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婚約破棄もの詰め合わせ

待ち望んだ婚約破棄

作者: た~にゃん

※設定はふんわりご都合主義です。

※本作に出てくるドレスシルエットの由来は作者の捏造です。(異世界が舞台のお話なので、史実とは違います。悪しからずご了承くださいませm(_ _)m)

「ポロウニア・メイルーマ・マゴット侯爵令嬢、今宵をもってそなたとの婚約を破棄する!」


 建国百年を祝う夜会の始まりは、まさかの王族による婚約破棄宣言から始まった。招待客が固唾を呑んで見守る中、隣に並ぶ見目も艶やかな貴婦人に婚約破棄宣言をした現王太子エドアルドは続けてこう言った。


「我が妃はここにいるマリア・ペイザンテ・サフラワー男爵令嬢とする。また、マリアと余の婚外子であるベルナルド、ローゼマリー、アントンを王族に迎え入れることとする!」


 エドアルドの後ろに控えていた小麦色の髪を慎ましく結い上げた貴婦人は、今までとは異なり、王族だけに許された白テンの毛皮で裏打ちした緋のマントを纏い、しずしずと王太子の前へと進み出て、跪く。その小さな頭に、エドアルドが金剛石の煌めくティアラをそっと載せると、夜会会場にさざ波のように控えめな拍手が広がった。




◆◆◆




(ここまで本当に長かった……)


 マリアとのファーストダンスを終え、王族席から国中の貴族たちを眺めながら、エドアルドは穏やかな心地でワインを口に含んだ。若い者たちの中には、パートナーと三度目のダンスに興じる者もいる。


「そなたには本当に苦労をかけたな。余にも若さがあれば、そなたを三度目に誘えたのだが」


「ふふふ。貴方の隣にこうして堂々と並べるのですもの。それだけで私は幸せですのよ?」


 そう微笑むマリア妃の目尻にも、加齢による皺がひと筋、ふた筋と刻まれている。




 そう、始まりはもう四十三年も前のこと――。





「クラウディア・ベル・ウィステリア! 貴様との婚約を破棄するー!!」


 新年を祝う夜会で、美しく聡明な婚約者に婚約破棄を突きつけたのは、当時王太子だったエドアルドの兄ジョシュア。


「俺は真実の愛を見つけたのだ!」


 茶色の髪の小動物を思わせる可愛らしい男爵令嬢の腰を抱いて兄は喚いた。


 とんでもないスキャンダルだ。けれど国中の貴族を前に宣言を撤回することなどできず。一方、婚約を破棄されたクラウディアは、国を出て当時力を増してきた新興国の若き王と結婚してしまった。


 美しく有能なクラウディアと外交の場で同じ王妃の立場で相対することになったエドアルドたちの母は、国と国との駆け引きでさんざんな目に合わされたらしい。何をするにもクラウディアに出し抜かれ、積もり積もった恨み憎しみはあらぬ方向に矛先を向けた。


 兄に代わり王太子となったエドアルドに、クラウディアを超える妃以外認めないと言い出したのだ。エドアルドにとっては、とんだとばっちりである。


 王太子であるにもかかわらず、エドアルドにはいつまでたっても婚約者ができなかった。クラウディアのような……否、彼女を凌ぐ美しさと聡明さを持ち、なおかつ位の高い姫など他国の王族を漁ったとて簡単に出てくるわけがない。というか、いない。


 婚約者が決まらぬまま三十を目前としたエドアルドに、さすがに焦りを覚えた家臣たちからとある「令嬢」を紹介される。



 ポロウニア・メイルーマ・マゴット侯爵令嬢、その人である。



 夜空のような青みがかった黒髪は艶やかで、切れ長の目にはアメジストのような透明感のある紫の瞳。陶器のような肌にはシミ一つない。妖しげな色香をたたえた儚げな令嬢は、黄金の髪にエメラルドのごとき瞳のクラウディアとは対極にある美しさで……何より、身長の高い彼女はクラウディアを見下ろすことができる。


 王妃に気に入られたポロウニアは早速エドアルドと結婚……しなかった。


「念のため申すが、結婚はできぬ。そなたを愛するつもりもない」


 エドアルドの確認に、ポロウニアは無表情でこくりと頷いた。ポロウニアとは婚約関係のままを貫いた。その後、エドアルドはオモテではポロウニアを隣に置きながら、当時ポロウニアの侍女だったマリアとひそかに愛を育み、彼女との間に子供を三人も授かった。


 ポロウニアは美しい。けれど、王妃にはできない。ポロウニアは公務の場には同行するものの、微笑むばかりで、口を開くことは決してない。彼女は美しい置物だった。


 そんなポロウニアの代わりに王太子妃の仕事を引き受けたのは、他ならぬマリアである。兄のやらかしによって才ある人物を失い、クラウディアの嫁いだ新興国からの根回しで周辺国からそっぽを向かれ、国力を落とした王国を再建するのに、マリアはエドアルドをよく支え共に苦労し、なんとか王国は危機を脱したのだ。その間、マリアは決してオモテに出ることはなく。


 時は流れ、権力にしがみついていた国王と王妃は病に伏しがちになり、ついに寝たきりとなった。もう彼らに政治はできない。やらかしてもなお可愛がってきた兄を庇うことも。

 華やかな祝宴の場に、いつもあった兄の姿はもうない。彼は両親と共に離宮に閉じ込めた。彼もまた、二度と表舞台には出てこまい。


(余の凡庸さゆえに、マリアには酷なことをした。だが、時は巻き戻らぬ。もう愛する妻は純白のドレスを着たいとは言わぬだろう……)


 エドアルドは気弱な王子だった。特別優れたところはなく、凡庸で。それはマリアも同様だ。そんな凡庸な二人で、我の強い両親と婚約破棄以降もやらかす兄のフォローにまわり、傾いた国を立て直すのは大変なことばかりだった。時間も……ずいぶんとかけてしまった。


「貴方、ほらご覧になって」


 少し酒がまわったのだろう。はしゃいだ声がエドアルドを現実へ引き戻す。妻の視線の先では、一組のカップルがクルクルと踊っている。青みがかった黒髪を撫でつけた壮年の紳士と夜空のような紫紺のドレスを纏った婦人――。


「そなたらにも苦労ばかりかけたな……」


 ダンスを終えて王族席に向かって一礼した彼らに小さく呟く。壮年の紳士――元ポロウニア・メイルーマ・マゴット侯爵令嬢もまた、この夜会で本来の姿を公にすることができた。いや、侯爵令嬢は婚約破棄と共に消滅したというべきか。


 三十数年前、美しさに固執する王妃に認めさせるためだけに、彼は中性的な美貌を買われて「彼女」にされた。マゴット侯爵家にポロウニアという名の令嬢は存在したが、赤子の頃に亡くなっている。


 張りぼての婚約者の正体は、美しい美しい男性だった。


 美しく妖艶な「ポロウニア」を王妃は女と信じて疑わず、ゆえに見た目も凡庸で身分も低いマリアのことは路傍の石ころと放置してくれた。


「ふふふ。懐かしいですわね。あの方の喉仏を隠すのに、東方風の詰め襟ドレスを考案しましたわね」


 東方の礼服は、首元を隠す詰め襟に身体のラインにピタリと沿う形でスカート部分にはスリットまで入っている。対して、大陸で主流のドレスは襟ぐりが大きく開き、スカートをパニエでふんわり膨らませるもの。両者はまるで形が違う。それを無理やりくっつけた。結果できあがったのは、首周りを覆う詰め襟に、今はマーメイドラインと呼ばれるすっきりとしたシルエットのドレスだ。

 

「まさかそれが、ご令嬢方にこれほど流行るとは思いませんでしたわ」


 妻の言葉に改めて大広間を見渡せば、煌びやかな宝石を縫い付けたもの、大きな花のコサージュをアクセントにしたもの、首周りだけリボンにしてデコルテを透けるレースで身頃と繋げたホルターネック風のもの、アシンメトリーなデザイン……バリエーションもさまざまに進化したドレスがあふれている。


「楽しかったのですよ。あの方の性別を誤魔化す為のあれこれを考えるのも。それにあの方はいつも見事に着こなしてみせましたから」


 王太子の美しい婚約者が纏う見たこともないドレスや装飾品に令嬢たちは憧れ、我先にと買い求めた。誤魔化しのための苦肉の策が、大陸の流行を牽引するようになったのはいつからか。それはこの国に少なくない富をもたらした。


「そういえば、それで繋がった縁もあったなぁ」


 薄く透ける織物を薬品に漬けて光沢を出したもの――年齢ゆえに目立ってきた髭を誤魔化すためにつけたヴェールは、遠く南の島国の技術。そこから交流が始まって、たくさんの有益な文化を吸収できた。かの国独自の、金属や革製の小板に(さび)止めの液を塗って(おどし)糸で繋げた頑強な魔獣用の鞍や装具は今やどの国にも必要不可欠な品となり、大陸内ではこの国だけが製造技術を持つ。


 凡庸なエドアルドたちには、才媛と名高いクラウディアのようなスマートで失敗のない外交はできなかった。

 けれど、凡庸だからこそ、プライドに邪魔されることなく他人の意見に耳を傾けることができた。凡庸だからこそ失敗もしたが、助けてくれた者には感謝を惜しまず、大切にした。幾度となく難題にぶつかったが、何事にも誠実に取り組み、時には大きく回り道をしながらも力を合わせて乗り越えてきた。だからこそ、金貨では買えないかけがえのないものをたくさん手に入れた。


 だから、後悔はあっても時間は巻き戻らなくてよいと思っている。ただ少し、自信が持てないだけで。


 まもなく離宮に閉じ込めた兄と両親の「死」が発表される。形ばかりの葬儀の後、エドアルドの戴冠式を執り行う予定だ。万事手はずは整えたと、わかっていてもエドアルドの口から出たのは、自信のなさゆえに小さな声だった。


「凡庸で不足ばかりの王であるが、これからも隣にいてくれるか」


 夫の問いかけに、元男爵令嬢は目を細めて柔らかく微笑んだ。


「ええ、もちろん」


 そして、皺の刻まれた手をそっと重ねた。

ポロウニア(中身)の出自はマゴット侯爵家の遠縁の家です。なおエドアルドの「愛することはない」宣言は「男色趣味はないから安心してね」の意味。

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― 新着の感想 ―
∀・)決してボリュームの大きなお話ではないですが、なんていうんでしょうかね、群像劇における壮大さを感じさせる物語でしたね。読者としてはエドアルドとマリア、とても愛されるキャラクターのように感じました☆…
異色の婚約破棄モノですが、理由は至極納得できるものでした。またエドアルドとマリアの実直な人柄にも共感できて、四方八方丸く収まる婚約破棄っていうのもあるのだなぁと感心しながら拝読させていただきました。仕…
現代で婚約破棄を行った人物は、実は過去に起きた婚約破棄で割を食った人物だったのですか。 軽率な婚約破棄でとんでもないトラブルを起こしたジョシュアさんも厄介ですが、そんなジョシュアさんを正しく教育せずに…
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