64話 真の領主決定戦!【第2幕:奥様運び 後半戦】
私だけの声では足りない。
だったら――。
現地実況用のマイクをボロネロから借り、深く息を吸った。
『皆さま! 夫へ、いま一度応援の力を頂けないでしょうか?』
マイク越しの音声が、会場の音を拾う結晶石イヤホンから聞こえてくる。
海に浮かんだまま起きない夫のツノを撫で、これまでのことを思い浮かべた。
『夫……グロウサリア家の跡取りである彼と出会った当初、私は彼を誤解しておりました』
ゲームの推しとは、似ても似つかない気弱な竜人。
彼と本物の夫婦になることはない――そう思って、最初は契約婚を提案した。
『ですが、彼の優しさはこの海よりも深く……そして。胸の内に隠した炎は、誰よりも強く輝かしいものでした』
私が一番近くで見てきた。
翼の古傷を憂い、己を蝕むスキルの力に抗いながら、それでも飛び続けたこと。
ロードンを恐れながら、自らこの舞台に立ったこと。
その覚悟を、「弱い」などと笑うことはできない。
『また夫は、シオンを力による支配ではなく、「すべての異種族がありのままに過ごせる楽園にしたい」と申しております』
これはドラグの願い。
そして、私の願いだ。
私を最初に受け入れてくれたノームのおばあちゃん、助けてくれた傭兵五姉妹、ゴーレム族の友人たち――ここはもう、私の故郷とも言える場所。
『どちらかを選ばなければ』――などと言っていた時渡人の言葉が霞むほどに、離れがたい。
『お願いします! どうか、セイレーンたちの歌をかき消すほどの声援を、こちらへ……!』
言葉が終わると同時に、静寂が訪れた。
会場からは、かすかなざわめきが聞こえるだけ。
潮風が、沈黙をさらっていく。
私の願いは、届かなかったのだろうか――。
『……エメル』
甘く低い声で、私を呼ぶのは――頭を持ち上げたドラグだった。
『君の声のおかげで、セイレーンたちの歌が途切れたんだ』
「あれ? そういえば……」
いつの間にか、歌声は聞こえなくなっていた。
浜にいるセイレーンたちは、こちらに手を振っている。
どうやら彼らは歌唱を止め、私の話を聞いてくれていたようだ。
「ドラグ様……」
『うん、行こう』
海水に濡れた翼を立て、黒い巨体が起きあがった。先を行くロードンを見据えて、ただ無言で。
その時――カラン、と耳元で響いた。
「えっ……?」
この音は――会場が見えなくても分かる。観客席のあちこちから、ステージへクリスタルが投げ込まれているのだ。
音が重なっていくたび、胸が熱くなっていく。
『オラたち、領主さまにも世話になっただ』
ディズロムの声が響く。
『ああ。畑仕事の合間に食べる、アイツの飯は悪くなかったな』
『もう! 素直じゃない弟でごめんなさい……で、でも、領主様の海鮮ドリアは絶品でした』
いつの間にか会場へ戻っていた、エルフ姉弟の声も。
「みんな……」
知らなかった。
“人生の推し“が、みんなにとっても推せる存在になっていたなんて――。
きっと彼自身も気づいていなかったに違いない。声援が大きくなるたびに、ドラグはみるみるスピードを上げていく。
『おお、これはこれは、翼の傷がまるで嘘のようですねぇ!』
以前、ドラグの傷のことを相談したトナーク族の呪術師、カムカムの声だ。
これまで出会ったみんなが、私たちを信じてくれている――。
きっとドラグは、これからもっと速くなる。
本気飛行の最中、私が邪魔にならないようにしなければ。
振り落とされないよう、より強く、髭を身体へ巻き付けた。
『いくよ』
「きっ……」
ドラグの急降下に、悲鳴が押し戻された。
谷間に吹く猛風と、切り立つ地層の壁――ついに入ったのだ。最後の難所、崖エリアへ。
竜の巣と呼ばれる、ドラゴンたちの古来からの住処。本気のスピード勝負に相応しい場所だ。
「あっ、見えた!」
黄金の鱗が、太陽を反射している。ロードンの小さな影は、すぐに大きくなっていった。
『んだぁ!? 追いついてきやがったのか!』
振り落とされそうな勢いで、ドラグは飛んでいるが。余裕を見せていたロードンも、速度を上げていく。
本気のスピード勝負、負けていない。
距離が縮まらないのがその証拠だ。
ただ――このままだと、追い抜くことは難しい。
「ドラグ、さま……すみ、ません!」
作戦がわいてこない――なんとか、ドラグの耳元で伝えると。
『大丈夫、僕に考えがあるんだ』
彼は旋回し、崖エリアから少し外れた林の方へ入っていった。
この方向は、たしか――。
『子どものころ見つけた、エルフの森に繋がる抜け道……』
「……!」
風圧で声を出せないが、心の中で「ナイス」と叫んだ。
いける。このまま行けば、まだ――勝てる!
風が止み、大樹の森が見えてきた。ドラゴンの勢いに煽られ、揺れる木々の中――いた。
「やりました! さっきよりも、距離が縮まりましたわ!」
黄金の鱗は余裕でトップを独走していたが、こちらの姿を捉えると、翼の羽ばたきを小さくした。
『おいおいマジかよ……掴まってろゲルダ!!』
「誰に向かって言っているの? アンタの全力なんて、両手放しでも余裕よ」
もう少し、本当に、あと少し。
急ぎ始めた彼らの背中は、確実に捉えた。
『ぐっ……』
「ドラグ様!?」
スピードが少し落ち、夫の身体が横へ傾いた。
「どうか無理はなさらずに――」
『大丈夫……ここで全力出さなかったら、後悔するから』
黄金の瞳は、喰らいつくようにロードンを捉えている。
気弱で優しいはずの夫――そんな彼が、竜の顔をしているのを初めて見た。
「……はい! 全力で追いつきましょう」
せめて私だけは、彼を最後まで信じなければ。
木の葉と砂を巻き上げながら、風を切る黄金竜。その後ろ姿が、少しずつ大きくなっていく。
やがて興奮状態の声援が、少しずつ届くようになってきた。
会場が、もう近い――。
『『ウォォォォ!』』
ふたつの咆哮が重なった、直後。
完全に並んだ。
「……っ、ロードンッ! うそ、後妻さんたち真横よ!?」
「お先に失礼いたします!!」
ゲルダたちを追い抜いた――勝ちを確信した、瞬間。
『……っ、絶対に負けないわ!』
先にステージへ降り立ち、勝利の翼を広げたのは――ドラグでもロードンでもない。
ロードンの背から身体を伸ばした、小柄な赤いドラゴン――あれは、ゲルダだろうか。
「いえ、お待ちください! こんなの認められませんわ!」
『奥様運び』において、背中の奥様が先にゴールしていいはずがない。そう抗議すると、ゲルダは紅蓮に煌めく炎を吐き出した。
『あーら! そんなルール、最初に説明されなかったわ』
ただ妻を背に乗せ、既定のコースを競って会場のステージ上にゴールすると聞いただけ――悔しいが、ゲルダの言うことは間違っていない。
「……では、勝敗は」
『レースはゲルダ&ロードンの勝ちじゃが、まだ分からん。“推しポイント”次第では、覆る可能性もあるからの』
妙に真面目な調子のアレスターが、肩にそっと触れた。マイクを外した彼は、「惜しかったの」と囁く。
「ええ、でも……」
人型に戻り、ステージに膝をついたまま息を切らす夫竜を見つめた。
ドラグは、間違いなくやり切ったと言える。
それに、少し遠くで片膝をついたまま、息を整えるロードンも。
「ドラグ様、お疲れ様でした」
エルフたちが事前に用意してくれていた、竹筒入りの水を差し出すと。彼は頭を下げ、「ごめん」とつぶやいた。
「君の期待に応えられなかった……!」
「ドラグ様……」
レース前に話したことを、彼は覚えていたようだ。
あの時私は、「このレースは『ロードンに劣っている』というドラグの先入観を晴らすために用意した『ハードル』」と話したが――。
「ドラグ様はもう、ハードルを超えていかれましたよ」
ロードンを恐れず、本気の勝負ができた。
その時点で、もう夫の勝ちみたいなものだ。
「よく戦ってくださいました」
「エメル……」
ようやく、黄金の瞳が穏やかに緩んだ。
自分の弱さを乗り越え、期待以上のところまで飛び立っていった――そんな彼の妻であることが、心の底から誇らしい。
『よぅし、ではレースの勝者に500ポイントを付与するぞ! あとは“推しポイント”次第じゃな』
ゆっくり夫を労る間もなく、集計がはじまる――。
ステージ下へ、カラカラと投げ込まれるクリスタル。あれがせめて800を超えなければ、レースの敗者は逆転勝ちできない。
この会場にいる8割以上が、もしドラグへ入れてくれたなら――祈るように瞼を閉じ、乾いた音を聞いていると。やがて音が止み、ざわめきの波が引いていった。
『ふぅむ、なんとこれは……!』
結晶石スクリーンに映し出されたのは、圧倒的な差――。
『第2種目は、ロードンの勝ち! じゃ』
965対585――応援のクリスタルは、ドラグ側に多くあったものの。「レースの勝者」という明確な事実に、領民たちはロードンへ賞賛の票を入れたようだった。
情だけで動かされないところが、シオンの異種族たちの特性――そう納得しつつも、悔しいものは悔しい。
「……ほんと、ごめん」
「ですから、ドラグ様のせいではございません!」
ドラグは確かに仕事を果たした――慰める間にも、辺りに影がかかった。
振り返ると、もう息を整えたらしきロードンが立っている。
「くっ、くく……」
そういえば、彼はゴールした後からずっと震えていた。
何事かと思えば――ついに彼は、爆発したように笑いだした。
「がっはっはっは! 昔を思い出しちまったぜ!」
ドラグが怪我をする前のこと――ロードンは確か、前もそんなことを話していた。子どもの頃にもドラグと勝負したことがあり、その時はドラグがロードンを負かしたと。
「昔のテメェは極上だった。テメェの強さに憧れた……あん時のことが、ちっとばかりよみがえったわ」
「ロードン……」
ドラグは笑いの止まらないロードンを見て、目を丸くしている。
「だが、勝ったのはオレだ。オレこそがナンバーワンだ。いいか?」
次の勝負で勝った方が、「真の領主」――吼えるロードンに、ドラグは真っ直ぐ、「うん」と返した。
ドラグはもう、まっすぐにロードンを見ている。
ロードンの声色にも、以前のような威圧はない。
あの全力で挑んだ闘いが、彼らの間の何かを少しだけ変えたようだ。
「それで、次の勝負は何なのかしら?」
夫竜たちの様子に、ゲルダは顔を曇らせていた。
彼女も、彼らと幼馴染のはず――それでも、何か思うことがあるのだろうか。
彼女の不機嫌な声に対し、アレスターはいつもの笑顔で口を開いた。
『次もシオンの筋肉竜――おっと、守護神にご納得いただける競技じゃぞ!』
彼の合図で、次々にステージ上へ現れるゴーレムたち。それも、身体が他の個体と比べて明らかに大きい。
『エメル、みんな、連れてきた』
「ご協力感謝いたします、シカク!」
真っ青ボディのシカクが率いるゴーレムたちの中には、彼の父親ランド社長の姿もある。
「社長にまで、こんなことをお願いしてしまって……」
『遠慮するな領主代理! 貴様は我が社の大切な資材を取り戻してくれたのだ! 協力は当然のこと!』
本当に、シオンの種族たちは認めた相手に尽くしてくれる。
彼らはそれぞれ5体ずつ、ドラグとロードンの前に体育座りになった。
「ああん? なんだコイツらは」
アレスターが宣言した通り、次もロードンに納得してもらえるような勝負。
私の用意した最後の切り札――「力比べ」だ。
『第三種目は、ゴーレムの「綱引き勝負」じゃ!』
次回:会場の熱気冷めやらぬ中、『ゴーレム綱引き』いざ開始!
と、思いきや……?
「あ、あなた、人の妻に……」
たぶん今のは、キス――。
エメルに近づく監査官。
「貴女が他人と結ばれてしまったら、私は誰と一緒になればよいのでしょう?」
元の世界を連想させる、ちびドラ仮面の正体とは――?




