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67話 領主たるもの

「神王様にお仕えする第五神官にして、シオン領監査官――名を、イオ・サキギリと申します」


 落ちたちびドラ仮面の下にあった顔は。

 以前、資材盗難事件の犯人探しを手伝ってくれた名助手――イオ。

 彼の出会い頭プロポーズは、今でも忘れない。それに、「ちょっとカッコいい」と思ってしまった高貴な顔立ちも、目の覚めるような金髪も。


 ただ、分からない――。

 

「どうして、ギルドの冒険者に化けていらっしゃったのですか?」


 重い身体をドラグにもたれながら、尋ねると。イオは懐かしさを帯びた笑顔を浮かべ、ふっと息を吐いた。


「監査官の立場上は、公平であらねばなりません。ですが()は、あなた様のお役に立ちたかったのです」

「私の……役に?」


 それは「私個人の願い」だと、イオは微笑む。

 そして――監査官としてのイオの役目は、「シオン領の団結を試す」こと。他の神官たちにも命じ、最後の試練として立ちはだかったと。


「じゃあ、『領地強制没収』は演出だったってこと……ですの?」

「ええ! そして見事合格ですよ。おめでとうございます、グロウサリア家の皆様!」


 ゆっくり起き上がったジュード、怠そうに漂うレヴィン、そしてイオの拍手が、荒れた会場に響き渡った。


「エメル、『合格』って……」


 顔を上げた先で、ドラグと視線がぶつかった。

 たしかにイオは「合格」と言った。

 それは、つまり――。


「シオン領の統治権は、今後もグロウサリア家に一任します」


 その瞬間。

 沈黙の観客席から、割れるような拍手が巻き起こった。シオン領の領民たちが、高く、低く、強く歓声を上げている――身体中の震えが止まらない。


『ケンカしてる竜人族に俺たちの生活預けるの、最初は不安だったけどさ』

『うん。でも、きっと大丈夫だね』


 拍手が鳴り止まない。

 結晶石スピーカー越しに、彼らの声が聞こえてくる――『誰がシオンを治めるか』ではなく、ロードンが守り、ドラグが盛り立てることを期待しているようだ。


「これ、もしかして……」


 ゲームの中と同じ。私が“推しのドラグ”と作り上げていたシオン領と――いや、それ以上だ。

 私はここに立っていて、夫と本当の意味で支え合うことができている。


「やりましたわね、ドラグ様!」


 ぼうっとする夫の手を取った、その時。


『エメルもよ!』


 観客席から高い声が響いた。

 おっとりと微笑むのは、最初にギルド&カフェを協力して立ち上げたノームのおばあちゃん――。


『あなたがいたから、みんなは竜たちを信じることができたの』

「シンシア……」


 彼女は、この世界で初めて、私を抱きしめてくれた人だ。


『人間のアナタが、私たち(ノーム)のためにここまで身を砕いてくれた』――。


 あの時の熱と言葉を、私はずっと忘れていない。

 彼女のそばでは、エルフ族の長ミス・グラニーが頷いていた。それから、彼女にひっついているシスコン・エルフも。


『ようやくまともに動くようになったな、引きこもり竜!』


 ツンデレ・ナノが、頬を染めながら拍手を送っているなんて――そんなの、ずるい。


「みんな……」


 胸がいっぱいで、言葉が出なかった。

 そんな私を心配そうに見下ろすドラグは、「ちょっと貸して」とマイクに手を伸ばした。


『えっと……妻のエメルレッテがいなければ、僕は……竜人族は、和解できなかったでしょう。だから』


 ドラグだけではなく、私も、「夫婦で領主」と認めること――ドラグの提案に、ただでさえ熱い涙腺が溶けそうになった。


「ごめん、勝手に。いいかな……?」

「えっ……」


 最初こそ、「気弱な推しモドキから領主の座を奪ってもいいかな?」とか考えていたが。いまの彼は、信頼される領主へと成長したのに――私が割り込んでしまって良いのだろうか。


「でも……」


 不安を打ち消すように、シンシアと傭兵五姉妹の娘たちが『大賛成!』と声を上げた。


『エメルがギルド&カフェを立ち上げてくれたおかげで、力の弱い種が安心して暮らせるようになったわ!』

『ああ、そうだな』


 相槌とともに舞台裏から出てきたのは、色とりどりのクリスタル族。白衣を羽織ったパープル博士が、みんなの前へ進み出た。


『シオン領の時代遅れなインフラ整備が加速したのは、彼女が我々の新エネルギー開発へ助力してくれたおかげだ』


 お得意の皮肉はなし。

 ニヤける顔を戻そうとする間にも、ゴーレム族を率いるランド社長が、強く拳を打ち鳴らした。


『領主代理名探偵による資材盗難事件の解決によって、我が社の貴重な資材が取り戻された!』


 あの時は、本当に大変だった――イオには()探偵扱いされていたが。


 次に観客席から雄叫びを上げたのは、オーク族の長ディズロムと、その娘カナメロだった。


『そのお方が「エメル村」を創ってくれたおかげで、オラたちは故郷を見つけただ!』

『んだ……貧しい子どもたちも、養えるようになった』


 そして何より、「力こそがすべて」のシオンの意識を変えるほどの楽しい行事を開催したのは、エメル――ドラグの言葉を真正面から浴び、ついに涙腺が決壊した。

 みんなの前では、泣かないと決めていたのに――。


「……ありがとう。本当に、ありがとうございます……!」


 こんなに暖かく受け入れてくれる場所、きっと他にはない。

 不機嫌そうなゲルダまで目の前にやって来て、何をするのかと思えば――彼女は私の首に、自分の身に着けていた「極光石の首飾り」をかけた。それも無言で。


「え、これは……」


 グロウサリア家当主の妻に、代々贈られる首飾り――シンシアのカフェを守るため、以前ロードンに渡してしまったものだ。

 青緑の輝きに見惚れるうちに、彼女は燃える赤髪を翻した。


「ゲルダ……お待ちくださいませ! まだお話したいことが!」

 

 私の声をかき消すように、彼女は竜の姿へ戻っていった。翼を凛々しく立て、黄金の眼で青空を見据えている。


『今回のイベントの売り上げ計上なら、直接竜の巣に来てちょうだい』

「話って、別にそのことじゃ……」


 この首飾りは、何よりもゲルダが執着していたもの――それを手放すとは、思いもしなかった。

 なぜ、気が変わったのか。

 問いかけるまもなく、赤竜は飛翔した。


『アナタたちに隙があったら、またいつでも領主の座を奪ってやるんだからね!』


 覚悟しておきなさい――気高く吼え、ゲルダは去っていく。


「のぞむところですわ!」


 叫び返し、小さくなっていく影に手を振っていると。ドラグの肩を強く叩いたロードンも、竜化して翼を立てた。


『今度こそ、次は本気のお前とタイマンな!』


 あれ、そういえば。宇宙系(スペース)・イケメン竜はどこにいるのか――辺りを見回したところ、ロードンの背中に正座しているボロネロの姿を見つけた。


「……ロードン、キノコーヒー飲んで帰りたい」

『ダメだ! さっさと行くぞボロ公!』


 不思議だ。

 最初はあんなに怖かったロードン、何を考えているのか分からなかったボロネロにも、親しみを感じているのだから。


 賑やかな彼らを見送ったところで、改めて拍手が起こった。


「エメル、それ……」

「はい。ちょっとした旅から、帰ってきましたわね」


 胸元で輝く、極光石の首飾り。その隣できらめく領主の証――極光石のブローチを外した。

『領主代理』の証明だったこれが、今やっとあるべき場所へ戻るのだ――ドラグの胸へ。

 夫の胸にブローチを掲げると、再び拍手が巻き起こった。


『私、エメルレッテ・グロウサリアは! 夫とともに、これからもシオン領を盛り立てて参りますわ』

「エメル……」


 隣の夫が、「ずっと一緒」と腕に尾を絡めた瞬間。熱い頬の熱が冷めていった。


『其方は己の魂の在り処を考えておくことですね――』


 いつか聞いた時渡人の言葉が、こだまする。

 元の世界にある私の肉体は、まだ生きている。

 それに――。

 昏睡状態の私を、父と母は諦めないで待ってくれている。


「……エメル?」


 激しい拍手の波の中でも、夫の呟きがはっきりと聞こえた。

 そういえば、先ほどドラグがスキルを暴走させていた時。泥の中で見た、私と同じ顔――あれは何だったのか。あまり良い感じはしなかったが。


「エメル……!」


 今度は焦ったような夫の呼び声に、頬を伝う熱に気がついた。


「エメル、もしかして体調が……」

「な、何でもありませんわ! ほら、アレスターが呼んでいますわよ」


 きっと会場のみんなは、私の涙を嬉し泣きだと思っている。ただ――ドラグだけは真顔のまま、こちらから目を離そうとしなかった。




『真の領主お披露目式』の夜。

 静かな寝室には、屋敷の外のお祭り騒ぎがかすかに聞こえていた。みんなから挨拶を受けていたドラグは、慣れないことに疲れたようだが――ベッドに並んで座ってから、口を開こうとしない。

 大切な話がある、と呼ばれたはずなのに。


「あの……ドラグ様?」


 ベッドが軋んだ。

 冷たく滑らかな手が、おそるおそる手の甲に触れる。


「君が何だか……重要なことを隠している気がして」

「え……?」


 控えめでも真っ直ぐな眼差しが、胸を射抜いた。

 鈍く脈打つ痛みが再発する。

 それでも、ドラグに真実を打ち明けられない――。

 ただ。

 あのことだけは、彼に話しても良いだろうか。


「……カムカム(せんせい)が、おっしゃっていたでしょう? 私の中に、魂がふたつあると」


 私の中に、「時渡人(わたしもり)」という顔の見えない花嫁が同居している。彼女は時々現れては、私を惑わせる存在――。

 花嫁衣装に黒いダリアを携え現れるのだ。

 そこまで話したところで、ドラグは「黒いダリア?」と眉根を寄せた。


「僕が()()()見た花は……いや、まさか」

「……ドラグ様?」


 何か、思い当たることがあったのだろうか。

 不安と期待を胸に、夫を見上げると。彼はすぐに「何でもない」と首を横に振った。


「話してくれて、ありがとう。僕にできることは、こんなことだけだけど……」

「あ……」


 かすかに甘い匂いに包まれ、嫌な音を立てていた胸が跳ねた。身体を覆う優しさと温かさに、また涙があふれそうになる。

 離れたくない――。

 すでにこの人は、自分にとって、元の世界の人たちと同じくらい大切な存在になっている。


「君が苦しんでいるのなら……その魂を追い出す方法、調べてみるよ」

「……ありがとうございます」


 でも、元の自分の身体は昏睡状態。親を悲しませておいて、なんて薄情なんだろう――頭ではそんなことを考えながらも、手はドラグの背に回っていた。

 今の私には、この熱を手放す勇気なんてない。

 かすかに軋むベッドの音を聞きながら、しばらく抱きしめあっていると。


「……あのさ」

 

 急に目を泳がせはじめたドラグは、「体調はもういいの?」と呟いた。

 首を傾げつつ、「ええ」と答えれば――腰を抱く腕の力が、強くなった。


「……愛してる」

「あっ、あ……い?」


 こういう時だけ目をまっすぐ見つめるところが、ずるい。

 照れる間もなく、熱い息が近づいてきた。

 様子をうかがうように、薄い唇がそっと頬をついばむ。

 くすぐったいと笑う唇に、唇が触れた。


「……っ」


 深い。

 今にも逃げ出したいほど、何度も、何度も。息が重なる。身体を覆うように抱きしめる腕の力に、抗えない。

 背中がベッドについた。倒されたまま、ツノを握って抵抗するが――夫は止まらない。


「あっ、あの、待ってください……!」


 キスが喉に落ち、これから何をされるのか分かってきた。


 たしかに、初夜を4か月も先延ばしにして悪いと思ってるけど、でも、でも――。


「プロフィール帳の交換、済んだばかりなのに!」


 力の限り叫ぶと、ようやくドラグは動きを止めた。


「……え?」


 プロフィール帳の「マイブームランキング」トップ3に、すべて「エメル」と書かれていたのにはゾッとしたが――きっと、ふざけて書いたのだろう。

 顔の熱を誤魔化すように、「あれは冗談ですよね?」と、問いかけると。返事の代わりに、頬を撫でられた。


「本気だよ。僕は君と出会ってからずっと……君のことが頭から離れないんだ。毎日、毎日……君が何をするのか、どうしたら触れられるか、考えてた」

「ひぇっ……」


 話を逸らし、この甘い雰囲気を破壊しようと思ったのに――黄金眼の熱が、増していく。


「人間の感覚だと、結婚から4か月も交わらないのはふつうなの……?」

「そ、それは……」


 普通じゃない。

 なんなら、結婚前にいたしている人もザラにいる。

 でも――今、そのことは言わない方がいい気がする。


「僕は怖いんだ。君がある日突然、いなくならないか……」


 驚いた。

 彼は事情を話さなくても、何かを察しているのだろうか――今夜はじめて、時渡人のことを話したのに。


「君はずっと一緒だって言ってくれたけど……確信が、ほしいんだ」

「……確信?」


 不安と熱の入り混じった瞳が、少しずつ近づく。


「君が……僕の一部になってしまえばいいのに」


 再び重なる息に、否定も肯定も出てこなかった。

 いけないと分かっているのに、身体が動かない。


 何度も、あちこちへ落ちるキスを受け入れるうちに、何が「いけない」のか分からなくなってきた――。

次回:6章最終話『ドラゴニック・ハート』


昨夜の熱を残すドラグとエメルは、初デートへ向かうも……。


「君の熱を一度知ったら、もう正気じゃいられないんだ」


いっそう押しが強まる夫竜に、思考回路がショート寸前の転生後妻。

前世と今世、どちらの絆を取るべきか悩むエメルの前に、新たな争いの火種が――!

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