表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/104

54話 幼なじみドラゴンズ

『背中へ……気を付けて。ヒゲ掴んだほうがいいかも』


 白月に黒竜――幻想的な風景に見惚れつつ、夫の背中へ乗った瞬間。

 すさまじい風の抵抗を受けながら、夫は星の瞬く空へ昇っていった。


「わっ――」

 

 叫び声が風に押し戻される。

 頬が凍りつくように冷たい。

 天井の開いた飛行機に乗っているような、激しい衝撃に襲われる――。


『エメル、大丈夫……?』


 雲の高さにまで到達する直前、夫竜は勢いを落とした。

 ようやく息が吸えるようになり、一安心だが――それよりも。


「楽しい!」


 思わず素で答えてしまったと、気づいた直後。


『……っ、そっか』


 前を見据えた竜は、高い咆哮を上げた。


 笑っている。あの夫が――。


 稀に聞く夫の笑い声に、シオンを一望できる夜景、空を飛ぶ高揚感。

 その何もかもに全身が熱くなる。


『町の灯り、だいぶ増えたね。あっちの光は……ゴーレム族の森かな』


 地上に瞬く白い点の下には、忙しなく動く影がいくつも見えた。あれは、見回りのウェアウルフたちだ。

 夜間動けないゴーレム族の会社を警備する仕事を、今もしっかりこなしているらしい。


「あちらは、オークたちの宿舎ですわね」

 

 屋敷の丘の麓に、農場前の点々とした灯りが見える。

 逆に灯りがまったくないところは、壊れたホテルだろう。みんなで力を合わせ、1日がかりで瓦礫を撤去したばかりだ。

 何となく口を閉じると、ドラグまで沈黙してしまった。


『……ごめん、本当に。そんな言葉では償えないって、分かってるんだ』

「いえ! もう良いのです」


 施設は半壊だが、ゴーレムたちが必ず直してくれる。

 元々荒廃していた土地が、今はこんなにも賑やかになったのだ――私たちがいる限り、シオンに住む彼らは何度だってやり直せる。

 再びそう慰めると――。

 夫竜は無言のまま、高度を落した。


「わっ……!」

『しっかり掴まってて』


 夫が人の姿に戻ったのは、森の中にある鐘楼小屋の屋根の上。

 赤い塗装が剥げかけた屋根板に、並んで腰掛けた。


「ここはどこでしょうか?」

「エルフの森の近く……」

 

 目の前には、ぼんやりと光る青い池が広がっている。


「きれい……ですわね」


 特になんの捻りもない感想を口にした後、張り詰めた沈黙が流れた。

 彼は「うん」と小さく発したきり、青い水面に視線を落としている。

 やはりまだ、昼間のことを気にしているのだろうか――。


「あの、ドラグ様」


 今回の暴走に心当たりはないのか。

 そう尋ねると。


「アレスターから聞いた。昔の事故のこと……君に話したって」


 事故と今回のことは、きっと関係している――確信は持てないが、と付け加えるドラグに向き直り、息を呑んだ。

 きっと今話すべきだ。

 彼が所有しているスキルについて。


「実は、ずっと怖くて言えなかったのですが……」


 クリスタル族の鉱山で、初めて【能力鑑定】のスキルを発動した時。ドラグから、不穏なスキルが読み取れたことを話すと。

 夫は長いため息とともに目を伏せ、「そっか」と呟いた。


「……聞いてくれるかな? あの時のこと」


 恐れを隠すように、そして私の反応を探るように。夫は時々こちらへ視線を向けながら、口を開いた。

 子どもの頃、アレスターの言いつけを破って「太古の遺跡」に入り込んだ時のことを。


「あの時一緒にいたのは、ゲルダ、ボロネロ、ロードン……幼なじみ4体で、忍び込んだんだ」


『度胸試ししようぜ!』


 ロードンが、そう提案したのだという。


「まったく、ロードン(かれ)らしいですわね」

「うん。でも……そのせいで、酷い目にあったから」


 資材を盗んだレヴィンを追い詰めた時。たしかあの遺跡には、結晶石でできた祭壇があったはずだ。

 その祭壇には地下へと続く扉が隠されており、さらにその先には結晶石の棺がある――ドラグはそう言って声を落とした。


「棺には『とんでもない怪物』が眠ってるって、ボロネロが聞いたっていうから……」


 僕も最初は気になった。

 彼は、そう正直に告白した。

 しかし遺跡に行くと分かったゲルダは――。


『お父様に、ここへは行くなって言われたわ。アタシはパス!』


 気の強い彼女らしく、雄竜たちを置いて引き返したという。

 そして残された幼なじみたちが、水晶のような蔦が絡まる、古い石の扉を見つけた後。


『……飽きた。ゲルダ、追いかける』


 相変わらず読めないボロネロも、気まぐれに遺跡を離れた。

 残ったのは、ドラグとロードン――。


『面白くねーやつらだな。テメェはまだ見込みあるぜ!』


 あの頃のロードンは、僕を見下していなかった――彼は、震える声でそう吐き出した。

 そういえば、ロードンは「ドラグが一度ロードンを負かした」と言っていた。

 きっとこれから明かされる過去の事故が、彼らの関係を変えてしまったのだろう。


『オレ様が最初に祠を開けてやる!』


 ロードンは、そう言ってドラグの肩を乱暴に押しのけ、祠の中へ進んだ。

 そして現れた、光る青緑色の棺――。

 まるで生き物のように、半透明の蓋がすっと音もなく開いた。


「……その時、()()が飛び出してきた」


 ドラグの声が、低く沈んだ。

 水面の光を映した夫の白い頬が、さらに色を失っている。


「なにか、ですか?」

「うん……黒くて、どろどろで、半透明の」


 見たこともない生き物、霧、それとも呪いの類か――ドラグの疑問に、ふと今朝の光景を思い浮かべた。

 その泥を、私は実際に目にしている。


「どす黒いどろどろと一緒に、棺の中から……手が伸びたんだ。たぶん、人間の手だったと思う」


『うおっ……!?』


 ロードンが叫んだ直後。彼は、目を見開いたまま意識を失っていた。

 そして。


「僕は、とっさにロードンを守ろうとして……翼を広げた。だけど次の瞬間、激しい衝撃が走って……」


 今でも耳に残っているのは、ぐしゃっ、と骨が軋む音。そして翼を裂かれる痛み。


「痛くて、怖くて……それでも、動けなかった。泥が、僕の身体にまとわりついて、息ができないくらい重くて」


 あれがいつ終わったのかも、どうやって助かったのかも、よく覚えていない――ただ、竜生の中で一番恐ろしい時間だった。

 そう残して、彼は一度口を閉じた。


「ドラグ様……」

 

 震える夫の肩に、手のひらを添えた。

 彼の勇気を振り絞った告白を邪魔しないよう、さり気なく。


「気がついたら、ロードンと二人で遺跡の中に倒れてた。何事もなかったように……でも。確かに、あの時僕の翼は傷ついたんだ」


 揺れる黄金の瞳が、折り畳まれた黒い翼に向く。


「今朝、自分の身体が思うように動かせなくなった時……アレと似た泥が、身体からあふれてきたんだ」


 ドラグの言う通り、禍々しい謎の泥が、彼の全身から垂れていた。


「あれは……なんだったんだろう。君が見た、僕のスキルに関係あるのかな」


【異形の翼EX】


 ゲームのシビュラをやり込んだ私でも、見たことのないスキル。


「それが暴走に関係しているかは、定かではありません。でも……」


 関わっている線は濃厚だ。


「ロードンは、棺を開けた時のことをまったく覚えていないのですか?」

「うん……何も覚えていないって。でも僕は、ずっと忘れられなかった。怖くて、情けなくて……本当に、嫌になるくらい」


 あの時の恐怖の記憶と、翼に残った傷。

 それが彼の心にまで侵食し、すべての自信を失ってしまった――しかも居合わせたロードンは何も覚えていないと言うのだから、もどかしくて仕方ない。


「遺跡を調べれば、何かわかるかもしれません」

「でも……今は、それどころじゃないだろ」


 領主の座をかけたロードンとの決闘に、領査定の日だって迫っている。

 冷静な言葉に、それ以上先が紡げなくなった。

 ドラグのことは、初代ドラグマンに任せるしかないのか――。


「でも、本当に決闘をお受けになるのですか?」


 夫が自信をなくしてしまった理由は分かった。

 そんな壮絶な過去を経ても、彼が今変わろうとしていることだって、分かっている。

 でも――不安定な今の彼が、ロードンに勝てるのだろうか。

 いや、そもそも力で勝負をつけること自体が間違っている。

 

「僕が臆病で非力で、力の制御もできない未熟者だって……そう言いたいんだろ」

「いえ、違います! ただ」

「……ただ?」

 

 相変わらずジメジメしたドラグに向き直り、硬い鱗に手を添えた。

 冷たいのに、温かく感じる――初めて触れた時のことが、懐かしい。


「私、ここに来てから貴方の良いところ、たくさん見てきました」


『人生の推し』と言っても過言ではない彼の魅力は、「力」ではない。

 突然異世界で目が覚め、戸惑っていた私に、ホットミルクを作ってくれたこと。

 恐怖を押し殺して、私をロードンたちから守ってくれたこと。

 資材盗難の犯人探しの時だって、行き詰まった時には一緒に答えを探してくれた――挙げればきりがない。

 

「さっきだって、とても素敵な空中散歩に連れ出してくださいました」


 すべてを言い切ると、夫はゆっくり顔を上げた。

 暗闇でも明るい光を放つ瞳が、今にもこぼれ落ちそうに潤んでいる。


「飛ぶのはどのドラゴンだってできるよ。ボロネロの方が、僕より上手く飛べるし……」

「でも、ドラグ様の背中じゃなければ乗りませんでしたよ?」


 ドラグだったから、安心して身を預けることができた。

 濡れた頬に指先を伸ばし、そう告げると――。

 ふだんは陰気か凛々しいに振りきれている顔が、ふにゃっと笑った。


「……っ!」

「エメル!?」


 稀に見るSSレア・スマイルに、一瞬意識が遠のいたらしい。

 いつの間にか、ドラグの腕に支えられていた。

 近い――これ以上鼓動を感じる距離にいたら、今度こそ意識が落ちる。


「急にどうしたの……?」


 すっかり笑顔が消えてしまったドラグが、こちらをのぞき込んでいる。


「そっ、そんなお顔もできるのですね……」


 視線を逸らし、震える声でそう呟くと。

 顔を隠そうとした手を、少し強い力で掴まれた。


「……もしかして、照れてる?」


 不安げだった顔に、いつの間にか笑顔が戻っている。

 

 尊い――。

 

 胸の前で手を組み、瞼を閉じた。

 その笑顔を、瞼の裏へ焼き付けるために。


「エメル……僕も、君に笑っていてほしい」

「ひぇっ!?」


 思わぬご褒美ボイスに、瞼を開けた瞬間。

 

「……あれ?」


 視界一面、真っ青になっていた。

 ドラグの顔が歪み、消えていく。


「エメル……!? やっぱり、どこか具合が……」

 

 声が遠ざかっていく。同時に、ピ、ピ、ピ、と規則的な電子音が響いている――。

 いったい、何が起こっているのだろうか。


『生命維持装置を止めるって、どういうことですか……?』


 ガラス越しのような誰かの声が、頭の中に響く。

 なんだか懐かしい声――。

 いや、そんなことより、今は気をしっかり保たないと。


(きょうか)はまだ生きているんですよ!?』


 私の、本当の名前。

 あの声は――。


「お母さん……?」

次回:私は今、戻っているのだろうか――。時渡人が話していた、昏睡状態の元の身体に。


『己の魂の在り処を考えておくことですね』


「元の匡花」に戻る可能性と、「エメルレッテ」として今の世界を生きる未来――転生後妻の決断は……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ