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 軍の訓練場から掛け声が聞こえてくる。

 剣戟の音や攻撃魔法らしい爆発音に、俺の知る世界ではないことをより一層実感させられる。


 今は、ハロルドさんが室長さんに事情を説明してくれている所だ。俺はその隣でのんびりお茶とお菓子を頂いている。あ、このクッキー美味しい。


 ………ハロルドさんにも室長さんにも、事情を隠そうとしてバレてるんだよなぁ。イアンにはバレてないだろうけど、そもそも一緒にいたのが一瞬だし。

 俺、やっぱり隠し事下手?この先大丈夫だろうか。


「そんな事例は聞いたことがないけれど。多重人格、というわけでもないのよね?」

「ユウト君は、ミソと言う一風変わった調味料で料理を作ってくれましたよ。ショユーも色々使えて便利だって、うちの料理長が喜んでいました。極東の調味料だそうです。」


 ステラに屋敷を案内された時に厨房で見かけて、つい「味噌?」と声に出してしまったのだが、そのおかげか屋敷の料理担当の人達とはそこそこ仲良くなった。健康に良いと話題になっていて試しに買ってはみたものの、使い方がわからず困っていたらしい。


 俺がヒューでないことは明かしていないので、「事故の衝撃で忘れていたレシピを思い出した」と思い込んでいるようだが。そんなわけあるか、というツッコミをこらえるのに毎度必死である。


「ハロルドさん醤油です、ショウユ。伸ばす所違います。」

「ヒューバートはあまり料理はしないし、多重人格だったとしても異国の料理は作れないわよね………

 ミソってあのしょっぱいペーストの事でしょう?私も興味本意で買ったことあるけど、使い方がわからなかったのよね。美味しいの?」


 しょっぱい、ペースト………間違ってはいないな。美味しいですよ?味噌汁とか。

 料理人さんですら鰹や昆布の出汁を知らなかったからそのせいかな。鰹節はあるのに削る道具がないし。


 珍味扱いではあったものの、日本食の材料には意外と困らなかった。昔、それらを手に入れるためだけに商会を立ち上げ、極東の国との貿易ルートを確立して輸入を始めた異世界出身の男がいたらしい。その人絶対日本人だ。


 室長さんが、手に持った煙管をくるくると回す。


「ミソについてはまた改めて教わるとして………異世界の同一人物は魂が同じだから、身体を入れ替える事が出来るってことなの?」

「室長、それはユウト君に聞いてもわかりませんよ。」

「それもそうね。調べ甲斐がありそうだけれど、どこからどうやって調べたらいいのかわからないわね。私もちょっと暴発してみようかしら。」


 !


「やめてくださいっ!!」

「!」


 俺の口から飛び出した鋭い声が部屋に響き、静かになった。


 ハロルドさんと室長さんは目を丸くしたまま動かない。正直自分でもびっくりした。


「………ユウト君?どうしたんだい、突然。」

「あ………その、すみません、大声出して。」

「冗談に決まってるでしょう?向こうの私も同時に大怪我しないといけないじゃないの。

 ………そういえばあなた、私を見て泣いていたわよね。もしかして、そっちの私と何かあった?そっちの私に、かしら。」


 ………。


「………俺の世界のあなたは、俺を事故から庇って父と一緒に死にました。俺の、母です。」

「!?」


 聞かれるままに答えちゃったけど、これは言わない方が良かっただろうか。

 いや、俺ごときがどれだけ隠そうとしても、この人達には遠からず聞き出される。無駄な抵抗はしないでおこう。


「産みの親が違うことがあるのか!………そうか、亡くなった母君に突然再会してしまったんだね。」

「ハロルドさんは、俺の世界では近所に住んでる兄貴分です。その人も俺も一人っ子ですよ。」

「それは………少し、寂しいな………」


 しょんぼりしちゃった。ほんとに弟大好きだな、この人。

 室長さんの方は、異世界の自分が死んだと聞いたわりには特に動揺が見られない。話聞いただけだと他人事に感じるのはわかるし、魂が同じとはいえ知らない人だからだろうか。


「室長さん、あの………」

「なぁに?あぁ、私のことはローレンでいいわよ~。」

「え?あ、はい。じゃあ………さっきはすみません、ローレンさん。顔見た途端泣くとか失礼ですよね。」

「そんな事情があったなら無理もないわ、私だったらきっとお母様に飛びついてるもの。」


 ………さすがに飛びつきはしないかな。


「異世界の息子かぁ。私独身だけど、相手は誰かしら。

 ユウト君、私で良ければいつでもハグくらいしてあげるわよ?ほら。」


 え………いやいや、何笑顔で腕を広げてるんですか!しませんよ!?


「いいです、大丈夫です、遠慮します!!」

「そんなに必死にならなくてもいいのに。

 ………とにかく、話はわかったわ。そうね、まずはヒューバートへの協力依頼を不自然じゃない程度に取り下げないと。

 少しはヒューバートの仕事もできそうかしら?記憶を多少見られるのよね?」

「はい、時間はかかってしまいますが。」

「休んでいた間も仕事は回せていたし、あまり気負わなくてもいいわよ。イアンにも手伝わせるから、出来る範囲でお願い。異世界の資料も集めてみるわ。」


 ありがとうございます、頑張ります。


「それと珍しく、軍から魔物討伐遠征への協力依頼が研究室に来ているの。そろそろ復帰できそうと聞いて、ヒューバートを含めた編成案をもう提出してしまったのよ。

 まさか記憶障害がこんなに重いとか、それどころか別人になってるとか思わないじゃない………!」

「それはほんとすみません………あれ、人格はともかく、記憶については診断書送ってあるって聞いたんですけど。」

「ああいう書類は総務課を通して情報だけこちらに届けられるから、記憶障害の程度についての情報がどこかで抜けたのね。まったくもう………」


 眉間にしわを寄せながら、煙管の先でコツコツと机を叩く。


 怪我人も駆り出されるほど悪い状況なのかと思ったが、ヒューは意識さえあれば寝たきりでも魔法で十二分に戦えるからいけるだろうと編成に入れられたらしい。ブラック企業もびっくりだよ。

 あ、でもヒューは「世界最強クラスの魔導士」なんだっけ。そりゃ戦力に入れたいよな。


「ヒューバートなら一大戦力になり得るけど、ユウト君の世界には魔法がないのよね?」

「さっき氷抜け出すのに適当に使ったのが初めてです。」

「あぁ、どうりでぎこちないと思った。でも使えたなら、魔力の感知と操作はできてるってことね。」

「えーと………」


 ヒューとファウストが言ってたあれだよな。自分の存在を感じるとかなんとか。目を閉じて、身体に意識を集中して………瞑想する時みたいな感じ?


 ………ん!


 突然、ふわっと自分の身体の中を何かが流れるような感覚があった。さっき魔法使った時よりはっきり認識できてるかも。………テンション上がるな、これ!


 ゆっくりと動かしてみると、夢で二人の俺が言っていた事の意味がわかってきた。「自分」の存在する範囲を改めて認識し直したような、頭の天辺から手足の爪先まで新たに神経が通ったような気分だ。


「あら、表面的には結構滑らかに操作出来てるわね。ヒューバートの感覚が身体に残っていたりするのかしら。」


 そっか、そのモノクルで魔力見えるんだ。こういう時にも便利なんだな。


「さっきもやった、魔力纏っていうのをやってみます。一応離れてください。」


 ヒューの記憶にある魔法陣を魔力で足元に描く。範囲は俺の脚で、出力はこれくらいで。さっきは適当にやったけど、魔法の発動ってこんな感じでいいんだろうか。


 魔法陣は魔法の設計図であり、効果、威力、方向、範囲などはこれで決める。完成した魔法陣に、魔力を必要な量だけ注いで初めて魔法が発動だ。


 呪文の詠唱と呼ばれるものもなくはないが陣を描くための絵描き歌みたいなもので、余程複雑な術や特殊な術でない限り、声に出して言う人は少数派だそうだ。言うとしても術名のみらしい。

 そういう言い方されると、呪文の格好良さが半減以下だよな。絵描き歌って。


「一応隣でフォローするわ、また暴発したら今度こそ死んじゃうかもしれないし………やだごめんなさい、そんなに怖がらなくても大丈夫よ。完全版の魔法陣なら暴発の危険はないわ。」


 完全版の魔法陣には魔力を注ぎ過ぎないための安全機構が組み込まれているので、それを使えば初心者の俺でも暴発はしないとのことだ。

 本当に暴発しないんだろうな?そんなこと言われたらさすがにちょっと怖………いや、今は好奇心が勝ってるかも。


 魔力の線で描いた陣に、均一に魔力を流し込む。

 あれ、難しい。集中しないとすぐに魔力の線が霧散する。さっきの俺、よくあの状況で氷溶かせたな………


 目を閉じて集中していると、脚に魔力が纏わりついてくる感覚がした。下に目を向けると、両脚を炎のようなオーラが包んでいる。二人が笑顔で拍手してくれているので、どうやらこれで成功らしい。

 あっさりし過ぎて感動するタイミングを失ったよ。さっき使った時はこんなオーラなんて出なかったから、あれは失敗だったんだな。


「ヒューバートならほぼ即時発動で多重展開も軽々やってしまうけれど、初心者と比べちゃ駄目よね。

 私のフォローもいらなかったし、初めてにしては上出来すぎるくらいよ。魔法を使うこと自体は問題なさそうだわ。

 魔物討伐とは言っても魔導士としてだから、遠距離攻撃や後方支援が主になるの。出来るだけ王都の近くを担当できるように取り計らっておくわね。」


 ってことは、俺が行くのは確定?


「一人でも人手が欲しいって言われてて。

 とりあえずやってみてくれない?出来るだけのフォローはするし、本当に無理そうなら断るから。」

「えーと、頑張ってみます。

 ………どちらかと言えば近接戦闘の方が得意なんですけどね。俺が出来るのは対人戦闘ですし、魔物なんて見るのも初めてですから魔法練習しておきます。味方に当てたりしたら大変だ。」

「近接戦闘か………ヒューは何もない所で転ぶような子なんだけどな。異世界の同一人物とは言っても、やはりヒューとユウト君は別人なんだね。」


 確かにヒューは運動駄目って言ってたけど、そんなにか。


 俺は武術オタクの父の影響か、運動神経はかなり良い方だ。

 技や武器の扱いも色々と知ってはいるが、ほとんどは道場などに通ったわけではなく父に直接教わったので、父の自己流が混ざっているらしい。


 ………ちなみに、俺はその身体能力で少々やんちゃしていた時期があるため、近所の不良達には「刀伎とタイマン張れたら周りのやつらに舐められない」と喧嘩を吹っ掛けられることがあるくらいには有名人である。毎回全員怪我しないよう丁寧にお相手して、お帰りいただいてるけど。


 結局最後まで父さんには全くかなわなかったし、上には上がいることはよく知っている。本職の兵士には及ばないだろう。

 それに、俺としては身体動かすのが好きだからやっていただけだ。進んで戦いたい訳じゃない。大人しく魔法使おう。


「あなたはリーダーとして、主に指示を出す側になると思うわ。」

「俺高校生………学生だし、異世界人だし、指示なんて出せますかね?」

「ヒューバートも実戦での指揮はやったことないわよ?」


 初心者にやらせるには責任重くないですか?人の命預かるんですよね?


「指揮はハロルドに教わるといいわ。あなたが預かるのは魔導士の班で、討伐時は前衛班と組むからそちらのリーダーもある程度指示は出してくれるはずよ。

 魔法の練習は私が、時間がある時に教えるわね。」

「わ、わかりました。よろしくお願いします。」


 緊張するけど、魔法の練習は、楽しみだ、な………?


「………。」


 隣にいるハロルドさんから熱視線が送られてくる。こめかみに穴開きそうなんですけど。


「何か用ですか、ハロルドさん………?」

「ええと、その………まだ本調子じゃないのはわかっているが、私とも少し手合わせをしてもらえないか?もちろん今じゃなくて、時間が空いた時に。

 ………弟と剣での手合わせや組み手をするのが夢だったんだよね。」


 あぁ、ヒューの運動神経が残念過ぎて出来なかったのか。

 俺も異世界の剣術とか見てみたいな、ハロルドさんは魔法剣士だって聞いたし。絶対格好良いじゃんそんなの。


「俺で良ければ。俺もこの世界の武術知りたいです。」

「本当かい?ありがとう、嬉しいよ!」


 うっ!ちょ、ハロルドさんストップ!そこはまだ触ったら痛い!ああああああああ


「ふふ、良かったわねハロルド。抱きついても嫌がらない弟ができて。」


 微笑んでないで助けてくださいローレンさん!俺が嫌がってるの気づいた上で楽しんでますよね!?やっぱドSだこの人!





 この後はしばらく三人で雑談をし、一段落ついた所で家に帰された。


 家の扉が開いた瞬間、ハロルドさんの慌てようを見て安易に俺を送り出したことを後悔していたらしいステラが勢いよくスライディング土下座してきてビビったことは早めに忘れようと思う。

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