」
あー、言葉通じなくなってるよ。参ったな。
「ファウスト………?お前、双子だったのか?」
「義親さん、哲さん、さっきまでのファウストは俺です!」
「お、あんた日本人なのか………って、はぁ!?何で俺達の名前知ってんだよ、さっきまでのって何だ!?」
混乱するよなー、俺もしてる。
隣にいるカズ兄も、眉をひそめながら俺の顔を覗き込んできた。
………久々に見ると安心する顔だなぁ、ハロルドさんみたいにキラキラしてなくて。
「あー………結斗?」
「久しぶり、カズ兄。ファウストとヒューについててくれて、ありがとな。」
「マジか。」
マジです。
あれ、そういえば俺、骨折してるはずじゃ………
そう思って脚をさするとファウスト、もといヒューが良い笑顔でこちらにサムズアップしてきた。魔法で治りを早めていると話には聞いていたが、もう完全に治ったらしい。さすが。
「まぁ、無事で何よりだけど………ここどこだ?えっと、今はあっちがヒュー?一体何が起きてんだよ。」
「とりあえず、わかってることを説明するよ。
ちょうどこの話しようとしてた所だし、義親さんと哲さんも聞いてもらえますか?………義親さん、武器おろしてください。
そうだ!コウ、お前なら俺の事わかるんじゃない?」
しゅるしゅるしゅる
「♪」
わかってくれた!よーしよしよし良い子だなー。
カズ兄が若干青くなってるけど、この子は毒とかないから大丈夫だよ。うちのかわいいマスコットだから。
「………コウが警戒してないなら、とりあえず敵意はねぇんだろう。全部説明しろ。」
「わかりました。」
異世界の事、異世界の同一人物の事、入れ替わりの事を説明する。言葉が突然通じなくなった理由も合わせて伝えた。
何故かヒューはずっと俺の頭に手を置いている。何かの魔法を使ってるっぽいけど、何してるんだろう。
「面倒くせぇことになってんのな、お前ら………」
「そういえば前に日本語で貼り紙書いてたよな、日本にいたとも言ってたし。日本人だったのかぁ。」
「今までの片言で上手く説明する自信がなくて、細かい事情は黙ってました。すみません。」
「まぁ、もっと早く話してくれればと思わなくもないけど………日常会話ですら息切らしてたし、こんな複雑な説明無理だったろ。謝ることねぇよ、大変だったな。」
「ありがとうございます。
えっと、改めまして俺は刀伎結斗、日本人です。今ファウストの中にいるのはヒューバートといって、彼もファウストじゃありません。」
あー、日本語喋りやすい。慣れてきたとはいえ、地味にストレスだったんだよ。
「じゃあ、そっちの人は?」
「俺は榊原司馬。結斗のことは産まれた時から知ってる。二人は、ファウストの知り合い?」
「知り合いかって言われると微妙だな。俺は哲、こっちの目付き悪いのは義親。」
「目付き悪いは余計だ。
ファウストの存在は前から知ってたが、言葉が通じなかった。こうして話すようになったのはつい最近だ。だからファウストのというより、結斗の知り合いなんだろうよ。」
「そうなのか。結斗と一緒にいてくれてありがとな!ずっと心配だったんだよ。」
「………今は己の身を心配した方がいいと思うが。」
カズ兄はコミュ力お化けだから、放っておいても仲良くなるだろう。問題はヒューだな。
ヒューの手が俺の額に移動してきた。ほんとさっきから何してんの?
「ーーー、ーーーー?」
『ユウト、わかるか?』
うお、びっくりした!こいつ直接脳内に!!
最後のは言いたかっただけだが、実際頭に直接声が響く感じだ。何これ面白い。
「わかる!何したんだ?ってか、俺の言葉もわかる?」
『ああ、わかるぞ。
世界の狭間では思念で話している、とシキが言っていただろう?魔術で再現できないかと思って、陣を考えていたんだ。日本では試せなかったんだが、上手く双方翻訳できているようだな。』
さらっとすごいことするなぁ、ヒューって。
『ずっと額を触っているのもな………ユウト、手を出してくれ。理論上はこれでもいけるはずだが。どうだ?』
「ばっちり。どこかが触れていればいいってこと?」
『ああ、頭や額が一番脳に伝わりやすいと思っただけだ。今は離れていても使えるよう、改良案を考えている。』
「ヒューすげぇ、さすが!天才!!」
『この程度、俺にかかれば朝飯前だ!はっはっは!』
………あ、カズ兄達が怪訝な顔をしてこっちを見てる。
同じ顔の男二人が仲良く手を繋いで、別々の言葉喋って、声を出して笑っている。うん、確かに異様な光景だな。
「それ、他の人にも使える?」
『問題ないぞ。複数展開はまだ出来ないから、一人ずつ話す事になるが。』
「先にちょっとあの三人とも喋ってきてよ。」
『元々そのつもりだが………あぁ成程、不審者を見るような目を向けられているな。了解だ、早く説明してしまおう。』
三人にも無事わかっていただきました。ヒューの話を一度に一人しか聞けないの、何とかならないかな。
………そういえば。
「ヒュー、何で俺達突然入れ替わったの?ヒューがやった?」
『いや、俺ではない。ユウトに近づこうとすると、何か強い力で押し出されるような感じがした。
お前の意思でもないなら、ユウトの魂が自分の身体に引っ張られたとかじゃないか?ファウストの身体より、自分の身体の方が親和性が高いだろう。』
「ふーん、そういうものなのかな。
自分の意思で入れ替われるかどうかやってみていい?」
『ん?構わんぞ。3、2、1。』
「! できた!けど、なんか、ひっぱられる。」
「そうか。俺は何ともないが………やはり、自分の身体の方が良いのだろうか。興味深いな。」
「しばらく、このままで、いよう。」
「何故だ?たった今自分の身体の方が良いという話を………この状態なら翻訳が必要ないのか!」
そうそう。
「ややこしいな、お前ら………。今はそっちがヒューバート?なんだよな?」
「そうだ。長いからヒューでいいぞ。」
俺もファウストの身体で喋るのに慣れてきたし、しばらくはこれでいこう。
「ヒュー、カズにい、なぜ、ここ、きた?」
「森の調査の話はしただろう?あの割れ目に近づくと突然すごい力で吸い込まれてな。」
「吸い込まれたのは俺なんだよ。ヒューは俺を助けようとしてくれたんだ。ごめんな、巻き込んで。」
「調査に巻き込んだのは俺の方だ。それに、入ったのが俺の知っている世界で、ユウトもいた。むしろ運が良かったんじゃないか?」
二人揃って神隠しされたらしい。
「かえる、ほうほう、ある?」
「………心当たりは、なくはない。だが、今は無理だ。
条件を満たした場所に大量の魔力が集まると、空間が歪んで開く。その穴を見つけるか、自力で作るかすれば帰れるだろう。だが、ここでは魔力が奪われるからまずはその対策を考えなければ。」
世界の壁を構成する魔力が薄い所に、それ以外の魔力が大量に集まると空間が歪んで穴が開くらしい。夜海神社もその条件を満たしやすい場所だそうだ。
「ここからは推測が混ざるが、空にある魔法陣を見る限り、ここの魔力を吸っているのは十中八九ここを覆っている魔術ドームだ。だからその外、つまり例の壁の外にさえ出られれば空間の穴を抉じ開けられるのではないかと思う。現に俺が今やったことだしな。」
空に魔法陣なんて見えないから、多分ヒューは魔力を視ているんだろうな。
っていうかさっきの穴、ヒューがあけたんだ。
「カズマの顔色がどんどん悪くなるものだから、急いで一番近い、世界の壁が薄い所に魔力の塊をぶつけたんだ。かなり魔力は使ってしまったが、ここのように魔力を吸われない場所で、かつ俺達二人の魔力があれば世界の壁が薄くない場所でも余裕だろう。
壁の外ならできる、とは言いきれんが、ここよりはましなはずだ。」
………そう、なんだ?
「ユウト、よくわかっていないだろう。」
うん、ちょっと微妙かも。
「壁の外に出られれば元の世界に帰れる可能性が高い。少なくともここよりは。それでいいか?」
了解。
「さっきから言ってる壁の外って何なんだ?ここ、壁の中なのか?」
「ん?何だユウト、説明していないのか。」
俺の正体を含めて二人に話そうと思ってた時に、ちょうどヒュー達が落ちてきたんだよ。
「あぁそうか、片言過ぎるからもう少し練習してから話すと言っていたな。」
「すすめない、しかけは、ふたりも、しってる。そのさきの、はなしは、まだ。」
「そうなのか。ではまずその話からだな。長くなるから、ひとまずファウストの家に行くか?」
日陰もない炎天下だもんね、ここ。
「いや、一旦村に来いよ。源爺にも話聞いてもらおうぜ。何か知ってるかもしれねぇし。」
「村があるんだ、じゃあお邪魔しようかな。行こうか、結斗………違う、ヒューだった。ややこしいな、やっぱり。」
「ま、仕方ねぇよ。行こうぜ、カゲが来たら面倒だ。」




