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61話 真の領主決定戦!【開幕】

 遠くに聞こえるのは、オークたちの雄叫び――。


「……あれ?」


 ふと起き上がると、首筋に当たる小さな息を感じた。

 私を膝に乗せた夫が、穏やかな顔で眠っている。


「ドラグ……ずっと一緒にいたんだ」


 床に散らばる羊皮紙の山に、頬には紙の跡。そしてなぜか、膝に毛布――。

 昨晩は、企画書を書き上げたまま談話室で眠ってしまったらしい。


 当日までに、「真の領主決定戦」の企画書を練り上げたのだ。ご褒美として、このまま夫の顔を眺めていたいところだが。


「……主役を起こさないと」


 その決戦の日は、まさに今日。


 少し幼い寝顔を目に焼き付けながらも、夫に声をかけようとすると――窓を叩く、ゴツゴツという音が響いた。


『エメル、会場、カクニンしてほしい』

「シカクですか? 今行きますわ!」


 もはや「談話室にいるに違いない」と思われていることに苦笑いをしつつ、ドラグを起こす。


「……ん。先行ってて」


 後から来るという夫を置いて、真っ青ボディのゴーレムの肩へ乗った。


 運命が分たれるのは、本当に今日。


 エメル村のホテル前では、オークたちが「ドラグへの応援音頭」の練習をしている。

 そうだ。

 心強い味方が大勢ついている私たちなら、きっと勝てるはず。


 確信と期待を胸に、たどり着いた会場は――。


「わぁ……」


 エメル村の敷地の隣、エルフとゴーレムの森の境界には、植物のツルで編まれた巨大な檻のようなものができていた。


「これ、ぜんぶ植物でできているのですか?」


 一目では見渡しきれないこれは、ゴーレムとエルフが力を合わせて編んだ、魔法の決闘場(スタジアム)。それも、1日限りで解けてしまうという。

 中のステージと観客席は、ゴーレム会社(かれら)の持ち物である石材で作られていた。


『これなら、竜が乗っても、壊れない』

「ええ! 最高ですわ、シカク」


 またステージ上では、クリスタル族たちが忙しなく働いていた。それぞれ魔法で、ステージ上の「巨大スクリーン」と「音響増幅装置」を設置している。


『来たか、領主代理。これで文句はなかろう?』

「ええ! 注文通りの品の納品、感謝いたします」


 パープル博士の発明品のおかげで、ステージ上の様子が観客席までよく伝わる。

 元の世界のライブ会場を思い出すほどのクオリティだ。


「会場はバッチリですわね。あとは……」


 たった3日の周知で、はたしてどれくらいの領民が集まるのか。ノーム族の子どもたちを信じてはいるが――。

 空っぽのスタジアムを、ステージ上から眺めていると。


「あら? この音は……」


 地鳴りに羽ばたき。

 何事かと思いきや――。


「えめる、連れてきすぎたかも」

「え……ええ!?」


 ノームたちの後ろから迫るのは、スタジアムに殺到する多種族の団体様。

 それも、領で見られる種族だけではない。陸や空、そして海から上がってきたと思われる濡れた種族もいる――。

 しかし、これだけの種族がゾロゾロとやって来ているというのに。中でも神官たちは、一際視線を集めていた。


 オークの中でも一際大きい、第三神官ジュード。

 漂う半透明のゴスロリ、第六神官レヴィン。

 彼らに続く変人仮面、第五神官ちびドラ(仮名)。


 逆に、あの団体を目に入れない方が難しい――。


「あれ……?」


 監査官(ちびドラ)が、赤い炎を纏う弓と矢筒を背負っている。

 あれは、以前領査定結果を送り付けてきていた「炎の矢文」を射る弓に違いない。

 でも――武器を持ち歩いているところは、初めて見た。


『領主代理! 今度はこちらの確認だ』

「は、はい! ただ今」


 パープル博士に呼ばれつつも、もう一度監査官を振り返った。


 おそらく彼の正体は――でも、なぜ武器を?


 妙な胸騒ぎがするが、今は時間がない。

 ステージ上の準備へ集中することにした。




 いよいよ、決戦の幕が上がる。


『本日はご来場、まことにありがとうなのじゃ!』


 ステージの中央に立つのは、私と並ぶアレスター。


『実況と司会を務めるのは、このワシ――みんなの愛され吸血鬼、アレスター・クラウディウス!』


 彼が観客に向かって一礼すると、異種族たちの歓声が上がった。

 司会を頼むなら彼しかいないと思ったが、やはり盛り上げ上手だ。


『さっそくじゃが、開幕宣言を領主代理のエメルレッテ・グロウサリア夫人にお願いしようかの』


 スタジアムを埋め尽くす観客の視線が、一気にこちらへ向けられた。

 アレスターが事前に教えてくれた目算によると、観客動員数は千を超えているという。

 さすがに、ここまで大勢の前で話したことはない――喉が詰まり、呼吸が苦しくなってきた。


「奥方殿」

「え……?」


 隣のアレスターが、励ましてくれるのかと思いきや。彼は観客席の一点を見つめて固まっている。

 その視線の先には――。


「ん? あのセイレーン族って……」


 耳元の透けるようなヒレに、青い瞳の超絶美青年――アレスターが給料全投入で推している、キャバレー人気ナンバーワン歌姫ではないか。


「まさか来てくれているとは……思いもよらず、だな」


 珍しくうろたえる彼を見るうちに、なんだか緊張がほぐれてきた。

 今なら、声が出そうな気がする――。

 声を増幅する結晶石を口元に当て、大きく息を吸った。


『ご来場の皆さま! 本日は「シオン領真の領主」を決定する大事な場面にお立ち会いいただき、誠にありがとうございます。それでは――』


 真の領主決定戦、スタート。

 

 宣言と同時に、鼓膜を震わせる雄叫びが方々から上がった。拍手の勢いにのまれるまま、「続いて――」と声を張る。

 推しを見つけてしまったアレスターは、当分声が出せないだろう。


『本日の主役のご登場です!』


 チラッと舞台袖を見遣れば、覚悟の黄金眼と視線がぶつかった。

 大丈夫。今の夫なら、きっと――。


『竜貴族本家の“眠れる竜”、ドラグマン・グロウサリア!』


 どよめきと歓声が沸き起こる中。


()()()だと? ただの引きこもりの間違いではないか!』


 耳慣れたツンデレエルフの声だったが、気づかぬふりで受け流す。


『そして次にご登場いただくのは――』


 ドラグとは反対側の舞台袖を見遣れば、闘志に燃える筋肉竜が、黄金色の炎を吐き出していた。

 今にも飛び出してきそうなロードンの肩を、ゲルダとボロネロが押さえている。


『竜貴族分家、シオンの守護竜! ロードン・ノクサリア!』


 ドラグが引きこもる間、力でシオンを守ってきたロードン――。

 

『うわっ、あの乱暴竜かよ! でも、やっぱカッコいいよな』

『怖いのには変わりないよ……ノームたち、震えてるじゃん』


 客席に設置された結晶石が、観客たちの声を無作為に拾っている。

 一方、警備担当の傭兵ノーム五姉妹は、いつでもナイフが出せるようにステージを見張っているようだ。


『では、主役のおふたりが揃ったところで。勝負のルールをご説明いたします!』


 大きな拍手が巻き起こり、一瞬で凪いだ後。

 猫背の黒と胸を張る金、両方の竜を交互に見ながら、深く息を吸った。


『勝負は三本勝負。各試合にはルールがあり、勝敗は――観客の皆さまに決めていただきます!』


 言い終わらないうちに、再び観客席が湧きはじめた。


『観客に!?』

『そんなの、どうやって決めるんだよ!』


 ちょうど良い疑問に対し、つい口元が緩む。


『入場時にお渡しした、3つのクリスタルをご確認ください。そちらは、クリスタル族からお借りした“推しポイント”の結晶です!』


 推しポイント――もといこの結晶は、彼らの身体から落ちた欠片。

 ステージ外周には、推しポイント投入口がそれぞれ用意されている。


『各勝負の終了後、お手元のクリスタルをひとつ、「推したい」方の投入口へお投げください。最終的に多く集めた方の勝利です!』


「『推したい』とはなんだ、領主代理っ!」


 結晶石を伝わなくても、ジュードの雄叫びが観客席から直で聞こえてきた。

 しかし応える間もなく、横のレヴィンが「応援したいって意味だよ、オッサン」と補足してくれている。


『俺らに決定権があるのは面白いな!』

『うーん、迷う』


 会場からの反応は上々。


『そして、「もっと応援したい!」、という方へご朗報です』


 観客席の通路に点在する、ノームの子どもたちを指すと。観客たちが周囲を見回し始めた。


『各所に配置された移動販売員のノームから、追加の推しポイントがご購入いただけます! ひとつ500ソロン。おひとり様ふたつまででございます!』


 売り子のノームたちが「おまちしてます!」と声を上げれば、さっそく動き出す観客の姿がちらほら見えた。

 野球スタジアムの『立ち売りスタッフ』を参考にした『推しポイント売りノーム』、意外といけそうだ。

 ここまで、観客席の反応はいい感じ――ただ、ステージの方はといえば。


「このオレ様にお遊戯会をやれってのかァ!?」


 ロードンの咆哮に、観客席が一瞬で静まり返った。隣のドラグに至っては、尻尾が小刻みに震えている。

 いつもならば、この迫力に私まで気圧されていたところだが――今回は強い味方がいる。


「黙って従いなさい、ロードン」


 ヒールを鳴らし、舞台袖から現れたのは――。

 ロードンの現妻にして、ドラグの元妻、ゲルダだ。


「ああん!? なんでお前がコイツらの肩持つんだよ!」

「このイベントはビジネスでもあるの。勝負の合間には、キャバレーの宣伝までしてもらえるそうだしね」


 この企画のおかげで、「ただの殴り合い」では得られなかった成果が出る――ゲルダはこちらを見下ろし、真っ赤な唇を持ち上げた。


「これだけの規模なら……ふふっ、悪くない収益よ。まぁ当然、領主の座は私の夫がいただくのだけれど!」


 勝ち誇ったように笑うゲルダを見上げ、「こちらだって」、と声に力を込めた。

 するとドラグの尻尾が、こっそり私の腕に絡む。


「……勝つのは僕らだ。どんな方法だとしても、真剣勝負に変わりない」

「ドラグ様……!」


 まさか、夫があのロードンにまで言い返せるようになるなんて――。

 目は合わせられていないが、それでも大きな進歩だ。

 感動が冷め切らないうちに、強い舌打ちが響いた。


「……言うようになったじゃねーか。いいぜ、やってやるよ」


 ドラグが本気になったこと――それが何より、彼の闘志に火をつけたのだろう。


 こっそり胸を撫で下ろすドラグは、縋るような視線をこちらへ落としていた。


「ドラグ様、緊張していらっしゃいます?」

「……少しだけ。でも、君がいるから」


 だから、なんとかここにいられる――まっすぐな黄金眼に、胸がじんわりと温かくなった。


『よし! 主役が納得したところで、第一種目をはじめるぞ!』


 いつの間にか復活していたアレスターの合図で、ゴーレムたちが運んできたのは――。

 超大型のクローゼットと、移動式更衣室。


『第一種目「コーディネート対決」、これより開始じゃ!』


 領主決定戦で、まさかの「ビジュアル勝負」。観客席含め、ステージ上の竜たちも戸惑っている。


『ふむ、なになに……「妻の選んだコーディネートの意図を汲み、夫は堂々と着こなしお披露目する」、だそうじゃ』


 メイクは各妻担当。

 着こなしを見た観客の「推しポイント」を、多く集めた方が勝ちだ。


「ああ!? んなの『真の領主対決』に何の関係があんだよ!?」


 再び暴れはじめたロードンの前に、胸を張って進み出た。


「領主たるもの、周囲を巻き込むカリスマと気品、そして何より、『相手の意図を汲む察知能力』を兼ね備えていなければなりません!」


 寝不足の頭でなければ、思いつかなかったであろう企画――面白くなる予感しかしないが、もちろん筋は通している。

 ゲルダを振り返れば、彼女は素晴らしいモデルポージングとともに「一理あるわ」、と賛同してくれた。


「……なんかお前ら、仲良くなってないか?」

「「なってない!」」


 声が重なった。

 そっぽを向くゲルダに対し、こちらもつい顔を逸らす。

 彼女とは今も、そしてこれからも、敵同士に違いないのだから――。


『よし、では夫たちが待機する間に、奥方たちはレッツ・コーディネートじゃ!』


 夫竜たちが目隠し・耳栓される中。

 ゲルダと並び、超大型クローゼットへ向き直った。

 アレスターにお願いして、トウキョウトから取り寄せてもらった「シビュラ最先端ファッション」――実はちょっと楽しみにしていた。

 高鳴る鼓動を感じながら、カーテンを開くと――。


「なっ、なによこれ!?」


 どこかの国の仰々しい軍服。

 筋肉メイド(ジュード)のおさがりと思しきメイド服。

 そして、「アイ・アム・ドラゴン」とだけ書かれたクソださTシャツ――そのほかにも、プリクラのコスプレ衣装を思い出す服ばかりが詰まっている。


 なんだこれ、聞いてない――。


 この完全おふざけラインナップから、「人生の推し(おっと)」の勝負服を選べというのか。

次回:『あ、あのような服が、人間のあいだで流行っている衣装なのですか? 私には、とても……』


戸惑うエルフの声をはじめ、奇抜な衣装にざわつく会場――。


「なんであの吸血鬼に用意させたのよ!」

「まさか、ここまでセンスが壊滅的とは思わなくてですね……」


企画者でありながら、夫竜のサポーターでもあるエメルは、公平性を保つために事前確認をしていなかった。


それでも、“推し”をよく知る彼女には秘策があって……?

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