表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/105

58話 ブラックの代償

「自身の力で治すことも、強さ……?」


 そう繰り返すも、ゲルダはこちらを無視して、薬液漬けのボロネロを引っ張り出そうとしている。


「待ってください! 治療を受けなければ、『彼は危ない』と言われたのですよ?」

「でもロードンは、貴女のところの小人さんにやられた傷を自力で治したわ!」


 ギルド落成式の日のことか――。


 確かにあの時、強引に地代を巻き上げようとしたロードンを、ノームの傭兵たちが追い払ってくれた。

 でも、ロードンとボロネロは状況が違う。このままでは死んでしまうかもしれない――。


「『誇り高きシオンの竜』とおっしゃいますけれど。もしこれで貴女の夫に万が一のことがあるとしたら……」

「それまでの(おとこ)だった。それだけのことよ」


 ゲルダの剥き出しの牙に、喉が詰まった。しかし、本当に彼女はそこまで割り切れているのだろうか。

 私が彼女だったら、プライドなんて迷わず捨てるだろう。

 夫のことを一番に考えるのならば――。


「ロードンがいるから、ボロネロはどうなってもいいと?」

「……なんですって?」


 ようやくゲルダの手が止まった。

 蛇のような黄金眼が、今まで見たことのないほどに鋭い。


「ドラグ様のことだって、そうやって切り捨てたのでしょう? お金はもう使い果たしたから、あとは用済みと」


 余裕をかましていた美魔女フェイスが崩れた。


「小娘が、言わせておけば!」


 彼女の赤い鱗が陽炎のようにぶれ、熱を発している。

 集中治療室の中を、黄金の粒子が飛び交いはじめた――いつか見た、彼女のフェロモンだ。

 冷たい汗が額を伝う――。

 でも、引くわけにはいかない。

 

「何も知らないクセに。アタシがどれほど――」


 豊満な胸元で輝く、極光石の首飾り。

 それを握りしめた彼女の目が丸くなり、背後にあるドアの方を向いていた。


「……ドラグ様」


 振り返ると、夫の手が肩に触れた。

 彼の横顔に、もうゲルダへの恐れはない。


「ゲルダ。君はもう、僕の妻じゃない……でも」


 大切な幼馴染――弱々しい声に、目を見開いた。

 ゲルダも呆然としている。


「彼らも同じなんだ。ロードンは乱暴で嫌なやつだし、ボロネロは何考えてるのか分からないけど……『いなくなるのは嫌だ』って思いだけは、昔から変わらない」


 だから。

 大切な幼馴染たちのために、最良の選択をとって欲しい。

 誇りのためではなく、未来のために――。

 ドラグの真っ直ぐな視線と言葉に、ゲルダの肩が震えた。


「あ……ご、ごめん。気に障った……よね」

「昔から、アンタのそういうところが嫌いだったわ」


 ゲルダは、そう早口に言うと。撒き散らしていた黄金の粒子を、赤い翼の羽ばたきで吹き飛ばした。

 そして――。


「……あのスライムに、ボロネロの治療をさせてあげるわ」


 彼女は意識を失ったボロネロの身体から手を離し、彼の土色の顔を見下ろした。

 その目には、不安と焦りが滲んでいる。


「ゲルダ……ありがとう」


 ドラグの消えそうな感謝の言葉に、ゲルダは牙を剥き出した。


「別にアンタのためじゃないわ! いいから早く出て行って。後妻さんもよ」


 ボロネロを見下ろしたままの彼女から離れ、ドラグと治療室を出て行った。

 最強種としての『矜持』。

 それは本物だったのだろう。

 でも――。

 夫を想う彼女の気持ちの方が、静かに、そして確かに輝いて見えた。

 



 日が傾く前には、スライム族の医療師、ポチャン先生の治療が終わった。

 意識を取り戻したボロネロは、生死の境をさまよっていたにも関わらず――。


「ゲルダ、今日も可愛い」


 やはり、このイケメン竜の考えは読めない。

 開口一番がこれ、しかもみんなの前で言えるのだから。


「はぁ……アンタ、心配して損したわ」


 赤い尻尾の先を、こっそり揺らしているゲルダ。


「やいボロ公! 驚かせやがって……今日から鍛え直してやっからな!」


 治療室をソワソワ歩き回っていくせに、強がるロードン。

 この間まであんなに憎らしかったのに。こうして見ると、一妻多夫ドラゴンたちのやり取りが微笑ましく感じてしまう。


「はぁ。私たちもホッとしましたわね」

「うん……ボロネロが回復して、良かった」


 部屋の隅で、ドラグと微笑み合っていると。


「後妻さん、ちょっと」


 すっかり通常運転へ戻った美魔女が、燃える長髪をなびかせながら歩み寄ってきた。

 一瞬、彼女の黄金眼がドラグを見た気がしたが――気のせいだろうか。

 尋ねる間もなく、廊下の奥へと連れ出された。

 夕日が差し込むラウンジには、私たち以外誰もいない。


「……アナタの挑発、ビンタより効いたわ」


『ロードンがいるから、ボロネロはどうなってもいいと?』


 どうやら、あの言葉が彼女の胸を揺さぶることに成功したらしい。


「お優しいことね。アタシたちは後妻さんの邪魔ばっかりしてあげたってのに」

「それは……」


 同じ人を愛した者同士、『大切な人を失う悲しみ』を知ってほしくなかったから――。

 そう告げると、ゲルダは眉根を寄せて「はぁ?」と吐き出した。


「ずっと、不思議に思っていたことがあるのです」


 なぜゲルダは、領主家の妻の証である首飾りを外さないのか――私たちから奪ったそれを、彼女はいつ見ても胸に掲げている。

 最初は自分が新しい領主家の妻であることを知らしめるための、象徴として身につけているのかと思ったが。


「貴女……本当は、ドラグ様を愛していらっしゃったのでは?」


 自分で言っておきながら、胸が苦しい。

 別に、夫の過去へ口出しする気なんかなかったというのに。

 以前、ゲルダから魔法の手紙で挑発された時、柄にもなく嫉妬してしまった。


『過去の女性が何を仰ろうと、今ドラグ様の隣にいるのは私ですが!?』


 あの時は、そう反論したが――何となく、ゲルダはドラグを嫌っていなかったのでは、と思ったのだ。


「違うわよ」

「え……?」


 ふと顔を上げると。夕日に馴染む黄金の瞳が、強い光を放っていた。

 違う――。

 はっきり断言した彼女は、赤い翼を翻して窓辺に向いた。


「私はずっと失望していたの。『領主家の妻』となるべくして育てられた、このアタシが……あんな弱々しい腰抜けに嫁ぐなんてあり得ないって」


 では、どうしてその首飾りを外さないのか――。

 そう尋ねると、意外な言葉が返ってきた。

 ドラグ本人への気持ちより、「本家グロウサリアの嫁になる夢と誇り」への執着があった、と。


「だから本家と分家の立場を入れ替えてやろうと思っただけよ。隣に立つ雄が誰かなんて、どうでもいいわ。ただ、あんな腰抜けだけは許せなかった」


 でも、と町を見下ろす赤竜は続ける。


「今考えれば、無駄なことだったわね。このスーパーモデルの隣に立つものは、みんな霞むだけだもの!」


 本当にそうなのだろうか。

 彼女の真意は分からない。ただ、自分の「後妻」という立場が、今更ながら不安になる。

 頭の中が、まとまらない――そんなこちらに構うことなく、ゲルダはいつもの妖艶な笑みを浮かべた。


「決闘に勝つのだって、私の夫よ。まぁ、よくあの腰抜けさんが受けたと思うけれど」


 本当に、それ以外解決の道はないのか。


「『すべての種が尊重される社会』を築くこと……それが領主代理である私の目指す、シオン領なのです」


 そこにはもちろん、竜人族も含まれる。

 力で決めるだけがすべてではない――。


「尊重の裏には犠牲があるのよ、後妻さん」


 彼女は再び窓辺を振り返り、シオンの町を見下ろした。


「それに力があれば、弱いものだって守ることができるの」


 それは、ドラグも言っていた――「私を守るために力が欲しい」と。


「でも! ドラゴンは力の弱い種族を、シオンの外へ追いやったと聞きました」

「アナタもまだまだねぇ、後妻さん。もっと広く物事を見なきゃ」


 ムッとして、ガラス越しに映るゲルダの笑みを睨み返すと。彼女は冷静に、「たとえば」と呟いた。


「神王の神官が、シオンの資材を盗んだ理由。アナタ分かったの?」

「え……?」


 思ってもいなかった問いかけに、自然と口が閉じてしまった。

 神王の命令だとレヴィンは言っていたが――その後、神王は盗難を命じたのではなく、資材が欲しいだけだったと分かったのだ。しかも本人が直接、資材購入の頭金を私へ預けるほどに。


「じゃあ、どうして連中は資材を集めているのかしら?」

「それは……『何かを建てるため』、では?」


 ゲルダに「たいした名探偵ね」と笑われ、耳まで熱くなった。

 この感じ――名助手イオと、探偵ごっこをした日々を思い出す。


「連中、妙にきな臭いのよね。ホントは関わり合いたくなかったけれど。後妻さんが他所から色んなのを呼んできちゃうんだもの!」


 やはりゲルダは、私がギルドを創ったことに不満を持っているのか。


 しかし神王や神官が「きな臭い」とは、どういう意味なのだろう――。


 ゲルダは答えず、少し紅の剥げた唇を持ち上げた。


「まぁ、今日のところはこの辺にしておいてあげる。このアタシを挑発した、意外にも度胸のある後妻さんに免じて……決闘の日までは、会社を休業させてあげるわ」

「……えっ!」


 あのゲルダが譲歩するなんて――。

 少しは私のことを認めてくれたのだろうか。

 それ以上何も言わないゲルダに続き、治療室へ戻ると。


「世話になったわね」


 ゲルダはぼったくりタクシーで稼いだらしき法外なお金(ソロン)を、ポチャン先生へ渡している。

 一方ボロネロを抱えたロードンは、「アイツはまた隠れてんのか」と、辺りを見回していた。


「だがよぉ、今度は逃げらんねーぜ」


 低く吼えるロードンに、全身が震え上がった。

 シオン最強を謳うドラゴンの瞳は、本気の闘志を宿していたのだ。


「勝負は貴女たちの領査定の日。場所は広いところがいいわ……そうね、エルフ族とゴーレム族の森の境界なんてどうかしら」


 そこはオーク族とエルフ族が最初に戦った湿地だ。


「……ええ、分かりました」


 去っていったゲルダたちから視線を逸らし、振り返ると。


「もう出てきても大丈夫ですわ」


 玄関の影に隠れていたドラグは、無言で私を持ち上げた。

 そのまま家まで運んでくれるのだろう。


「あれ? そういえば……」


 ボロネロを運んでくれたのは、監査官だったはず。いつの間にかいなくなっていたが――。

 次に会った時は、今度こそ彼の正体を突き止めてやらなければ。


「エメル……」

「はい?」


 考え事をする間にも、いつの間にかお屋敷へ着いていた。それもここは、ドラグの部屋のベッド――その上に腰掛けさせて、何をするつもりかと思いきや。

 無言のまま、彼は私の膝へ頭を乗せた。


「かっ……!」


 可愛い、という言葉を全力で飲み込んだ。

 力を求めて闇落ち寸前までいった夫を「可愛い」と称しては、自信をなくさせてしまうかもしれない。


「甘えん坊さんのドラゴンですわね」


 ゆるく瞼を閉じているドラグに、「戦う必要なんてない」と囁いた。


「私たちの力を認めさせる方法を、他に考えますから」


 立派な硬いツノを撫でながら、安心させるように言ったものの。


「ううん……それじゃもう、ダメなんだ」


 夫は身体を起こし、こちらに向き直った。


「真の領主として、僕がロードンを納得させる……だから」


 信じて――。

 まっすぐな言葉と視線に、喉を塞がれた。


「信じたい、ですが」


 ドラグは自身の力の制御ができないことを不安に思い、焦っている。それにロードンと戦うこと自体、彼にとっては逃げ出したいほどに恐ろしいことのはずだ。

 それでも頑張ろうとする夫へ、私は何もしてあげられないのだろうか――。

 右目に宿った【能力鑑定】は、こんな時には使えない。


「じゃあ……」

 

 元の世界で私が培った力――。

 

 ブラック・ハウジング会社で、週末返上のイベント企画をこなしていた【リーダー経験】。

『幻想国家シビュラ』をリリース当初から愛し、重度の課金を繰り返してきた【廃ゲーマー知識】。

 今の私にあるものといえば、その程度――。


「あっ」


 元の世界のイベント、重度課金――。

『最強種族同士の決闘』を、「ガチンコ」ではなく「エンタメ」にしてしまえばいい。


「ドラグ様、これです!」

「え……?」


 私の思考を邪魔しないようにしていたのか、それとも熱量に引いていたのか、黙っていた夫がようやく牙を見せた。


「よく分からないけど……何かいいこと、思いついたの?」

「ええ、それはもう! 『決闘』のルールについて、ゲルダたちは何も言っていませんでしたよね?」

「え……だってそれは」


 言うまでもなく「ステゴロ・タイマン」だから――夫竜が思っていることは、きっとゲルダとロードンも同じはず。

 ならば勝手に、こちらでルールを決めてしまえばいい。


「観客をたくさん入れて、平和的勝負方法にして、面白いパフォーマンスをした方に投げ銭・応援をしてもらえるような仕組みを構築……とにかくあと5日、時間がありませんわー!」

「あっ……エメル!?」


 夫竜の腕から飛び降り、さっそく自室まで駆けて行った。


「ちょっと、どこへ……」


 紙とペンのあるところへ行くまで、待っていられない。並走する夫に向き直り、「つまり」と力を入れた。


「二体のドラゴンのタイマン勝負ではなく、ゲルダと私、2人()()()()が夫をプロデュースするのです!」

「……えっ?」


 目を丸くしている夫の手を取り、自室へ向かって歩き出した。


「ちょっと待って、決闘の話だよね? なんで急に経営の話に……?」


 ダメだ、やっぱりドラグの理解を待っていられない。


「ビジネスの力量勝負にもなり得る『エキシビションマッチ』、これをゲルダは断れないはずです!」

次回:第6章「真の領主~竜貴族のお家騒動~」、開幕!


「『最強種族同士の決闘』を、ガチンコではなく『エンタメ』にしてしまえばいいのです!」


エメルのトンデモ提案を、シオン最強の竜人たちは受け入れるのか……!?


また、試練を経て、夫竜の愛はどう変わっていくのか――。


「君はずっと一緒だって言ってくれたけど……確信が、ほしいんだ」


「シオン領編」最後の章


2025年8月16日21時公開!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ