93話 廃ゲーマーコラボ
神王ワチが私を“ハロウィン選挙”会場から連れ去ったのは、「異世界への扉、開きます」を強行するため――でも。
「対戦しよっ、KYOKAさん!」
どうして彼は、こたつと『幻想国家シビュラ』のPC版を携え、ここへやって来たのか。
「ん? ああ、ミレイユの魅了が効いてないのは、もう分かってるよ」
あれは、心に決めた本命がいる相手には効かない――ワチは無邪気に笑いながら、こたつの中に潜り込んだ。
「でしたら、なぜ……!」
「キミと、もっとちゃんと話したかったんだよ」
スカイラウンジのディナーでは、足りなかった。
ワチはそう言って、私に正面へ座るよう促した。
ここの一角だけ、不思議な光景――荒く削られた純白の石塔に、馴染みのある家具が並ぶなんて。
初代ドラグは、『その“でんしきき”とやらは好かん』と、吹き抜けになった天井から飛び去ってしまった。
「あっ……!」
「いーのいーの、気にしないで」
この部屋は初代様のものなのに、何だか悪い気がするが――ワチは「ゲストでログインしてね」と、先に進めようとしている。
「……では」
画面に向き合うなんて、本当に久しぶりだ。
それに、誰かとこたつに入ることも。
「KYOKAさんはとーぜん、“ドラグ様”のシオン領選ぶでしょ? だったら、ボクはトロイカにしよっかな。リーザ可愛いしね」
ドラゴンが、切り立った崖を飛び交うホーム画面。互いの領地を選択すれば、箱庭型ゲームがスタートする。
最初は何もない領地を整え、戦力ユニットを強化し、それぞれの領に攻めいる――それで敵領の領主を倒した方が勝利。それがこのゲームの基本プレイだが。
「今回はおしゃべりしたいからなぁ~」
穏便にそれぞれの領を発展させながら、物資を送り合う『協力プレイ』にしよう――ワチの提案に、無言でうなずいた。
いったい彼は、何を話そうというのか。
『さて、まずは何をするか』
画面の中の、“初代ドラグそのまま”の黒竜が、私に問いかける。
まずは基本中の基本、道を敷いて、食料を供給する畑を作らなければ。
「うん、やっぱエルフのいる緑豊かなシオンだとそうだよね~! こっちの極寒地はそれ無理だから、まずはオークたちに狩猟させて肉集めるけどさ」
相手の画面も、右下のサブウィンドで見られるようになっている。
さすがはランキングナンバーワンの猛者――拠点準備の手際が良い。あっという間に、異種族たちの生活が安定しはじめている。
「それでさー。KYOKAさんって、前は何やってた人なの?」
「え……?」
思わず、マウスを動かす手を止めた。
「仕事は? 年は? 家族は?」
連打される疑問符に、ついに画面からワチへ視線を上げた。
なんだか、合コンみたいなノリだ――行ったことはないけれども。
「仕事は……某ハウジング会社で働いていました」
式場やホテルのイベントブースをデザインしたり、イベントの企画運営を担当したりすることもあった。
「へぇ〜CMやってるとこじゃん! なるほどね。だから、シオンでもトロイカでも面白いことやってたわけだ」
私がこのシビュラに来てから、やって来たこと――。
最弱種のノームをギルマスとした、ギルド&カフェの創設。
個体数が減っていた、クリスタル族の新エネルギー開発支援。
流浪のオークをスタッフとした、農業体験型リゾートの開設。
竜貴族のお家騒動を収めた、『真の領主決定戦』の開催。
ぜんぶ、神官たちから聞いている――ワチはそう言って、感慨深げに目を閉じた。
「ゲームの腕もボクの次! しかもバリキャリだったって? そりゃ色々やっちゃうわけだ」
「ですが、すべて私ひとりの力ではありません」
シオンの固有種たち、気まぐれな神官たち、それに――誰より傍で支えてくれた夫竜。
みんなの力がなければ、何ひとつ作り上げることはできなかった。
「でもさ、みんながキミを信頼したのはキミの力だよ。元の世界でも、頼れるリーダーだったんじゃないの?」
「それは……」
ずっと忘れていた、元の世界の職場。
チームメンバーたちのことが頭に浮かぶと、嫌な最後を思い出してしまう。
『「あなたはこれが向いてる」とか言ってくるんだけど、こっちの気持ちはどうでもいいのかって』――顔を忘れかけていた、後輩女子の言葉。
『桐生さんって、純白のドレスとは一生縁がなさそう』――余計なことまで、思い出してしまった。
「……ごめんね。あんまり思い出したくないことだったんだ」
「ええと……まぁ、はい」
珍しくしおらしいワチに対して、繕った笑い声をあげると。
「なるほどね。KYOKAさんにとっては、自分の能力を肯定してくれるこの世界の方が居心地いい。だから、ボクの里帰りに反対するわけだ」
「え……?」
たしかに。この世界ならば、私を認めてくれる人がたくさんいる。
裏で何を言われているのか怖くて、自分の思うように行動できなかった元の世界とはまるで違う。
でも――私が突然置き去りにしてしまった家族や幼なじみが、私の帰りを待っているかもしれない。
「……WACHIさんは、元の世界の家族のためなら、このシビュラを捨てられると?」
自分の揺れる心を隠すように、ワチへ問いかけると。
「ちょっと、捨てるって言い方はひどいんじゃない? ただ、この世界とボクの縁が切れるだけさ」
「それは……」
どういうことなのか。
私はすっかり手を止めてしまったのに、ワチの整備するトロイカ領には、もう近代的な家屋が建ちはじめている。
「ふつう、自分のいる世界以外は認識してないでしょ? なら元の世界に帰れば、この世界はボクにとって無かったことになるって話」
「そんな……」
たとえ、ワチが扉をくぐって帰ったとしても。ここに生きている者たちは、決して無かったことになどならない。
このシビュラで、生き続けるはずなのだ――。
「この地の魔力を代償に扉が開かれれば、草花は枯れ、死に絶える種も出ると聞いています……そんなこと、絶対に許しません!」
天板を揺らす勢いで立ち上がれば、ワチの目から光が失われた。
乾いた笑いが、遅れて響く。
「許さないって、どうするの? 扉はもう完成する」
「それは……」
ワチに、諦めろと言うのか――?
元の世界のことを忘れず、今でも残された家族のことを考えてしまう私が。
「それに、扉の鍵は“ここにいる”」
「……!」
ワチの指先が、迷わず私の胸元を指した。
やはり、ワチはもう気づいていたのだ。
私の中にいる時渡人の存在に。そして、彼女が何者なのかも。
「近いうちに扉の“落成式”をしようと思うんだ。でも、その前に調べなきゃいけないことは沢山あってね」
扉をくぐった後に、何が起こるのか。
このシビュラの犠牲の話は、初代ドラグの過去の経験から語られたもの。かつても、扉が開かれたことはあるという。
「ある遺跡でね、彼女たちと扉の作り方を見つけたんだ。だからボクは、扉を開く計画に思い至った……でもね」
扉をくぐってきた人間の話はあっても、扉を出て行った後の人間の話は語り継がれていない――だからこそ、慎重に。扉について、仕組みを調べなければならないと、ワチは言う。
「……それでも。本当に扉をくぐるのですか?」
もし、その先が。転生者たちの思うような世界へ繋がっていなかったら――?
かすかに震える問いかけに、ワチはふっと息を吐き出した。
「桐生匡花さん。キミは……希望を捨てられる?」
「え……?」
キーボードを叩く音が、完全に消える。
元の世界の、私の名前。
そして――ワチの本当の顔が、それに呼応して見えた気がした。
目の前にいるのは、まだ幼さの残る男の子。
でも、その中にいるのは――。
「俺……妻子持ちの、ごく普通のサラリーマンって話、したじゃん?」
彼は、自分が置いてきてしまった家族を諦めていない――でも。穏やかに細められた目は、「もういい」と言っているかのような気さえした。
いったい、どちらがワチの本音なのだろうか。
「本当の名前、和地紘也っていうんだ」
「これからは、紘也さんって呼んで」――どこか縋るように微笑むワチから、目が逸らせなかった。
「……紘也、さん」
彼の気持ちが、少しわかる気がする。
私も、ずっと本当の名前を呼ばれたかった。
エメルレッテではない、私の――「匡花」という名前。
「あーあ。ずっと放置してるから、匡花さんの領酷いことになってるよ」
「え……?」
指摘され、画面に視線を下すと。
「なっ……!?」
この人、「協力プレイ」とか言ってたのに――!
いつの間にか、私のシオン領は見るも無惨に攻め落とされていた。グロウサリア家のお屋敷が壊されている――。
「序盤に『バフ盛り盛りの領主』とか、チートではありませんか!?」
「キミがドラグ様のスキルアップを怠っただけです〜!」
物理最強ユニット・ドラグ様といえど、魔族の軍勢相手に勝てるわけがない――でも、話に夢中で手を動かしていなかったのは事実だ。
「ほら、シャットダウンしちゃえば?」
「は……」
声色が、変わった。
「嫌なことがあった世界なんて、リセットしちゃえばいいじゃんか」
神王ワチ――いや、紘也は何を言っているのか。
光を失った目を、じっと見つめるうちに。紘也はノートPCを閉じ、ゆっくりと立ち上がった。
「扉が完全にできたらさ、“落成式”――盛大なお別れ会を開こうと思うんだ。この世界とのね」
私さえ良ければ、そのイベント企画を手伝って欲しい。
紘也はそう言い残して、こちらに背を向けた。
「あ……待ってください! 私がそんなことに協力するとお思いですか?」
扉の完成を、今止めることはできないかもしれない。それでも、扉の鍵は私の中にあるのだ。
私が、私の中の時渡人を守りきれば――扉を開くことなんて、出来ないはずなのに。
「でも匡花さん、迂闊だよね。ボクらが欲してた鍵みずから、ここに来てくれちゃうなんてさ」
「それは……」
彼の側にいれば、説得できる機会があるかもと思ったのだ。
「あははっ、ボクがキミの説得に応じると思う?」
もう1000年以上、この時を待ち望んできたのに――。
紘也の言葉が、静寂の塔に響いた。
「え……?」
「んじゃ。イベントの詳細は、ボクの優秀な秘書と詰めてね〜」
「あっ、ちょっと!」
行ってしまった――ヨーロピアン建築風の部屋に似合わない、日本のこたつとPCを残して。
「……和地紘也」
彼がこの世界へ転生したのは、いったいどれほど昔のことなのか。
それに――どうして彼は、まだ子どもの姿のままなのか?
残されたPCを見下ろす間にも、背後でノックの音が響いた。ワチが出て行った、人間用の扉からだ。
「……もしかして」
“ボクの優秀な秘書”とやらが、もう来たのだろうか。
おそらく神官だ。
初代ドラグや、戦闘派オークのジュードはないとして。気ままなレヴナント族のレヴィンか、人間のイオか、それとも――まだ会ったことのない第四神官か。
繰り返されるノックに、「はい」と小声で答えると。
「Yeah! お久しぶりでぇす!」
跳ねる金髪、マシュマロボディの人型女性。
「ミレイユ……!」
ワチやイオを支える第二神官にして、エメルレッテの乳母――彼女のことを忘れていた。
フリルのエプロンを身につけ、飛び掛かる勢いで迫ってきた彼女だが。
「Hmm……そうですね」
私の表情を見るなり、こたつの前で一時停止した。
「この姿では、どうも緊張感に欠けるようです」
笑みを消したミレイユが、そう呟いた瞬間。
マカロンのような淡い色合いの女性は、淡いピンクの泡を肌に滑らせ――やがて、魅惑的な悪魔に姿を変えた。
「それでは、『異世界の扉:落成式』の企画についてお話いたしましょうか」
次回:最初の“選ばれし者”
「そもそも私、『扉ぶっ壊そうマニフェスト』を掲げる側なのですが?」
扉の落成式には協力しないと言い張るエメルだが。
「ワチという人間を、そう敵視しないでください」
この世界を犠牲にすると分かっていても、彼はなぜ扉を開こうとするのか――それをエメルに知ってほしいと懇願する悪魔ミレイユ。
戸惑いながらもエメルは、最初の転生者・ワチの過去に踏み込んでいく――。




