表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/105

93話 廃ゲーマーコラボ

 神王ワチが私を“ハロウィン選挙”会場から連れ去ったのは、「異世界への扉、開きます」を強行するため――でも。


「対戦しよっ、KYOKA(キョーカ)さん!」


 どうして彼は、こたつと『幻想国家シビュラ』のPC版を携え、ここへやって来たのか。


「ん? ああ、ミレイユの魅了が効いてないのは、もう分かってるよ」


 あれは、心に決めた本命がいる相手には効かない――ワチは無邪気に笑いながら、こたつの中に潜り込んだ。


「でしたら、なぜ……!」

「キミと、もっとちゃんと話したかったんだよ」


 スカイラウンジのディナーでは、足りなかった。

 ワチはそう言って、私に正面へ座るよう促した。


 ここの一角だけ、不思議な光景――荒く削られた純白の石塔に、馴染みのある家具が並ぶなんて。


 初代ドラグは、『その“でんしきき”とやらは好かん』と、吹き抜けになった天井から飛び去ってしまった。


「あっ……!」

「いーのいーの、気にしないで」


 この部屋は初代様のものなのに、何だか悪い気がするが――ワチは「ゲストでログインしてね」と、先に進めようとしている。


「……では」


 画面に向き合うなんて、本当に久しぶりだ。

 それに、誰かとこたつに入ることも。


「KYOKAさんはとーぜん、“ドラグ様”のシオン領選ぶでしょ? だったら、ボクはトロイカにしよっかな。リーザ可愛いしね」


 ドラゴンが、切り立った崖を飛び交うホーム画面。互いの領地を選択すれば、箱庭型ゲームがスタートする。

 最初は何もない領地を整え、戦力ユニットを強化し、それぞれの領に攻めいる――それで敵領の領主を倒した方が勝利。それがこのゲームの基本プレイだが。


「今回はおしゃべりしたいからなぁ~」


 穏便にそれぞれの領を発展させながら、物資を送り合う『協力プレイ』にしよう――ワチの提案に、無言でうなずいた。


 いったい彼は、何を話そうというのか。


『さて、まずは何をするか』


 画面の中の、“初代ドラグそのまま”の黒竜が、私に問いかける。

 まずは基本中の基本、道を敷いて、食料を供給する畑を作らなければ。


「うん、やっぱエルフのいる緑豊かなシオンだとそうだよね~! こっちの極寒地はそれ無理だから、まずはオークたちに狩猟させて肉集めるけどさ」


 相手の画面も、右下のサブウィンドで見られるようになっている。

 さすがはランキングナンバーワンの猛者――拠点準備の手際が良い。あっという間に、異種族たちの生活が安定しはじめている。


「それでさー。KYOKAさんって、前は何やってた人なの?」

「え……?」


 思わず、マウスを動かす手を止めた。


「仕事は? 年は? 家族は?」


 連打される疑問符に、ついに画面からワチへ視線を上げた。


 なんだか、合コンみたいなノリだ――行ったことはないけれども。


「仕事は……某ハウジング会社で働いていました」


 式場やホテルのイベントブースをデザインしたり、イベントの企画運営を担当したりすることもあった。


「へぇ〜CMやってるとこじゃん! なるほどね。だから、シオンでもトロイカでも面白いことやってたわけだ」


 私がこのシビュラに来てから、やって来たこと――。


 最弱種のノームをギルマスとした、ギルド&カフェの創設。

 個体数が減っていた、クリスタル族の新エネルギー開発支援。

 流浪のオークをスタッフとした、農業体験型リゾートの開設。

 竜貴族のお家騒動を収めた、『真の領主決定戦』の開催。


 ぜんぶ、神官たちから聞いている――ワチはそう言って、感慨深げに目を閉じた。


「ゲームの腕もボクの次! しかもバリキャリだったって? そりゃ色々やっちゃうわけだ」

「ですが、すべて私ひとりの力ではありません」


 シオンの固有種たち、気まぐれな神官たち、それに――誰より傍で支えてくれた夫竜。

 みんなの力がなければ、何ひとつ作り上げることはできなかった。


「でもさ、みんながキミを信頼したのはキミの力だよ。元の世界でも、頼れるリーダーだったんじゃないの?」

「それは……」


 ずっと忘れていた、元の世界の職場。

 チームメンバーたちのことが頭に浮かぶと、嫌な最後を思い出してしまう。


『「あなたはこれが向いてる」とか言ってくるんだけど、こっちの気持ちはどうでもいいのかって』――顔を忘れかけていた、後輩女子の言葉。


『桐生さんって、純白のドレスとは一生縁がなさそう』――余計なことまで、思い出してしまった。


「……ごめんね。あんまり思い出したくないことだったんだ」

「ええと……まぁ、はい」


 珍しくしおらしいワチに対して、繕った笑い声をあげると。


「なるほどね。KYOKAさんにとっては、自分の能力を肯定してくれるこの世界の方が居心地いい。だから、ボクの里帰りに反対するわけだ」

「え……?」


 たしかに。この世界ならば、私を認めてくれる人がたくさんいる。

 裏で何を言われているのか怖くて、自分の思うように行動できなかった元の世界とはまるで違う。


 でも――私が突然置き去りにしてしまった家族や幼なじみが、私の帰りを待っているかもしれない。


「……WACHI(ワチ)さんは、元の世界の家族のためなら、このシビュラを捨てられると?」


 自分の揺れる心を隠すように、ワチへ問いかけると。


「ちょっと、捨てるって言い方はひどいんじゃない? ただ、この世界とボクの縁が切れるだけさ」

「それは……」


 どういうことなのか。


 私はすっかり手を止めてしまったのに、ワチの整備するトロイカ領には、もう近代的な家屋が建ちはじめている。


「ふつう、自分のいる世界以外は認識してないでしょ? なら元の世界に帰れば、この世界はボクにとって無かったことになるって話」

「そんな……」


 たとえ、ワチが扉をくぐって帰ったとしても。ここに生きている者たちは、決して無かったことになどならない。


 このシビュラで、生き続けるはずなのだ――。


「この地の魔力を代償に扉が開かれれば、草花は枯れ、死に絶える種も出ると聞いています……そんなこと、絶対に許しません!」


 天板を揺らす勢いで立ち上がれば、ワチの目から光が失われた。

 乾いた笑いが、遅れて響く。


「許さないって、どうするの? 扉はもう完成する」

「それは……」


 ワチに、諦めろと言うのか――?


 元の世界のことを忘れず、今でも残された家族のことを考えてしまう私が。


「それに、扉の鍵は“ここにいる”」

「……!」


 ワチの指先が、迷わず私の胸元を指した。


 やはり、ワチはもう気づいていたのだ。

 私の中にいる時渡人の存在に。そして、彼女が何者なのかも。


「近いうちに扉の“落成式”をしようと思うんだ。でも、その前に調べなきゃいけないことは沢山あってね」


 扉をくぐった後に、何が起こるのか。


 このシビュラの犠牲の話は、初代ドラグの過去の経験から語られたもの。かつても、扉が開かれたことはあるという。


「ある遺跡でね、()()()()と扉の作り方を見つけたんだ。だからボクは、扉を開く計画に思い至った……でもね」


 扉をくぐってきた人間の話はあっても、扉を出て行った後の人間の話は語り継がれていない――だからこそ、慎重に。扉について、仕組みを調べなければならないと、ワチは言う。


「……それでも。本当に扉をくぐるのですか?」


 もし、その先が。転生者(ワチ)たちの思うような世界へ繋がっていなかったら――?


 かすかに震える問いかけに、ワチはふっと息を吐き出した。


「桐生匡花さん。キミは……希望を捨てられる?」

「え……?」


 キーボードを叩く音が、完全に消える。


 元の世界の、私の名前。

 そして――ワチの本当の顔が、それに呼応して見えた気がした。


 目の前にいるのは、まだ幼さの残る男の子。

 でも、その中にいるのは――。


()……妻子持ちの、ごく普通のサラリーマンって話、したじゃん?」


 彼は、自分が置いてきてしまった家族を諦めていない――でも。穏やかに細められた目は、「もういい」と言っているかのような気さえした。

 

 いったい、どちらがワチの本音なのだろうか。


「本当の名前、和地紘也(わちひろや)っていうんだ」


「これからは、紘也さんって呼んで」――どこか縋るように微笑むワチから、目が逸らせなかった。


「……紘也、さん」


 彼の気持ちが、少しわかる気がする。

 私も、ずっと本当の名前を呼ばれたかった。


 エメルレッテではない、私の――「匡花」という名前。


「あーあ。ずっと放置してるから、匡花さんの領酷いことになってるよ」

「え……?」


 指摘され、画面に視線を下すと。


「なっ……!?」


 この人、「協力プレイ」とか言ってたのに――!


 いつの間にか、私のシオン領は見るも無惨に攻め落とされていた。グロウサリア家のお屋敷が壊されている――。


「序盤に『バフ盛り盛りの領主(ブラッド)』とか、チートではありませんか!?」

「キミがドラグ様のスキルアップを怠っただけです〜!」


 物理最強ユニット・ドラグ様といえど、魔族の軍勢相手に勝てるわけがない――でも、話に夢中で手を動かしていなかったのは事実だ。


「ほら、シャットダウンしちゃえば?」

「は……」


 声色が、変わった。


「嫌なことがあった世界なんて、リセットしちゃえばいいじゃんか」


 神王ワチ――いや、紘也は何を言っているのか。


 光を失った目を、じっと見つめるうちに。紘也はノートPCを閉じ、ゆっくりと立ち上がった。


「扉が完全にできたらさ、“落成式”――盛大なお別れ会を開こうと思うんだ。この世界とのね」


 私さえ良ければ、そのイベント企画を手伝って欲しい。

 紘也はそう言い残して、こちらに背を向けた。


「あ……待ってください! 私がそんなことに協力するとお思いですか?」


 扉の完成を、今止めることはできないかもしれない。それでも、扉の鍵は私の中にあるのだ。

 私が、私の中の時渡人(シャーロット)を守りきれば――扉を開くことなんて、出来ないはずなのに。


「でも匡花さん、迂闊だよね。ボクらが欲してた鍵みずから、ここに来てくれちゃうなんてさ」

「それは……」


 彼の側にいれば、説得できる機会があるかもと思ったのだ。


「あははっ、ボクがキミの説得に応じると思う?」


 もう1000年以上、この時を待ち望んできたのに――。


 紘也の言葉が、静寂の塔に響いた。


「え……?」

「んじゃ。イベントの詳細は、ボクの優秀な秘書と詰めてね〜」

「あっ、ちょっと!」


 行ってしまった――ヨーロピアン建築風の部屋に似合わない、日本のこたつとPCを残して。


「……和地紘也」


 彼がこの世界へ転生したのは、いったいどれほど昔のことなのか。


 それに――どうして彼は、まだ子どもの姿のままなのか?


 残されたPCを見下ろす間にも、背後でノックの音が響いた。ワチが出て行った、人間用の扉からだ。


「……もしかして」


 “ボクの優秀な秘書”とやらが、もう来たのだろうか。


 おそらく神官だ。

 初代ドラグや、戦闘派オークのジュードはないとして。気ままなレヴナント族のレヴィンか、人間のイオか、それとも――まだ会ったことのない第四神官か。


 繰り返されるノックに、「はい」と小声で答えると。


「Yeah! お久しぶりでぇす!」


 跳ねる金髪、マシュマロボディの人型女性。


「ミレイユ……!」


 ワチやイオを支える第二神官にして、エメルレッテの乳母――彼女のことを忘れていた。


 フリルのエプロンを身につけ、飛び掛かる勢いで迫ってきた彼女だが。


「Hmm……そうですね」


 私の表情を見るなり、こたつの前で一時停止した。


「この姿では、どうも緊張感に欠けるようです」


 笑みを消したミレイユが、そう呟いた瞬間。

 マカロンのような淡い色合いの女性は、淡いピンクの泡を肌に滑らせ――やがて、魅惑的な悪魔(デーモン)に姿を変えた。


「それでは、『異世界の扉:落成式』の企画についてお話いたしましょうか」

次回:最初の“選ばれし者”


「そもそも私、『扉ぶっ壊そうマニフェスト』を掲げる側なのですが?」


 扉の落成式には協力しないと言い張るエメルだが。


「ワチという人間を、そう敵視しないでください」


この世界を犠牲にすると分かっていても、彼はなぜ扉を開こうとするのか――それをエメルに知ってほしいと懇願する悪魔ミレイユ。


戸惑いながらもエメルは、最初の転生者・ワチの過去に踏み込んでいく――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ