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7話 まずは用心棒が必要ですね

「新領主って……」


 いったい何の冗談だろうか。

 今すぐ説明して欲しいのだが、ドラグは相変わらずカウンター下で丸まっている。推しと似た姿で情けない――が、2メートル越えの身長とそのツノで、よく隙間に入れたものだ。


「この方こそがシオン領の領主、ドラグマン・グロウサリア卿です!」

「ソイツはただの引きこもりだろうが。あぁ、外から来た人間の後家たぁテメェのことか?」

「後家、キノコかわいい」

「だーからお前は黙ってろってのボロ公! 話がややこしくなんだよ!」


 どうやら竜族の中では、ドラグ再婚の話は広まっているらしい。しかしこちらは、分家のロードンが領主を騙っているとは聞いていない。

 威圧的な筋肉に負けず、「ドラグこそが本家の正統な嫡男」だと繰り返すと。ロードンは小さなロッジが揺れるほどの咆哮を上げた。


「本家やら分家やら関係ねぇ。このシオンの頂点は竜種(ドラゴン)! その中でも1番強ぇ俺がトップだ!」

「そんな横暴な……あっ」


 もしや、領主の息子が暴君というウワサは。


「まさかそれ、町の色んなところで言いふらしてるんじゃ……」

「当たり前ぇだ。でなきゃ地代取れねぇだろ」


 何ということだ。ドラグが引きこもっているのをいいことに、勝手に新領主として地代を回収していたとは。


「つーわけだ。おいノームの女! 俺らの土地に店を出すっつーんなら地代をよこしな」

「あらまぁ……どうしましょ」


 新領主とはお笑い草だ。やっていることがただのチンピラではないか。


「渡す必要はありません。ドラグ様、立ってください! 彼らに一発ガツンと……ってドラグ様!?」


 目を置き去りにする勢いで視界が揺れ、気づいた時には店の外に出ていた。戻ろうとすると、抗えない力で引き戻される。


「何するんですか!? 早く彼らを止めないと」


 とっさにドラグを見上げると、彼は震える唇を必死に抑えていた。今にも泣き出しそうな顔で。


「ドラグ様……」


 彼は、本当にロードンを恐れているのだ。それもトラウマ並みに。

 怒りに任せて走り出そうとしていた足を止め、震えるドラグの手をとった。


「いったん帰りましょう」


 偽物をはびこらせておくわけにはいかないが、今はどうにもならない。

 ひとまず屋敷まで戻り、ドラグの自室にホットミルクを運んでいった。精神的に参っているのか、ドラグはフカフカの羽毛に顔を埋めたままうつ伏せになっている。


「ドラグ様。ミルク、飲みません?」

「君……あの2人のこと、知ってたの?」


 しまった。とっさに名前を呼んでしまった弊害が、こちらにも起きている。


「何となくそんなお名前なのでは、という気がいたしまして!」


 ドラグは顔を上げない。ひとまず足元に腰を落とし、ベッドにもたれながらミルクをすすることにした。

 とりあえず、今この状況をどうしたものか――首をひねっていると、ドラグはほんの少し身体を起こした。


「いとこのロードンとボロネロは、ゲルダ……前妻の現夫なんだ。で、ロードンは僕を目の敵にしてる」

「前妻の現夫……えっ、ええ?」


 思ったよりも複雑なことになっている。

 それにしてもゲルダ――『シビュラ』(ゲーム)にはいなかったキャラクターだ。


「子どもの頃から苦手だったんだけど、あっちも僕に興味はなくて……彼女にとって大事なのは、『美』」

「美」


 言葉の重みにつられ、思わず繰り返してしまった。


「その美しさっていうのは外見だけじゃなくて、『強さ』と『権力』なんだ」


 何となく話が見えてきた気がする。


「ゲルダは昔から、ロードンの肉体的『強さ』とボロネロの外見的『美しさ』を評価してた」

「評価? 好きとかではなく?」

「彼女の1番は自分だから……とにかく本家の嫡男の僕と結婚したのは金目当てで、それが尽きたからあっけなく捨てられたんだ」


 いや、きっとそれだけではない。むしろ散財直後の離縁は、彼女の中で決められていた筋書き。結婚の1番の目的は――。


「領主の座を奪うこと、なのでは?」

「えっ……ゲルダが?」


 彼女も分家のドラゴンだというのならば。ドラグとの結婚を機に本家へ入り込み、財産を食い尽くすことで力を削ごうとしたのではないだろうか。


「彼女にとっては『権力』が大事なのでしょう? きっと、本家と分家の立場を逆転させようとしているのです」


 ロードンはただ物理的に強いだけで、領主の器ではないことは分かっている。そんな彼を夫にしたのも、力で他の種族に圧力をかけ、分家であるノクサリアを新しい領主家として認めさせるため。きっと折を見て、夫から領主の座を奪うだろう。


「領主の座は私がもらおうと思ってたのに、先を越されてたなんて……」

「え?」

「あっ、あはははっ、何でもありませんわ! ねぇドラグさ……わっ!」


 突然身体が宙に浮いたかと思うと、背中がベッドに着地していた。かすかに涙の滲んだ金色の瞳が、こちらを見下ろしている。


「ごめん……必要以上に触らないって約束したのに。でも僕のためにミルクを入れてくれたり、落ち着いて話を聞いてくれたりするのは、君が初めてで」


「嬉しくて」、と初めて綻んだ顔は、推しに似ても似つかないはずだというのに。なぜか胸のあたりが疼いている。


「僕、本当は、新しい家族になる君と穏やかに暮らしたかったんだ」


 触れるか触れないかの位置にある大きな手がベッドを軋ませ、ドラグの胸が少し近づいた。ほんのり甘い香りが鼻をくすぐる。


「あ、あの、少し近いかなって」


 目が合うことの方が少ないダウナー系ドラゴンのくせに、今は妙に押しが強い。それに彼の放つ匂いを嗅いでいると、鼓動がどんどん速くなっていく。


「生活費は何とかするし、ちょっとした贅沢もできるようにする……だから」


「ただ一緒にいてほしい」――懇願の言葉に、最高潮を迎えた胸の高鳴りが引いていった。

 雰囲気に騙されるところだったが、このトキメキは錯覚だ。泣き寝入りしたところで、あの悔しさは消えないのだから――このままロードンたちを放置しておくものか。


「ドラグ様は、領主を騙られて黙っているのですか?」

「え……」


 困惑を浮かべた顔が遠ざかっていく。その隙に起き上がり、甘い匂いの漂うベッドから飛び降りた。


「私は悔しいです。ニセ領主をこらしめて、ドラグ様が真の領主であると知らしめてみせます!」


 領民の信頼を勝ち取るには、彼らの暮らしを良くしていかねば。しかし今もっとも優先すべきは――。


「まずは用心棒が必要ですね」

「用心棒って……あっ、待って!」


 自室に立ち寄り、ドラグが贈ってくれた首飾りを持ちだした。


「当家に残った最後の財産、用心棒を雇うのに使わせていただきます」


 心配するドラグを振り切り、敷地の門を出ていくと、彼はそれ以上ついてこなかった。カフェにまだロードンたちがいるのでは、と警戒しているのだろう。


「マスター……大丈夫かな」


 キノコ型のロッジは静まり返っている。中の様子が気になるが、今私1人が行ったところで、ロードンには太刀打ちできない。


「早く用心棒を探さなくちゃ」


 雪灯りがまぶしい森の獣道を通り抜けると、すぐにレンガ屋根の建物が連なる町が見えてきた。


「食料と資材の市場に、診療所みたいな建物……町中だけレンガの道も敷かれてる、と」


 丘の上から把握してはいたが、町には最低限の施設が揃っている。領民はそれぞれの民族衣装を身にまとい、各種族が得意とする仕事を担って生活しているようだ。


「ドラグたちで慣れたと思ってたけど……やっぱりスゴい」


 画面の中にしか存在していなかったファンタジーの種族たちが、店の連なる大通りを行き交っている。


「おい、また始まりそうだぜ」

「ミンナ売り物をしまエ!」


 何だろうか。突然、市場が騒がしくなりはじめた。この地響きと、竜巻のような風の音はいったい――。


『軟弱者が! かような風魔法、200年磨き上げたこの体には微風(そよかぜ)も同然!』


 大声で突進してくる青い鉱石の塊――軽自動車よりも大きい彼は、ゴーレム族の長ランドか。


「愚か者が! 200歳の若輩者に、この私が本気を出すはずないでしょう」


 さらにゴーレムの隣を、珊瑚色の髪をなびかせた麗人が飛行している――あのエルフはナノの最愛の姉、ミス・グラニーだ。


「やっぱり、ここでも仲悪いんだ……『シビュラ』だと、どっちも上位種の魔族だったな」


 それぞれ魔法と防御に長けた一族、まとめて仲間にできれば心強いのだが――今は時間も惜しい。やるだけやってみよう。


「止まって! 私の話を聞いてくださいませんか?」


 彼らの進行方向を遮るように、通りへ飛び出そうとしたところ。


『邪魔だ人間!』

「退きなさい人の子よ!」


 耳を貸してくれないどころか、止まる気配すらない。

 暴風のような圧に煽られ、後ろによろけてしまった――が、体制を立て直す間もなく、身体が勝手に起き上がった。


『だいじょうぶ?』


 岩場を反響するような声に顔を上げると、青いゴーレムと目が合った。目と言っても、鉱石の隙間にふたつの光が灯っているだけだが。


「ありがとうございます。あなたが支えてくださったのですね」

『トーさん、ふだんは人間をぞんざいにあつかわない。エルフの長とケンカして、怒ってたから』


 先ほど通り過ぎていったランドの息子――彼のことはよく知らないが、話は分かりそうだ。


「実はあなたのお父上方に、用心棒として働かないか、と勧誘しようとしたのですが」

『ゴーレムもエルフも、仕事もってる。ボクたち、基本おんこう。用心棒むいてない』


 たしかに。冷静に考えてみると、両方とも傭兵向きの種族ではない。それにここは『シビュラ(ゲーム)』ではないのだ――プレイヤーの気分次第で、転職や兼職をさせることはできない。


「そうですわね。少し、焦り過ぎていたのかもしれません」


 親切なゴーレムに改めて礼を言い、一度屋敷へ戻ることにした。


「はぁ。もっとこの世界のシビュラを知らないと、か」


 シビュラの幻想種たちは、人間とは違う。下位種が上位種に逆らうことはない。この世界でも当てはまる法則だとすれば、シオンでドラゴンに敵う種族はいないということだ。


「他の領から用心棒を呼び寄せる? でも、どうやって……」

「やめて!!」


 甲高い声に思考が打ち切られた。今の声――カフェの方からだ。


「どうしました!?」


 構わずドアを開け放つと。先ほど見たばかりの憎たらしい顔が、ちびノームに鋭い爪を向けていた。マスターは恐怖で固まり、カウンターから動けずにいる。


「ロードン……なんてことを」

「あぁ? またテメーかよ。今取り込み中だ、帰りやがれ」


 新領主を騙るだけでは足らず、暴力を振るうとは。


「その子を放しなさい。あなたのようなチンピラが新領主だなんて、誰も認めませんよ」


 筋肉ドラゴンに向けて、真っ直ぐに言い放つと。彼は笑いながら、爪をひねる真似をした。


「地代を払わねーってんなら、力で従わせるしかねぇだろ? このシオンでは、『力こそがすべて』だ」


 鋭い眼光で睨みつけられると、自然に身体が震え出した。彼には絶対に敵わないと、生き物としての本能が警告している。

 しかし――。


「助けておばあちゃん!」

「ニシカ……!」


 (にんげん)は、シビュラの幻想種とは違う。どんな相手にだって、立ち向かう勇気さえあれば挑めるのだ。


「その子を、放して」


 震える足を一歩、二歩。そうして動き出した足をひと思いに駆り、ロードンの手からノームの子を奪い取ろうとした、その時。


「おいっ! どけ――」


 鋭く伸びた青い爪が、視界から消えた。瞬間、生暖かい感覚が下腹部を伝う。


「え……?」


 心臓の鼓動が、やけに大きく聞こえる中。おそるおそる腹を見下ろすと。


「う、そ……」


 ドラゴンの爪が、エメルレッテの薄い腹を貫いていた。

 惨状を理解しても、痛みは感じない。

 ただ。

 暑い。

 寒い――。


「おい、俺はそんなつもりじゃあ……ちょっと振り払おうとしただけだって! 人間って、こっ、こんなに脆いのか……?」


 戸惑いの咆哮を最後に、五感が消え去った。




『目覚めなさい、匡花』


 真っ暗な視界の中。

 聞き覚えのある、厳かな女性の声が頭に響く。

次回:この死は取り返しがつかないのか?

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