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66話 真の領主決定戦!【乱入】

 この燃える矢――間違いない。

 クリスタル族の鉱山で何度も見た、監査官の矢文と同じもの。いや、それよりもずっと熱く危険なものだ。


「エメル!」


 声に弾かれ、振り返った瞬間。この世界で一番安全な腕の中へと閉じ込められた。


「ドラグ様……いったい、これは……」

 

 夫竜は私を抱えたまま、火の気がないステージ下へ降りていく。


「……離れないで。僕があいつと話すから」


 夫の鋭い黄金眼が、観客席へ向く。

 戸惑い、叫び声を上げる観客をなだめるアレスターの傍ら、静かにこちらを見下ろすのは――ふたつの深淵が覗く、ちびドラの面。


「おや、何をお話しすることがあるというのでしょう? お遊戯会はもう結構ですよ」

 

 ちびドラ監査官は、赤々と燃える弓に、次の矢を番えた。

 開会前、珍しく携えていた武器――まさか、こんな風に使うとは。


「どうして、こんなことをなさるのですか!?」

「……どちらの竜が真の領主か。そんなことは、どうでもよろしい」


 感情を削ぎ落したかのような声――舞台袖で聞いたものと、同じ。


「統治権の曖昧な領は、国への返却義務があります。我々『神域』の民が責任をもって、このシオンを管理いたしましょう」


 さっき、応援してくれると言っていたばかりなのに。

 それに領査定の日だって、謎の「頬キス」ひとつで1週間も伸ばしてくれたではないか――。


「どうして……」


 火の海と化したステージを目の当たりにしても、まだ信じられない。あの「彼」が実力行使に出るなんて――。


『おいおいおい! さっきから黙って聞いてりゃあ、好き放題ほざきやがって』


 黄金竜――ロードンの鼻息で、ステージに降り注ぐ矢の炎が一瞬で消えた。

 隣のゲルダは竜化こそしていないが、燃え盛る髪を逆立て、赤い粒子を周囲に漂わせている。


「……許せないわ。せっかくのビジネスチャンスをふいにしてくれちゃって」


 あの夫婦(つがい)、静かにキレている――。


 ドラグは「このままだとマズイ」と焦っているが、今は彼らを止める理由もない。

 ステージを台無しにした上に約束を破った監査官を締め上げてもらった後でも、「裏切ったわけ」はじっくり聞ける。


「ロードン、ゲルダ、やっちゃってくださいませ!」

「なにが『やっちゃって』よ! このアタシが、アンタの指図なんか受けるわけないでしょ。でも……」


 ゲルダの放つ、魅惑のフェロモンが一気に広がった。粒子が飛び交う中、灼熱の鱗をもつ雌竜が翼を広げる。


『今は後妻さんの言うこと、聞いてあげる』

「ゲルダ……!」


 二対の竜を味方につけたところで、こちらを見下ろす監査官へ向き直ると。オークとレヴナントの凸凹コンビ神官が、彼の両脇に並び立った。


「ジュード様、レヴィン? まさか――」


 嫌な予感がする。


「ごめん、()()()()


 監査官は、神官の中でも特別な権限を持つ。

 彼の管轄する領内では、命令に逆らえない――そう言って、レヴィンは雨傘を構えた。

 一方ジュードも、顔を逸らしたまま、十の指に銀色のメリケンサックをはめている。


「すまない領主代理! グロウサリア卿! コイツが決めたなら、俺は……」


 義理堅いオークの彼が頭を下げたことで、やっと分かった。

 今この時、神官側がまるごと敵になったのだ――。

 

 彼らとは、グロウサリア家の屋敷で一緒に過ごしただけではない。「エメル村」の礎を共に築き上げた仲間だ。


「どうして……」

 

 そう呟いたきり、動けないでいると――隣で巻き起こった、強い風に煽られた。

 私を抱えていた夫が、竜の姿へ戻ったのだ。彼の瞳は、真っ直ぐにジュードを見つめている。


『ジュード師匠……』

「えっ、師匠ですか?」


 修行をつけてとらっているとは聞いていたが、まさか師弟関係までできていたとは。


 もっと詳しく聞きたすぎる――でも今は、ふざけている場合ではない。


 ひび割れたステージには、黒、赤、金の鱗を並べるドラゴン3体――混乱の観客席からこちらを見下ろすのは、人間、オーク、レヴナントの神官たち。

 その間には透明な緊張が流れ、ささいな言葉ひとつで戦争が巻き起こりそうな雰囲気だ。


『あっちのお嬢ちゃんはアタシの獲物よ。アンタは一番やばそうなのをやりなさい』


 赤い炎を牙の隙間から吐くゲルダが、唸るロードンに指図すると。


『あの弓、めんどそうだぜ』


 勝気なロードンにしては、珍しい弱音を吐いた。

 アタシたちの天敵――ゲルダがそう称したのは、弓使いの監査官のこと。


 とにかく場が収まらないと、話し合いの気配はない。


「ドラグ様……」

『エメル、大丈夫だから。アレスターのそばにいて』


 いつの間に観客席から戻ってきたのか。黒いコウモリの群れが、身体にまとわりついたかと思うと――ひとつの大きな影が実体化し、私をしっかりと抱え上げた。


「よし。『高みの見物』といこうかの、奥方殿」

「アレスター……でも」


 ドラグなら、もう心配いらない――少年執事の微笑みに、ゆっくり頷いた。

 どうして監査官が裏切ったのか、正直まだ分からない。でも――きっとドラグたちなら、彼らを大人しくさせてくれるはずだ。


「改めまして――シオンが誇る最強種の皆様! 私たちの土地を守るため、神官たちをとっちめてくださいませ!」


 ゲームの中でキャラクターにする命令とは違う、生きた「彼ら」を信じ託す言葉――それを、力強く言い終えた瞬間。

 返事の代わりに、風を切る音が響いた。

 巨大な竜が翼を広げ、草花でできた檻のようなドームが揺れる。


「くくっ、これは見ものじゃ! しかし……ただの竜たちが、仮にも()に仕える者たちに勝てるかの?」

「え……?」


 アレスターの言葉の意味を確かめるまでに、あまり時間はかからなかった。

 まず、最初にレヴィンが呼び寄せた雨雲で、火を司るゲルダの勢いは弱めらてしまった。さらに監査官の放った、『標的を追跡する炎の矢』――あれに、ロードンが手こずっている。


「そんな……」


 最後の希望へ縋るように、地上のジュードとドラグを見下ろすと。


「あれ……?」


 おかしい。

 ジュードが構えを解き、ドラグの鼻先を両腕で押さえている。


「アレスター、あれ、まさか……!」

「うむ……あの時と同じ、じゃな」


 途端に右目が熱くなった。少しずつ黒い泥に覆われていくドラグの横へ、ダイアログが表示される――。


【異形の翼】


 ドラグの意思でコントロールできないほど、彼の力を増幅する半透明のドロドロ。

 それがステージを満たすように、静かに広がっていく。


「グロウサリア卿! 祖先の教えを思い出せ!!」


 もっとも大切なものを心に描くこと――。


「あ……」


 竜化したドラグの顔を、全力で押さえ込んでいるジュードの言葉。それが胸の中で燻っていた「もどかしさ」に火をつけた。

 自惚れかもしれない。でも、夫がのため、私にできることがあるなら――。


「アレスター、私をドラグ様のところへ連れて行ってください!」

「正気かお主!? 許すわけなかろう!」


 暴走しかけのドラグに寄り添えば、彼の心が落ち着くかもしれない――。


「私は大丈夫です。それより、また彼が力にのまれてしまう方が……ずっと、怖いんです」

「エメルレッテ……」


 血のように赤い瞳が丸くなった、その時。

 ドラグの身体を覆うドロドロが、ロードンと対峙していた監査官を撃ち落とした。


「監査官様……!」


 針のように伸びては縮む泥が、次に捉えたのは――。


『ギャス! ちょっと、何よコレ』


 泥は、ゲルダが避けた先――傘をさすレヴィンに直撃した。

 ドラグの身体を押さえ込んでいたジュードも、いつの間にかぐったりとして倒れている。


「そんな……」


 しかしあの泥、観覧席の客や、滞空するドラゴンたちは追いかけていない。


「あっ、コラ! 暴れるでないっ!」

「だって連れて行ってくれないんですもの!」


 きっと大丈夫な気がする。

 ドラグは以前より、あの泥を抑えられている――。

 

「分かった、分かったから動くな!」


 一か八か――。

 石のステージに爪を突き立て、必死に留まっているように見える黒竜の前へ、コウモリたちが下ろしてくれた。


「ドラグ様、私です……エメルレッテ、です」

『グルルルルル……』


 顔が泥で覆われてしまっているが、黄金眼のかすかな光だけは見える。

 得体の知れない呪いが生む、半透明の泥――。

 怖い。

 でも、私が行かなければ。

 彼をこの世の誰よりも“推す”、私が。


「……ドラグ」


 短い呼吸を繰り返しながら、泥の中へ手を入れた、その時。

 自在に広がる泥が、私の全身に降りかかった。


「……っ!?」


 息ができない。

 前も、見えない。

 何も聞こえない――いや。

 自分の胸で大きく跳ねる心臓の音。それから、かすかな何かが聞こえる。


『コレ、ハ……呪イ』

「え……?」

 

 声を絞り出した瞬間。

 流動する黒で埋め尽くされた視界に、女の顔が浮かび上がった。

 新緑の髪、それより深い色の瞳、青みがかった透き通るような肌――エメルレッテ(わたし)だ。

 それに、この薔薇の刺繍が施されたベールは――。


『コレハ、私トアナタヲ守ル呪イ……』


 人のものとは思えない、おぞましい声色。

 背筋を駆け抜ける冷気に、呼吸が止まった気がした。


「え」、という音が、胸から絞り出された瞬間。


「はあっ……!」


 息が楽になった。胸が大きく膨らんだかと思うと、黒い腕に抱き寄せられる。


「エメル……ごめん、戻れた」

「……ドラグ……さま?」


 泥の外に押し戻されたようだ。

 人の姿に戻ったドラグが、こちらを見下ろしている。


「ああ……良かった。ごめん、また僕は……!」


 今、抱きしめられている身体はエメルレッテのもので――なのに。私はさっき、()()()()()()と向かい合っていた。


 頭が鈍く痛む。

 ここは現実。

 夫の熱が、それを教えてくれているはずなのに。


「ロードンが、エメルを僕から引っ張り出してくれたんだ……」


 少し遅れて、ようやく言葉の意味を飲み込めた。

 同じく人型に戻った筋肉竜と美魔女竜は、ドラグの背後でこちらを見守っている。


「感謝の言葉は結構よ、後妻さん。それより、色々説明してくれないかしら?」


 ドラグの暴走で、ステージ上に落ちた神官たちは死屍累々。

 ゲルダは泥まみれで倒れた彼らを指しながら、「なぜ神官たちが割り込んできたのか」、「ドラグの身に起こっていることは何なのか」――まくし立てるように声を上げた。


「それは……」


 しんとした会場を、ふと見上げると。アレスターがなだめてくれた観客たちが、怯えつつもこちらを見つめていた。

 彼らは逃げなかったようだ。誰ひとり逃げず、この混沌と化してしまった「真の領主決定戦」の行く末を見守っている。


 領民(かれら)のためにも、今は立ち上がらなければ――。

 ドラグに支えられつつも身体を起こし、結晶石のマイクを拾い上げた。


『……神官たちが割り込んできた理由は、分かりませんが』


 ドラグの身体から出ていた泥は、謎のスキルのせい。10年以上前、遺跡で起こった事故によって翼が傷ついて以来、眠っていたもの。

 ドラグの「強くなりたい」という思いに呼応して、発現してしまった――。


 私が分かっているのは、それくらいだ。


「そう、あの時の事故で……」

『ゲルダはなにか、思い当たることがあるのですか?』


 するとゲルダは、「事故のことはその場にいなかったから分からない」と、うなだれた。

 あの時ドラグと一緒にいたロードンも、「気絶していて覚えていない」と、ため息を吐いた。


「オレ様が起きた時、コイツは右翼がグチャってて死にかけだった……覚えてんのはそれだけだ」


 ロードンがドラグを見下すようになったのは、怪我のせいで飛行能力が落ちたからではない。せっかく血の滲むような努力でリハビリを遂げ、再び飛べるようになったのに――ロードンはドラグを睨みつけ、うなるように吼えた。


「オマエ自身が勝手に、『オレに劣ってる』と思い込んでやがることが許せなかった!」

「ロードン……」


 ドラグから顔を背け、ロードンは黄金色の炎を吐き出した。


「ようやく、『昔の目』に戻りやがったか」

「え……」


 今のは、もしかして――。

 目を見開くドラグと顔を見合わせ、微笑んだ。


 あのロードンが、ついにドラグを認めたのだ。夫を「腰抜け」と称しては、蔑むような目で見ていた筋肉竜が――。

 しかしゲルダは、夫竜たちから視線を外している。

 この和解を、ゲルダは良しとしていないのか――眉根を寄せる彼女に、声をかけようとした、その時。


「……痛」


 かすかな声とともに、監査官が起き上がった。


「え……?」


 仮面が、外れている。

 

 輝く金髪に、空の青を写したような碧眼。

 出会った時のことが鮮やかに蘇るような、笑顔――。


「ああ、これは……やっと、お顔を合わせてお話しできますね」


 途中からずっと、気づいていた。

 それでも、まだどこか信じられない自分がいる。


 神王に仕える神官。

 シオン領の危機に派遣された監査官。

 そして、資材盗難事件で力を貸してくれた名助手――。


「……イオさん。やっぱり、貴方だったのですね」

次回:「監査官の立場上は、公平であらねばなりません。ですが私は、あなた様のお役に立ちたかったのです」


 エメルに対し、個人としての願いをかける監査官。


 そして、「真の領主決定戦」が終息した後。


「君はずっと一緒だって言ってくれたけど……確信が、ほしいんだ」


 契約婚からスタートした“竜人×人間”夫婦、ついに結ばれる――。

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