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 全身が鈍く痛む。痛いってことは生きてはいるようだ。助かったんだな、俺。


 それにしても変な夢を見たものだ。死にかけてたのかな。あれがいわゆる臨死体験ってやつ?

 ………だとしたら、俺があと二人いたのが謎だ。お花畑も川もなかったし。やっぱただの変な夢か。


 思考がだんだんはっきりしてきたので、うっすらと目を開いてみる。太陽は高い位置にあるようで、大きな窓から差し込む光が少し眩しい。


「知らない天井だ。」


 この台詞、一回言ってみたかったんだよね。


 ふざけるのはここまでにして、状況を確認しよう。

 車にはねられたのだろうからここは病院だと思うんだけど、部屋の雰囲気があんまり病院っぽくない。


 今、部屋にいるのは俺一人。シンプルな部屋だが、置かれている家具や調度品は素人目にも上等なものだとわかる。イメージ的には、テレビで見たヨーロッパの歴史ある高級ホテルって感じ。逆に落ち着かない。

 広さもあるし、怪我人を寝かせておくには豪華過ぎる部屋だと思う。………珍しいコンセプトの病室に運ばれたのかな。入院費が変に高かったりしたらどうしよう。


 着せられている前開きの寝間着?も肌触りがとてもいいが、よく見ると所々血が滲んでいる。身体中痛いのはこれだな、全身包帯でぐるぐる巻きだ。顔はガーゼが数枚貼ってあるだけなので、かろうじて完全なミイラ男にはなっていない。


 横になったままじゃ部屋全体は見えないし、とりあえず起き上がってみよ………


「~~~っ!?」


 痛ったあぁぁぁ!!ちょ、ま、これはヤバい!無理!ギブ!!


 ………はぁ、びっくりした、死ぬかと思った。痛過ぎて声も出なかったよ。

 身体を動かそうとした瞬間、神経そのものをやすりで擦られているかような痛みが全身を駆け巡った。かなりそうっと動いたつもりだったんだけど、何の痛みだこれ。


 今度はもっとゆっくり、少しずつ………痛てて………よし。たかが起床にこれほど苦戦させられるとは。

 俺は痛みには強い方だと自負してるけど、これはさすがに痛過ぎだ。あれだけゆっくり動いたのに、涙で視界が滲むくらいには痛い。やっぱり大怪我だよなぁ、避けられなかったし受け身とる前に気絶したっぽいし。


 包帯の端を少しめくって傷を見てみる。見えた部分の大半は酷い火傷と擦り傷を足したような見た目だ。うわ、こことかちょっと抉れてないか?車にはねられたんなら普通は骨折とかするもんじゃないの?

 怪我から想像するに、擦り傷っぽいのはアスファルトで擦りむいた、肉は吹っ飛ばされた時に何か尖ったものにでも掠めてそこが抉れた、とかかな。

 ………考えただけでぞわぞわする。意識なくしてて良かったのかもしれない。


 心なしか頭も重いような気が………あれ?髪が長い?少なくとも胸の下辺りまでは伸びている。こんなに伸ばした覚えはないぞ。

 頭が重いと感じたのはこの長髪が原因だったようだ。俺の髪とは思えないほど艶やかで、よく手入れされているのがわかる。シャンプーのCMに出られそうだ。

 髪ってここまで伸ばすと重くなるのか、知らなかった。綺麗な長髪を保っている女子ってすごいな。


 ………ちょっと待てよ。まさか俺、髪がこんなに伸びる程長い期間昏睡状態だったのか?いや、だとしたら身体の傷はもっと治ってるはずだし、点滴もない。


 ここまで髪が伸びるのにどれくらいかかるかわからないけど、少なくとも事故から半年から一年は経たないとこうはならないだろう。だったら、生命維持のために何かしら管がつけられていないとおかしい。しかも事故からそんなに時間が経ってるわりには傷が新しいような………搬送先の病院が爆発でもした?だとしたら俺、運悪過ぎない?


 ガチャッ


 あ、誰か来た。


「………ヒュー様?ヒューバート様ぁぁぁぁぁっ!」


 ドアが開いて数瞬の後、悲鳴に近い叫び声と共にメイド服の少女が部屋に飛び込んできた。


 メイド?なんでメイドさんがいるの?コスプレ?コスプレするならナースとか女医さんがいいんじゃないかな、状況的に。

 ………いや、何考えてんだ俺。


 ウェーブがかった栗色の髪をメイドさんらしく頭の後ろで一纏めにした、オリーブ色のくりっとした目を持つ小動物系美少女だ。顔立ちだけを見ればヨーロッパ圏の人っぽい。少なくとも親御さんの片方は外国の人だろう。

 なんか隣のクラスに、もっと日本人顔だけどこんな感じの女子がいた気がするな。男子生徒の中ではかなり人気だった。


 わ、ちょ、涙目になるのはやめて!年下の女の子が目の前で泣いてるとか、俺に非がなくても謎の罪悪感が………あれ、年下?だったら看護師にはなれないよな、俺はまだ高二なんだから。え、じゃあこの人俺より年上………はあり得ない、童顔なのだとしても多分同年代だし。ってか、気にすべき所はそこじゃないし。


「お目覚めになられたんですね、良かったですぅ!もう暴発事故から五日も経ってるんですよぅ!!」


 五日?ってか暴発事故?交通事故じゃなくて?

 え、俺マジで入院先ごと吹っ飛んだ?


「すみません、看護師さん、ですか?その服装は………」

「!? 私のことわからないんですか!?私ですよ、ヒュー様の専属メイドのステラですよぅ!私達かなり付き合い長いのに、忘れるなんてひどくないですかぁ!?」


 私ですよって言われても。付き合い長いの?しかも専属メイドって、現代日本でそんなの実在する?一万歩譲って実在したとしても、病院にいるのはおかしいよな?

 ………そもそもここ、日本か?


 不安になって、大きな窓からちらりと外を見る。


「あー………」

「ヒュー様………?」


 言葉を失うってこういうことを言うんだなぁ………


 周りには映画のセットでしか見たことがないような豪邸が建ち並び、様々な形の馬車が行き交っていた。道ゆく人の服装はさながらファンタジーな漫画やゲームの登場人物だ。


 うん、やっぱり、日本じゃない。現代かどうかも怪しい。


 何だこれ、昔のヨーロッパにタイムスリップした?ラノベのテンプレ通り異世界に来ちゃった?それとも俺はまだ眠ってて、これは夢の続きなのか??


「………そうですよね、大事故でしたもんね。頭も強く打たれたようですし記憶が混乱してるのかもだし」

「え、あの、」

「大丈夫ですよ!たとえ記憶がなくなっても何がどうなっても私はヒュー様の味方ですからね!」

「あ、ありがとうございます?じゃなくて、ちょっと話を」

「お医者様呼んできます!ちゃんとそこでじっとしててくださいよ!!」


 バタン!!


 ………全然話聞いてくれないじゃん。


 それよりも今ヒュー様とか呼ばれてたような。別人と勘違いされてるのか?それともまじで異世界転生しちゃった感じ?

 ステータスオープン!とか言ってみようか。………何も出ないな。残念。


 展開がよくあるラノベそのものだし、俺はこういう転移もの転生ものも好きでよく読んでいた。だからこれは俺の記憶に準拠した夢だ、きっとそうだ。

 ………と思いたいのは山々だが、全身の激しい痛みが現実ですよ~と伝えてくる。やめて、ちょっとくらい現実逃避させて。


 夢ではないなら何だというのか。頭おかしくなったのかな。今までの人生の方が夢とか?いやそれはないだろ。

 頭だけで色々考えているとひたすらに不安が増してくる。こういう時は深く考え過ぎず、自分に出来る行動をするべきだ。案ずるより産むが易し、みたいな?


 とは言え、今は痛すぎて身体があまり動かせない。俺が今動ける範囲で出来ること………そうだ、鏡とかないかな。自分の顔を確認したい。

 本当に転生とかしちゃったのかどうかを確かめるにはそれが一番だと思うんだ。古傷を見るのもありだけど、今は包帯と怪我で見えないし。


 ベッド脇にある小さな机に手鏡が置いてあったので、恐る恐る覗いてみる。

 そこに映っていたのは、見慣れた自分の顔ではあったが………


「うん、これ、俺じゃないな。」


 この姿、さっきまで見ていた夢の、あの白い空間でパニックになっていた魔法使い風の俺じゃないか?間違いなく俺の顔なのに、どこか西洋風に見える。変な感じだ。

 瞳は深くも鮮やかな緑色。髪も黒だと思っていたが、よく見ると緑がかって見える。メラニン色素じゃないのか?葉緑素?光合成できちゃう??

 ………いや、色素の成分とかどうでもいいわ。一旦忘れよう。


 転生してから前世の記憶を取り戻したのか、彼の身体に憑依でもしたのか。パッと思いつく可能性はそれくらいだけど、ラノベや漫画のよくある展開そのままだな。ただの読みすぎかもしれない。


 これがもし転生なら、俺はあの事故で死んだことになる。

 そうだとしたら、呆気なかったな。でも若くして死ぬってそういうもんか。周りの人達に申し訳ないとは思うけど、俺にはどうしようもない。

 まだ死んだと断定は出来ないし確かめることも出来ないんだから、このことは今考えても仕方ないだろう。これは必要な思考放棄だ。


 さっきのメイドさん、えーと、ステラ?は医者を呼びに行くって言ってたよな。来たらどう説明しよう。中身が別人ですなんて言っても、さっきみたいに記憶が混乱してるくらいの扱いにされそうだ。

 今の俺にはこの人としての記憶がないから、記憶喪失設定でいくしかないか。この人の記憶見られれば便利なんだけどな。

 ………ラノベだと記憶見られたりするよな?これだけテンプレ展開が続いてるんだし、やるだけやってみるか。


 駄目元で目を瞑り、ヒューバートさん(?)の記憶を辿ろうとしてみる。すると、じわりじわりと知らないはずの様々な光景が頭に浮かんできた。

 おー、見られた!これは助かる!


 自分の記憶というよりは、記録映像を脳内再生しているような感覚に近い。自分の名前などの強い記憶は問題なく引き出せるが、普段の会話などのあまり気にしない所は記憶が薄いようだし、ヒューバートさんの感情や思考まではわからないようだ。


 強く意識して見ようとしないと見られないけど、ここでの常識や社会の仕組みを少しでも知ることができるのは大きいな。

 ただ、「自分の記憶」のようには感じられないので他人の過去を覗く罪悪感がすごい。なんかこう、他人の日記やアルバムを許可なく見漁ってる感じ。


 個人情報の保護が叫ばれる現代日本の人間としてはプライバシーの侵害は気が引けるんだけど、あなたの身体で変なこととかしない為にも少し記憶を貸してください。

 というか、勝手に見ます。ごめんなさい。見るのは最低限にするんで許してください。


 えっと………名前はヒューバート・ウィリアムズ、伯爵家次男、家族構成は両親と兄一人、普段は魔導研究室の副室長をしている、と。今はこれくらいわかればいいかな。怪我の原因らしい暴発事故とやらの記憶は本当に飛んでいるのか、頑張っても思い出せなかった。

 ってかやっぱここは異世界なんだな。当然のように魔法が存在していて、このヒューバートさんも魔導士らしい。中身が俺でも魔法って使えるのかな。


 ヒューバートさんに心の中で土下座しながら基本情報を軽く確認していると、医者を連れてステラさんが戻ってきた。

 ………医者のおじさん、息切らしてるじゃん。そこまで急いでもらわなくても大丈夫なのに。


 ちなみに今見た記憶によると、ステラさんは専属メイドではあるが、幼い頃から一緒に育った幼なじみでもあるらしい。お互いに気心の知れた、兄妹のような間柄だ。

 かわいい幼なじみのメイドさんかぁ。フィクションの中にしか存在しないと思ってたよ。


 簡単な問診と怪我の経過観察、薬の処方をして医者は部屋を後にした。治癒魔法も存在するが今回の怪我の性質上あまり効かず、患者本人の体力も消費するので今は使わないそうだ。時間をかけて少しずつ治していくらしい。

 怪我の性質ってのはよくわからないけど、五日も起きなかったって言ってたから体力はなくなってるだろうな。ものすごくお腹空いてるし。


 とりあえず意識ははっきりしている、事故の記憶はない、その他の記憶は完全に無くしているわけではないがぼんやりしていてすぐには思い出せない、ということにしておいた。これでしばらくの間は誤魔化せるんじゃないだろうか。


 とにかく今は全身が痛くてどうにもならない。痛み止めを飲んでいても起き上がるのが精一杯だ。

 魔法の実験で暴発したとステラさんから聞いたけど、どういう事故を起こしたらこんな怪我をするんだろう。痛みで動けないなんて相当だと思うんだけど。


 せめて歩けるようになるまでは療養に専念しよう。その間暇になるから、ヒューバートさんの記憶を見てこの世界の常識とかを勉強しておくか。

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