22 義親side
………何なんだ、お前は。
「だいじょぶ?けが、は?」
何で、俺の心配なんかしてんだよ。俺達をおいて逃げるはずだろ。何でこっちに来るんだ。
「俺は、問題ない。………お前の方が血ぃ出てんぞ。」
だから、そんな心配そうな目で見上げてくるんじゃねぇよ。罪悪感湧いてくるだろうが。
………罪悪感?この俺が?
そうか。俺は心のどっかで、今まで豺にしてきたことを悪いと思ってたのか。村のやつ以外にそんなものを感じるような精神は、もうとっくになくしたと思っていたんだが。
少し前までの豺は、いつの間にかついていたその呼び名に違わぬ獣のような鋭い目をした奴だった。
日々食料を求めて荒野を彷徨き、感情のない瞳で淡々と命を刈る。
こちらに気づいた時も動揺等は一切見せず、武器を構えたかと思えば風のように去って行く。
カゲとの戦いでも無駄はなく、着実に相手の動きを封じて一方的に切り刻む。常に無表情の、不気味なガキ。それが俺の知っている豺だった。
近所に落ちている死体にあいつが縛った縄の跡がある、なんてのは珍しくない光景だ。
知らない人間がいくら死のうが知ったこっちゃないが、ああいう死体が目に入る度に「次にこうなるのは俺達かもしれない」と否が応でも考えさせられる。そうなる前に倒しておかなくてはならない、ずっとそう思っていた。
今回ばかりは確実に、死んだと思った。こいつがカゲを引き受けると言ったのはやはり嘘で、上手くなすり付けられたんだと。
俺に関しちゃ自業自得、因果応報というやつだから別にいい。やろうとしたことをやり返されただけだ。でもどうか、哲だけは。お節介でお人好しで、何だかんだ村人全員から慕われているあいつだけは、上手く逃げ延びて欲しい。そう最期に祈った。そのつもりだった。
違うのか。こいつは本気で俺を、俺達を守ろうとしてんのか。俺はこれまでに何度も、今だって、お前を死なせようとしたんだぞ。そんなこととっくに気づいてんだろ?
こいつは今、俺より一回りも二回りも小さいその身体で、俺を庇うように抱え込もうとした。カゲからの攻撃に対しては何か結界のような術を使ったようだが、一緒に吹き飛ばされた時は自ら俺の下敷きになりやがった。
そうでなければ、受け身を取る余裕のなかった俺は全身をまともに地面に叩きつけて、命が助かったとしてもしばらく動けなかったはずだ。
「もんだい、ない。かすりきず。たてる?」
何で俺のことばっか見てんだお前は。チビのくせにあんなことして、かすり傷で済む訳ねぇだろうが。人の心配なんかしてねぇで、もっと自分の怪我をしっかり確認しろっての。ったく………
それなりに鍛えられてはいるが、一人前の男と思うにはまだ華奢な部分も多い身体。この辺りに住むほぼ全ての人間に恐れられている豺は、こんな普通のガキだったのか。
あー………本当に、大した怪我はしてなさそうだな。そこそこ吹っ飛ばされたし、俺だってそう軽くはないはずだが………こいつの身体、何でできてんだ?鋼か?
いや、そんなことはどうでもいい。今問題なのは、こいつの考えが全く読めないことだ。
あの蛇は明らかに俺にカゲをけしかけた。その蛇を連れていたのはこいつで、でも今、身を挺して俺のことを守ったのも間違いなくこいつで。
………本当に、何考えてんのか欠片もわかんねぇ。一体何がしたいんだこいつ。
「何故俺をかばった。いくらお前でも、今のが直撃したら死んでただろ。」
「おれは、よけるじしん、あった。ちょくげきは、ぜったいしない。あなたにも、しんで、ほしく、ない。それだけ。」
は?………いやいやお前、避けられるからって突っ込むか普通。おかげで助かったんだから文句はねぇけどよ。
カゲは、全ての霊力源を無差別に襲う。人間がカゲを利用することはできても、完全に味方にする方法はない。
こいつがカゲをけしかけたのだとしたら、俺を助けに来る意味がわからない。わざと危機に陥らせてから助けることで警戒を解く、というのはあるかもしれないが、命の危険を冒してまでやることじゃない。そもそもこいつは一人でも十分やっていく実力があるんだ、そこまでして今更俺達と関わろうとするとは思えない。
そういえばあいつ、泉でも健一のカゲから俺達を守るために接触してきた。少なくともそう見えた。あいつから近づいてきたのは初めてだったから、その時は怪しいとしか思わなかったが………
豺は純粋に、ただ俺達を守ろうとしただけなのか。そんなことがあり得るのか。悪いやつじゃないのはわかっているが、俺達の味方かどうかは別の話だ。生活圏がかぶっている以上食料や物資の、場合によっては命の奪い合いになる可能性は消えない。
くそ、わかんねぇ。もっと頭を回せ、俺。あいつの目的を考えろ。能天気で楽観的過ぎる次期村長の分まで、俺は危険に目敏くないといけないんだ。
「………?」
ちっ、考え事の原因であるてめぇは間の抜けた面しやがって………考えんの馬鹿らしくなってきたな。単刀直入に聞いてやろうか。
「お前が蛇使ってカゲをけしかけたのかと思ったが、違うのか。」
「そんなこと、しない。コウは、あとで、しかる。いまは、あれ、たおすの、さき。」
即答、か。普段の俺なら裏の思惑があるのかと疑ってかかる所だが………今はそんな気にならなかった。
ああわかった、認めるよ。俺はもう、腹の底ではこいつを信用しちまってる。
俺らしくないと自分でも思う。だが、あんな必死な顔で俺の前に飛び込んできた奴を疑えって方が無理な話なんだ。あれすらも演技だってんなら、騙されていたとしても諦めがつく。そう思えるくらいに真っ直ぐな目をしていた。
………だがあれだな。たった一回カゲから守ってやったらあっさり信じてくれた、とか思われんのは癪だ。俺は哲と違ってそんなに単純じゃねぇ。
「わかった。お前なら蛇使わなくても直接俺達を倒せるだろうからな。とりあえず今は信じておいてやる。」
とりあえず、だからな。勘違いすんなよ。




