表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/105

87話 人気投票ですが、なにか?

 ドラグ様(夫演技中)のライブ会場、もとい演説会場に、同じ選挙カーを横づけしたのは――このトウキョウトを作った少年にして、神王のワチ。


『ウン、マイク性能いー感じ! んじゃ、ラップバトルはじめますか〜』


『サキギリ』の看板を掲げる選挙カーの上で、彼はマイクを自在に回している。イタズラっぽい笑みを浮かべて。


「ドラグ様、これは……」

「……うん」


 隣のドラグも、“ドラグ様ムーブ”を忘れて目を丸くしている。


 とりあえず深呼吸し、『ラップは冗談ね』、と肩をすくめるワチに向き直った。


「どうして、貴方がここに……?」

『ん? そりゃミレイユに、キミたちが面白いことしてるって聞いたからさ!』


 だからって、こんなにすぐ飛んでくるなんて――それに、ミレイユ本人は戻っていない。


『ボクはサキギリ家の後援者だからねぇ。有力な対抗馬が出たって聞いたから、応援に来ちゃったってわけ』


 応援――選挙の後援者は、社会的地位のある人か有名人が定石だ。


「あれって神王様?」

「そうだよ、“ワチくん”じゃん!」


 ドラグに夢中だった女性たちが、我に帰りつつある。

 さすがトウキョウトを創ったという神王。転生者たちの間で、顔は知られているみたいだ。


「分かってたことだけど……」

「ええ、後ろ盾が強力すぎますわね」


 こそこそと耳打ちし合うこちらに向けて、ワチは『ねぇ』と声を張った。


『せっかくだし、“メイン”前の“前座演説バトル”でもしよっか?』


 万年、イベントランク二位だった『KYOKA』さん――そう挑発されて、思わず身体を揺らしてしまった。


「この廃課金ゲーマーが……」

「え、エメル……?」

「あっ! い、いえ!」


 危ない。

 色々許してきたせいか、ドラグの前でつい本性を出してしまう。

 それに、廃課金はお互い様だった。


『本投票は1か月後だからねぇ。その前に、民意を測る軽い投票(テスト)でもやってみよう』


「この場だけで」、とワチは言った。


 これは好機(チャンス)――この場の群衆は、ほとんどがドラグに魅了されている、完璧な“ドラグ担”で構成されている。

 いくら神王として知られているワチだろうと、負けないはずだ。


「分かりました! その勝負、お受けいたします」

「……エメル」


 不安げな夫の背中をこっそり叩き、緩みかけている“ドラグ様”の顔を引き締めさせた。


「大丈夫です。民意はきっと、この世界のために動くはずですから」

『ふぅん? 自信満々じゃん』


 挑発気味に笑うワチこそ、自信に満ちている。

 まるで負けることなど恐れていないかのように――。


『んじゃ、まずルール確認ね』


 ドラグを見に広場へ集まった女性たち含め、新しい候補者を見にきた都民200人あまりが対象。

 まずは現時点で、どちらの候補者を推すのか――グロウサリア派とサキギリ派、それぞれの選挙カー前へ移動するよう、ワチが促した。


 ざわめきながらも、都民たちが動きはじめる。


『いくらあのドラグだからって、神王の僕がいち領主に負けるはずが――』


 いったい、どれくらいの人がこちらへ集まってくれるのか――息を呑みながら、都民たちの移動を見守っていると。


『え……?』


 当然のようにドラグを推す女性たちを前に、ワチはポカンと口を開けた。

 目算だが、150人以上がグロウサリア家の方に集まっている。


「ドラグ様……!」

「うん、良かった……」

『トウキョウトで暮らすキミたちの生活支えてんのはこのボクなんですけど!? こんな裏切りアリ……?』


 一瞬焦ったが、ほぼ予想通り――焦るワチに、笑いが堪えきれない。

 

「ふふっ、あはははは!」


 推しうちわで口元を隠し、悪役令嬢さながらに高笑いをしてみせた。

 転生者が元シビュラプレイヤー、それもドラグ推しならば、グロウサリア家につくものが多いのは当然の結果だ。


「いいですか、神王さま? この選挙はもはや人気投票なのです!」

『……ふーん?』


 トーンの落ちた低音に、背筋が震える。

 この一瞬で、ワチの雰囲気が変わった気がした。


「エメル、大丈夫……?」


 ドラグが背中を支えてくれたが。

「同担拒否に刺されます!」と、手を下げさせた。

 そのやり取りに、ワチは笑っているが――妙に怖い。


『まだ分かってないみたいだから、教えてあげるよ。ここがゲームの世界じゃないってことを』


 彼のまとう空気が、痛いほどに研ぎ澄まされた中。ワチ側の演説がはじまった。


 サキギリ家が掲げるのは、そこら中に貼っているビラと同じ公約(マニフェスト)。「扉、開きます」――転生前の世界へ帰れる扉の完成を約束するというものだ。


『新しい人生が楽しいって人もいるよね? でもさ』


「大切な誰か」を残してきた人だって、いるだろう――?


 ワチの問いかけに、群衆が静まり返った。


「それは……ワチくんのいう通り、だよね」

「ここはあくまで、“ゲームみたいな世界”だもんな」


 一部は、互いに顔を見合わせながら。さらに一部は、迷うことなく。ドラグに夢中だった同担たちも、ワチの選挙カー前へ流れていった。


「そんな……」


 こちら側に残ったのは、ほんの数人。


 私はワチを侮っていた。このシビュラによく似た世界より、自分たちの現実へ戻りたい人が、想像よりも多すぎたのだ。

「帰りたい」――その強い気持ちの前に、ただ立ち尽くすしかできない。


 もう、この後のターンでまともに演説することができるかも分からない。

 肩を落とし、俯きかけた瞬間――。


「エメル」


 はっきりとした声とともに、ひんやりとした手が触れた。


「彼らは知らないんだよ、扉のリスクを」

「あ……」


 そうだ。大事なことを忘れていた。

 一昨日の夜、ドラグが扉の上で言っていたこと――。


『土地の持つ魔力は、このシビュラに住む生き物たちや環境に活力を与えているんだ』


 扉を開くために土地の魔力が消費されれば、豊かな緑の地が枯れ果てることもあり得る――つまり扉を開くには、この世界を犠牲にする可能性があるということ。


「ええ……それを黙ったまま、というのは許せませんわ」


 いよいよ、こちらの番がやってきた。


 ドラグ担をはじめ、群衆はすっかり手のひらを返している。

 数少なくなったグロウサリア派と、「元の世界へ帰りたい」気持ちで移動した人々を見つめながら――深く息を吸った。


 前世の故郷へ帰るために、このシビュラを犠牲になんてできるわけがない――。


『私も、皆様と同じ同じ転生者です! そんな私がなぜ今出馬したのか……聞いていただけませんか?』


 私だって、元の世界へ帰りたかった。家族や大切な友人――幼なじみの数人(かずと)を残してきていることも、事実だ。


「ですが……扉を開くには、代償が必要なのです!」


 シビュラプレイヤーなら、誰もが愛すであろうこの世界。それ自体が、扉を開くための代償になる――口にするのも恐ろしいリスク。

 ワチが隠していることを、すべて告発すると。


「え……それほんと?」

「この世界が、そんな酷いことになるの?」


「帰りたい」という気持ちを隠すはずもなかった群衆が、ざわめき立っている。ドラグ推しうちわを握り直して。


 これなら、いける――!


「こちらのドラグ様をはじめ! リアルに存在する皆さんの推したちが、健やかに生きる世界が枯れてしまうのかもしれないのです!」


 迷いを見せる群衆に向け、今できる精一杯の声を尽くすと。


「ねぇ、やっぱりマズイよ……」

「うん……私たちがこの世界から居なくなっても、みんな生きてるわけだし」


 よし――みんな、扉のリスクが響いたみたいだ。

 扉を建設する神王ワチに、真偽を確かめる声が集まる中。


『ふぅーん?』


 群衆を静かに見渡していた、向かいの彼は――表情を消した。

 まるで、いつかの夜に見たミレイユのように。


『……どこから調べてきたんだか』


 意外――でもないのかもしれないが、彼は素直に認めた。

 神域にそびえるあの扉は、異世界との接続の代償に、このシビュラの魔力を吸い上げるだろうと。


『世界を渡るなんて、ふつーはあり得ないことなんだよ?』


 そのくらい当然の代償――いつもの軽い調子を封印した声に、都民たちは息を呑んでいる。

 私も、温度をなくしたワチの横顔から目が逸らせなかった。


「帰りたくても、それは……」

「あっちを選ぶなら、こっちを捨てるってこと……?」


 群衆に混ざる魔族や獣族たちを、人族たちは見回している。

 彼らも気づいているのだ。この世界に生きる彼らは、私たちと同じように生きているということを――そんな彼らが暮らす土地を犠牲にしてまで、「帰りたい」とは言えないはず。


 マイクを握り直し、すっかり真顔になったワチと向いあった。


『そんな扉、あってはいけません……! どうかご一緒に、「扉壊そうマニフェスト」を成立させてくださいませ!』


 広間中に響く声が、しんと凪いだ群衆の間を走り抜けた――直後。


「……あぁ、そうだ!」

『彼女のいうとおりさ!』


 シビュラの固有種だけではない。

 帰りたい思いがあった転生者たちまで、「そうだ!」と声をひとつにしている。


「皆様……」

『はぁ〜。イベントランク2位、舐めてたわ』


 熱を増していく群衆とは反対に、ワチの声は冷えていく。


「……っ、エメル」


 下がって、とドラグの黒い翼が視界を半分遮った瞬間。


『第二神官』


 無機質な声が、静寂の中に響いた。

 すると選挙カーの上、ワチの頭上に赤紫の光の陣が現れる――。


「……あれは」


 私を守るドラグの口が紡いだのは――「悪魔(デーモン)」という言葉。


「えっ……?」


 穴の空いた翼を広げ、ワチを中心に光る陣の中からせり上がったのは――。


 ゆるふわの金髪。サーモンピンクの肌。細身にスーツを纏った女性。羊のようなツノを頭から生やしているが、その顔は馴染んだものだった。


「……ミレイユ?」


 いつかの夜に、無機質な声と表情で誰かと話していた。あの時感じた恐怖を思い起こさせるような「無」になって、彼女は選挙カーへ降り立った。


「彼女、神官だったのか……」


 ドラグの呟きに反応できない。

 ワチにかしずくミレイユを前に、「なぜ」が頭を離れなかった。


『……神王様、アレをするのですか?』

「うん、そう。やっちゃって」


 人のような温度が感じられない、ミレイユの声と表情。

 そして、ワチは「何をしてでも扉を開ける」と決めているのだろうか――凍てつくような声に、迷いはない。

 2人とも、私の知っている「彼ら」ではない。


「エメル、離れないで……すごく嫌な予感がする」

「ドラグ様……」


 トウキョウト知事の秘書であり、第二神官であるミレイユ。

 彼女が掲げる両手の輪郭が、左右に揺らぎはじめた。


 何をしようとしているのか――?


 彼女の身体から弾ける薄桃色の泡が、群衆を囲んでいく。


「……っ!」

「エメル、こっち……!」


 全身をドラグの翼で覆われ、強い腕の中へ引き寄せられた直後。

 パチン、と泡が弾けるような音が連続した。


 いったい、何が起こったのか――なんだか、鼻がムズムズする。


 まだ駄目だ、と離してくれないドラグの腕の隙間から、なんとか群衆の方を覗き見ると。


「帰りたい……」


 誰かの呟きが、はっきりと響いた。


「犠牲なんて、どうでもいい……」


 空洞に響くような声が、広がっていく。


「これは、いったい……」

「あれは魅了……いや、幻覚?」


 なんだか、頭がぼうっとする。

 ドラグの声が、少しずつ遠のいていくのだ。

 それに――。

 彼らの声を聞いていると、不安と寂しさが押し寄せてくる。


「エメル、どうしたの……?」

「…………かえら、なくちゃ」


 今、私はなにを――?


「帰り、たい」


 声が、抑えられない。

 ドラグの顔が、ぼやけていく――。


「君は、本当に……」


 帰りたいと思っているのか――?


 震える問いかけに、かすかに残った意識が否定した。が、声にならない。

 まるで「わたし」が霧の奥へ追いやられるように、何もかもがぼやけていく。


 そんな中。


「君が帰ったら僕は……生きる意味を失う」


 耳になじむ声。

 そして身体を覆う熱だけが、「わたし」をこの場へ繋ぎ止めていた。


「エメル……いや、『キョーカ』」

「……っ!」


 今、「匡花(わたし)」を呼んでくれたのか――?


 どうしてだろう。

 レヴィン、ワチ、そして時渡人――この世界に来てから、忘れる間もないほど呼ばれてきたのに。


 夫の声が、はじめて――この世界(シビュラ)で、「匡花(わたし)」を見つけてくれた気がする。


「ドラグ……私は」


 言わなくては。


 帰るか、帰らないかではない。


 ――私自身の選択を。

次回:『扉は、何を犠牲にしてでも開かせるからね』


もはや出来レースと化した“トウキョウ都知事選”へ、エメルと夫竜は挑もうとするが……。


休憩中のエメルの前に現れたのは、敵対したはずの乳母ミレイユ。


「“ある目的”のため、匡花(あなた)を連れてくる計画を立てました」


いよいよ、“エメルレッテ”の正体と目的が明らかに――!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ