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81話 トウキョウトへ

「……あさ?」


 格子窓の隙間から見えるトロイカの空は、年中曇天。

 しかし、この暗い目覚めとも今日でお別れだ。


 私たちが目指す先は、トウキョウト――機械の足が生えた都市。竜化したドラグに、移動する都市を追いかけてもらう予定だけれど、まるで想像がつかない。

 幻想種だらけのシビュラで、唯一人間が集まって暮らす都市。しかも元の世界を思わせるような流行や音楽があるなんて。


「んん……」


 すぐ隣からの低音に、思わず肩を揺らした。


 朝に弱い夫竜が、シャツを着崩し隣で丸まっている。人の腰に尻尾を巻きつけて。


「……結局、流されたんだっけ」


 昨日のクリスマス・トロイカ中に、シオンから飛んできてくれた“人生の推し(ドラグ)”。


「ほんと、圧倒的“優勝顔”だな……?」


 この顔の横で熟睡できるなんて、ずいぶん耐性がついたものだな――私。


 その滑らかなツノを撫でながら、年上のわりに幼い寝顔を堪能していると。


『やっと寝静まったかぁ』

「……っ!?」


 壁から頭を出したのは、半透明の少女。

 彼女はリボンのコートと目元の包帯を翻しながら、私の前に降り立った。


「なっ……」


 そうだ。隣の牢には、幽霊少女が棲んでいたのだった。


 まさか、ずっといたのだろうか――?


 もしそうだとしたら、羞恥心で死ねる自信がある。


「まさか、の、の、覗いて――」

『誰が覗くかっての!』


 別の部屋に避難していた――彼女の言葉に、胸をなでおろした。


「……それはお手数おかけしましたわ」

『戻って来たくなかったけど、言っておきたいことがあって』


 “もてなし牢”に滞在して以来、この幽霊少女は私の前にたびたび現れる。

 そんな彼女は、私と夫を指差しながら口を開いた。


『トウキョウトへ行くなら、「ミレイユ」を訪ねなよ』


 ミレイユ――聞いたことがない。少なくともゲームの方では。


 その女性は、エメルレッテ(わたし)についてよく知っているという。


「貴女はなぜ、私に構うのですか?」


 名前も教えてくれない彼女は、いったい何者なのか――包帯が巻かれた目元を見つめていると、少女は寂しげに口元を緩めた。

 

『言ったでしょ、あたしは見届けたいだけ』


 そう呟いて、少女は半透明のコートを翻す。


「待ってください!」


 引き留めを避けるように、彼女は壁の中へ消えてしまった。


 ミレイユ――その名の女性を訊ねれば、エメルレッテについて何か分かるのだろうか。

 すっかり覚めた目で、彼女の消えた壁を見つめていると。


「ん……もう行くの?」


 ドラグは、まだ開ききらない目をこすっている。

 推しの一挙一動から目が離せないところだが、今は悶えている場合ではない。


「行きましょう、ドラグ様。トウキョウトへ」


 トロイカの魔族誘拐事件の真実。

 それに、エメルレッテ自身について――きっとそこに、答えがあるはずだ。




「ドラグ様! もっと高度を落としてくださいっ!」


 久々のドラゴン騎乗――霧の立ち込める沼地上空は、めちゃくちゃに寒い。

 それでも、機械の6本足で動く“てんとう虫型ドーム”を見つけ出した以上、見失わないようにしなければ。


『あれがトウキョウト……? 思ったより小さいけど』


 たしかにドラグの言う通りだ。

 東京ドーム規模の建物は、「都市」と言うには小さい気がするが――あれで間違いはないはず。


「入り口が見えます!」


 象形文字のような呪文が円状に刻まれた、巨大な金属扉。

 常に移動する機械都市の振動が響く、玄関口へ降り立つと――そびえる扉の前で、小さなロッキングチェアが揺れていた。


「エメル、さがって……!」


 竜化を解いた夫が、私を隠すように翼を出す。

 あれは――。


「人間のおばあちゃん……?」


 腰を丸めた老人が編み物をしている。

 少し気を抜けば、転びそうな揺れの中。穏やかな顔でセーターを編み上げている時点で、ただ者ではない気がするが――。


 警戒させないように笑みを浮かべ、椅子へ近づくと。


「ちょい待ち。そっちのツノの美丈夫、純粋な人族じゃあないね?」

「え……」


 彼女は穏やかな顔のまま、私たちを棒針で遮った。

 人族以外が入るには、「留学許可証」か「就労ビザ」が必要だという。


「そんなメタな……!」


 やはりトウキョウトは変だ。元の世界を彷彿とさせるものが多すぎる。

 幻想種たちが自由に生きるシビュラの、()()としか思えない――。


「エメル……?」

「……っ、はい!」


 心配そうに顔を覗き込む夫に、すぐさま笑みを取り繕った。


 このトウキョウトが何なのか。

 それはこれから、この目で確かめるんだ――。


 私たちを交互に見ているおばあさんに向き直り、深く息を吸った。


「おばあさま! 私たち、最近夫婦になったばかりで」


 どうしたら、違和感なく夫を同行させられるか。

 この一瞬で導き出された突破口は、ひとつ。


「“新婚旅行”がてら、私の実家へ挨拶にきたのです」


 そう言うと、おばあさんはさらに「ほう」と声を上げた。


「トウキョウトは、一般人が観光で入ることはできません。ですが――」


 夫を連れての“里帰り”ならば、拒めないはず。


 ドラグに不審がられないため、トウキョウトに関することは事前に調べた。すべての条例を読んだわけではないが、それでも――期待と不安混じりに言い切ると。


「……結婚の挨拶ね、2人ともお通り」

「やった……!」


 にっこり笑顔になったおばあさんが、棒針を掲げると――分厚くそびえる扉が、音もなく開いた。


「……さすがエメル、機転が効くね」

「当然ですわ!」


 耳になじむドラグの賞賛に微笑みつつ、前へ向き直ると――扉の中は魔法の障壁が張られているのか、真っ白で見えない。


「これは……」

 

 隣の夫を見上げれば、彼は私の手をそっと握ってくれた。「一緒に」、と呟いて。


 こういう紳士ムーブに、出会った頃は悶えていたっけ――。


「ところで……この調査って、僕たちの新婚旅行も兼ねてたの?」

「まさか! 新婚旅行は、もっとちゃんと」


 それだけの目的でゆっくりしたい。

 そう言って、熱を増した顔を俯かせると。「僕も」と、上から笑い声が降ってきた。


「楽しみに段取りを考えておくよ」

「……はいはい、今は調査ですわ!」


 いざ、トウキョウトへ――ドラグの手をしっかりと握ったまま、扉をくぐった瞬間。

 懐かしい雑踏、クラクション、歩行者信号の音に包まれ、一瞬足元が揺らいだ。


「エメル、大丈夫……!?」

「え、ええ」


 びっくりした――元の世界に戻ったのかと錯覚した。

 夫竜と繋いだ手の感触に、意識が引き戻される。


「ここ……魔法空間? 外から見た時とは、まるで違う広さだ」


 しかも私の知る「東京都23区」のように、高層ビルがひしめきあっている。

 まるで、元の世界の駅前と瓜二つ――ここは屋内のはずなのに、青空まで自然に再現されている。


「……とりあえず、歩いてみましょうか」


 すれ違うのは、人型種族が着ているのをよく見る、木綿服の人族たち。街並みはまるで現代日本なのに、スーツや制服姿の者はいない。


 ここはあくまで異世界、元の世界ではない――そう実感させられる光景だ。


「なぁ、さっきのアレ見た?」

「見た! スッゲー可愛いかったわ」


 ここの支配者は優秀なのだろう。

 通行人の顔がみんな、生き生きとしている。


「あっ、見て」


 ドラグの指す方――スクランブル交差点を渡っているのは、人族の波に混じるドワーフやリッチたちだ。


「シカクが建築関係で留学してたって聞いたけど……彼らも、仕事や勉強のために滞在してるのかな?」


 しかし彼らの中に、トロイカで消息を絶った魔族たちが混ざっているかどうかはわからない。


「あっ、エメル……! この土地の代表を決めるイベントがあるみたいだよ」


 興奮気味のドラグが指すのは、大通りのショーウィンドウに並ぶビラ。そこには「領主」ではなく、「都知事選」と書いてある。


「都知事って……」


 もう、偶然とは思えない。

 

 このシビュラを統べる、神王ワチ。

 そして、トウキョウトを作った何者かも、私と同じ“転生者”なのだ――そうでもなければ、ここまでの再現度は説明がつかない。


「この公約……『ついに扉、開きます!』って?」

「『扉』?」


 覚えのある言葉に、胸がざわついた。


『扉ができる頃には迎えに来るから』


 以前シオンを訪れた、ワチが私に残していった言葉。

 あの時彼は、レヴィンが盗み出した魔性資材を買い付けて行ったが。


「まさか……」

「エメル、あっちも見て!」


 興奮気味の声に、冷や汗が引っ込んだ。

 黒い爪先が指しているのは、元の世界の自動車に近い乗り物。車体が地面から浮いている――近未来カーだ。


『都民の皆さん、グッモーニン! こちら「シブヤ区」の街頭演説を担当するのは――』


 現職都知事の“代理人”――そう名乗ったのは、レトロ眼鏡をかけた、ふくよかな人族女性。

 ゆるふわの金髪を弾ませる彼女が握っているのは、結晶石を使っていない、いわゆる普通のマイクだった。


『賃金アップしたい種族大歓迎〜! 魔族はもちろん、どんな方でも「就労ビザ」が受け取り可能!』

「どんな方でも……?」


 とっさに、夫竜と顔を見合わせた。夫もきっと、『魔族をはじめ』の文言に、トロイカの魔族の件が浮かんだに違いない。


「あっ……演説終わったみたい」

「行きましょうドラグ様!」


 近未来カーから降りる女性へ、近づこうとしたが――「握手してくれ」と熱狂する人たちに囲まれていて、近づけない。

 みんな、彼女のマシュマロボディに見惚れているようだった。


「お姉さん、『サキギリ家』の人ですよね!? いつもテレビで見てます!」

「Oh、サンクスで〜す!」


 しきりに人々は、「サキギリ家」という名前を口にしている。

 周囲のざわめきから、その人間の一族が、この都市を治めているのだと分かった。


「“サキギリ”って、誰でしたっけ?」


 聞き覚えがあるのに、まったく頭に浮かばない。


「イオのファミリーネームじゃなかった……?」

「あっ、そうですわ!」


 さすがはドラグ、よく覚えている。


 やはりイオも、トロイカの魔族がいなくなった件に絡んでいたということだろうか。

 地下牢で再会したときは、「まだここにいてくれた方が都合がいい」と言って、結局助けてくれなかったが。


 もしかすると――トロイカに滞在する本当の理由を、私に知られたくなかった?


「うっ……」

「エメル……!?」


 足元がふらついた。

 抱えてくれた夫に「全身冷たい」と言われるまで、気がつかなかった――寒冷地での飛行が、エメルレッテの虚弱な身体に響いたのだろう。


「これくらい平気ですわ……」

「でも……今夜休む場所は、どのみち探さないと」


 不安げな夫の顔が、青く歪んで見える。


 たしかに、無理は禁物かもしれない。


「エメルの実家へ行ってみない……?」

「えっ、ですが!」


 マズい。

 私は場所を知らないのだ。

 

「大丈夫。僕がこのまま連れていくよ」


 なんとドラグは、婚約の際に受け取った手紙の住所を覚えているという。それに、ご両親代わりの乳母への挨拶がまだだったからと――。


「……分かりました」


 今更だけれど、自分の転生先の情報が何ひとつ分かっていない状態だ。

 私も、エメルレッテについては知っておきたい。


 すっかり“私の乗り物”として優秀になってしまった夫が、安定感のある腕で抱えてくれた。


「まずは道を聞いてみようか……」


 通りすがりの人族に道を尋ね、どこか渋谷に似た賑わいの交差点を越えていくと――現実では駅があった位置に、エメルレッテの家だという豪邸が建っていた。


 元の世界にあっても違和感のない、芝生の庭付きデザイナー住宅だ。


「ドラグ様、それを押してみてください」

「これ?」


 彼は見たことないであろう、“インターホン”を鳴らすよう促すと。「壊れないよね……?」と、彼は恐る恐る指先をボタンに近づけた。


『はいは〜い』


 どこかで聞いたような、甘みのある高い声。


 ドアから飛び出てきたのは――ふわふわの金髪を弾ませた、ふくよかな中年女性。


「えっ……貴女、さっきの!」

 

 近未来カーの上で代理演説していた、人懐こそうな女性に違いない。


「Ah……なんてことでしょう、エメルレッテお嬢さま……?」


 震える手で眼鏡を外した後。はちみつ色の瞳を見開いた彼女は、私をドラグから奪い取る勢いで突進してきた。


「おかえりなさいませ、お嬢さまっ……!」

 

 ずっと埋まっていたくなるマシュマロボディ。それに、抱きしめてくれる腕が優しい――この人のこと、私は知らないはずなのに。

 この身体が彼女を覚えているのだろうか。

 彼女の匂いと熱に、胸の奥がじんとする。


「……ただいま、帰りました」


 初めて会う彼女との抱擁に、自然と涙がにじんでいた。

次回:“エメル”の実家で待ち受けていた、謎の女性の正体とは?


そしてついに、エメルがずっと隠していたことが明らかに――。


「ドラグ様が縁を結びたいと思われた“エメルレッテ”と、今の私は違うのです」


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