表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/102

55話 呪術複腕と医術粘液

 ピ、ピ、ピ――。


 暗闇の中に響く電子音が連れてきたのは、どこかで見覚えのある光景。

 真っ白な天井と、点滴バックから伸びる管、胸を不安にさせる音を鳴らす機械。


『私、は……』


 声が出る。

 でも、目以外は動かない。


『ここ、どこ……?』


 森にある鐘楼小屋の屋根の上で、夫竜と向かい合っていたはずなのに。


「そんな……意識が戻る可能性はほぼないなんて」


 この声は――。


『お母さん……!』


 横たわっている身体の左側に、懐かしい気配を感じる。それでも首は動かない。


『お母さん、私! 意識あります!』

「……匡花」


 声が聞こえていないのだろうか。

 母のすすり泣きが聞こえる。


「母さん……俺だって泣きたいけど、今は抑えて。来週までに、次の措置について考えなきゃなんだから」

『お父さん……?』


 私は今、戻っているのだろうか――。

 時渡人が話していた、昏睡状態の元の身体に。


「措置も何も、生命維持装置は外さない! 絶対に諦めないんだから」


 母の叫び声が、静かな病室にこだました。

 想像よりずっと、私の元の身体はまずい状況になっているらしい。


『なのに、私……』


 元の世界に残してきた家族や友人のことを、考えたことは当然あった。それでも、何もかもが夢のような気分で、ここまで『エメルレッテ』を生きてきたのだ。

 母は当然のように、ひとり娘の心配をしてくれている。父も冷静な言葉を発しているが、声はずっと震えている。


『お母さん、お父さん……』


 これがもし、私の夢の光景でないとしたら。

 きっと戻るべきなのだろう。

 でも――。


『あの竜に心を許せば、元の世界との繋がりは完全に断ち切られます――』


 この荘厳な声は、間違いない。


時渡人(わたしもり)……』


 私の魂をこの世界へ運んだという、謎の女性。

 薔薇の刺繍のドレスが目の前に広がり、次の瞬間には病室が消え去っていた。

 真っ暗な空間に、顔のない花嫁が浮かんでいる。


『帰るつもりがあるのならば、好意を伝えてはなりません――そう申し上げたはずです』


 唇を噛みしめていると、時渡人は構わず言葉を連ねた。

 私がドラグに心を傾けていること。そして何より、あの世界のシオンを愛し育てていることを責めるように。


「あなたが私をこの世界へ連れて来たのに!」

『ですが、あの竜に心を傾けているのは其方でしょう?』


 契約婚を提案した当初のままで、都合が良かった――時渡人はそう言って笑った。


「……最初は、『シオンを復興すること』が、私の呼ばれた理由なんだなって思ってた。でも、違うんでしょ?」


『「真の役割」へ導くため、私の魂は其方と共にあります』


 クリスタル族の鉱山で、たしかに時渡人はそう言っていた。

 真の役割とは、いったい何のことなのか。


『ええ。其方は「真の役割」へ近づきつつあります――「ワチ」、この世界の神王と邂逅したのですから』

「え……?」


 ワチくんに会わせることが、この花嫁の目的だとしたら。

 私は最初からずっと、勘違いしていたのかもしれない。

 この時渡人を名乗る謎の花嫁は、シビュラのためではなく、個人の思惑で私を呼んだのではないか――。


「あなた、何者?」


 この世界で目覚めた時、『「廃課金げーまー」の力を発揮して、この地を救うのです』――なんてことを告げられたが。

 今ではあれが、嘘だったと分かる。

 

『……今はまだ言えません。それよりも、其方は己の魂の在り処を考えておくことですね』


「元の匡花」に戻る可能性と、「エメルレッテ」として今の世界を生きる未来――それを天秤にかけろと言う。


「そんな、私は……!」


 この世界(シビュラ)で自分が成し遂げたことの重み。

 自分を受け入れてくれた仲間たちへの愛着。

 そして、夫であるドラグの間に生まれた絆――。

 ぜんぶ、手放せるわけがない。


「でも……」

 

 元の世界で待つ両親を、今の私は泣かせている。

 最後に会っていた幼なじみの数人(かずと)だって、きっと心配してくれているはずだ。


「私、は……」


 選べない――。


 そう口にした瞬間、涙があふれた。

 この世界も、元の世界も、どっちも離れがたい。

 今の精一杯の気持ちを、口にした瞬間。


『では、今は眠りなさい――あなたは今、()()()()()()に見舞われているのですから』

「え……?」


 何のことか、と顔を上げると。

 闇を裂く光が飽和し、視界一面が真っ白になった。




「……あれ? ここって」


 ところどころ剥げたタイルの壁に、石鹸とタオルの並ぶ棚――妙に薄暗いここは、グロウサリア家の浴室だ。

 時渡人は消えている。

 先ほどまでの光景が嘘であるかのように、私はなぜかバスタブの中で――全裸になっている。


「な……!?」


 慌てて立ち上がろうとしたが、身体は重く動かなかった。


『ん? おや、目覚めたんだねぇ』


 子どものような高い声が反響したものの、誰の姿もない。

 もしや、とバスタブの外を覗くと。


「あ、貴方は……」


 蛍光グリーンの塊が、半透明の身体をプルプルと揺らしていた。

 この愛らしい滴型のフォルムは――スライム族だ。


『竜の奥様は過労で倒れていたんだよ』

「え……か、過労ですか!?」


 たしかにここ最近、視界がかすんだり、心臓が苦しくなったりしていたが――まさか、倒れるまでいくなんて。

 己の無理を反省する間もなく、黒い髭をつけたスライムは、『ワシは「医術師」のポチャンさ』と丁寧に名乗ってくれた。


『今はワシの粘液で回復中というわけだ』

「粘液……あ」


 今更気づいたが、身体中が緑色のゼリーのようなもので固められている。

 そのために、バスタブへ入れられていたのか――生暖かい液体が絡みつき、全身ヌルヌルで気持ち悪い。


『ワシに構わず、ゆるりとくつろいでね』

「はぁ……」


 ポチャン先生が雄か雌かはさておき、姿形が違い過ぎる種族の前でならば、裸でもあまり気にならない。

 ここはお言葉に甘え、エステを受けている気持ちで目を閉じようか――。


「ややっ、お目覚めですか!?」

「きゃあっ!」


 床からの突然の声に、絹を裂くような、()()()()()声をあげてしまった。

 バスタブの下からせり上がるように現れたのは、6本の腕を生やした大男。顔に鎖が巻かれた、彼は――。


「トナーク族……!?」


 でも、ゲームでは見たことのない顔だ。


「ええっ! わたくし、トナーク族の『呪術師』カムカムと申します」


 スライム族の医術師のあとは、トナーク族の呪術師――いったい何がどうなっているのか。

 いや、そんなことより。


「出て行ってくださいませ! 人型種族の女湯侵入は認められません」

「んんっ? わたくしは奥様の治療に参った『呪術師』ですから、恥ずかしがらずとも――」

「いいから出て行きやがれですわ!」


「夫を呼ぶ」と騒ぎ立てると、カムカムは首を傾げながらも出て行ってくれた。

 思わずお嬢様口調が乱れたが、致し方ない。

 まだドラグにも見せたことのない部分を人型種族に見せるのは、何だか抵抗があったのだ。


『追い出しちゃったねぇ。アイツには、「釜の火」の役割をしてもらっていたんだけど』

「釜の火……?」

 

 この緑色のゼリーを快適な温度に保つため、カムカムの複腕が赤魔法を発動させていた――ポチャン先生の説明に、納得した。

 だからバスタブの下から、ヌルッと出てきたのか。


『トナークは患部に触れて治療するからね。「胸に触れる必要がある」ってアイツが言ったら、領主様が「他の(おとこ)が触るのは絶対アウト」っておっしゃって』

「ドラグ様……」


 嫉妬してくれているのは、ちょっと嬉しい。

 でも、医療行為まで妨げるのはいかがなものか。


「後でお話し合いをしませんと……そういえば、夫はどこへ?」


 今更だが、気を失う前はドラグと夜の空中散歩をしていたはずだ。

 

『君の夫がシオン中の医療系種族に召集をかけてから、もう2日経つよ』

「えっ……! では、私は」


 あれから丸2日も眠っていたというのか。

 ゲルダのドラゴンタクシー会社をとっちめたり、ドラグの破壊したリゾートホテルの修復依頼をしたりと、やることは尽きないというのに――。


「てことは、領査定まであと3日……こんなことしてる場合じゃない!」

『あっ、君、動いちゃだめじゃないか!』


 身体にまとわりつくゼリーを払い落としながら、バスタブを出た瞬間。


『あたっ!』


 背後から叫び声がした。

 

「大丈夫ですか!?」


 バスタブに当たって跳ね返ったポチャン先生の身体が、少し床にこぼれている。

 流石にこのまま置いてはいけない。

 駆け寄って腕に抱えると、先生はニッコリして、『優しい君なら止まってくれると思った』と口にした。


「優しい……ですか?」

『そうだよ。領主代理の君が、弱い種族も生きやすい環境を作ってくれたんだってね』


 それはギルドのことを言っているのだろうか――たしかに、領内を見回るノーム族の傭兵たちには、「力による喧嘩は止めてください」とお願いしているが。


「そのような話ならば、わたくしにもございますよ」

「うわっ!」


 出て行ったはずのカムカムが、複腕の上腕二頭筋を見せつけるようなポーズで戻ってきた。

 が――頭だけは外を向いている。


「わたくし達は、異種族を受け入れる孤児院を営んでいるのですがね。『エメル村』のオーク殿に、よく野菜を分けてもらっているのです」

「……そうだったのですか」


 領内の食料満足度を少しでも上げるため、「ご近所さんには野菜を配るように」と伝えていたが――。

 

「食べ盛りの子ども達が大勢おりますから、大助かりです。ありがとうございます!」


 実際に感謝の言葉をもらえると、少し重い胸が温かくなる。

 ギルドの創設も、エメル村の施工も、間違いではない。異種族がみんなで協力する社会を、このシオンに築く――やはり「力」だけではダメだ。


「……領主代理として、今後も恥じない働きをするとお約束いたしますわ」


 カムカムが浴室から出て行った後、ゼリーを拭って着替えを終えると、すぐに夫がやってきた。

 目覚めたことを伝えてくれたらしい。


「エメル……!」

「ご心配をおかけし……わっ」


 有無を言わさず、腕の中に閉じ込められた。

 2日も眠っていたせいで、相当心配をかけてしまったのだろう。


「もし君が目覚めなかったらって……ずっと、怖かった」

「ドラグ様……」


 ひんやりとした胸越しに、弱くも優しい彼の温度が伝わってくる。

 縋りつく大きな身体を安心させるように、翼の方へ腕を回すと。尻尾が「離さない」というかのように、腰に巻きついてきた。


「……大丈夫? 変なこと、されてない?」

「はい?」


 急に離れたかと思うと、ドラグは私の身体のあちこちを調べはじめた。

 ドラグの召集で駆けつけたカムカムとポチャン、それぞれの治療内容を不安に思っていたらしい。


「はぁ……ドラグ様? あくまで治療ですから」


 すっかり忘れていたポチャンを振り返ると、彼はバスタブのゼリーを身体に吸収させているところだった。

 最初に見た時よりも、倍以上に身体が膨れ上がっている。


『領主様ときたら、「人の妻に不貞を働く気では?」って大騒ぎだったんだから』


 カムカムの「患部に触れる医術」、ポチャンの「身体に体液を巡らせる医療」に、なかなか同意しなかったという。


「だって……他の(おとこ)の体液を妻の身体に巡らせるとか、絶対アウトだろ」

「ちょっとドラグ様、言い方!」


 冷静にいかがわしい言い回しをしているのが、逆に笑えてきた。

 それほどまでに、私の心と身体も回復してきたのだろう。

 ポチャンと顔を見合わせ、溜め息を吐くと――。


『「竜は嫉妬深い」って、本当だったんだね』

「ですわね」


 もう夜も遅いということで、ポチャンとカムカムは屋敷を去っていった。

 彼らの治療のおかげで、身体はもうすっかり軽い。


「さて、ではゲルダたちへの対処と『エメル村』の施設修復依頼書を作成し……ん?」


 談話室へ向かおうとしたのに、夫は無言で私の身体を持ち上げた。

 そのまま、寝室へと続く階段を昇っている。


「ドラグ様、どこへ?」


 夫はぎこちなく微笑むだけで、何も答えてくれない。

 彼の寝室のベッドへ下されると。隣に腰掛けた彼は、床を見つめたまま青緑色の炎を吐き出した。


「もう、君には当分休んでいてほしい」

「えっ……そんな、どうして!」

「あんなことがあったんだ。口では『大丈夫』って言ってても、君はやっぱり無理をしてたんだって……」


 僕も反省した――苦しげにそう言われて、次が紡げなくなった。

 元の世界だったら、二徹なんて余裕だったはず。

 でも。

 エメルレッテは元々身体が弱いということを、失念していた――今思えば、この身体は「無理を咎める」ようなサインを出していたのに。


「ですが、ゲルダたちの暴挙を止めて『エメル村』の経営を安定させなければ……」


 領査定の合格点に届かない。あのチビドラ監査官に、グロウサリア家の「シオン領統治権」を没収されてしまう。


「うん……分かってるよ」

 

 俯く夫の顔を、強引にこちらへ向かせると。

 静かな覚悟をたたえた眼が、すっと細くなった。

 

「だから、『勝負を受ける』って返事をしたんだ……ロードンたちに」

「…………え?」

次回:「……当分は僕の部屋で休んで」


 夫竜、もとい「人生の推し」の匂いが充満したこのベッドで、転生後妻は朝を迎えられるのか……?


 そして、思いもしないところから、新たなピンチ発生!?


()()()あるのです。奥方様の身体の中に、魂の鼓動が」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ