65話 真の領主決定戦!【第3幕:ゴーレム綱引き】
『ゴーレム綱引き』とは。
電車ごっこのように綱をつけたゴーレム5体を、先にステージ上の鉄カゴへ移動させた方が勝利――筋肉竜好みの、シンプルな競技である。
『今回も、はっきり勝者が決まるからの。勝者側には500ポイント入るぞ!』
興奮したアレスターの声に呼応して、会場の盛り上がりも凄まじい。
最終的な勝敗が決まるのは、奥様運びの時と同じ、彼ら観客の“推しポイント“次第だ。
『さ、両者位置について――』
「あれ……?」
アレスターの声が遠い。
視界が回る。
これからが良いところなのに――。
身体の傾きを感じた、その時。
肩に黒く硬い手が触れた。
「……ドラグさま?」
「アレスター、いったん休憩いれられないかな?」
さっきの奥様運びで強風を浴び続け、人の身に応えたのだろう――。
視界が真っ青の中、アレスターとドラグの話し声が聞こえてくる。
『人間のお客もいるからの。ここはひとつ、休憩タイムにするぞ』
せっかく観客が盛り上がっているのに、私ひとりのせいで止めるわけにはいかない――そう反論したくても、声はでなかった。
ドラグに甘え、大人しくステージ袖の控室へ運ばれるしかない。
「ごめんね、配慮が足りなくて……」
「いえ、ドラグ様のせいではありませんわ」
本当に、夫は悪くない。この身体が弱いせいで――いや、『エメルレッテ』だって、何も悪くはない。
「あっ……待ってて、水を持ってくるね」
私が俯く様子に、具合が優れないと思ったのだろう。
でも、今はそうじゃない。
ままならないことに、胸が苦しくなっただけだ。
「ややっ! やはりお顔の色が優れませんね」
「貴方は……」
ドラグと入れ違いでやって来たのは、6本の複腕をもつトナーク族の呪術師・カムカム。
彼は前回、過労で倒れた後に回復を担当してくれた。
「念のため、わたくしの手で視ておきましょうか?」
「……ええ。お願いいたします」
あの複腕をワキワキとさせる動きには、やはり抵抗感があるが――健康には変えられない。
ドレスの前紐を解き、胸をはだけさせると。ひとつの手が、吸い付くように心臓の上へ添えられた。
「ふーむふむ、やはりですねぇ」
「やはりって……」
「魂」――そう呟いた瞬間。
彼は頭に巻かれた鎖を鳴らし、深く頷いた。
「ここには誰もおりません。今度こそ、正直にお話しいただけないでしょうか?」
私の身体の中に、ふたつの魂があるという見立て――あれは間違いではないと、カムカムは繰り返した。
「それは……」
この世界で一番信用している夫にすら、まだ話していないことだ。
「私は呪術師でございますゆえ。何かお役に立てるやも」
たしかに、彼ならば「魂」や何やらに詳しいかもしれない。
でも、誰かに打ち明けるなら、最初はドラグに話すべきではないか――。
「失礼します」
凛とした声に、顔を上げると。
ちびドラ仮面――もとい監査官が、背筋を伸ばし立っていた。
いつの間に、そこにいたのか――。
彼はカムカムの手を掴むと、私の胸から引き離した。
「むむっ、何をなさるのです?」
「治療はもう済んだのでしょう? あとは私にお任せください」
監察官は、いつものおどけた感じと違う。
張りつめた空気の中、カムカムは無言でこちらを向いた。「2人きりにして大丈夫か」、とでも言うかのように。
無言で頷き返すと、カムカムは舞台袖から出て行った。
「どうして監査官様が……?」
「急にふらついたでしょう、観客席側からも分かるほどでしたよ」
心配した――そう言って、彼は目の前に膝を折った。
このちびドラ仮面が私を気にかける理由は、正直思い当たらない。
でも、もし彼が予想通り、あの人だとしたら――?
「……監査官様。お聞きしたいことがあるのです」
重い唇を開いた、その時。
鈴の音がリンと響き、監査官が私の上に影を落とした。
近い――退がる間もなく、仮面を半分ずらした口元が、耳元に寄せられる。
「今は何も言えない……ですが」
「……っ!?」
今のは――。
頬に当たる柔らかい感触に、思わずイスから転げ落ちそうになった。
いや、彼に手を引かれなければ、落ちていた。
「あ、あなた、人の妻に……」
たぶん今のは、キス――。
こちらは衝撃で動けないというのに、監査官は笑っている。
「人の妻、ですか」
「そうです! 私はグロウサリア家の妻で……」
以前東屋で私からしたのは、あくまで取引のため。今回のこれは、意味が違う。
顔中へ集まる熱に耐えていると――彼は「ですが」、と口元の笑みを消した。
「貴女が他人と結ばれてしまったら、私は誰と一緒になればよいのでしょう?」
このちびドラ仮面、突然何を言い出すのか。
いや、その前に。
「あれ……?」
今のセリフ、どこかで聞いたような――。
「たとえ今は“推し“に目が眩んでいても。最後の時……貴女は必ず、私を選びますよ」
「最後……?」
仮面の奥に感じる、ふたつの深淵。
不鮮明な好意を『エメルレッテ』に寄せる彼の正体は、やはり――。
「おっと、時間切れですか」
早く前を直さなければ、ここが戦場になる――言いながら笑う監査官の指先を、目で追うと。
「っ……!?」
この男、なぜ最初に言わなかったのか――。
カムカムの診察以来、ドレスの胸元をはだけさせたままだ。
「エメル、お待たせ――」
「マズい……!」
この際、結び方なんかどうでもいい。
とにかく夫が寄ってくる前に、ドレスの紐を手繰り寄せた。
「お、お帰りなさいませ。お水ありがとうございます」
「……君は」
さっそく監査官を見つけたドラグは、彼を睨むように見下ろした。
「……なんの話、してたの?」
「いえ、大したことではございません!」
監査官の雰囲気は、いつも通りに戻っている。
なんとか、スタジアムが焼土になる危機は免れた――万が一不貞を疑われたら、領主決定戦どころではない。
ドラグは無言のまま、まだ監査官を見つめている。
「前から“匂い”が同じだって思ってたんだけど、君は……」
「おや、第三種目が再開するようですよ?」
きっとドラグも、彼の正体に気づいている。
監査官はスーツの襟を正し、「応援しておりますよ」と残していった。
「……エメル、大丈夫?」
「え、ええ……」
もうすっかり気分は良くなったが、顔色が変ではないか心配だ。
頬を手で覆っていると、目の前に白い手のひらが差し伸べられた。
「行こう……僕たちの、最後の戦いだ」
そうだ。いよいよ最終勝負。
今は、ちびドラ仮面のことを考えている場合ではない。
「……はい!」
ドラグの手をとり、ステージへ飛び出すと――どういうことか。すでにドラグ側へ“推しポイント”が入っている。
『ああ、それか? 妻を案じる主人の様子に、ポイントを入れてくれたものがおってのう』
当家の執事の解説に、胸がじんわりと暖かくなった。
“人生の推し”が、どんどんファンを増やしている――良いことだが、やはりちょっと複雑だ。
苦笑いするうちにも、アレスターが『準備は良いか?』と手をふり上げた。
開始を今かと待ちわびていたロードン、そして意外と落ち着いた様子のドラグが、それぞれ並ぶ5体のゴーレムの前で待機する。
『では気を取り直して――「ゴーレム綱引き」スタート! じゃ!』
白熱する会場へ、合図が響き渡った瞬間。
「ふんぬぉおおお!」
まずはロードンが、本気で綱を引きはじめた。
しかしゴーレムたちは、少し傾くだけで動いてはいない。
「それでもアタシの夫なの!? もっと美しく! それでいて腰を入れなさい!」
ゲルダの声に、ロードンは更に力を込めている様子だが――隣のドラグは、綱を引きもせず静観している。
さて、筋肉竜の全力でも動かせない彼らを、夫竜はどう攻略するのか――。
「答え」を知る私は何も言えない。
『そうじゃ! 言い忘れとったが、「竜化」はアリじゃぞ』
アレスターの言葉を聞いて、ロードンは早速元の姿に戻ったが――それでも、鉱石の塊のような彼らは、数センチ動いただけ。鉄カゴの位置までは到底動きそうにない。
「ちょっと後妻さん、質問。これ、協力はアリなのよね?」
「ええ。妻の知恵を借りるのは、ルールの範囲内ですわ」
するとゲルダは、ロードンにアレコレ指示を始めた。
いつも肌のコンディションが悪いだのと文句をつける美魔女竜、存分に悩めばいい――思わず上がりそうになる口角をおさえ、ドラグの方を見ると。
相変わらず、夫は動いていなかった。
あの口元に手を当てるクセ――作戦を考えているらしい。
「まともに運ぼうと思っても、さすがに5体同時はビクともしなさそう……」
「おっしゃる通り。力だけが、領主に必要なものではありませんわ」
企画者である以上、なるべく公平にを心がけていたが――これくらいのヒントは許されるだろう。
アレスターから結晶石マイクを受け取り、追加で放送をすることにした。
『言い忘れておりましたが、「この場にあるもの」ならば、何でも使っていただいて結構です!』
よし、これで完璧に公平だ――。
「つっても、大したもんねーじゃねぇか!」
吼えるロードン。
「シオンの雄竜なら、力で何とかしなさいな!」
檄を飛ばすゲルダ。
また、口角が上がりそうになった。
「力」で解決しようとすればするほど、ドツボにはまるこの勝負――「シオンを力に依らない方法で治めたい」という私の思いに賛同してくれた夫なら、きっと気づくはず。
視線をさり気なく、ゴーレムたちの到着地である鉄カゴへ送っていると。
「あ……」
ステージ上を見回していたドラグが、ついに鉄カゴへ目を留めた。
あれは、太いパイプを格子状に組んで作られた、巨大な収納箱。ゴーレムが乗っても壊れないほど頑丈な、重い鉄製だ。
はたして、ドラグは気づいたのだろうか――アレの使い方に。
グロウサリア家の有する図書館の本を、すべて暗記している夫ならば――。
今にも喋りだしそうな口を押さえ、見守っていると。
「これ、そういうことか……!」
夫は竜化することもなく、鉄カゴのパイプを分解しはじめた。
「あ? 何してんだお前」
首を傾げるロードン含め、会場には疑問符が飛び交っている。
それにも構わず、夫は分解したパイプを横並びに並べていく。
そして、次の瞬間――ドラグの「正解」行動に、会場から拍手喝采が巻き起こった。
『なんだあれは……!』
『ゴーレムたちが、パイプの上を転がっているのか!?』
そう。かつて古代人が、丸太を並べて巨石を運んだように――膝を抱えたゴーレムのおしりをパイプへ少し乗せれば、あとは綱を引くだけ。
等間隔に並べたパイプの上を、巨体が転がるように、どんどん前へと進んでいく。
「な……なによアレ!」
「うぉい、ズルだろ!?」
ゴーレムたち5体をスルッと運んでいくドラグに、ロードンたちが抗議をはじめた。
ここは私の出番だ――。
「あら? 『この場にあるもの』ならば、何でも使って構いませんと申し上げたはずですが」
唖然とするロードンたちに対し、得意げに微笑んだ。ご令嬢らしい高笑いも添えて。
「これは『コロの原理』を活かした、立派な戦術勝ちです!」
「コロ……?」と、ロードンとゲルダは同時に首をひねった。仕組みはともかく、ドラグの機転に対し、会場からは歓声が上がっている。
この企画を練っている時、ふと思い出したのだ。ブラック・ハウジング会社では、イベント準備で重いものを運ぶことも多々あった。そんな時、どうやって運べば楽になるか――幼馴染にして元の世界の同僚・数人とした雑談を。
『ピラミッドは、「コロの原理」で巨石を運んだらしいよ』
取り外し可能なパイプをステージ上に置いておけば、聡明な夫ならば気づくと思った。
『ほほう! 先にゴーレムたちを鉄カゴの中へ入れることができたのは、ドラグじゃな!』
先ほどから、“推しポイント”がドラグ側へ投入される音が鳴りやまない。
そんな中――ロードンはアレスターに「やり直し」を迫り、ゲルダは黙って唇を噛んでいる。
「『真の領主』に必要なのは、『力』ではなく『知恵』……領に起こるもしもへ、臨機応変に対応できる力なのです!」
それをドラグは、領民たちの前で証明した。
この揺るぎない事実に、これ以上異議は唱えさせない――。
以前はロードンを見るだけで震えていた足を進ませ、ドラグの隣へ進み出た。
「エメル……」
そっと、腕に尻尾の先が絡む。
この可愛らしい反応に、毎回顔面が崩れそうになる――。
「いや、認められねぇ」
「はい?」
ロードンの呟きに、首を傾げた、その時。
スクリーンを震わせるほどの咆哮をあげ、筋肉竜人は黄金竜へと姿を変えた。
『やっぱ勝負はステゴロタイマン一択だろうが!』
「ロードン……貴方は」
領民の前で認めさせても、まだ抗う気でいるのか――。
まずい。こうなった時の対処法は、完全に他力本願だった。ドラグ派の種族の方たちが、彼を総出で止めてくれると期待していたのだが。
「だめだエメル、みんなを避難させないと……!」
ドラグの珍しい大声に弾かれ、ようやく気付いた。
シオンの守護神は、やはり伊達ではない――ゴーレムが何体乗っても壊れないと聞いていたステージに、ひびが入っている。
「そんな……」
ロードンを止める方法はないのか――。
目の前の惨状に、全身が固まった瞬間。
「熱っ……!」
ごうっと音を立てる何かが、ドレスの裾を掠め通り過ぎていった。
火の矢だ。
燃え盛る無数の矢が、ステージ上に降り注いでいる。
「”燃える矢”……まさか!」
火の海と化したステージ――燃え盛る音だけが響く中。混乱する観客席からは、仮面の男が静かにこちらを見下ろしていた。
次回:「ドラグ様……いったい、これは……」
「……離れないで。僕があいつと話すから」
まさかの、神官たちによる裏切り――!?
「統治権の曖昧な領は、国への返却義務があります。我々『神域』の民が責任をもって、このシオンを管理いたしましょう」
神官たちの真意とは。
また、立ち向かう夫竜にも異変が起こって……?




