22 哲side
すごいガキんちょだなー、とは常々思ってたけどさ。さすがにここまでとは思わんかったわ。
俺と義親は今、ファウストがカゲを引き付けてくれている間に矢を集めている所だ。少し離れているから、カゲの全体像もあいつの動きも全部見える。だからこそわかる、あいつの異常さ。
今回のカゲは、その大きさのわりに攻撃範囲が広い。だから俺達はその更に外から矢を撃っていた。でもそれは本体に届く前にほとんど弾かれる。
ま、そりゃそーだわな。俺達の戦い方じゃあ十中八九こうなるとわかってたから逃げようとしてたわけだし。
そんで今あいつは、その攻撃範囲に何の躊躇いも無く足を踏み入れ、その全てを軽やかな足つきでかわしている。刀はほとんど使っていない。
何のために持ってんだよ………あ、本体は普通に斬るのか。成程、刀の損耗を最小限にしようとしてんだ。確かに、触手斬ってもあんまり堪えてなさそうだもんな。賢い。
足捌きだけで避けられない触手は軽く切り落とし、しれっと別の触手にぶつけて動きを阻害していたりする。あんなの、器用なんて言葉で表現できる程度の技量じゃない。味方で良かったぁ。
戦い方が昔の義親に似てるんだよな、ファウストって。怪我を厭わないからこそ逆に上手く力が抜けたあの感じも、一人で戦う方がのびのびしているような、慣れているようなあの動きも。
………ん?一人に慣れてんのは一人で生きてきたんだから当然だろうけど、怪我を厭わないのはおかしくないか?
味方がいるなら多少怪我をしても守ってもらえるだろう。でも、あいつはその味方が一人もいなかったんだ。怪我はできるだけ避けたいはずなのに。
今は俺と義親がいるけど………もしかしてあいつ、想像以上に俺達のこと仲間として信用してくれてる?
「おい哲、阿呆面になってんぞ。口閉じろ。」
「誰が阿呆面だ。義親もさっきまで口開いてたろ。」
「ぐ………だが本当に、あいつはすげぇよ。想像以上だ。」
義親が他人を褒めた!?
「ぶっ飛ばすぞてめぇ。」
「まだ何も言ってないだろ!?」
「顔がうるせぇんだよ、さっさと矢ぁ集めろ。」
「理不尽!!」
でも、俺は知っている。義親のこういう態度は、大抵自分の感情を隠すためのものだ。
今回のは、無意識にファウストを褒めたことの照れ隠しみたいなもんだと思う。本人には聞かれてないんだから、別に隠さなくていいだろうに。ってか本人にも隠す必要ないし。普通に褒めてやれよ。
………なんて、口に出したらまた照れ怒るだけだから黙っとくけど。
「よし、こっちは集め終わった。」
「俺もだ。行くぞ。」
「はいはい。………義親、ファウストは狙うなよ?」
「………もうそんなつもりはねぇよ。」
何か妙に間があったぞ今。やっぱ最初はやるつもりだったんだろ。
義親は昔から、人との殺し合いになる可能性があるとなると率先して前に出る。この近辺では、義親はファウストの次くらいに恐れられているのだ。本人に自覚はなさそうだが。
そしてそれは、義親なりに村を思ってのこと。村の皆ができるだけ人を殺さずに済むようにとやっていることだ。手を汚すのは自分だけでいい、と。
ここで人を殺さずに生きるのは、はっきり言って不可能だ。俺だってとうの昔に経験済み。当然、気持ちの良いものではない。
初めて人間に自分の手でとどめを刺した日の晩は眠れなかった。やけに響いて聞こえる皆の寝息に、殺した相手の呼吸が止まった瞬間を嫌でも思い出させられて。
動物を狩る時とは全く違う、何かが頭の中を渦巻くような感覚に戸惑ったのを今でも覚えている。義親だってはじめはそうだった。
遠くの集落から食料目当てのやつらが村を襲ってきて、その防衛戦が義親の初陣。大人達の目を掻い潜って裏から侵入してきた男を、初めてとは思えない程鮮やかに沈めてみせた。
うちの村では、対人の実戦は十五歳以降というのが暗黙の了解。俺は未来の村長候補として少し前倒しだったけど、それでも十三歳だった。そして、成り行きで戦うことになったとはいえ当時の義親は十一歳。村中が大騒ぎしてたっけ。
だが、いくらその腕を称えられても、感謝の言葉をかけられても。守りきれなくて、まだ幼いのにつらい役目をさせてすまないと謝られても。あいつは何のことかと言わんばかりにつんとしていた。
その日の夜、畑の側で膝を抱えている義親を見つけた。
地面に爪を立ててそのまま砂を握り、投げる。空いた手を見つめては、握って、開いて。
………わかるよ。手にまだ感覚が残ってるんだろ。俺も泉に手を何度も洗いに行った。
放っておけず、かといって何と声をかけるかも思いつかず、とりあえず黙って隣に座った。
すげー嫌そうな顔されたなぁ、あん時。でも、離れろとは言われなかった。
「哲はもう、人を殺しても平気なのか。」
しばらくして、ぽつりと義親がそう言った。
「いちいち動揺はしないけど、一生平気にはならない。きっと皆そうだ。」と返した。初めは誰でもそうなるもんだから気にすんなよ、と伝えたつもりだった。
でも義親は、そうは受け取らなかったらしい。
「………そうか。わかった。」
きっとその時の俺の言葉で、義親は汚れ役を全て引き受けることを決めてしまったんだと今ならわかる。あいつはどこまでも不器用で、優しいから。
そして今更何を言っても、義親はもう考えを変えることはないだろう。一度決めたら頑固だから。
またしばらくの沈黙を挟んだ後、「そこで黙って壁になってろ、寄りかかる」とか言うもんだから、初めて俺にも甘えてくれたと思って頭をぐっちゃぐちゃに撫で回した。
義親が甘えるのは母親だけ、しかも袖の端を握る程度の甘え方しかしないやつだったからな。あれは感動したわ。にやついてんじゃねぇって向こうずね蹴っ飛ばされたけど。
その日は二人で空を見上げて夜を明かした。
俺に寄りかかってうつらうつらしている、珍しく無防備な顔の義親を見て、こいつは放っといちゃ駄目だ、俺が支えてやんないとって思った。
その日から何でも一人で何とかしようとし始めた、この可愛くない弟分にしつこく絡み続けること早十年近く。ようやく俺とは連携を取ってくれるようになって現在に至るわけだが。
もしもあの夜、膝を抱えた義親を放っておいていたら。俺があんな言葉をかけなければ。あいつはどうなっていたんだろうか。もっと俺達を頼ってくれたのか、それとも今以上に一人で行動するようになっていたのか。
独りに慣れきったようなファウストの戦い方を見て、ふとそんな考えが頭を過った。
ま、考えたって過去はどうにもなんねぇよな。ずっと昔のことだ、義親は覚えてないかもしれない。
「おい、ぼーっとしてんじゃねぇ。また妙なこと考えてんだろ、集中しろ。」
「してるって。ほら、眉間ど真ん中に命中だ。」
「なっ………くそ、弓銃の腕だけはお前に勝てる気がしねぇ。」
そりゃ、たまには頼れるトコ見せとかねぇと。
しっかりしろっていつも言われちまうし、助けてもらうことの方が多いけど。いくつになっても、俺にとってお前は可愛い弟分だから。




