表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/105

91話 出来レースと青い月

 巨大な夕焼けを切るように、翼を広げるのは――第一神官、初代ドラグマン。


「……どうして“初代様”が?」


 隣の夫の声が、“元のドラグ”へと戻っている。

 私も、ステージ中央に降り立った巨大竜から目が離せない。


「よくお越しくださいました、神官長!」


 イオが恭しくひざまずくと、初代様はその上に頭をもたげた。

 

『なにか云ったか? それより小僧よ、俺は腹が減った』


 相変わらず、耳が遠いおじいちゃん竜だ。


 会場にひしめく“仮装有権者”たちは、夕日の焼きついた黒鱗を前に唖然としているが――やがて、ポツポツと声を出しはじめた。


「スッゲー……マジもんの竜だわ」

「たまにワチくんが乗ってるのは見てたけどねぇ」


 もはや初代ドラグは、人々にとって気軽に推せるような存在ではない。信仰対象に近い威厳を持っていた。

 しかし久しぶりに会った“ガチ推し”を前にすると――呼吸を忘れそうになる。


「えっ、やば、推しが、近すぎでは?」


 相変わらず、老後の推しの姿を前にすると涙が出そうになる。


 選挙演説中ということも忘れ、私の腕よりも太いツノに見惚れていると。


「エメル。“人生の推し”は僕……でしょ?」

「カッ――」


 久しぶりに見る、夫の嫉妬顔スチル――1000億満点。

 翼を広げ、私の視界を遮る夫を見上げ、つい変な声が出てしまった。


「エメルレッテ様、イチャついていらっしゃるところ、申し訳ありませんが」


 今度は、現職知事の後援者演説――いつもの笑みを崩さないイオからは、さり気ない自信がにじみ出ていた。


 その自信を、完膚なきまでにボッコボコにするため、「ハロウィン選挙」を提案したのだ――たとえ初代様が何を言ったところで、民意が「異世界への扉、開きます」へ傾くわけがない。

 ミレイユのスキル【誘惑】にさえかかっていなければ、シビュラプレイヤーたちはこの世界を犠牲にしようなどと思わないはずなのだから。


「それでは神官長、よろしくお願いいたします」


 イオの合図によって静まった仮装民衆が、初代様の声を待つ中。彼は前脚を立てたままステージへ座り込み、『聞け』と穏やかに言った。


『世界同士を繋ぐ扉。それを開くとなれば、このシビュラの自然は枯れ、生き物が死に絶えるだろう……それは免れん』

「え……?」


 イオの後援者であるはずの彼が訴えるのは、扉の危険性だった。


 以前、扉を建設する作業員ドワーフが教えてくれた通り。特定の世界へ繋げる扉を開くのに必要なのは、この土地に満ちる魔力。


「……やっぱり、そんなのダメだよ」

「うん……いくら帰りたいからって、なぁ」


 理性的な意見が、あちこちで囁かれている。

 この会場に集まる人族は、ほぼすべて転生者。しかも、ゲームのシビュラを愛したゲーマーたち。


 そんな彼らが、正気の状態で「扉開きます」に賛同するはずはないのだが。


『ただし』


 扉が開かれても、土地を満たす魔力のすべてが枯れ果てるわけではない――。

 初代様の言葉に、会場のざわめきが濃くなった。


『この世界が死ぬことはない。たしかに今を生きるものの半分は奪われるかもしれないが。残されたものから、再び芽は出る……そうして、命は(まわ)るのだ』


 そよ風のように優しくも、力強い芯をもつ声が、頭にすっと溶けていく。

 この地で一番古く、そして力を持つであろう竜の言葉――私だけでなく、会場の隅々まで染み渡ったようだった。


『己が欲を貫き通す代償について、よく考えることだな』


 今のが後援演説だったのかは不明だが。

 初代様の言葉は、間違いなく人族たちの意識を変えていた。


「なぁ、もしこの世界が完全には壊れないってんなら……」


 帰りたい。

 そんな声が、ポツポツと上がるようになった。


「イオ様の『異世界への扉、開きます』に乗っからないと……アタシたち、前の家族に会えないんでしょ?」


 ワチと同じく、元の世界に戻りたいと思う人々は一定数いる。

 ただ――「帰ってしまえば関係ない」と言う人もいれば、「帰りたいがために世界を滅ぼすなんて……」と言う人もいるのだ。


「そんな……この世界が危険に晒されるというのに、それでも帰りたいと言うのですか!?」

『皆さま、ご静粛に』


 とっさに出た生身の声は、イオのマイク越しの声にかき消された。


 揺れる民意を前にした、イオ・サキギリ――こちらへ向き直り、勝ったような笑みを浮かべている。


「たしかに選挙をイベント化したことで、来場者は爆発的に増えました。その分人々の考えは多様化し、サキギリ家に賛成する以外の者も現れはじめた……ですが」


「こちらにはコレがありますからね」――イオが指を鳴らせば、ミレイユが一歩前に進み出た。


 ついに来た。


 なぜかワチは不在だが、イオがミレイユにスキルを使わせようとしている。


「……神王、それに命を受けたものの、仰せのままに」


 淡々と吐き出したミレイユの瞳が、オレンジ色の輝きを増していく。そして――彼女のピンク色の肌から、次々と泡が浮かびはじめた。

 あれこそが、前哨戦でまんまとやられたスキル【誘惑】。あの泡が割れた時の霧を吸い込めば、みんな己の欲へ忠実になってしまう。


「ミレイユ……」


 本当に、悪魔の力としか言いようがない。

 ただ――今回は違う。


 フルフェイスマスクをつけている人たちは、会場を包み込む泡を前に、「これも演出?」と盛り上がっている。


「……っ?」


 あのミレイユが、珍しく片眉を動かした。「どうして効かないのか」と言いたげに。


 正気でも、サキギリ陣営に賛成する人たちは少なからずいる。

 手放しで喜ぶわけにはいかないが――とりあえず、マスクの効果は抜群だ。


「え、なぜ……」

「おーっほっほっほ!」


 いつもの笑みを崩したイオに、ここぞとばかりの“ご令嬢高笑い”をお見舞いした。


「何のために“仮装OK”にしたのか、さすがの貴方でも分からなかったようですね!」

「仮装……まさか、あのマスクは」

 

 かつて盗難事件の時にタッグを組んだ“名助手”も、今回の作戦には気がつかなかったようだ。


「これに、耐スキル効果が付与されているとでも……?」


 ドラグになり切れる「ドラゴンマスク」を見つめ、イオは歯を噛みしめた。

 しかし――さすがはイオ。5秒も経たずに、元の笑みを取り戻している。


「よく知らない立候補者が現れたところで、サキギリ家の信頼には勝てませんよ」

「いいえ! 『シビュラを大切に』という想いは、元プレイヤーの誰もが抱いているはず!」


 もはや、候補者演説などあったものではない。


 異世界への扉を開くか、開かないか――それを会場の有権者たちに問いかける、イオと私の論舌合戦へ突入した。


「愛しい家族が待つ世界へ!」

「自分のためなら、この世界を切り捨てるというのですか!?」


 会場に集まった“コスプレ有権者”たちの反応は、おそらく五分五分。

 やがて選挙管理委員が合同演説に終止符を打ち、『では、投票に移ります』とアナウンスした。


 これから、会場の有権者たちは移動を始める。

 神王ワチの『異世界への扉、開きます』を推すサキギリ家へ賛成する者は、ステージ右の箱へ。私の『扉壊そうマニフェスト』へ賛同する者は、ステージ左の箱へ。それぞれ、投票用クリスタルを投入するのだ。


 移動する“コスプレ有権者”たちの群れを見守りながら、密かに手を組んだ。


「お願い……」


 祈るべきシビュラの“神王”は、この世界を犠牲にしようとしている。

 たとえそれが、初代様の言う通り、半分で済んだとしても――消える命に代わるものなどないのだ。


 ここは、ゲームの世界ではない。


 シビュラに生きる、すべての異種族たちの味方ができる人間(元プレイヤー)は、今ここにいる私だけ――はたして、仲間を増やすことができるのか。


 浅い呼吸を繰り返すうちに、大きな手が手へと触れた。

 表面はひんやりとしているのに、温かい。大好きな、夫の手。


「……大丈夫、絶対に」


 慰めではない。

 夫の確信をもった黄金眼に、思わず祈りの手を緩めた、その時。


『時間です、移動をやめてください』


 ついに、投票結果が出る――。


『2525対893で――』


 現職知事、イオの勝利。


 業務的なアナウンスに、頭が真っ白になった。


「え……?」


 圧倒的な差。

 彼ら転生者の意思は、明確だった。


 ただ、おそらく――“シビュラの原種”である初代ドラグが、転生者たちの「帰りたい」という想いを後押ししたのだ。

『扉が開いても、シビュラが滅びることはない』――その言葉が。


「そんな……」


 怒りか、悔しさか。

 ごちゃまぜの感情が込み上げる中。


「帰りましょう、貴女も」


 こちらへ手を差し伸べるのは、目の前にやってきたイオ。

 見上げる先の碧眼は、やはり、縋るような熱を宿していた。


「帰りを待つ人が、()()いるはずです」

「貴方は、いったい……」


 彼が何者なのか、まだ予想はつかない。

 それでも、間違いなく元の世界の私に近しい人――そんな人が側にいると理解した瞬間、懐かしさがあふれてきた。


 仕事帰りによく寄ったコンビニ、こたつに入ってプレイした『幻想国家シビュラ』――疲れ果てていたけれど、あの時の私は不幸ではなかった。


「エメル……」


 夫の声に、ふと我に帰った。

 痛いほどに握られた手が、震えている。これはきっとドラグの震えだ。


「匡花……」

「ドラグ……様」


 今度こそ、誤魔化しはきかない。


 私自身が、私の居場所について、どんな選択をするべきか。


 それは――。


 乾いた唇を開きかけた瞬間。

 地鳴りのようなものが響きはじめた。


「えっ、なに……地震!?」

「でもここって“移動都市”の上だぜ?」


 コスプレ有権者たちが騒ぎ立てる中、ビルの谷間から押し寄せるのは――。


「リッチ……いや、ドワーフ、ピクシー……!」


 夫が種族名を挙げることが間に合わないくらいに、大量の魔族の群れが会場へなだれ込んでいる。


「何事ですの……!?」

「エメルよ、久しいな」


 魔族を率いているのは――銀のサイドテールを揺らし、白コウモリたちに運ばれる吸血鬼。


「リーザ……!?」


 トロイカで縁を結んだ、友人の領主夫人。

 魔族誘拐事件の真相はドラグが伝えたはずなのに。


 まさか、ブルームーン・トロイカが出兵した――?


「なに、今度は(わらわ)たちが助けに参った次第だ」

「助けに……?」


 いったい何のことか。

 仮装に混じる、本物の異種族たちを見渡していると――彼らは、胸の前にカードを掲げていた。


「あれは、いったい……」

「『就労ビザ』だよ」


 答えたのは、牙を見せて笑う夫だった。

 まるで最初から、こうなることが分かっていたかのように。


「ビザって……どういうことですの?」


 ドラグが言うことには――積極的に、外部からの労働力を誘致していたトウキョウト、その施策を逆手に取ったという。


「規則の範囲内なら……たとえ魔族が“定住の人族”を上回ったとしても、就労滞在を拒めないよね?」


 珍しく挑発的なドラグの笑みに、イオが一瞬真顔になった。


「……ええ、シオン領領主様のおっしゃる通りです」


 そして、たとえ短期であろうとも、労働者に選挙権が与えられるのがトウキョウトのルールだ。


「ドラグ様、もしかして……!」

「うん。言ったでしょ、絶対に大丈夫だよって」


 本当に、この夫竜は――ピンチの時に必ず助けてくれるなんて、ずるい。


「見直した……?」


 少し照れたように言う夫につられ、「え、ええ」と口ごもってしまった。

 見直すも何も、最初から夫のことは「有能夫(シゴデキ)」だと思っていたが――まさか先日の通話で、トロイカの魔族たちに応援要請をしていてくれたなんて。


 この状態で集計し直せば、いったい結果はどうなるのか。


『えーと……これは、でも……』


 選挙管理委員のアナウンスに、戸惑いが混じっている。

 リーザ率いる無数の魔族がステージ左へ移っていき、開票結果は――。


『2525対2832で……』


 新参・エメルレッテの勝利。


 震えるアナウンスを聞き終えた直後。

 身体が宙に浮いた。


「エメル……! やったよ、勝ったんだ!」

「……っ」


 ドラグに高く持ち上げられ、ようやく意識が戻ってきた。元々賛同してくれていた人族たちをはじめ、魔族たちも歓声を上げている。


 そうだ――シビュラの未来を決める投票に、当事者たちがいないなんて。最初から、この選挙はおかしかったのだ。


「ご覧になったでしょう、イオ。これが“民意”です!」


 ため息とともに笑みを崩したイオが、「匡花……」とつぶやいた、その時。


「ははっ! 勝利宣言に来てみれば」


「これは予想外」とのたまうのは、ジャージにヘッドホンの少年――神王ワチ。


「いつの間に……!?」


 ほとんど気づかないうちに、彼はステージ中央へ立っていた。

 それでも、彼は何もできないはず。この選挙の勝者は私たちなのだから。


「“民意”はシビュラを守ることにあります。ですから、どうか――」


 扉の建設を、今すぐ中止するよう求めれば。

 トロイカから駆けつけた魔族たちも、「自分たちの世界を守りたい」と、悲痛の叫びをあげた。


「ふぅん……?」


 この状況、ワチは扉の建設を断念するしかないはず――そう、確信したのだが。


 顔を上げたワチは、寂しげに微笑んでいた。

 なにかを割り切ったような表情に、背筋が震えた、その時。


『たった今から、この都市の“民主主義”は死にました~!』


 マイク越しに放ったワチの宣言は、耳を疑うものだった。

次回:最終章「ふたつの世界~幻想国家『シビュラ』~」


“推しモドキ”の妻になった匡花(エメル)がシビュラで得たものは、“人生の推し”。

その絆は確かなものに思われたが。


「では、私がこの世界に呼ばれた理由は……」


エメルを取り巻く思惑。

そして、夫竜に関する“取り返しのつかない真実”が、

夫婦の絆を揺るがす最終章――


2025年12月9日(火)、開幕。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ