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76話 クリスマスのお触れ

『クリスマス・トロイカ作戦』の第一歩は――まず、領主のブラッドを説得すること。


 気まずそうに視線を交わす吸血鬼夫婦を横目に、胸元へ忍ばせていた即席名刺を取り出した。


 正直、ブラッドに近づくのは怖い。

 寝ている猛犬に近づくくらい――でも。


「領主様にひとつ、私からご相談が……」


 震える足を踏み出し、冷気の尖る吸血鬼へ、羊皮紙の切れ端を差し出した。


「……“再興専門家”エメルレッテ・グロウサリア、ですか?」

「はい!」


 平和の鐘を鳴らすため、そしてブラッドとリーザの夫婦仲を再興するためのイベント提案は、今しかできない。


 ため息を深呼吸へと変え、胸を張った。


「戦前のこんな時だからこそ、領民の士気が必要ではないでしょうか?」


 身分の差を越えた交流だとか、夫婦の仲を取り戻すだとか、そんなことをこの男に言ってはいけない。

 それよりも。合理的に説得した方が、成功率は上がるはず。

 

「『士気を高める投資効果』のあるイベント企画を、トロイカ領主様へご提案します!」


 ブラッドが持つ名刺の端に、赤い色が滲んだ。

 なんか怒っている気がする――でも、もう後には引けない。


「これは“遊び”ではありません! 戦のための“準備”です」

「……エメル」


 リーザは少し不安げに、それでも何も言わず、隣で見守ってくれている。

 一方、旦那の方といえば。

 赤い液体が滴る名刺を、穴が開くほど見つめている。


 静かな圧で口が開けない――。


「ふむ」


 今のは、どっちの意味の「ふむ」なのか。

 その後に続く言葉が「生」か「死」か――額ににじむ汗を感じながら、息を呑んだ瞬間。


「勝手にどうぞ」


 冷たくも、かすかに脈のある声が響いた。


「え……? でも、まだ」


 企画の詳細を、何ひとつ話していないのに――。


 こちらの動揺を読み取ったのか、ブラッドは「空気が変わるなら、どんなイベントでも構わない」と言い放った。


「……領民の士気だけではなく、領主家への信頼が下がっていることは事実だ。外の人間にこんなことを任せるのは、本来あってはならないことですが」


 妻のリーザと一緒に動くならば、任せても良い。

 ブラッドは確かにそう言った。


「ですからどうぞ、ご勝手に」


 やった――声にならない感動を携え、背後を振り返った。


「リーザ……!」


 静かに顔を輝かせる友人と手を重ね、こっそり笑い合う。


「ありがとうございます、領主様!」


 ブラッドは相変わらず視線を逸らしつつも、声に反応して瞳を動かしていた。


「ただ……仮にも貴女は人質だ」


 忘れないように――ブラッドは、釘を刺したつもりだろう。でも、言質さえ取ればこちらのもの。

 それに彼もリーザと同じで、何かが変わりつつある。そんな気がしてならない。


「ではリーザ、さっそく参りましょう!」


 ブラッドの書斎を逃げるように出て、まずお願いしたのは――ある“お触れ”を領内へ出すこと。


「”くりすますのお触れ”……とな?」




『近日、素晴らしい景観とご馳走で士気を高める、トロイカ領内全体イベント“クリスマス”を執り行う』


 リーザの使い魔である白いコウモリが、この文言をあちこちに触れ回る声が響いている。


 街の様子は、いったいどうなっているのか――。


 リーザ付きならば、“イベント準備”として外出できる権利を得た今。


「では、早速トロイカ中を回ってみましょうか!」


 普段まったく表に出ないというリーザの手を引き、肺が凍るような空の下に出ていった。


 誰の呼吸も聞こえないほど静かなのに、煉瓦(レンガ)造りの家々の煙突からは、細い煙が立ち上っている。


「本当に、妾も行かなければならないのか?」


 別に、私ひとりでもブラッドにバレはしない――そう言って、黒い毛皮のコートに身を包んだリーザは肩を震わせた。

 寒がりこそしていないが、抵抗があるようだ。


「領主夫人の大切な仕事ですから、リーザが一緒に来るのは当然ですわ」

「だが……」


『皆、妾たちを恐れている』


 昨夜聞いたリーザの本音が、頭の中にこだました。

 だから彼女は、外に出たがらなかったのだろう――でも、このままでは何も変わらない。


 ブラッドに対し、リーザがお飾りの妻ではなくパートナーであることを意識させるには、外で活動してもらわなければ。


「それに繰り返しますが、“クリスマス”は本来楽しいイベントです! 決して“戦前の宴”ではありません」

「それは承知しているが……」


 もちろんこのことは、ブラッドには内緒だ。


「さぁ、まずは街の鍛冶屋に行ってみましょう」

「……ああ」


 そういえば、このシビュラに転生したばかりの頃。領地経営にかかわらせてもらおうとして、強引に屋敷から脱走したこともあった――なんだか懐かしい。


「それにしても……」


 まさか地下牢へ監禁中だった相手に、ここまですんなり任せてくれるなんて――正直裏がある気しかしない。


 一筋の疑念を胸に秘めたまま、石畳の街へくりだした。


「……誰もいないな」


 街灯が照らし出す大通りには、相変わらず人気がない。リーザは長いコートの裾を引きずりながら、マフラーを翻した。


「ここを訪れるのは何年ぶりか……だが、職人どもの暮らす通りは覚えている」


 気が乗らないながらも、私を案内するため――彼女は無数にある路地の中から一本を選び出し、ヒールを鳴らしながら歩いていった。

 雪の中でもひときわ輝く彼女の銀髪に目を奪われながら、鉄の匂いが漂う家の扉をノックすると。


「ん? 仕事か?」


 開いた扉の先には誰もいない――と思いきや。視線を下げれば、クマのような髭と髪の小人と視線が合った。


「あっ、タンザさん!」

「エメルさんと……“氷の女王様”か」


 タンザの不機嫌な声に、他のドワーフたちも集まってきた。みんな汚れたエプロンで顔を半分隠しながら、ひそひそと囁き合っている。


 いつも城の中にいるリーザが、職人の工房に姿を現した――そのこと自体に、領民たちが驚いているみたいだ。


「エメル、妾は……」


 口を開けば、彼らを脅してしまうかもしれない。

 リーザの正直な懸念に対し、安心させるよう微笑んだ。


「まずは任せてください。私が、彼らとお話しますから」


 様子をうかがうドワーフたちを見回し、「仕事を依頼したい」と告げた。

 領内を盛り上げるイベントのため、飾りを作る仕事や、領主の住まう城前広場への舞台設計をお願いしたいと。


「イベントにゃ賛成だがよ、服飾や武器とはわけが違うんだ。オレたちに務まんのかねぇ」


 タンザをはじめ、不安の声が上がる中。


「ご安心ください! 私の目には、“仕事の適性”を見極める力が宿っております」


 久々に使う右目――クリスタル族の始祖からもらったスキル、【能力鑑定】を発動させようと手を添えれば、眼球が溶けそうに熱くなった。


「いっ……」

「どうしたエメル……!」


 私の肩に手を添えるリーザを「いつもこうなので」と制し、ドワーフたちを視線でなぞると――久々に見る、世界観クラッシャーのダイアログが表示された。


【鍛造・レベル31】、【赤魔法・レベル16】――さすがはドワーフ族、手作業や金属の扱いに関するスキル持ちが豊富に揃っている。


 そして思った通り、中にはある――本格的なクリスマス準備に使えそうなスキルが。


「【音打ち】……!」


 ふつうは鍛冶職人らしく、「槌を打つ音で、金属内の歪みやひび割れを聞き分ける能力(幻想国家『シビュラ』参照)」だ。

 でもこれは、ベルやオーナメントを叩いたときの響きを調整して、心地よい音色を奏でる手法に最適のはず。


「そちらの貴方を『装飾係』に任命いたします!」

「ん? よう分からんが、オラぁ音の鳴る飾りを作れば良いんか?」


 同じ要領で、20ほど数のいるドワーフ職人たちを振り分けていった。

 最初は顔を見合わせる彼らだったが、「面白そうな仕事を与えられた」とはしゃいでいる。


「……そなた、なぜそんなに詳しい?」


 イベント企画といい、スキルの応用といい、本当にただの領主夫人なのか――。

 リーザは口を開け、私の右目をじっと見ていた。


 久々の質問、きた。


 シオンでも最初の頃は山ほど浴びせられた疑問に、思わず口角が上がる。


「故郷の学校で『企画運営』を専攻しておりましたの!」


 この世界のシビュラがお嬢様も学校に通うのかは分からないが、最近はそう誤魔化すことにしている。


 ありがとう、元の世界のブラック・ハウジング会社――まさかクリスマス仕様の『イベントホール企画』の経験が、こんなところで役に立つとは思わなかった。


 会場装飾、舞台設置、もみの木のレイアウト――会場の完成イメージを共有し終えたところで、最後、タンザに総監督をお願いした。


「では、後はよろしくお願いいたします!」

「おうよ! 3日もありゃできらぁ」


 本当に頼もしい、というか、仕事が早い。

 人間に頼んだとしたら、装飾を一から用意なんて何ヶ月かかるか分からない。


「ではリーザ、そろそろ」

「ああ……」


 彼女がついてきてくれているだけで、これが「領主家からの正式な依頼」という雰囲気が醸し出されている。

 石の階段を降り、小人サイズの扉をくぐるために頭を下げたところ――。


「……頼む」


 今にも消えそうなリーザの声に、振り返った。


「リーザ……」


 きっと、さっきの「頼む」はタンザたち職人へかけられた声――。

 ぼう然とするドワーフたちに背を向け、リーザは先に階段を降りていってしまった。


「……エメルさんよ」

「は、はい!」

「……ほんとアンタ、すげぇよ」


 以前、地下牢で聞いた言葉。


『あの氷の女王様を懐柔しちまうなんて』


 タンザが繰り返した言葉に、首を横へと振った。


 私の影響もあるかもしれない。でも彼女がかけたさっきの言葉は、彼女自身が変わろうとしている証だ――。


「職人の皆さまも、どうか“クリスマス・トロイカ”をお楽しみに!」


 ブルームーン・トロイカで、おそらく史上初めて行われる陽イベント。張り切って準備を始めるしかない。


 ドワーフの工房を出た後は、ひたすら魔族たちの店に顔を出したり、城の庭の一番中央に据える「もみの木」を探しに森へ行ったり――。

 リーザの「こんなの初めてだ!」、と微笑む笑顔がなければ、今にも倒れそうなほどに心も身体も疲弊しきっていた。


「あー……疲れた」


 “もてなし牢”のベッドになだれ込み、凍りかけたブーツを脱いだ。リーザの魔法がなければ、きっと足先が霜焼けになっていただろう。


『エメル……? エメル、客室に戻ってきたの?』

「え……」


 どこか安心する呼び声――ベッドサイドに置きっぱなしだった結晶石が赤く光っている。

 ドラグから通信が入ったみたいだ。


「もう、またですか?」

『……だって、ずっと会えてないんだよ?』


 中継器が送られてきてからというものの、毎晩のように言葉を交わしている。

 それでも満足しないドラグは、「私がシオンに戻ったらしたいこと」を話してくれるのだが――。


『早く会いたくて死にそうだ』

「そんな大袈裟な……」

『愛してるんだよ、君のこと。とっても……とっても』


 まだ、全然愛し足りない――そう言われるたび、油断していた胸が締めつけられる。


 さっきまで、身体の芯まで冷えていたのに。今は頬が熱くて仕方がない。


「……私もです」


 そう答えると、ドラグは安心したように「うん」と応えた。


 時渡人のことや、元の世界のことを考えるのは、今はやめだ。


 一番近くにいる彼と真剣に向き合うことが、私にできる一番のことと信じている。だから、彼の愛にもう臆さない――私からも、「愛してる」と伝えられる。


 昏睡状態の私を待つ、お父さんとお母さんのことは気になるけど――。


 憂いたって、今は何かできるわけでもないのだから。


『あれ? これは……』


 ドラグの声に、暗い思考が打ち切られた。


 ただ。彼の手元に届いたそれが『ブルームーン・トロイカからの手紙』だと聞いた瞬間。


「まさか……」


 頬の熱が、一気に冷めていった。


『魔法の手紙をグロウサリア邸へ旅立たせたところです』


 ブラッドは数日前、確かにそんなことを言っていた気がする。しかし声だけでやり取りしている今、夫が手紙を開封するのを止める手立てがない。


 しまった――ひとりベッドに頭をめり込ませるうちにも、震える声が響いた。


『こ、これ……どういうこと?』

「それは、その……」


「貴殿の妻は預かった」――その一文を見て、ドラグはシビュラの私が危険な目に遭わされていると思ったみたいだ。


 実は最初に軟禁されていたが、今は実質解放されている――明るい声で、安心させようと思ったのだが。


『じゃあ、どうして2週間も帰ってこないんだ……!?』


 翼を広げる音が響いた。

 これは――今すぐ飛んでくる気だ。


「ドラグ様、あの、今は状況が……あっ!」


 まずい。

 中継器を切られた。


「大変なことになった……」


 シオンの最速竜・ボロネロならば、ここまで1日も飛べば到着できるはずだが。翼に傷を負っているドラグならば、長距離移動は最低でも5日かかるはず――(アレスター談)。


「もう、こうなったら……」


 イベント準備の“進捗確認”をするしかない。


 もはや鍵すらかけられていない“もてなし牢”を出て、正面の牢にある、ドワーフたちの堀った抜け穴に飛び込んだ。


 ドラグが来る前に、“クリスマス・トロイカ”を決行しなければ――!

次回:お怒りモードの夫竜が到着する前に、クリスマス・トロイカの準備を進めるエメル。


「な、なに! 夫と妾が手を繋ぐだと?」


平和の鐘を鳴らすイベントにかこつけ、リーザとブラッドの距離を縮めようとするが――。


「彼女と結婚したのは、『当主には妻が必要だったから』です」


はたしてエメルは、倦怠期600年目の夫婦の氷を解かすことができるのか……?

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