60話 真の領主決定戦!【前夜】
いざ、『真の領主決定戦』――!
と、その前に。
会場の確保に設備準備、大急ぎでの広報も必要だ。そもそも肝心な企画内容がまだ真っ白――決戦の日まで丸3日、やることは絶望するほどにある。
「エメル……徹夜はもうなし、だからね」
「と、当然ですわ!」
正直、徹夜でも終わるか分からないタスク量だが。今の私には、心強い味方が大勢いる。
復興途中のエメル村、その庭先へ集まってくれた、シオンの有志たち――夫竜の肩の上から彼らを見回し、深く息を吸った。
「では皆さま! 各自のお仕事、よろしくお願いいたします!」
まず、夫竜たちが大運動会する会場準備を、ゴーレム魔導式建築会社へお任せする。
『エメルなら、後払い、おーけー』
青い宝石でできた腕を、シカクは頼もしく鳴らした。
「えめる、こーほーは任せて」
ニシカ率いる、人海戦術の得意なノームの子どもたちが広報役。
そして――。
「エメル村職員一同! 誠心誠意、領主さまを応援すんべ!」
オーク族の長ディズロムの号令に合わせ、オークたちは雄叫びを上げた。
「わっ……!」
頼もしい限りだが――鼓膜が破れそうだ。
とっさに耳を塞いだ直後。
一抹の不安が胸をよぎった。
『……本当に分かったのかな?』
先日の会議中の、ドラグの声が頭に響く。
はたしてロードンは、本当に「ルールありの勝負」に従うのだろうか。
「……エメル、どうかした?」
こちらを心配そうに見上げるドラグの、硬いツノをそっと撫でた。
「いえ、きっと――」
大丈夫だ。
グロウサリア家には、ここまで積み上げてきた信頼がある。
それに何より、一緒にシオンを再興してきた仲間たちがいる。
「さぁ、私たちはクリスタル族の鉱山へ向かいましょう」
勝負を盛り上げる会場の設備は、パープル博士の新エネルギーに頼るしかない。
「きっと、渋りつつも受けてくださるはずですわ」
うん、と微笑みつつ頷いた夫は、私を肩に乗せたまま元の姿へと戻っていった。
視界を遮る巨大な翼が風を受け、たくましい巨体が浮かび上がる――。
「……やっぱり、すごい」
『ヒゲ、掴んでおいてね』
人生の推し竜による、安心安全の空中散歩。
何度経験しても、いちいち感動してしまう。が、今はそれどころではない。
鉱山の次も、町の市場に診療所に、エルフの森――回るべきところは盛りだくさんだ。
いっそ、こうなったら――。
「シオン領民の皆さま、どうか、どうか領主代理の夫、ドラグマン・グロウサリアに清き一票をお願いいたしますわ〜!」
低空飛行になったところで、町の市場に向かって力一杯叫ぶと。
『エメル、それ……かなり恥ずかしいんだけど』
やはりと言うべきか、夫竜は「やめて欲しい」と懇願してきた。
ただ、いくら頼まれてもこれはやめられない。
「相手は、シオンのスーパー人気モデルの夫ですよ? こういった地道な努力が勝敗を分けるのです!」
もし元の世界なら。町中でこんなこと、間違いなくできるはずがない。
でも今、私は「シビュラ」にいる。素直で、時に恐ろしくて、たくましい彼ら――幻想種に向き合う時、恥ずかしいなんて感情はどこかにいってしまうのだ。
「どうか、真の領主、ドラグマン・グロウサリアに清き一票を〜!」
お屋敷の玄関先へ戻れたのは、すでに日が沈んだ後だった。
枯れた喉を、早く蜂蜜酒で潤したい――夫に抱えられたままツノを操り、「厨房までお願いします」とお願いしたところで。
「お帰りなさいませ、ご主人様ァァァ!!」
「いっ……!」
爆音ボイスに迎えられ、身体が硬直した。
談話室前の廊下で胸を張っているのは、久々に見る筋肉メイド――オーク族の神官ジュードだ。
「あっ、やっと帰ってきた。ボクたちもう帰るからさ」
そしてこちらは、ゴスロリメイド改め、レヴナント族の神官レヴィン。
相変わらず目の保養になる。
「もうお帰りになってしまうのですか?」
無償労働でお屋敷の管理を頼めて便利――いや、助かっていたのだが。
資材盗難の償いはもういいでしょ、とレヴィンは半透明のツインテールを揺らした。
「うむ! 復興も落ち着いた上に、神域の仕事もたまっているからな」
すっかり忘れていたが。
このメイド・オークたち、シビュラの神王に仕えるスゴい人たちだった――。
この格好を前にすると、そんな情報はすっぽりと抜け落ちてしまう。
「でもさぁ、『領主決定戦』? 面白そうだよねぇ。ドラゴン同士の殴り合いなんて、滅多に見れないじゃん」
「それはたしかに気になるが……」
あ、筋肉が傾いている――。
こちらとしては、このまま居てもらって、お手伝いしてもらえれば非常に助かるのだが。
「次の現場、どうせきな臭――」
「レヴィン!」
ピシャリ、とジュードが遮ったことで、レヴィンは口をつぐんだ。
彼のあの目。
明らかに、“余計なことは言うな”のそれだ。
「ええと……?」
ジュードはこれ以上、口を開きそうにない。
レヴィンに視線をやったところ――。
「おや。楽しそうな企画について、お話中ですね」
どこからともなく現れたのは、ちびドラの面を被った変人――シオン領の監査官にして、神官のひとりだ。
シワひとつないスーツを纏った彼は、ふわりと絨毯の上に降り立った。
「竜貴族本家のグロウサリア家、分家のノクサリア家。公的には、勝ったほうを領主家として再認定いたしましょう!」
監査官の言葉に、ふとドラグと視線を合わせた。
黄金の瞳には今、迷いがない。
きっと大丈夫――そう確信できる。
ただ、心配なことは尽きない。
「ところで……本当に、期間を延長してくださったのですよね?」
前回、このちびドラに領査定期間の延長を申し出たところ。このふざけた面の男――「キス」を要求してきたのだ。
今はドラグの前だ。決して詳細を話させないよう、圧を送りながら答えを待っていると。
「ええ、もちろん! 対価は『頬』へいただきましたので、きっちり1週間延長させていただきますよ」
「対価……? 頬……?」
まずい。
監査官の匂わせワードに、ドラグが「何のこと?」と首を傾げている。
眉根を寄せ、「しーっ」と口パクで伝えたところ。監査官はこの状況を楽しむかのように笑い声を上げた。
「ですが、彼のことはどうするおつもりです?」
彼――ロードンのことか。
シオンを守護する実質的な力を持ったロードンと、ちびドラは言葉を交わしたことがあるという。
純粋な力以外の勝負でロードンは本当に納得するのか――監査官の疑問に、すぐ答えることができなかった。
話し合いの時に、あっさり引いたロードン。
彼のことは、ずっと頭の片隅に引っかかっている。
「それは……」
ジュードに負けず劣らずの筋肉竜がルールに従うかどうかの「鍵」は、企画内容しだい――。
そう、返そうとした瞬間。
耳元に、そっと気配が寄ってきた。
「……っ」
ふと蘇ったのは、あの東屋で彼の頬へ触れた時の、滑らかな感触。金髪の、目が覚めるような輝き――やはり、彼は。
私の唇に価値を見出し、私を無条件に応援するこの姿勢――正直、ひとりしか思い浮かばない。
「貴方、実は――」
言いかけたところで。横から、黒い手が伸びてきた。
「……近くない?」
声を見上げると、ドラグの表情が珍しく歪んでいる。
焦りでも不安でもなく、吼えずに牽制しているような、鋭い瞳――。
夫竜の『嫉妬顔スチル』、思わぬタイミングで手に入れてしまった。
「……尊死ぬる」
「え? いま何か……」
「い、いえ、なんでも!」
慌てて顔を背けると。
「ふふっ、相変わらずですね」
一連のやり取りを見られていたことは、さておき。ちびドラの不思議な言い回しが、胸の奥に引っかかった。
小骨のような違和感ではない。もっと、さり気なく、知らないうちに身体の内側へ侵食するような――。
「『真の領主決定戦』まで、あと3日ですか。タイトなスケジュールですが、貴女のことですから、きっとどうにかしてしまうのでしょうね」
「あ……はい。もちろん、ぬかりなく準備するつもりですが」
結局「勝負が終わるまで滞在する」という彼ら神官にひとときの別れを告げ、談話室に入った。
私に尻尾まで巻きつけて離さない夫を引き連れ、ソファに掛ける――夫の膝に乗せられる体勢で。
「……エメル、君は自分の魅力を自覚したほうがいい」
「なんのお話ですか?」
ちびドラが私に近づいてからというものの、ドラグの機嫌は急降下だ。自信と余裕を見せたあの瞳は、一瞬で光を失ってしまった。
「本当はやっぱり、ああいう明るい人間がタイプなんだ……だから、僕を拒んで……」
「はいはい、椅子は喋らないんじゃなかったんですか――」
そういえば、今。
ドラグは監査官のことを「人間」だと言った。
どうしてそう思ったのか。訊き返すと、声を低くしつつも教えてくれた。
「人間は独特な匂いがする」、と。
いつか、ドラグが魔性ツリーの粒子を、鼻だけで追ったことを思い出した。
やはり竜人族は鼻がいい。
すると、その言葉に間違いはなさそうだ――。
「やっぱり、監査官は……」
さっきは確かめられなかったが。4日後、領査定の結果が出る時に確かめなければ。
「……ふぅ。今は企画を練らないと」
膝裏と背中に存在する、「推しの感覚」を忘れるように、心頭滅却。
ばっちり仕事モードに入ったところで、真っ白な羊皮紙と向かい合った。
「でも、『僕と結婚してよかった』ってあの言葉……嘘じゃないんだよな?」
「はいはい、嘘じゃないですよ」
耳元の囁きにも動じず、殴り合い以外の勝負方法を考えてみるが――。
「いろんな種族みんなが見て楽しめる企画ってなによ!?」
ドラグがどこかへ消えたところで、白紙に向かって叫んだ。
これは、ロードンとドラグだけの勝負ではない。
ゲルダと私が、いかに夫をプロデュースできるか。それが要――などと偉そうに宣ったが。肝心の中身が決まらない。
「シオンの領主は、領民のみんなに決めてもらいたい……」
だから、最初に思いついたのは――「面白いパフォーマンスをした方に投げ銭・応援をしてもらえる」仕組み作り。
言わばこれは、ゲルダと私、それぞれの夫を領民にアピールするエンタメ勝負。ただそれだけでは、絶対にロードンは納得しない。
「あー、頭沸騰しそう」
ペンを投げ出した、その時。
「ひと息、どうかな……?」
頬に触れたのは、ほのかに温かいカップ。
ホットミルク――。
「カフェのイベント企画で徹夜していた時も、差し入れてくださいましたね」
あれからもう、半年近く経つ。
「あの時は、正直ちょっと気を遣ったけど……」
そう呟き、夫は私を再び膝へ乗せた。腕の中に閉じ込められると、少し低い体温が心地良い。
たしかに、あの頃のドラグは、言いたいことをアレスター経由で伝えることもあった。
ほんと成長したな、「人生の推し」――。
「僕が弱いから……じゃないんだよね。僕のために、それからシオンのために、君が考えてくれる企画なんだ」
絶対に勝つ。
そう言って、夫は腕の力を強めた。
昼間は私がドラグの背にしがみついて飛んでいたのに、今はドラグが私に抱きついている。
そう考えると、なんだか笑いが込み上げてきた。
おかしくなるほどの幸せと、それを押さえつける不安――それを同時に感じていると。
「……そうだ」
妻が夫に乗る。
これだ。
決して、ドラグに有利な勝負ではない。
でも、私は夫を信じたい――。
落としたペンを、ひったくるように拾い上げた。
月が去っても、動き出した手は止まらない。
そのまま企画を書き上げる間に、ドラグは何度か私にもたれてきたが――身体に巻かれた腕だけは、決して緩まなかった。
「ふわぁ……もう、げんかい……」
最後の力で企画書を横へずらし、テーブルの上に倒れ込んだ。
瞼を閉じる直前、天井から何か黒いものがぶら下がった気がしたが――もうそんなの、どうでもいい。
今は眠い――。
「よくやったのう、奥方殿」
「んぇ……?」
柔らかい低音と温かい何かに覆われ、夢の世界へと誘われた。
次回:『真の領主決定戦』、いよいよ開幕!
しかし――
「ああ!? んなの『真の領主対決』に何の関係があんだよ!?」
第一種目「コーディネート対決」に対し、不満を露わにする筋肉竜。
エメルはどう説得するのか――?
「当然、クレーム対策は済んでいましてよ!」




