59話 『前妻withD』へご提案
「決闘を“見せ物”にしたい……ですって?」
15分に及ぶ提案の末。
今日も赤髪の手入れがバッチリな美魔女竜――ゲルダは、真紅の炎で資料を焦がした。
「見せ物という言い方はアレですが、真剣勝負には変わりありません!」
「エメル村」のリゾートホテル、その会議室の魔性石スクリーンに映し出したのは、『二対の竜の決闘』を、「ガチンコ」ではなく「エンタメ」勝負にする計画。
話の途中で寝たロードン、会議室をうろつくボロネロ、そして横でメモを取る夫竜――分家ノクサリアと本家グロウサリア。当事者のドラゴンたちは、しばらく無言だった。
ドラグはともかく。ゲルダたちは、「力こそがすべて」という掟を固く信じている。そんな彼女たちをうまく納得させなければ、この計画は成立しない。
スタジアム的な会場に観客を入れて、二対の竜に「ルールあり」の勝負で戦ってもらう――平和的な『真の領主決定戦』。
「それに観客がいれば、勝者が『真の領主』だと、すぐにシオン中から認められます」
そしてここからが、ゲルダを真に釣るための作戦だ。
「勝敗を決めるのは、会場に集まるシオン中の観客です。彼らの票を集めるのは、『夫の力』だけではありません! 『妻の力』が重要なのです」
これは、ロードンとドラグだけの勝負ではない。
ゲルダと私――前妻と後妻が、いかに夫をプロデュースできるか。それが要だ。
「ふぅん? ついに直接対決ってわけね。良いわ、面白い」
「では、『ルールあり』の決闘にご納得いただけるということですわね?」
ゲルダは真っ赤な唇を引き上げ、「いいわ」と燃える髪をなびかせた。
「領主の夫も妻も、本家より優れているって証明してあげるわ。アタシの“美しさ”と“手腕”でね!」
よし――作戦成功。
ゲルダは夫たちの勝負より、自分の力量を示す勝負に乗ってくると思った。
残る問題は――。
「うぉい! 見せ物ってのはどういうことだ?」
目覚めた筋肉ドラゴンは、黄金の目を細めてスクリーンを見つめていた。
まどろみの中でも、話は聞こえていたらしい。
「……私の“力”は、シオンの領民たちと共に築いてきたものです。ギルド&カフェ、インフラ整備、新エネルギー開発、資材盗難事件の解決、そして、この『エメル村』の設立。すべて、ひとりでは成し得なかった成果です」
最弱も最強も関係ない。
みんなの力が重なって、シオンは今、少しずつ盛り上がってきたところだ。
この成果は、「統治者だけの満足」では生まれない。
「内輪だけでなく領民に認められた者こそが『真の領主』になる……ということ、ですわ」
静かに、でも力強く言い返したところ。
「わーったよ。オレ様がナンバーワンだって認められりゃあ、何だっていいわ」
ロードンは牙をしまい、テーブルにたくましい足を投げ出した。
やけに素直に納得したが――。
「……本当に分かったのかな?」
ドラグの呟きに、胸が小さく軋んだ。
争いが避けられないのであれば、それを無秩序な暴力ではなく、“式典”として昇華するの最適解――ゲルダはともかく、ロードンは当日従うのか。
でも、やるしかない――。
シオンの「力こそがすべて」という仕組みを変えるため。すべての種族が手を取り合える領を目指すため。
それにドラグをロードンと戦わせて、また、あのどす黒い泥の力にドラグが呑まれてしまったら――それが何よりも怖い。
「……後妻、この部屋、キノコない……」
ほんと、このイケメン変人竜は――。
しかしボロネロのおかげで、張り詰めていた緊張が少し緩んだ。
「エメル村の食堂に、キノコご飯ならございましてよ」
「キノコ……!」
会議室を飛び出していったボロネロを見送り、真紅のコートを翻すゲルダに向き直った。
もう話し合いは済んだ――あとは、4日後を迎えるのみだ。
「アナタの実力は認めるわ、グロウサリア夫人。けれど、ここはもともとアタシたちの土地よ?」
シオンは、太古からドラゴンが支配する土地――それは重々承知の上だ。
「“力こそがすべて”……それを覆せるっていうのなら、証明して見せなさいな」
真の領主家はノクサリア――そう言って、ゲルダはふっと目を伏せた。
「望むところですわ」
こっちだって、さらさら負ける気はない。
渾身の力で睨み返すと、ゲルダは高い笑い声を上げながら会議室を出ていった。
一方、後に続く黄金のチンピラ竜は、ドラグを刺すように睨みつけている。
「テメェの命もあと4日だ、腰抜けが」
「……っ」
かつてないほどの低音を残し、ロードンは会議室を去っていった。
あの威圧を前にすると、足がすくむ。
でも、純粋な物理力勝負ではなく「ルールあり」に持ち込めたことで、勝率は格段に上がったはずだ。
「はぁ、緊張した」
「エメル……お疲れ様」
テーブルに伏せた私の肩を、ドラグが揉んでくれている。
そういえば――数ヶ月前、ドラグは「トラウマ2点セット」と同じ空間にいることすらできなかったのに。
本当に、彼はどんどん変わっている。
私に触れてくれる時の力も、以前の卵を持つような恐る恐るではない。優しく、でもしっかりと触れてくれるのだ。
「……きもちいい」
「良かった……部屋に戻ったら、全身やってあげる」
神か――?
人生の推しにマッサージをさせるなんて、畏れ多すぎるが。このまま徹夜明けの身体を放置していたら、バラバラに砕けそうだ。
「じゃあ、行こうか……」
「うん」
そういえば。
最近、ドラグの前では「お嬢様口調」を忘れることがある。素のままでいた方が、なぜかドラグは嬉しそうに笑うのだ。
「……エメルでいないと、いけないのに」
「え? ごめん、何か言った?」
「い、いえ! 何でもありませんわ」
巨大な夕陽が、クリスタル族の鉱山の谷間へ沈んでいく。
夫の部屋のバルコニーで、何度か星を見ることはあったが。この時間にディナーを囲むのは初めてだ。
「綺麗ですわね、夕焼け」
「うん……」
何だろう。
いつも反応は薄いが、返事に芯がない気がする。
私より早く食べ終わってしまう食事も、今日はまだ残っていた。
「その魔魚ステーキ、食べないならいただきますよ?」
「うん……」
この夫竜――やはり、聞いていないようだ。
「もしかして、緊張していらっしゃいます?」
そう切り出すと。
ドラグは細いため息とともに、ナイフとフォークを置いた。
「……本当は、覚悟を決めてたんだ。ロードンと……力で決着をつけるつもりだった」
「ドラグ様……」
そうだった。
昨晩――。
『真の領主として、僕がロードンを納得させる……だから』
信じてほしい、とドラグは言った。
私の提案が間違っているとは思わない。
でも、彼の覚悟を私は――。
「でも。君のおかげで、肩の荷が少し降りたよ」
「え……?」
やっと顔を上げたドラグの瞳に、柔らかくも力強い光が灯っていた。
オレンジ色の風が、胸の雲を晴らすように吹き抜ける。
「ご存知のとおり、ケンカとか嫌いだし……ジュードに修行つけてもらって、ご先祖様に黒い泥の制御方法を教わったけど……僕はやっぱり、戦いとか向いてないから」
ナノが「腐ってもドラゴン」と称していたように、この人が強い力を秘めていることは分かっている。
でも、やっぱり――この人の強さは「力」じゃない。
この身体に巡り合ったばかりの頃は、気弱な『推しモドキ』だと思っていた。それがここ数ヶ月で、すっかり変わっていったと思っていたが――本当は違ったのだ。
彼は最初から、ドラゴンに相応しい勇気を秘めていた。
ブナ・カフェがギルドになる前。私を守ろうと、最大のトラウマであるロードンの前に立ってくれたこと。
あの時の震える背中を、私はいつまで経っても忘れられない。
「私……」
薄く橙に染まったテーブルクロスへ視線を落とし、ぽつりとこぼした。
「貴方と結婚できて、本当によかった」
私も勇気を出して、ドラグに向き合おう――決意して、顔を上げた、その時。
緩やかな風が吹くと同時に、黒い手が頬に触れた。
「……っ、ドラグ……さま」
円卓の正面にいたはずのドラグが、いつの間にか私を抱きしめている。少し、息が苦しいくらいに。
そのまましばらく、風の音だけが響いていた。
人間より少し低い温度も、硬い黒髪も、手の鱗も、いつもよりずっと近くに感じられる。
「僕も、君でよかった。いや、君がいい……これからもずっと」
硬い尻尾が足に巻きつくと、好きがあふれてくる。
でも、言えない――。
「良かった」という言葉に嘘はないが、私はまだ選べていないのだ。
『帰るつもりがあるのならば、好意を伝えてはなりません』
私の中に同居している、謎の花嫁――時渡人の言葉が、常に頭から離れない。
そっと胸を押し返そうとすると、その手に優しい熱が触れた。
「ひぇっ」
突然繰り出された、貴族ムーブ過ぎる「キス」。
思わず、雰囲気を一瞬で破壊する声が出た。
「離れないで」
低く甘い声が、耳の奥に響く。
推しボイスと吐息のダブルパンチ――これは死ぬ。健やかに召されてしまう。
「ち、近っ……」
「本当に慣れないね……もしかして、鱗が痛い?」
柔らかい明かりに照らされた表情が、全部あざとく見える。
夕陽マジック、恐るべし――。
反射的に顔を背けると、今度は強引にあごを持ち上げられた。
「ちゃんと、僕の目を見て……教えて?」
「ひゅっ」
呼吸が止まるかと思った。
これまで、どうやって息を吸って吐いていたのか――忘れるほどに、顔がいい。
「あ、あの……このままだと、わたくし死んでしまうので。リンゴ5個分ほど、距離をとっていただけると幸いです」
正しい日本語――いや、シビュラ語になっているのか、最早分からないが。
夫竜へ、そう必死に訴えると。
「……分かった」
今にも頭から食べられてしまいそうな雰囲気から、一変。
ドラグは短い息を吐き、顔を背けた。
「……ありがとうございます」
非道なことをしているのは分かっている。
彼は推し以前にひとりの竜人で、私の夫で、男性で。私を求めてくれている。
でも――。
元の世界か、今の世界か。決めきれないまま、彼にすべて許したとしたら――きっと今より、ずっと傷つくことになる。
「……ねぇ」
「はい?」
呼吸を整え、顔を上げると。
暗い影を帯びた目元に、ふたつの黄金眼が鋭く光った。
「……え?」
知らない顔。
かすかに震える手が、一瞬こちらに伸びてきたが――寸前で握りこぶしへと変わり、私に触れようとはしなかった。
「……何でもない」
どう考えても、何でもないわけがない、「何でもない」。
それでも今は、その先を訊く勇気が出なかった。
ドラグの纏っていた影は一瞬で消え、元の彼に戻っている。
いったい今、何を尋ねようとしたのだろうか――。
日が沈み、肌寒くなってきたバルコニーで摂った食事の後。絶妙な力加減のドラゴン・マッサージを受けている最中も、ドラグは教えてくれなかった。
『貴方と結婚できて、本当によかった』
彼女の言葉が、今も頭から離れない。
ひとり夜風で熱を冷ましても、あの言葉が嘘ではなかったと思えるほど――彼女の目は、真剣だった。
「……でも、どうして」
エメルレッテ。
彼女は領民が信頼を寄せる「領主代理」で、尊敬できる勇気と行動力を持っていて、そして――最愛の妻だ。
『あ、あの……このままだと、わたくし死んでしまうので』
僕に近づかれると死ぬ――やっぱり嫌われているのか、と、前の自分なら思ったはず。
でも今は、少しだけ自信がある。多分彼女は照れているだけだと。
ただ、それだけではないことも分かっている。
「はぁ……何を隠してるんだろ」
「なんじゃ、ため息なんぞ吐きおって」
バルコニーの屋根からぶら下がってきたのは、執事というより、もはや祖父のような存在の吸血鬼。
アレスターは音もなく手すりに腰かけ、ニヤリと赤い唇を引いた。
「……食事してきたの?」
「うむ、少々な。それより主人、なにを悩んでおる」
言いたくない。が――ふと、思い至った。
彼女を紹介してくれたのは、他ならぬ彼だったはず。
「……あのさ。彼女って、僕との結婚話が出る前に許嫁とかいたのかな」
顔を背けたまま訊ねると。
「ほう」と、関心したような、馬鹿にしたような声が降ってきた。
「おった、と言えばおったのう」
「言えば、ってどういうこと?」
妙な言い回しを指摘したところ。
「お主の言う“許嫁”が、どこまでを指すかによるがな」
さて、とアレスターは首を傾げた。
「まさか、あのイオって人間じゃないよね……?」
資材盗難事件の時、エメルの助手をしていた人間の冒険者。
どういうわけか、最初から彼女に言い寄っていたらしいが――。
「それは否、じゃ」
あっさりした答えとともに、アレスターは天井へ引っ込んでしまった。
「あっ、待って……!」
余計な心配が増えただけで、何もわからなかった。
彼女が何を隠しているのか。
なぜ、僕を拒むのか――。
次回:ほんと成長したな、「人生の推し」――。
半分妻、半分親の気持ちで、夫竜を見つめる転生後妻。
「真の領主決定戦」の企画を練る彼女は、そんな夫竜を信じ、彼のさらなる成長を後押しする競技を提案するが……?




