96話 シビュラ万博【前夜】
帰りたい、帰したくない――複雑な思いを抱えながらも、愛し合っていた紘也とシト。しかし紘也が「帰る」と心に決め、2人は決別してしまったのだ。
「でも、きっと……」
紘也を説得できるのは、私ではない。
彼を心から愛した、シトだけだ。
「ミレイユ、私、企画の依頼を受けます」
上手くいくかは、分からないけれど――。
「シビュラの誰にとっても忘れられないお祭り。作り上げてご覧にいれます!」
胸に手を当て、そう強く言い放つと。
レヴィンは、「アンタがいいなら」とシアタールームの天井を浮遊しはじめた。
一方ミレイユは、意外そうに目を見開いている。
「……そう、ですか」
私に1000年前の光景を見せても、すぐに納得するはずないと思っていたのだろう。
「“神王の願いに賛同する”……そう捉えて良いのでしょうか?」
「はい。彼の過去を見て、私も元の世界へ帰りたくなりました」
嘘だけど――。
しばらく沈黙していた悪魔が、「分かりました」と頷いた、その時。
「じゃ、ボクの部屋いこっか」
「はい?」
浮かんでいたレヴィンに、突然身体を掬い上げられた。
「わっ……!」
「いーから掴まってて」
ミレイユに構わず、私を抱えたままシアタールームを飛び出していく。
「どうして貴女の部屋へ?」
ゴスロリ衣装を好む幽霊の部屋、ちょっと興味はあるが――。
「昼飯、用意してあるから。そこのお花畑女の分はないけど」
「お花畑……?」
「あの悪魔が、人間に擬態してる姿のこと」
それに。
アンタに会わせたいヤツがいるし――そう言って、レヴィンは長いまつ毛を伏せた。
「会わせたい人……ですか?」
首を傾げるうちにも、ピンクの悪魔が真顔で追い上げてくる。
「そこの幽霊、お嬢様を返しなさい」
「ワチ様がアンタのこと呼んでたから、早く行った方がいいんじゃない?」
「……っ、承知しました」
「ワチ」と聞くなり、ミレイユはおとなしく停止した。
この2人、神官の女性組――いったいどんな関係なのだろう。
こちらを恨めしそうに見つめるミレイユを横目に、レヴィンは黒いカーテンの部屋に入っていく。
「あの、ミレイユのことは……」
「呼び出されたってのはホントだから、気にしない! ほらっ、ボクの部屋到着〜」
黒い円卓を埋め尽くすタロットカードの山に、骸骨のレプリカ(だと思いたい)。床から射す紫の妖しいライトに照らされ、幻想的な家具の数々が浮かび上がっていた。
「ほら、3分待つんでしょ?」
お洒落なキッチンにレヴィンが並べていたのは、なんとカップ麺だ。
「ワチ様とおんなじ世界出身なら、アンタにも馴染みのある食べ物じゃないの?」
「まぁ……」
ゴシック風のモノクロテーブルを挟み、幽霊と食べるカップ麺――妙な気持ちになる。
「そんで、キョーカはまた面白いことしてくれるんでしょ?」
ゴスロリメイドとこういう話をするのは、シオンで『エメル村』を創った時以来だ。
こんな時だけれど――新しいことをすると思うと、ちょっとだけ胸が高鳴る。
「ええ、もう考えてあります!」
空になったカップをテーブルに置き、窓辺へ歩いて行った。
厚いカーテンに覆われた窓を開け放てば、あまり使われていなさそうなバルコニーが見える。
「ん? 外に出ろって?」
シビュラを開拓した紘也の偉業。それを4Dシアターで目の当たりにする中で、ひとつやりたいことが浮かんでいた。
「はい、実は……」
てっぺんへ昇った太陽に照らされているのは、神域に立ち並ぶ白い塔、その中心にそびえる扉。そして、白い石畳の広大な庭――。
「この広ーいお庭を使って、『シビュラ万博』を開こうかと!」
胸を張って言い切れば、レヴィンは「バンパク……?」と、目を瞬かせた。
「各地の技術や文化を終結させてお披露目する、大きなお祭り……つまり!」
シビュラ中の領から、特産品や異種族文化をもちよった屋台を集める――そう説明したところ。レヴィンは「へぇ!」と、半透明の手を叩いた。
「人を集める異種族交流には、もってこいの企画でしょう?」
本当の狙いは、それだけじゃないけど――。
「いいじゃんそれ! ボクの占いも儲かりそうだし」
「ほどほどにお願いいたしますわ」
たしかに、シオンに潜入していた彼女の占いはすごかったが――。
「そういえば、あの時……」
私も占いを受けた。
『これは、逆位置の「デス」』
不吉な占いが導き出したのは――光と影、イオとドラグ。「私に選ばれなかった方は死ぬ」というもの。
「あれは冗談だったのですよね?」
軽い調子で振り返れば。
レヴィンのツインテールが、風もないのに揺れた。
「ボクの占い、絶対当たるって言ったよね?」
「え……」
口調が、いつものように冗談めいていない。
「その時が来たら迷わないように、どっちか決めておくといい……ってのも言ったかな?」
本当に、イオとドラグが本気で衝突する瞬間が来るってこと――?
「ま、今はどーでもいいことだよ」
話に興味を無くした幽霊が、スープを飲み干す音だけが響く中。
「ん? なにアレ」
「え……?」
いつの間にか、窓の外が騒がしくなっている。
レヴィンの指す、遥か地上を見下ろすと。
「あれは……!」
クマのような小人の男性たち――ハロウィン選挙で応援に来てくれた、トロイカ領のドワーフたちが目に入った。
飾り職人のタンザを筆頭に、全員がツルハシを担いでいる。
「おいみんな! これが、シビュラを犠牲にして人族が開こうとしてる扉だぜ」
あの説明口調は――扉の建設に協力していた、トロイカ出身のドワーフだろうか。
故郷の仲間たちを呼び寄せたらしい。
「エメルさん――グロウサリア夫人も捕まってるんだ!」
「同じ人族なのに、あの方が扉を壊そうとしているからか!?」
彼らは扉を取り囲み、壊した後は私を助け出そうと相談している。
みんな――私はここ、と叫びたいが。いま彼らへ向けるべき言葉は、「助けて」ではない。
ギリシャ風衣装に銃を構えた、神殿の警備員たち。彼らがドワーフを取り押さえようと群がる前に、大きく息を吸った。
「タンザ、皆さま! 私は大丈夫です! だから」
帰ってほしい――そう告げれば、警備員たちに抵抗していた彼らは静かになった。
「それより今は、『扉の落成式』にトロイカ代表として屋台を出してほしいのです」
そう声を張れば――ざわめきが一瞬で広がり、ドワーフたちは手を振り上げた。
「まさかアンタ、人族に寝返ったのか!?」
「そんな……!」
たしかに、そう捉えられても仕方ないと思うが――今は紘也たちへ味方しているように見せかけたいのだ。
警備員たちが多く見守るここで、おおっぴらに説明もできない。どうしたものか――。
「信じるぜ」
喧騒の中に響く、聞き覚えのある低音――騒ぐドワーフたちを鎮めたのは、ハロウィン選挙の時にも協力してくれた彼だった。
「タンザ……」
「“氷の女王様”の氷を溶かしたアンタを、オレは今回も信じることにする」
とっておきの飾りを用意して、人族たちから金をたんまりむしり取ってやる――そう言い残し、彼はドワーフたちを引き連れ帰っていく。
「アンタは元気だったって、女王様に伝えとくぜ」
「……ありがとうございます、タンザ」
この世界で出会った彼らは、私を信じてくれている。
その信頼に報いるために、私は――必ず、『シビュラ万博』を開催しなければ。
「……アンタが何考えてるのか、まだ分からないけど」
ただ従うつもりもなさそう――そう言って、レヴィンはふたつ目のソース焼きそばをすすっていた。
「それはもちろん……って、先ほどまでシリアスな話をしていた気がするのですが?」
「気のせいだろ。それで、ボクらは何をすればいい?」
占いの件を、すっかり誤魔化された気もするが――とりあえず。ブースへの出展希望を、各領から募ってほしいとお願いした。どんなものを出していいのか分からなければ、私が直接相談に乗ればいい。
「ん、りょーかい。あのお花畑女に、あとで仕事回しとくわ」
「すると、貴女は何を手伝ってくださるのですか……?」
「アンタの“やる気維持”」
「え?」と、思わず声が出た直後。
「会わせたい人がいるって言ったでしょ」
「あっ、ちょっと!」
黒いカーテンに仕切られていた空間へ、腕を引っ張り込まれた。
「いったい誰と……って」
そこは、レンガ壁に囲まれた小部屋。レヴナント族が好みそうな湿度だ。
床には、つい最近、どこかで見た覚えのある魔法陣のようなものが描かれている。
「これは……」
何より異彩を放っているのは、陣の中心に置かれている像――“人生の推し”の等身大パネルだった。
「このパネル・ドラグ様は……もしや、私を慰めようと? ていうか、クオリティ高っ。あとで持ち帰っても?」
「まぁ落ち着けって。今からここに、“会わせたい人”を呼んであげるからさ」
「え……?」
今思い出した。これは、シトとエテが転移者の呼び出しに使っていたものと似ているのだ。
「これは簡易的なやつ。魂だけのテレポートに近いかな」
「テレポートって、まさか……!」
期待と不安の中、レヴィンが陣へ手をかざすと。白い粉で描かれた線が、紫色の光をにじませた。
「……っ!」
「匡花! 夫竜の名前、呼んで!」
レヴィンの声に弾かれ、とっさに「ドラグ!」と叫んだ。
等身大パネルを破って現れたのは――ぼんやりと紫色に光る、半透明のドラグだった。
『え……? ここは、いったい……』
「……っ、ドラグ様」
信じられない――でも、目の前に夫がいる。
不安な時に、尻尾の先が丸くなる癖。黄金眼からにじむ柔らかい光。ぜんぶが、「これは本当に夫なのだ」と教えてくれる。
周りを見回していた半透明のドラグは、不思議そうにしつつも、『エメル……?』とつぶやいた。
「はい、私です!」
存在を確かめるように、手を伸ばすが――やはり、見た目通りすり抜けてしまう。
『どういう状況かは分からないけど……とりあえず、抱きしめたい』
「ヴッッッ――」
この“シャイだったはず”の竜――相変わらず、こういう時はストレートだ。
「でも……」
私だって触りたい。
夫と会えていないのは3日だけ。それでも、触れられないことが寂しい。
「盛り上がってるところ悪いんだけどさ」
「上で見張ってる」と、レヴィンは早口に言った。
「どうして、ドラグ様と会わせてくださったのですか……?」
半透明の夫にくっついたまま、問いかけると。レヴィンは浅いため息を吐き出した。
「アンタの領にいる奴らを、守りたいって思ったから」
「シオンのって……もしかして!」
彼女が資材盗難のために利用した、ウェアウルフの子どもたちに違いない。
いま彼らは、ゴーレムたちの建設会社で夜間警備員をしているが――会うたびに、レヴィンのことを尋ねていた。
「扉の代償については知ってたけど。ヨワヨワ種族は、まっさきに淘汰されるかもだし」
「レヴィン……」
紘也を誰よりも崇拝していた彼女に、今は守るべきものができたのだ。
「アンタ、本当はぜんぜん扉ぶっ壊す気無くしてないんでしょ?」
「えっ」
つい、「やっぱりバレていました?」と笑うと。つられるように、レヴィンも頬を緩めた。
「うん……だから、計画があるならチャチャっと話しなよ」
「あんまり長くは保たない」というレヴィンにお辞儀をし、半透明の背中に「ありがとうございます」と告げた瞬間――。
『エメル、もういい……?』
透けた黒い腕が、背後から伸びてきた。
「……ドラグ様」
実際に触れてはいない。それでも、温度を感じる気がする。
抱きしめてくれるドラグを見上げ、震える息を吸った。
「扉のことについて……なのですが」
『それなら、心配いらないよ』
「え……?」
紘也を説得するための切り札について、話そうと思ったのに。
ドラグは今、扉を壊すための兵力を集めているという。竜人族はもちろん、ゴーレム族、エルフ族もやる気になっていると。
『まずは君を救出する。そのあと、みんなで扉を……』
「お待ちください!」
夫がここまで動いてくれるようになったことに、涙が出そうだが――それはダメだ。
「挙兵した彼らを動かさずに、ノームの皆さんをよこして欲しいのです」
一見害のなさそうなノームたちを、イベントスタッフとして神域に呼びたい――そう申し出ると。
『え……?』
ドラグは「不可解だ」と言いたげに目を見開いた。
『どうして? 扉を壊さないと、シビュラは……』
「私が必ず、機を作ってみせます」
だから――今は信じて、待ってほしい。
ズルいかもしれないが、こう言えば夫が頷くしかないことは分かっている。
『……っ、分かった』
心配と信頼が伝わる顔に微笑み返し、頭を撫でるふりをした。
『……ほんと君、僕のツノ好きだよね』
「はい。でも……」
早く本物を触りたい。
そう素直に告げれば、ドラグは寂しげに俯いた。
『……君は本当に、帰らないんだよね?』
震える疑問に、思わず沈黙してしまう。
『誰かが君を、このシビュラに連れてきたみたいに……世界を犠牲にしない方法が、あったとしても』
帰らないんだよね――?
繰り返される疑問に、笑みを取り繕った。
正直、分からなくなっていた。
ドラグがいるこの世界を、「決して離れない」と思っていたのに。
紘也の、「見えない世界は自分にとって存在しないも同じ」という言葉。
そして、「元の世界を見た時の必死さ」――もし、元の世界を目の前にしたら。希望が見えたら。
私も、同じようになるのだろうか。
でも――今は、この手を離さない。
「帰りませんから、どうか……」
信じて。
そう繰り返すと。
ドラグは無言で、抱き寄せてくれた。
『……必ず、迎えにいくから』
次回:シビュラ万博【当日】
心身ともに優れないエメルのため、ワチが呼び寄せたのは――。
「奥方殿、大事ないか?」
久々のショタじじ吸血鬼、アレスター。
しかし。
「ワシがグロウサリア家に長年仕えた理由、それは」
思いもしない告白に、エメルの“信じたい心”が再び揺れはじめる。




