19
四人組は水の容器を岩場に一旦捨て、それぞれの武器を手に走っている。
若い男性二人がクロスボウで攻撃しているが、あまりカゲの足止めにはなっていないようだ。あのままだと追い付かれるな。
少女は手にした袋からピンポン玉くらいの石をいくつか取り出し、それに魔力を込めている。
投げつけるのかな、と思っていたら、少女はそれをカゲとは全然違う方向に思い切り投げた。え、ノーコンなの?
すると、カゲは方向を変えその石に向かって行く。石からは激しく魔力が出ているのが感じられた。どういう事だ?カゲは魔力に惹かれるとか?
カゲは石から魔力を吸い取ると、また彼らの方へ走り出す。成程、ああして石を遠くに投げて、カゲがそちらに気を取られている間に距離を稼ぐんだな。ノーコンとか思ってごめんなさい。
少し先にコンクリートっぽい建物と、中に人が見える。四人組と手振りでやり取りしているので、彼らの仲間みたいだ。
中から何か持った人が何人か出てきた。あそこはカゲを迎え撃つ砦みたいなものらしい。でもあの四人がたどり着けるかどうかは微妙だな。特に女の子と年配の男性が追い付かれそうだ。
ここまで来たら、彼らが無事あそこに着けるように出来ることをやろう。カゲが魔力に惹かれるのなら。
「こっち向けぇ!そこの熊ぁ!!」
叫んで、魔力を放出する。これであいつがターゲットを俺に変えてくれれば、あとは岩場に戻って撒くか物理で倒す。魔法はあんまり効かないってヒューが言ってたし。
「グルアァァァァァァ!!!」
釣れた!そうだ、こっちに来い!逃げ足の速さには自信あるぞ!
四人組は何かこちらに叫んでいるようだが、カゲの足音で全く聞こえないので申し訳ないが無視した。とにかく、岩場まで戻ろう。
俺は今、さっき登っていた大岩の上にいる。どうやらあいつはこの岩を登れないらしい。だからさっきスルーされたのかな。
のそのそと歩き回りながらこちらをずっと見ているようには見えるものの、ここでならしばらく休んでいても大丈夫そうだ。
ある程度魔力が回復するのを待ち、ムラマサを手に岩を下りる。カゲは撒くのではなく、ここで倒す事にした。これからカゲと戦わないといけない場面もありそうだから、経験を積んでおきたい。今の状況なら、ピンチになっても岩の上に逃げられる。
近くで見るとカゲはかなり大きく見えるが、黒く見える部分は魔力なので攻撃は出来ても意味があまりなく、その中の本体に攻撃を当てないといけないらしい。
その本体も魔力に覆われていて物理攻撃も通りが悪いが、大振りの強い一撃は当てるのが難しいので手数でチクチク削るのが良いようだ。ファウストの記憶を見る限りは、だけど。
中にいるという本体がちっとも見えないんだよな。魔力感知を使えばぼんやり位置はわかるから、それでなんとかするしかないか。よし。
「よろしくお願いします!」
一礼してからカゲに斬りかかる。
金太郎よろしく熊と真っ向からぶつかる気はないので、横に斬り抜けるようにしてダメージを与えていく。カゲも腕で攻撃してくるが、だいたいは大振りなので避けるのは容易い。対人戦と違ってフェイントもないし。
おっと、この攻撃は当てられそう。ここは敢えて懐に突っ込み、胸の辺りを蹴っ飛ばした反動を使って後ろに飛ぶ。
ドカッ ガシュッ
「ガアアァァァァァッ!!」
よしっ、回避成功。ついでに結構深い一撃を入れられた。
ファウストの身体、すごく軽くて動きやすいな。今までいたヒューの身体が大怪我してたからそう感じるだけ?
ファウストが俺達と入れ替わる原因になった大きな胸の傷が時々ピリッと痛むが、俺がヒューの身体で目覚めた直後の痛みと比べれば蚊に刺されたも同然である。ヒューが回復魔法でほとんど治してくれたらしい。
右に転がり、右前足を避けたら左後ろに一歩で左前足を回避。大振りの後にできる隙をついて死角に飛び込み、振り向きざまに横薙ぎの一閃。
ズバッ
………んー、命懸けの戦闘なんて初めてだしそこそこ緊張はしてたんだけど、凶悪なのは見た目だけだな。この調子ならほぼ無傷で倒せそうだ。
本体に致命傷を与えられれば一発で倒せるらしいが、それには黒い魔力が邪魔。あんまり時間かけて、無駄に苦しめたくはないんだけど。
「グアァゥゥ………ガアァ………」
ダメージが溜まってきたのだろうか。徐々に黒い魔力は小さく薄くなり、動きも鈍くなっている。
「おーい大丈夫か~、っつってもどうせわかんねぇよなぁ。」
「手伝いに来たの!!敵じゃないよー!」
「花梨、もう少し離れろ。」
え、あれ、さっきの四人組?俺が一人で引き付けたから様子見に来たのか。
っていうか普通に言葉わかるじゃん。向こうは俺に通じてないと思ってるみたいだけど………
とりあえず、声をかけてみよう。今はあまり近づいて欲しくない。一人で戦う方が楽で簡単だ。
「俺一人で倒せます!もうすぐなんで、離れててください!」
しばらく逃げ回って時間稼ぎするんで、早く逃げてくださいね。俺は少しだけ魔力を出して気を引こう。
………あれ?
「やっぱ通じねぇか。豺の邪魔にならない程度に遠くから援護するぞ。豺のやつがカゲ倒してからこっちに向かって来ても困る。」
通じて、ない??
ヤマイヌってファウストのことだよな。色々あるって言ってた呼び名のうちの一つだった気がする。
「黒の豺って顔色一つ変えずに敵を殲滅したり、周到な罠を一瞬で仕掛けたり、大物のカゲでも一人で倒せるんだよな?ちっこいのにすごいよなぁ。」
「何暢気なこと言ってんだ。そんなやつが俺達に向かってきたらまずいだろうが。」
「俺とお前がいるんだ、何とかなんだろ。
っていうかもうほとんど倒しかけみたいだし、帰ってもいいんじゃねぇか?」
「………あいつが戦いで弱れば、この機会に倒せるかもしれねぇ。目は離すな。」
本人の目の前でする話じゃなくない?
あくまでもカゲは俺に倒させたいって感じかな。その上で疲れた俺ならあわよくば倒せるかも、ってあの長髪の男性は思ってるわけだ。あんたらの役に立ってから死ねってのか。
………と思ったが、ファウストの記憶にある常識だとあの人の反応はわりと普通。この世界、意思疎通できない相手は人にすらカウントされないらしい。
それくらいじゃないと生活できないんだろうけど………世知辛い。
いや、逆に考えよう。戦いたくなければ意思疎通できればいいんだ。
俺、というかファウストの言葉は通じないけど、俺は向こうの言葉がわかるってことは………
あの人達が話してるの、日本語なのでは?
「待ちなさい、義親。無闇に事を荒立てることはないじゃろう。
………あのカゲは同胞の成れの果て。儂らでは止めてやれなんだが、せめて最期は見届けようぞ。」
一人古風な話し方の人がいる。白髪で、そこそこ年配の男性。さっきは後ろ姿しか見えなかったがあごには長い髭もあって、仙人のような風貌だ。
そして、今戦っているこのカゲも元は人だったらしい。今まで散々攻撃してたし今更だけど、人に真剣を向けるのなんて当然初めてだ。
………俺は、この人を殺すんだな。
ヒューが、カゲになったものは戻せないと言っていた。倒してやるのが情けだろうとも。このまま見逃しても、周りの生き物やかつての仲間を襲うだけ。
人だとは思っていなかったが、このカゲを倒すと決めた時に命を奪う覚悟はしていたんだ。もうこれ以上苦しめないように、次の一撃で決めよう。黒い魔力は薄れてきて、よく見るとうっすらと人の形がわかる。
「グガ………ガルルルゥ………アァ…」
刀を握る手が汗ばむ。居合用の刀で巻き藁を斬った事は何度もあるが、それとは訳が違う。人とわかった上で斬るんだ。
冷静になれ、焦って外せば余計に苦しめる事になる。覚悟は決めたんだろ。
構えなおして、呼吸を整えて。
「………いきます。」
地面を強く蹴る。少しの魔力と、カゲになってしまったこの人への祈りを刀に込めて、渾身の一振りを首もとへ。
首はあっさりと胴体を離れ、身体の近くに落ちた。それと同時に、身体にまとわりついていた黒い魔力も霧散していく。無事、倒せたようだ。
俺がつけた傷もだが、まだらに黒ずんだ肌や不自然な位置にある関節が痛々しい。異質な魔力を取り込み暴発すると、身体もこうして壊れてしまうらしい。
………生々しい感触が、まだ手に残っている。精神的に来るものはあるが、後悔はしていない。しちゃいけないと思う。
どちらかといえば、人を斬っておいてそこそこ冷静な自分の方がショックだ。………うん、これはきっと人の遺体とか断面を見るのが初めてじゃないから。そういうことにさせてほしい。
崩れ落ちた身体と首のそばに膝をつき、手を合わせる。
痛かったですよね。倒すのに時間かかってしまって、すみません。もう仲間を襲ってしまう心配はありませんから、どうか安らかに眠ってください。
四人組が俺に少しだけ近づいてきた。さっきの古風な男性が一歩前に出る。
戦いの意志はなさそうだけど、さすがに警戒はされてるみたいだな。さっきより近づいたとはいえ、かなり距離は取られている。
………あの長髪の人、襲ってこない?大丈夫?
「この度の御助力、感謝申し上げる。カゲになった健一も、貴殿に感謝しておるじゃろう。言葉を尽くしても通じぬのが悔やまれる………」
あの古風な男性は、無駄だと思いつつも俺に感謝を伝えようとしてくれている。この世界ではきっと珍しい対応。ここで何とか日本語で返すことができれば。
背筋に緊張の冷や汗が伝うのを感じながら、口を開く。
「わ………かり、ます。いってる、こと、つたわて、る。」
「!?」
うあぁ、ファウストの口が日本語に対応してない!日本語知らない外国人が無理矢理喋ってるみたいになってる!
でも四人組が目を丸くしてるから、何とか通じてはいるはずだ。よし、この調子で頑張ろう。
これがファウストやヒューだと向こうの台詞もわからないんだろう。俺がわかる言葉で、本当に運が良かった。
「俺達の言葉、わかるのか!?」
「ききとる、は、できる。ふぁ、はなす、むず、かし。」
ああああ、発音できない!イライラする!
「十分だよ!なーんだ、言葉通じない、怖い子だって聞いてたのに。さっきおじさんに手を合わせてくれてたし、すごく良い子じゃん。」
「待て馬鹿、行くな。」
女の子がこちらに駆け寄ろうとするのを、長髪の男性が止める。
うん、これは男性の反応が正常だ。手を合わせた程度で良い人認定は早過ぎると思う。その人の首を斬り飛ばしたのも俺なんだよ?
………自分で言っててグサッときた。
そうだ、一度ムラマサを地面に置こう。今は警戒を少しでも緩めたい。向こうが攻撃してきた時は体術で何とか無力化しよう。
「ほら、刀も置いてくれたよ、義親お兄ちゃん。
やまいぬさん、おじさんのことありがとね。これでやっとお墓に入れてあげられるよ。」
「ぁ、はい。でも、たくさん、きず、つけてしまた。」
「それでもいいの、ありがと。」
思うように喋れないってストレスすごいな。母国語なのに話すのが難しいって、不思議な感じだ。
俺がファウストやヒューの身体に入っている時は、身体が覚えている言語に勝手に脳が翻訳している。
母国語喋る時にいちいち文法とか発音とか気にしないでしょ、そういうのは身体の無意識が担当してるんだよ、とシキが言っていた。
世界の狭間では音でなく思念で話しているようなもので、俺達が声に出したつもりでいる話の意味が直接皆に伝わっているのだそうだ。確かに、魂だけでいるならそもそも声出せなさそうだよな。実体ないんだから。
自動翻訳だと聞いた時は便利だなぁと思っていたが、まさかこういう弊害があるとは。
「おれ、なまえ、は、ファウスト、です。」
「ふぁう………えっと、あたしは花梨だよ!よろしく!」
「ほんと物怖じしねぇよなこいつ………。
俺は哲だ、さっきは助けてくれてありがとな!」
「………義親。」
「儂は源之助と申す。貴殿さえよければ、我らの村でもてなしをさせてもらいたいのだが。いかがだろうか。」
俺も色々聞きたい事があるので、了承した。村に入ったら囲まれる、とかだと困るから、退路だけは確保しないとね。ローレンさんに宙吊りにされた時に退路の重要性は学んだんだ。




