62話 真の領主決定戦!【第1幕:劇的ビフォーアフター】
アレスターにお願いして、トウキョウトから取り寄せてもらった「シビュラ最先端ファッション」――プリクラのコスプレ衣装と同じラインナップなのだが?
『あ、あのような服が、人間のあいだで流行っている衣装なのですか? 私には、とても……』
『姉さんなら、どんな服装でもお似合いです!』
結晶石レンズに抜かれているエルフ姉妹を筆頭に、観客たちは楽しんでいる様子だが。
隣の美魔女竜は、肩を震わせている。
「なんであの吸血鬼に用意させたのよ!」
「まさか、ここまでセンスが壊滅的とは思わなくてですね……」
ゲルダの言い分はもっともで、反論できない。
チラッとステージ横の実況席を見やれば、『なんじゃ!』とショタじじ吸血鬼が牙を向いた。
『親切な業者経由で取り寄せたのだぞ? 文句を言われる筋合いはない!』
そういえば。アレスターはグロウサリア家に勤めてから、何百年も燕尾服かパジャマしか着ていないと言っていた。
きっと、その業者に騙されたに違いない――。
「えっ? なに……そんなに奇抜な服なの?」
目隠しのまま尻尾を丸める夫竜の手を取り、「大丈夫です」と囁いた。
「この中から、ドラグ様に似合うコーディネートを掘り出してみせますわ!」
観客は珍しい衣装に盛り上がっているし、どれを選ぶのかワクワクしている。今さら「やり直し」、なんてことは言えない。
とにかく、ここから選ぶしかない――覚悟を決め、ネタ衣装の詰まったクローゼットへ向き直った。
相手はカリスマモデル。メイクも、自身の経営するキャバレーで慣れている。真っ向勝負ではまず勝てない。
「だったら……」
とにかくギャップだ。
悲しいことに、現時点でのドラグに対する領民イメージは、「5年間引きこもっていた臆病な竜」。
それを覆すような、とっておきを仕込まなくては――。
元の世界での服装は、だいたいコンサバ系。
選ぶのも店員さん任せで、ファッションのことは正直分からないが――推しのコーデだけには自信がある。
そう、あの「ドラグ様専用・シークレット衣装」を思い出せばいい。
「アレに近いジャケットと、シャツはこれで……」
異様に早くクローゼットを閉じたゲルダが気になりつつも、衣装の選択を終えた。
次はいよいよ、移動更衣室での試着とメイク――なのだが。
「かっ――」
私の選んだ衣装へ着替えた夫を、直視できない。
「イケメン」、「モデルみたい」などという、ありふれた言葉で表現することもおこがましいほどに眩しい――。
「……エメル? メイクの時間、終わっちゃうよ」
「あっ、は、はい! ただいま」
これ、メイクの必要あるのだろうか。
改めて見ると――白くきめ細かい肌に、ほんのり色香の漂う切れ長の目。
目の下のクマと色の悪い唇を補正すれば、素材のまま十分戦える気がする。
直視したら、顔の輝きで目が焼かれる。
でも、見なければメイクできない――。
ひとりで勝手に悶えていると。
「……君を信じてるけど。ちょっと怖いんだ」
僕が着飾ったところで、笑いものにならないか――そう言って俯く夫竜の顔へ、思わず手を添えていた。
「……エメル?」
「あっ、ええと」
夫が不安に苛まれている。
こんな時、私にできることはなにか。
ドラグが喜びそうなことといえば――。
「もし、自信がもてないとおっしゃるなら」
息を深く吸って、止める。
こちらを見下ろす黄金の瞳を避け、白い頬へ顔を寄せた。
触れたか触れないか分からないほど、一瞬だけ。
夫の頬へ口づけた直後。
発火しそうな顔を背けた。
「……これで、頑張ってきてくださいませ」
手が、足が震える。
前にもしたことがあったのに、まったく慣れる気がしない。
「……エメル」
脈打つ身体に、黒い腕が巻きついた。
「ありがとう……」
耳をくすぐる息が、熱い――。
こんなことをしている場合ではないのに。
いつまでも、このまま腕の中にいたくなる。
『よし! 時間じゃ』
危なかった――。
アレスターの合図がなければ、戻って来られないところだった。
「……参りましょう、ドラグ様!」
「うん……」
名残惜しいのは、お互い様だったようだ。
見目麗しい夫に黒いマントを羽織ってもらい、いざステージへ飛び出した。
『うーむ。両者とも、首の上は普段とそう変わらん様子じゃな。では、まずドラグから!』
マント・オープン――!
合図とともに、ドラグがマントを脱ぐと。
場が、一気に静まり返った。
えっ――私、やらかした?
元の世界のゲームではレアだった、「ドラグ様専用・シークレット衣装」を完全再現したと思ったのだが。姿形がそれぞれの異種族にとって、これはウケなかったのだろうか――。
目の前が真っ青になった、瞬間。
『良すぎて、一瞬声出なかったわ』
『うん……黒竜を見る目、変わった』
女性たちの歓声が一気に加熱し、スタジアム全体が包まれた。
スクリーンに映る彼女たちの連れは、面白くなさそうにしているが――この反応は狙い通り。
いや、それ以上だ。
『では、奥方殿にコーディネートのポイントをお尋ねしようかの』
これは『幻想国家シビュラ』上における推しのドラグ様専用シークレット衣装「古の竜騎士」に、限りなく寄せた衣装。
普段の引きこもりとは一変、「戦う姿」を連想させる、劇的ビフォーアフターである――。
『彼の姿を“推せる”と思われた方! ぜひクリスタルをご投入ください!』
すごい――女性たちが、彼に熱視線と声援を送ってくれている。
たとえ異種族だろうと、「ギャップ萌え」は理解できるのだ――つい、目が潤んでしまう。
「……エメル、すごいよ! 睨まれたり、無視されたりすることはあったけど」
こういう目で見られるのは初めてで、逃げ出したくなる――そう言って顔を隠すドラグの背を、ほぼ全力で叩いた。
「堂々と見られてくださいませ! 今のあなたは、誰が見ても『カッコいい』のですから」
「エメル……」
夫がモテる姿を見るのは複雑――ということは、絶対に秘密だ。
沸き上がる会場を見渡していると。今度は、男性の歓声が女性の歓声を打ち消した。
「なっ……!?」
隣のブースのロードンが、ついにマントを脱いだのだ。
これほど男性の注目を浴びるなんて、いったいどのような着こなしなのか――。
振り返った先にいたのは、筋肉ムキムキのポーズをとった、上裸竜だった。
「……って! 衣装はどうしたのですか!?」
抗議するも、ゲルダは堂々と胸を張っている。
「だって、アタシのセンスに合う服が皆無なんだもの。そ・れ・に。これが、『夫の美しさ』を一番生かした結果よ」
たしかに、見惚れるほどの筋肉美――人族を超越した胸筋に上腕二頭筋、すべて惜しみなく見える裸が、ロードンという素材を生かす最適解。
ゲルダの選択に、納得せざるを得ない。
「でも、これコーディネート対決なのですが?」
『細かいことは言いっこなしじゃぞ、奥方殿。さ、みなの者! 引き続き、「推せる」と思った方へ、手元のクリスタルを投げ込むのじゃ』
アレスターの合図で、一斉に投票がはじまった。
ぱっと見た様子では、女性・雌はドラグ側、男性・雄はロードン側へ入れている印象だ。
女性陣の歓声が静まり、無数の石が容器に吸い込まれていく音だけが響いている。
はたして、集計結果は――。
『な、なんと……これは!』
アレスターが結果を読み上げる前に、結晶石のスクリーンに表示された票数は――。
「え……まさか、そんなことって……」
525と525。完全な五分。同点だ。
計算が間違っているのではないかと抗議すれば、アレスターから集計が正しいと言える「根拠」が返ってきた。
番いで来ている観客が多く、女性がドラグ、男性がロードンと割れた結果、キレイにまっぷたつになったのだと。
『ありゃ演出だべか?』
『しっ……パパ、エメルがそんなことするはずねぇべ』
オーク親子たちをはじめ、スタジアムがざわつき始めた、その時。
『推しポイントの追加、いただけますか?』
はっきりと響いた、この声は――。
巨大スクリーンに映し出されたのは、世界観クラッシャーのちびドラ仮面。監査官が、ノームに紙幣5枚を差し出している。
『推しているのであれば、夫ではなく妻に票を入れても良いのでしょう?』
笑顔で告げる監査官に、視線が集まる。
最後に落とされた、ひとつのクリスタル――。
コツン、と響いた次の瞬間。
画面の数値がひとつ、動く。
「……っ、ドラグ様!」
ドラグのポイントが――いち、増えた。
声にならない悲鳴をあげた途端。
火花が弾けたように、会場が沸いた。
「クソが!!」
悔しがるロードンの声に、思わず口角が上がる。
「あの人間、シオン領の監査官なんでしょう? 本当に公平なのかしら!?」
怒りに満ちたゲルダの咆哮も、今は心地よく感じる。
それでも、誤解のないよう言っておかねば。
「監査官様は公平のはずですわ!」
そうでなければ、グロウサリア家に圧力をかけるような真似なんてしないはず――彼はシオンを統治する者の立場が揺らいでいるのを見て、領査定に入ったのだから。
「ね、ドラグ様?」
「……あ、うん」
振り返った先の夫は、歓声に包まれながらも、どこか浮かない顔をしていた。
はたしてこの勝利が、自分の実力によるものなのか――そんな顔だ。
「何か心配ごとでも?」
「え? う、ううん! 別に……」
大丈夫。
かすかに震える手に指を絡め、言葉ではなく温度で伝えた。
彼の不安を自信に変えるための一手を、この後の競技に託しているのだから――。
『さ、勝負はまだ2回も残っておるからの、次行くぞ!』
ステージ上で暴れるふたりの竜をもろともせず、アレスターは強引に締めてしまった。
さすがはグロウサリア家執事――彼の合図で、次の勝負の幕が上がる。
『注目の第二種目は――「奥様運び」じゃ!』
「待ってました!」と叫んだのは私だけ。
「奥様運び?」と、会場には疑問符が飛び交っている。
『なになに? ほう、今度も夫婦共同ワークで、妻を背に乗せて行う「乗竜レース」ということじゃ』
そこでアレスターから結晶石マイクを受け取り、ざわつく会場を見回した。
『元の世界……おっと。私の故郷のとある国では、夫が妻をおんぶして競争する、「奥様運び」なる障害物競走があるのです!』
ただ速さを競うのではなく、「妻への気遣い」が問われるレース。そして「障害物」によるハプニングで観客も大喜び――といった寸法だ。
時々気まぐれに見ていた「バラエティ番組」の知識が、こんなところで役に立つなんて思わなかったが。
「ふぅん、面白そうじゃん」
「黒竜と黄金竜、実際どちらが速いのでしょうね?」
神官たちのいる方から、声が聞こえた途端。
「……無理だ」
ボソリと、隣から声が降ってきた。
訊き返す前に、震える尻尾の先が腰に絡まる。
「ただでさえ、僕の翼には傷があるんだ……ロードンに勝てるわけがない」
夫の瞳に宿った、覚悟の灯火が消えかかっている。やはり、身体能力を競うような勝負には抵抗があるのだろう。
でも――このままではいられない。
「翼の傷については、もちろん存じております。ですが、私はあえて、ドラグ様に不利と思われる競技を組み込ませていただきました」
「え……?」
ドラグをみんなの前で、「真の領主」と証明させるための戦略ではない。
これはドラグ自身が、「ロードンに劣っている」という先入観を晴らすために用意した、「ハードル」なのだ。
次回:エメルが夫竜のために企画したのは、夫婦の信頼関係が試される競技……!?
『ぁぁぁアアア! 障害物競争っつーのはイライラゲーか!?』
「アンタは気が短すぎるのよ! キリキリ飛びなさい」
波乱の第二種目、「奥様運び」が幕を開ける!




