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85話 夜景飛行 with ドラゴン

「お嬢様、“デート”はどうでしたか〜?」


 車に乗った直後のミレイユのからかいに、どんな顔をしたら良いのか分からなかった。


「それ、夫の前では絶対に言わないでくださいね?」


 ただ、このまま帰ったとしても、どんな顔でドラグに会えば良いのか分からない。


『“シビュラに似た世界”で一生を終えるのか。“キミを生み育てた世界”へ戻るのか』


 レストラン前で聞いたワチの言葉が、今も頭を巡っている。


 私はやっぱり、可能性を捨てきれていないのだ――部屋へ戻る前に、心の整理をつけなければ。

 街灯やビルの明かりに目を細めながら、「ひとりになれる場所へ寄ってほしい」とお願いしたところ。


「No! 外は危険がないとも言い切れませんから〜」


 すぐに車を止めたミレイユは、ひとり車外に出ていった。「ごゆっくり〜」と手を振りながら。


「……悪いこと言っちゃったな」


 寒空の下、乳母をひとりにさせておくのは申し訳ないが――せっかくだ。ついでに、やるべきことをしよう。


「状況だけでも、話しておかないと」


 魔族の失踪事件を憂うトロイカの領主・ブラッドが、痺れを切らして出兵したら困る。


 紫の結晶石を胸元から取り出し、強く握ってコールするが――対応する“中継器”を持つはずのブラッドは、なかなか出ない。


 吸血鬼はたしか、朝か昼に寝ているはず――やがて、通信特有のザーッという雑音が聞こえてきた。


「あっ、やっと出ましたね。こちらエメルレッテです」

『……っ、はぁ、なんだ』


 冷酷あらため、堅物吸血鬼のブラッド――だが。聞いたことがないほどに、声が震えて息が乱れている。

 別の吐息も聞こえるということは、夫人のリーザも一緒なのだろう。


「まっ、まさか……」


『夫婦仲激アツ作戦』がついに身を結び、あの塩対応吸血鬼が【スキル:イチャラブ】を習得したというのか――!


 今にも叫び出したい衝動を抑え、「お邪魔でした?」と訊ねると。


『はぁ? 貴女はいったいなにを勘違い――』

『エメルか……!? ついに(わらわ)たち、やってしまったぞ』


 この興奮気味な声は、ブラッドの妻。かつて“氷の女王様”と領民たちに称された、リーザだ。


「初ハグをした」と、素直に言いかけた彼女だったが――直後に言葉が切れ、夫ブラッドが彼女の口を塞いだのだと理解した。


「ふふっ、照れなくてもよろしいのに」


 本当に仲良くなったみたいだ――夫婦仲再建コンサルタントを務めた身として、とても感慨深い。


『……それで、何の用ですか』


 そうだ。夫婦仲の進捗を聞くために繋いだのではなかった。


「実は、トウキョウトが……」


 トロイカの魔族を攫っているかは分からないが、魔族をはじめとした多種族を集めていることは確か――そのことだけを報告すると。


『ふむ……可能性は十分にありそうだ』

「でもまだ、確定ではないのです」


 私のそばにいるミレイユは、トウキョウト知事の秘書。彼女は政策に関する話をしようとすると、さりげなく話題を逸らそうとするが――粘り強く調査は続ける。

 そう約束して、通信を切った。


「ミレイユ……か」


 はたして彼女が、私に公務の話をしてれる日は来るのだろうか。それよりもっと早く、魔族たちがトロイカから来たという確証を得られる方法はないのか――。

 少し鈍くなった頭を回しつつ、車を出ると。


「お嬢様、もうよろしいのですか?」

「え、ええ……」


 帰ったらドラグに扉の真実を言うべきか――これに関して、結局答えは出せなかった。ただでさえ自分が元の世界へ帰りたがるのではと心配するドラグに打ち明ければ、彼の呪いスキル【異形の翼】が進行するかもしれない。


「……でも」


 ワチの願いはわかる。私だって家族と会いたい。

 でも、私は――夫を置いて元の世界へ戻れるのだろうか。


 答えが出ない間に、車はエメルの実家へ着いていた。

 ミレイユの“おやすみハグ”を戸惑いつつも受け、ゲストルームへ帰ると。


「おかえり……無事でよかった」


 私の気配か匂いを感じていたのだろうか。

 部屋に入るなり、ほんのり甘い匂いに包まれた。


 このひんやりとした胸に抱かれると、不安が解けて涙が出そうになる――。


「エメル……少し、外へ出ない?」


 頬に触れた手が、そっと指先まで降りていった。

 私を導いてくれた先は、夜でも明るいバルコニー。


「ちょっと離れててね」

「えっ? なにを……!」


 手すりを飛び超えた夫の背中へ、とっさに手を伸ばした瞬間。


 目を開けていられないほどの羽ばたきとともに、黒竜が浮かび上がった。


「……っ」


 何度見ても、夫が竜に変わる瞬間は胸が高鳴る。

 頭を下げてくれた夫のツノにしがみつき、すっかり慣れた動きで背中へ乗り込むと。


『……いくよ』


 月明かりを反射する黒鱗の竜は、上空へと飛び上がった。


「わぁっ!」


 シオンとはまた違う、擬似東京都市の夜景――見下ろしていると、少しめまいがする。

 夜がこんなに眩しいなんて、シビュラに来てから感じたことはなかった。


「……ドラグ様、お話ししたいことがあるのです」


 覚悟を決めなければ。


 ドラグが空中散歩に連れ出してくれたのは、きっと背中を押すため。

 慰めでは前へ進めないことを、夫は誰よりも分かっているのだから――。


 ヒゲをしっかりと掴んだまま、夫の頭に顔を近づけた。


「実は、あの“扉”は……」


 神王ワチが画策する、異世界へ通じる扉。

 元の世界へ帰るため、転生者が建設したもの――すべてを話した直後。


「そもそも、帰る気はありませんから」


 まだ――という言葉は呑み込んで、今の気持ちを素直に伝えると。


『……信じるよ、君のこと』


 どこか安定しない飛行は、きっと呪いを受けた古傷のせいではない。

 そんな夫を安心させるように、首を撫でていると。


『ねぇ……』

「はい?」

『今すぐ、抱きしめたいんだけど』

「…………え?」


 稀に聞くはっきりとした物言いに、手の動きを止めた、瞬間。


「わっ……!」


 竜化を解いたドラグの、真剣な顔が近づいてきた。


「落ち――」


 ここは空の上。

 なぜ、など訊く余裕はない。

 反射でドラグの身体にしがみつけば――瞬きの間に、つま先が地面へついていた。


「え……?」


 地上――ではない。ここは巨大なコンクリートの柱の上。「ここがどこか」など問いかける間もなく、強い腕に引き寄せられた。


 以前のように、壊れ物を扱うような力加減ではない。黒い腕は痛いほどに強く、優しかった。


「……僕は君を信じてる。だから、大丈夫」

「ドラグ……」


 離れがたい熱へ応えるように、広い背中へ腕を回すと。

 額にそっと、熱が触れた。


「……今のって」

「……うん」


 愛してるの(しるし)――恥じらう様子もなく、彼はそう言い切った。

 甘く目を細める“人生の推し”が100点満点すぎて、足の力が抜けてしまう。


「危ない……!」


 とっさに伸びてきた腕に肩を支えられ、なんとか一命は取り留めた。

 そういえば、ここが高所だとすっかり忘れていた――今更ながら、このコンクリートの柱は何なのだろうか。市街地に比べて、あたりは随分と暗い。


「ドラグ様、こんな高いところ平気なのですか?」

「うん、その……死ぬ高さじゃなければ」

「は……」


 たしかにここは、せいぜいビルの屋上レベルの高さ。タワーほどではないにしても。


 やはりこの夫竜、物理的に強すぎる――。


「あとはその……()っていうのを、直接見ておきたくて」

「え……?」


 なんと。私たちは今、建設中の“扉”の真上に立っているという。

 つまりここは、神王の住まう『神域』の中ということだ。


「あれ? でもドームが……」

「神域に着いた時、トウキョウトの天井が開いたらしいよ」


 今見ているのは、本物の夜空――ドラグの言葉にとりあえず頷いたものの。

 こんなところに着地してよかったのだろうか。


「まったく、恐ろしい話だぜ」

「……っ!?」


 真後ろからの知らない声に、飛び上がりそうになった。

 振り返っても、誰の姿もない。


「えっ、今……」


 ドラグと顔を見合わせる間にも、どこからか声が聞こえてくる。


「オレら夜行性じゃねぇってのに、そんなに建設を急いでどうすんだかねぇ」


 また別の声――夜間に扉の建設工事をする、魔族たちの話し声だろうか。

 ドラグは黒い翼を広げると、私を覆い隠すように包んでくれた。「少し様子見よう」と囁いて。


「こんなの、トロイカにいた方がまだマシだったな」

「ああ、そうだ。給金の良い仕事だっていうから来てみたらなぁ……」

「えっ……!」


「トロイカ」という単語に、思わず声が出てしまった。


「んだぁ!? こんなところで女の声が――」


 暗がりで見えなかったが。

 声のする方を見下ろせば、呪文の刻まれた部分のへこみに、小さな男たちが2人で固まっていた。


「あっ、ドワーフ……」

「ええ、お話を聞かせていただきませんと」


 トロイカ出身の彼らが、どうしてここにいるのか問えば――彼らは少し気まずそうに視線を逸らした。


「そりゃ、割のいい仕事だって言うからよぉ!」

「え……?」


 誘拐されたのではないのか――震える唇で、そう尋ねると。彼らは互いに顔を合わせたまま、少し首をひねった。


「この扉を作るにゃ、魔性資材を扱える魔族(おれら)が必要って話だったんだ」

「誘拐じゃねぇぜ」


 ブルームーン・トロイカからの“就労希望移住”がここ最近で100体を超えた――ドワーフの言葉に、開いた口が塞がらなくなった。


「そんな、まさか……」


 トロイカの魔族たちは、連れ去られたのではない。厳しい階級制度から脱出するため、みずからトウキョウトへ移り住んだという。


「“誘拐”じゃなくて、“移住”だったんだ……」

「ああ。人族の神官ってのが来て、『もっと良い働き場所がある』って教えてくれたんだが」


 まさか、こんな恐ろしいことに加担させられることになるとは――ドワーフたちの言葉に、今度はドラグが先に口を開いた。


「恐ろしいって……?」

「ああ。なんでもこの扉、シビュラに満ちた魔力を動力に開くらしいぜ」


 世界同士を繋ぐにはエネルギーがいったいどれだけ必要になるのか――恐ろしくて考えたくもないと、ドワーフたちは言う。


「……確かに、それはまずいね」

「どういうことですの?」


 恐ろしいと言われても、具体的な実感が湧かない。

 そう告げると――珍しく顔を青くしたドラグは、少しのためらいの後、震える唇を開いた。


「土地の持つ魔力は、このシビュラに住む生き物たちや環境に活力を与えているんだ。微量だから、ふだんは目に見えないけれど……」


 それらが根こそぎエネルギーとして消費されれば、豊かな緑の地が枯れ果てることもあり得る――ドラグの言葉に、ようやく理解した。


「そんな……」


 そこまで危険な代償と引き換えに、ワチは扉を開こうとしているのか――?


「だめ、やっぱり許せない……」


 この世界のため、大好きな世界に生きるみんなのため。元の世界のために、この世界が危険になることがあってはならない。


 扉が開かれるのは、何としてでも阻止しなければ――!




 さっそく作戦会議と称し、部屋に戻った直後。

 いつになく真剣なドラグが、「どうする……?」とつぶやいた。


「もちろん、私の全力をもって彼を止めます」

「……うん、そうだよね」


 シビュラが危険にさらされるなんて、そんなの絶対に許せない。

 元の世界と同じくらい、ここには大切なものがあるのだから――いくらワチや転生者たちが元の世界の家族と会いたいと思っても、この世界を犠牲にするのはダメだ。


「でも……まだ、手は思いつかなくて」


 ここはトウキョウト。ただ出身者というだけで、エメルには何の権限もない。

 神王クラスのワチとは、まるで身分が違う。


 この世界において、田舎領のいち領主でしかない私では、建設中止など無理なのだろうか――目に涙がにじんだ、その時。


「政策は民意で決まるんだよね?」


 芯の通った声に、顔を上げると。

 夫はまたしても真剣な表情で、「立候補したら?」と言った。


「ちょうど今、『トウキョウト都知事選挙』の直前……でしょ?」


 ドラグは荷物の中から分厚い本を引っ張り出し、一瞬でとあるページを開いた。


「ほら、ここ……『トウキョウト条例第069条選挙法の項』」


 出身者には、トウキョウト知事の被選挙権が与えられる。

 そう書いてある。


 さすがはドラグ、当家の図書館の本を、すべて把握しているだけのことはあるが――。


「でも私、シオンの領主ですよ?」


 役職の重複は不可能なのでは――そう反論すると。

「書類上は僕だから」と、ドラグは控えめに笑った。


「君は、みんなが認めて就任したシオンの領主……だから、条例には引っかからないよ」

「な……ナイスですわ、ドラグ様!」


 転生者の人族はともかく、扉工事をしていたドワーフのように、この土地ゆかりの種族は扉の建設に疑問を抱いている。


 もし私が立候補して、「扉壊そうマニフェスト」を掲げたら――きっとシビュラの幻想種たちは、私に味方してくれるに違いない!

次回:『推しが推しになる日』


「私たちには、根本的な問題があります」


知名度皆無のトウキョウトで注目を集めるため、候補者エメルが立てた作戦は――。


「えっ、僕が支援者……!?」


転生者だらけの都市で、ドラグのゲーム人気を利用することに。

“人生の推し”を“推しのドラグ様”に仕立てる鬼レッスンが、幕を開ける!

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