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80話 ブルームーンの鐘

 爆速でトロイカ領まで飛んできたドラグは、なぜ怒っていなかったのか――彼は竜化を解いてからというものの、私の身体に尻尾を巻きつかせたまま動かない。


「『私を監禁している』という旨の手紙を、夫へ送られたのでは?」


 息をひそめる魔族たちを横目に、顔を背けるブラッドを問い詰めると。


「……話すべき時、ですね」


 静まり返ったクリスマス・パーティー会場へ向かって、「勝手に続けろ」と言い放った後。彼は城内の談話室へ、私たち夫婦を誘導した。




「改めまして。ようこそお越しくださいました、グロウサリア卿」


 我がブルームーン・トロイカへ――赤々と燃える暖炉の前で、吸血鬼領主は頭を下げた。


「あ……どうも。シオン領領主の夫、ドラグマンと申します」


 相変わらず「エメルの夫」癖が抜けないドラグに、ため息を吐きつつ付け加えた。「あなたも領主ですわよ」と。


「それで、本題に移りたいところですが……なぜ兄上がこの場に?」


 ブラッドの睨みをもろともせず、少年の姿に戻っているアレスターは微笑んだ。

 たしかに、ブラッドは妻のリーザですら呼ばなかったのに――。


「うむ、“補足”が必要かと思うてな」


 アレスターにも、何か考えがあるのだろう。

 今はそれより――。


「お聞かせ願えますか? ブラッド様」


 いったい、5日前にドラグに届いた手紙の正体はなんだったのか。

 

『貴殿の妻は預かった』


 あの一文を見て、ドラグはトロイカへ飛んで来たのでは――しかしブラッドより早く、ドラグが「実は……」と囁いた。


「続き……ですか?」


 実際に受け取ったという手紙を預かり、羊皮紙を開いたところ。繊細な字で、つらつらと書かれていたのは――。


「『交渉材料として捕らえたはずが、逆にこちらが交渉されそうだ』……って!」


『妻がほだされ、私までも長年の緊張が溶かされつつある。戦争前の士気が台無しだ、引き取りたいのならご勝手に』


「まさか、そんな」


 ブラッドは、最初から全部見ていたのだ。

「リーザ懐柔作戦」も、壮行会を装ったお遊びイベントを企画しているところも。おそらく使い魔コウモリの力を使って――。


「では、ブラッド様はすべて分かった上で、私に“クリスマス・トロイカ”決行の許可をくださったと……?」

「ええ、そういうことです」


 しかもドラグを脅すのではなく、あくまで「妻が邪魔だから引き取ってくれ」といった内容で呼び出したようだ。


「なんですの!? まるで私が邪魔者みたいに」


 そもそもブラッドから「共戦要請」の手紙が来たから、戦争を止めにきただけなのに――!


 冷気を帯びた吸血鬼に言い返そうとすると、「落ち着け」と手を掴まれてしまった。

 私とブラッドの間に割って入ったのは、当家の少年執事、アレスターだ。


「本当は奥方殿に感謝しておるのじゃろう?」


「素直になれ」――アレスターの言葉に、彼と瓜二つの吸血鬼はしばらく口を閉じていた。

 やがて。


「……すみませんでした」

「え……?」


 あのブラッドが。流れるように、深く頭を下げた。


「あのような言い回しをしましたが、本当は……」


 600年止まっていたリーザとの時間が動き出して、夢みたいだった――。


 彼は照れたように牙を見せつつも、私を真っ直ぐ見て言った。


「ブラッド……」


 パートナーに歩み寄りたいと思っていたのは、最初からお互い様だったのだ。


『ディナーの席で夫が、5()()()妾に目を留めてくれたぞ!』


『夫婦仲激アツ作戦』を決行した後のリーザの笑顔が、今も忘れられない。


「……それから、領民たちのことも」


 何千年も変わらない、吸血鬼族によるトロイカ支配のあり方について。

 力でのみで支配するやり方では、行き詰まっていたところだった――ため息をこぼしたブラッドは、にぎやかな声の届く窓辺へと目を向けた。


「あのまま戦争へ移行すれば、叛逆もあり得たかもしれません」


 グロウサリア夫人が、妻リーザ、そして領民の心をほぐしてくれた――ブラッドが再び頭を下げる姿を前にした瞬間。目の前が透明に揺らいだ。


「私は、そんな……」


 自分にできることをやっただけ。


 でも、少し本音を言うと。

 最初、私を血液パックのように見ていたあのブラッドに認められたことが、今は何よりも嬉しい。


「素晴らしい手腕の奥様をお持ちですね」


 ブラッドの微笑みに対し、ドラグは控えめながらも誇らしげに、「はい」と答えた。


 “人生の推し(おっと)”の激レアスマイル、1000点満点――もう、悔いはない。


「え、エメル……!? まだ気絶されたら困るんだけど」

「はい……?」


 マズい。久々の最推し供給に召されかけていたが――まだ話し合いは終わっていない。

 ドラグに支えられた背中を伸ばし、窓辺に佇むブラッドを見据えた。


「まだ私たち、領主様から直接うかがっていないのですが」

 

 トウキョウトとの戦争準備をすることになった、発端について。


 私がイオやタンザから聞いたのは、領民たちが次々消息を絶っているという話だった。


「でも、それがどうしてトウキョウトへの疑いに?」

「それは……」


 ブラッドは赤眼を伏せ、「第五神官」と口にした。

 人族の神官の姿を見かけるようになってから、上級魔族の消息不明が増えたと。


「人族の神官って……!」


 目を丸くしたドラグと視線を合わせ、震える口を閉じた。

 

 イオのことだ――。


 ブラッドは、彼を怪しんで牢に捕らえていたという。


「貴女を牢に入れて間もなく、彼は逃げてしまったようですが」

 

 彼はタンザの作った鍵で檻を出ると、私を助ける素振りもなく行ってしまった。

『貴女にはここに居ていただいた方が都合が良い』――そう言い残して。


「でも……神官の彼が魔族をさらうメリットはなんだろう?」


 ドラグの疑問に、アレスターが「ふむ」と声を漏らした。


「思えば、あやつが現れてから妙なことばかりじゃのう」


 シオンで資材盗難事件を起こしたのは、第六神官レヴィンの仕業。第三神官ジュードの働きかけで資材は返却されたが――その後、「エメル村」へ遊びに来た神王ワチが、結局その資材を買い付けた。

「盗難」ではなく「購入」という形で。


「どうあれ、神王は魔力を帯びた資材を欲しがっていた……ってこと?」


 ドラグの問いかけに、アレスターは「うむ」と頷いた。


「ですが、仮にイオがトロイカから魔族を攫っていたとして」


 その魔族の行き先はトウキョウトではなく、神王の(おわ)す“神域”ということになるのでは――。

 あごに手を当てているドラグから、窓辺のブラッドへ視線を移すと。


「大陸中央に位置する“神域”に大量の魔族が送られれば、必ず目立つはずです」


 それでも行方がまったく知れないのは、送還先が移動しているから。

 そう考えた結果、消えた魔族が向かった先として、ブラッドが導き出した場所は。


「移動都市『トウキョウト』……」


 トウキョウトは足の生えた都市で、常に移動していると聞いたことがある。

 たしか、エメルレッテ(わたし)とイオの出身地でもあったはずだ。


「ともかく、戦争はいけませんわ! たしかな根拠はまだないのですから」

「だが……私が直接確かめに参りたくとも、領を離れるわけにはいかないのです」


 今ドラグがここにいることは例外として、基本領主が領外に出ることは危険だ。


「ならば、この私が参ります」

「え……!?」


 一番に声を上げたのはドラグだった。

 それでも、ブラッドの丸くなった目を見つめたまま続ける。

 どうせトウキョウトに行く用事がある、私が見てくると。


「その代わり、大事なお願いがあります」


 私がトウキョウトから帰るまで、宣戦布告はしないでほしい。


「トロイカで攫われた魔族が、本当にトウキョウトにいるのか……判明し次第、すぐさまご連絡いたします!」


 今やスマホ代わりの中継器もある。トロイカとの連絡は、すぐにできるはずだ。


「まーた奥方殿は、危険なことを思いつきよるのう」

「ですがアレスター! 今は……」

 

 こうする他ない。

 自領が見えない脅威にさらされていることを憂う気持ちは、痛いほど分かるから――。


 ドラグに止められても、今回ばかりはきけない。


「いいんじゃないかな……」

「え……?」


 予想外の反応に、顔を上げると。

 僕も一緒に行くし――そう言って、ドラグは照れたような笑みを浮かべた。


「ドラグ様……!」

 

 それに。

 人族の都で調査するなら、人間の方が目立たない――彼はそう付け加えた。


「本来関係のなかった貴女に、そこまで任せても良いのでしょうか」

「もちろんですわ! だって」


 友人リーザの愛する領だから。

 そう言って微笑めば、ブラッドは目を丸くした。


「分かりました。では……」


 これは、口約束などではない、領主同士の密約。

 凍えるような温度のブラッドと、固い握手を交わした。


「私たち夫婦にお任せください!」

「……お願いします。ですがどうか、無理はなさらないよう」


 妻リーザの友人、そしてそれ以上に、“領主”としての信頼を感じる視線を受け止め、そっと手を離すと。

 様子を見守っていたアレスターは深く頷き、「先にシオンへ戻る」と言い出した。


「兄上、私は……」

「またの、弟よ」


 手を伸ばしかけたブラッドに向き直ることなく、少年姿のアレスターは部屋を出て行こうとする。


 ただ、最後に。


「帰りを待っておるぞ、奥方殿と主人よ」――執事としての言葉とお辞儀を残して、扉が閉まった。


「はい……必ず」


 調査を終えたら、みんなが待っているシオン領に帰りたい。

 あそこはもう、私の帰る場所なんだ――。




 トロイカで過ごす、最後の夜。

 リーザが“もてなし牢”を訪ねてくれた。


「そなたは無二の友人じゃ。気をつけてな」


 抱きしめてくれる身体が、かすかに熱を帯びている。


「リーザ……はい、お元気で」


 彼女の優しい赤瞳を見つめ返し、最後に細い腰を抱きしめた。


「だが……夫君もおられるというのに、このような場所で良いのか?」

「別に構いませんわ。ねぇ、ドラグ様」


 ベッドに腰かけた夫を振り返れば、夫は穏やかに微笑んでいた。

 ここはグロウサリアのお屋敷ではないが、彼がいるだけでさらに落ち着く気がする。


「そうか……妾はこれから、『最後のイベント』を夫とともにこなしてくるが」


 リーザはこれから、城のてっぺんにある鐘楼へ行くという。

 

 争いを止めるトロイカの鐘が、何千年ぶりに鳴らされる――それこそ、私が一番望んでいた瞬間。

 きっと、トロイカに住むすべての種にとって、忘れられない音になる。


「本当に見に来ないのか?」

「ええ。夫婦水入らずで、鐘を鳴らしてくださいませ!」


 リーザにとって、600年越しになる初めての共同作業。

 そこで遠慮しないほど空気が読めないわけではない。


 何より――夫がずっと、放してくれない。


「……ドラグ様、リーザが呆れていましたよ」

「そんな風には見えなかったけど……」


 この甘えんぼ竜、私がリーザと話す間も、ずっと尻尾を腕に絡ませたままだった。

 しかもリーザが白いコウモリに化けて消えるやいなや、人をベッドに引き込んできたのだ。


「ちょっと!」

「もう誰もいないんだ。いいでしょ……?」

「……もう」


 全身を包み込んでくれる大きな身体に、意識がとろけていく。

 本当は私だって、ずっと会いたかった。

 直接、冷たくも温かい熱を感じたかった――本音を言えば、このスベスベの角に触りたかった。


「エメル……」


 真っ直ぐな黄金眼が近づいてくる。

 頭を心臓の音に支配されたまま、唇が触れそうになった瞬間――。


「あっ……鐘の音」


 城を震わせるように重厚な響き。でも、どこか優しい気がする。

 氷の解けた吸血鬼夫婦の心が、鐘の音に乗せられている――そんな音色だ。


 夫の胸に寄り添いながら、「あのね」と囁いた。


 冷え切っていたリーザたち夫婦のこと、誰もいなかったトロイカの街のこと。ここに来てから、色々なことがあった。

 それに――。


「私とドラグの話を、友だちにたくさんしたの」


 契約婚から、本物の夫婦になった話。

 それに、ドラグの愛情表現から逃げ回っていた時の私を振り返って、ドラグがどんな気持ちだったのかも想像した。


 ぽつり、ぽつりと出てくる記憶をそのまま口にしていると。


「……あ」


 言葉の代わりに、今度こそ口づけられた。

 何度も、頬や耳、唇へ――。


「あ、あの、これ以上は……」

「……だめ?」

「ここ、人の家の牢なんですけど!」


 それに、正面牢にはタンザたちドワーフ族が掘った抜け穴がある。


「大丈夫。誰か来れば、匂いですぐわかるから」


 寂しかった――いや、飢えていたと言った方が正しいのだろうか。


 夫の鋭くも、懇願するような瞳に囚われた瞬間。

 魔法にかけられたかのように、抵抗する腕の力が抜けていった。


 この世で一番安心できる夫の腕の中。

 遠くでまだ、心地よい鐘の音が鳴っている――。

次回:第8章「移ろう機械都市トウキョウト」、スタート!


トロイカの魔族誘拐事件の真相を突き止めるため、竜×人の領主夫妻は、人族の都「トウキョウト」を訪れる。


元の世界を彷彿とさせる大都市に隠された秘密とは?

そして、夫竜を揺るがす妻エメルの真実とは……?


2025年11月1日から公開。


最終章目前の、真相追及&お祭り章――どうか最後まで、見届けてください!

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