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魔導研究棟の最上階にやってきた。偉い人ってやっぱり一番高い所にいるんだなぁ。
ヒューの研究室は本人の希望で一番下の端だけどね。書庫にできるだけ近くの部屋、せめて同じ階じゃないと嫌だと言い張ったらしい。
「着きました、こちらです。
あの、副室長………ほんとはこれ、会った時にすぐ言おうと思ってたんですけど。」
え、何、寝癖とかついてる?
「僕も室長も研究員の皆さんも、副室長の復帰を待ちわびてましたよ。だから、その、お帰りなさい。」
「あ、あり、がとう?………ただいま。」
そんな真っ赤にならないでよ、こっちが照れる。
本当に嫌われてるわけではないんだな、ヒュー。イアンの口振りからすると、むしろ慕われてるんじゃないか?
………そういえば俺、人に「ただいま」って言うの久しぶりかも。言う機会があんまりないんだよね。
「じゃあ、入りますね………室長、ウィリアムズ副室長をお連れしました。」
「ご苦労様、あなたは下がっていいわよ。」
扉を開けて俺を中へ入るよう促してから、イアンはそそくさと立ち去った。正直、一緒にいて欲しかったな。一人だと緊張する。
中に入って扉を閉めると、部屋には二人きり。室長さんはまだ向こうを向いている。
「災難だったわねヒューバート。記憶に障害が出ていると聞いたけれど、実験の時の記憶もないの?」
「………っ!」
振り返った彼女の顔を見て、俺は固まってしまった。
真っ直ぐな紺の髪と、群青の瞳。モノクルをかけ、魔導士のローブを緩く着崩し、煙管を咥えている。そしてその顔立ちは。
「母、さん………?」
「うん?」
やば、声に出てた?
「あ、いえ、何でもありません!」
「何でもなくはないでしょう、泣いてるじゃない。」
「!」
これはちょっと予想外だった。ヒューの両親に会う時ならまだ警戒したかもしれないが、まさかこんな所で母さんに会うとは。
俺の家族がヒューの家族とは限らないんだった。しまったな、どうしよう。不意打ち過ぎて涙が止まらない。
「今、母親と間違えたのかしら。私は伯母よ?記憶が曖昧とは聞いていたけれど、まさかここまでだなんて………」
「え………伯母?」
「私はローレン。ローレン・シモンズよ。あなたの母、リリーの姉。これは、記憶が曖昧どころじゃないわね。まずいかもしれないわ………」
「す、すみ、ません。大丈夫、です。思い出すのに少し時間がかかるだけなので。事故の時の事も、少しはわかります。」
落ち着け、落ち着け。この人は母さんじゃない。ヒューの伯母さんなんだ。………リリーさんは奏江さんだったりして。
深呼吸、吸ってー、吐いてー。
よし、室長さんのファンタジー過ぎる出で立ちを見てたらちょっと落ち着いてきた。ヒューはなんて言ってたかな。
「えっと、魔法陣の展開までは問題なく出来ました。そこに魔力を注ごうとすると、制御出来ない程魔力が吸いとられて、暴発する、と思ってとっさに魔力の盾を張って、そこからは完全に記憶がありません。」
なんかこんな感じだったはず。
「………目撃者に聞いた話と合致するわ。記憶を失ったわけではないというのは事実なのね。」
事故の時の話は事実だけど記憶が怪しいって部分は事実じゃないというか、何なら俺はヒューですらないですごめんなさい。
「記録係の皆を守るのに、暴走した魔法陣を自分ごと障壁で囲んだそうね。おかげで他に怪我人はいなかったわ。あなたは爆発の衝撃を一身に受けて重傷だったけれど。」
さっきイアンにお礼言われたのはそれか。爆発すると思ってからの一瞬でそんな判断できるとか、ヒューすげぇじゃん。
「本当に焦ったのよ、駆けつけたら何ヵ所も骨が見えてるんだもの。いくらあなたが丈夫とはいえ、よくあれで死ななかったわよね。」
骨出てたの?しかも何ヵ所も?その状態の時に意識取り戻さなくて良かったぁ。
室長さん、少し怒っているようにも見えるけど、これは心配してる時の顔だ。父さんと俺の無茶を叱りつつ心配していた母さんと同じ。懐かしいな。
「魔力の計測結果とも合うわね………今回の実験では冒険者がよく使う簡易の魔法陣を大きくして使用してもらったけれど、あれは注ぎ込める魔力を制限する術式を削ることが多いもの。簡易魔法陣で暴発事故が起こりやすいのはやはりそこが原因でしょうね。」
へー、魔法陣に簡易とかあるんだ。素早く発動できるけど威力が低い、とか?俺の好きなアクションRPGにそんな感じのスキルが………ゲームやりたくなってきた。
「魔力制御が病的に得意なあなたですら暴発するとなると、解決策を見つけるまでは簡易魔法陣を使わないよう国から通達を出すべきかしら………」
病的って。ヒュー、そんなに魔力制御得意なのか。まぁ魔導士だもんな。
そういえば、夢の中でもヒューとファウストが魔力感知がどうのって言ってた気がする。俺も魔力の制御やら感知やらを練習しておくべきだろうか。
少なくともヒューのふりをできる程度には、魔力の扱いにも慣れる必要があるな。ステラに手伝ってもらって、家で練習してみよう。
室長さんはずっと一人で話しながら考えを整理しているようだが、何故かその視線はこちらをずっと向いている。そんなに見られると恥ずかしいんですけど。何かついてます?やっぱ寝癖?
「ヒューバート。あなたの名前は?」
「………へ?」
今あなたがヒューバートって言いましたよね?俺の記憶を確かめたいのだろうか。フルネーム言えばいいかな。
「ヒューバート・ウィリアムズ、です。」
「………やっぱり、違うわね。」
えっ
「このモノクル、あなたが作ってくれたものでしょう?効果を知らない訳がないわよね?思い出してみなさい。」
それ、ヒューの作なのか。少し焦りながら記憶を探る。
………あ、ヤバいかも。
「魔力を可視化することで、間接的に発言の真偽を確かめる………!」
「そう。嘘をつく時、心に大きく反していることを口にする時、魔力に独特の揺らぎが見られる。あなたが発見したことよ。」
パキン!
「っ!?」
反応すらできない速度で、足元から膝下辺りまでが一瞬で氷に覆われた。
よく見ると足元にうっすらと魔法陣が見える。見えづらくして床に仕込んであったのか!
「でも変ね。開発関係者と国の上層部以外はこのモノクルの効果を知らないはずだし、暴発事故の話をしていた時は揺らぎがほぼなかった。でも私の話を聞いている時や、自分の名を言わせた時は揺らいでいる。タイミングがおかしいわ。
記憶が不明瞭だからかしら。魔力の量や質はヒューバートそのものだけれど流れが不自然だし………」
ヒューの記憶を見ているうちに陣を覚えられた数少ない魔法、「魔力纏・焔」の魔法陣を足元に描く。火の性質を持たせた魔力を自分の身体に纏わせるだけの、魔法とも言えない程度の魔法だ。魔法が単純な分、魔法陣もシンプルだから覚えていられただけとも言う。
なんとなくの感覚だけでやってるけど、足元は温かくなってきている気がする。このまま氷を少し溶かすか割るかできれば………よし!割れた!
後ろに飛び退き、とりあえず胸の前で手を構える。魔法使い相手に近接戦闘の構えとっても意味はないと自分でも思うけど、魔法戦闘の構えってどうやるんだよ。
杖か?杖構えるのか?一応腰に指揮棒みたいな形の杖差してるけど、これどうやって持つのが正しいんだ?
ヒューの記憶を探って何か役立つ魔法を………いや駄目だ。あれはかなり集中しないと見られないから、もし途中で室長さんが魔法撃ってきたら避けられない可能性が高い。ヒューの身体に怪我させちゃう。
扉から外に逃げたいが、扉本体とドアノブの所にあからさまにヤバそうな魔法陣が見える。触ったら絶対ろくなことにならないやつだろ、あれ。
それに、この部屋からは出られてもこの建物や、軍本部から出られる気がしない。まずい、詰んだかも。
「あら、ヒューバートにしては身のこなしが軽いわね。面白いじゃない。あなたが何者なのか、是非とも聞かせてもらうわよ!」
「え、うわあぁっ!?」
今度は俺の周りに複数の小さな魔法陣が現れ、そこから白く光る鎖が飛び出してきた。
足元や前後左右から伸びてきた何本かは反射的に避けたが、頭上にも魔法陣が浮かんでいるのには気がつかなかった。全方位からの同時攻撃はズルいって!
ぐるんと視界が回転し、気づいた時には見事宙吊りにされていた。白い鎖が更に追加で巻きついてくる。
あー、完全にやられたわ。どうしよう。本部入り口にいた目つきの怖い兵士さんに引き渡されちゃうのかな。
「半分以上も避けられるとは思わなかったわぁ。なかなかやるじゃない、あなた。
でも、もう逃がさないわよ~。どう料理してあげようかしら、ふふふ♪」
………なんでちょっと楽しそうなんだこの人。Sなの?
この人に事情を話しても大丈夫なら、さっさと口を割ってしまいたい。だが、信用できるのか?まだわからない。むやみに明かさないようにって言われたし………でもこの状況では話すしか………
バタンッ
「はぁっ、はぁ、これは………間に合わなかったか。
室長、まだヒューの怪我は完治していないんですよ。あまり手荒な事をしないでいただけませんか。」
「ハ………兄上っ!」
ハロルドさん!救世主!!
「あら、ハロルド。約束の時間には早いんじゃない?いつもの紅茶、まだ用意出来てないわよ?」
「ヒューが室長に会いに行ったとつい先程聞いて、大急ぎで駆けつけたんですよ。弟についてお伝えしておきたいことがありまして。」
そう言って、俺のそばに来てくれた。良かった、まじで焦ったあああぁ。
「大丈夫かい?まだかなり痛むだろう。」
そうなんだよ。外出許可が出ただけで、怪我が完全に治った訳じゃないから鎖が食い込んで地味に痛い。また傷が開きそうだ。とりあえず降ろしてくれません?
「ハロルド、彼はあなたの弟ではないかもしれないわ。これからちょーっとお・は・な・しさせてもらおうと思ってね?」
モノクルをくいっと上げながら室長さんが言う。「お話」の言い方が怖い。絶対平和的なお話じゃないよねそれ。
「むやみに事情を明かすなと言ったのをしっかり守ってくれていたんだね。大丈夫、彼女なら問題ない。少々荒っぽい所はあるが良い人だ。私達の伯母だよ。」
「ちょっと、誰が荒っぽいのよ。」
「ステラに話を聞いてから急いでここに来たんだが、少し遅かったようだね。すまない、驚いただろう。」
「無視なの!?」
室長さんは「もう!」と言いながら口を尖らせている。
なんか、怒り方が可愛いな。俺の母さんはどちらかと言えばクール系だったんだけど………やっぱ別人なんだなぁ。
「はぁ………ハロルドは何か知っているのね?」
「ええ。確かに彼はヒューではありませんが、危険な人物でもありません。ひとまず降ろしてあげてくれませんか?腕の辺り、血が滲んでいます。」
「………あなたがそう言うのなら。でも洗いざらい、ぜーんぶ話してもらうわよ。」
ゆっくりと身体が床につき、俺に巻きついていた鎖が光の粒子になり、消えた。
はー、怖かった。喧嘩売られたことは多々あるけど、魔法で拘束されたのはさすがに初めてだったよ。
「少し袖をまくって。軽く治癒魔法をかけるから。」
治癒魔法!見たい!
家でも何回かかけられたけど、俺が目を覚ました時点で傷はあらかた塞がってたからね。魔法かけられても傷の見た目が劇的に変わることはなかったんだ。
ハロルドさんが傷に手をかざすと、開いていた傷口が早送りのように塞がっていく。治癒魔法っていうのは、傷の治りを早める感じなのか。あ、もう痛くない。
「血は止まったから、今はここでやめておくよ。後で医者に診てもらおう。」
「すごい………!ありがとうございます、ハロルドさん!」
「どういたしまして。身体は大事にしてくれよ?ヒューの身体でもあるんだから。もう他に痛む所はないかい?」
「ヒューバートがそんな治癒魔法に今更感心するなんて………。
そろそろ私にも説明してもらえる?一体何が起こっているの?」
あ………魔法見てはしゃいでる所、しっかり見られてた。ちょっと恥ずかしい。
「そうですね、私から話しましょう。足りない部分の補足は頼んでもいいかな、ユウト君。」
「はい!」
この説明も三回目、少し慣れてきた。




