47話 レビュー:星1
『農業で鍛錬』
『極上リゾート』
『ジョブカフェ』
神官たちが考えてくれた3つのプランは、どれも外せない。
「だったら、全部採用して『ゲーム』にしてしまえば良いのです!」
神官やリーダーたちを見まわし、テント中に声を響かせると。彼らは「ゲーム?」と首を捻った。
たぶんこの世界に、元の世界のような電子機器は存在しない。が、もっとルールが単純明快な、チェスのような盤上ゲームの存在は確認している。
ならば、「ゲーム感覚の体験農業システム」を説明するのに支障はないはずだ。
「まず最初に3つのプランから、お客様の需要に合ったものを選んでいただきます。そして同じプランを選択した方々がチームとなって、作物の収穫高などを競うのです!」
プランの選択は、いわば冒険の最初に所属するギルドを決めるようなものだ。
そして1ヶ月単位などで成果を集計して、もっとも優れていたチームには特典を付与する。
「これならリピーターを増やしつつ収穫高を上げられると思うのですが、いかがでしょうか?」
紙に書き起こしながら、順を追って説明すると。
ドラグとちびドラ神官は頷いてくれたが、両チームのリーダーと凸凹神官は「つまり?」と口を揃えた。
「えっ……そんなに分かりにくかったのでしょうか?」
幾度とプレゼンをこなしてきた元社畜ですらも、オークたちを納得させるには力不足だったか――。
肩を落としていると、「僕には分かりやすかったけど」、と大きな手が背中に触れた。
「実際にやった方が早いんじゃない……? どのプランも採用するなら、彼らに異存はないだろうし」
「ドラグ様……」
こういう時に、肯定してくれる存在がいると安心する。
背に添えられた夫の手を取り、「ありがとうございます」と微笑んだ。
「では細部を練り直して、実際に『プレオープン』してみましょう!」
いざ計画が本格始動すると、「やるべきこと」が山ほどのしかかってきた。ここまで大きな施設の計画から立ち上げまでを担当するのは、前の世界を通してもこれが初めてだ。
経営チームのリーダーであるカナメロに手伝いを頼み、計画表を詰めていく。
「ゴーレムたちに宿泊棟の増設を依頼して、オークたちはシンシアから接客の訓練を受けてもらって……」
「エメル……パパたちに接客とか、できっかな?」
カナメロの不安はもっともだが、「できるかな?」ではなく、「できる」状態になってもらわなくては困る。
「ディズロムさんたちも生活がかかっていますから、きっと必死に勉強してくださいますわ」
汗を拭い、紙の上から視線を上げると。常設テントの外では、エルフやノームたちが畑に手を加えていた。
オークたちが強靭な肉体と体力を生かして耕した畑には、すでにいくつもの芽が出ている。それをエルフたちが魔力で育て、ノームたちが苗の様子を見ていた。
要である広大な畑は順調――あとは滞在者に貸し出す畑を追加で耕して、温泉周りの設備も整えれば、なんとかプレオープンまで漕ぎ着けられそうだ。
「ところで、施設の名前は『エルフ村』と『オーク村』、どちらに決まったのです?」
つい先日まで、彼らは共に温泉に入りながら、そんな楽しい争いを繰り広げていた。
カナメロに問いかけたつもりが――。
「もちろん、決まっただな」
いつの間にかテントの下へ休みにきていた、ディズロム。
「ああ、アレしかないな」
同じく休憩で居合わせたナノが、両者顔を合わせて頬を緩めた。
そして同時に口にしたのは、『エメル村』――。
「……って私、ですか?」
「んだ! 領主代理さまがオラたちをここまで団結させてくださったんだ」
「皆が『ぜひこの名前が良い』と言うから、仕方なく、な」
ナノのデレ具合がいつもの3割り増しだ。
こういう時、どんな顔をしたら良いのか分からない――前の世界では、「仕事」はあくまで「仕事」。何かをやり遂げたことで「お疲れ様」の言葉はあっても、感謝されることはあまりなかった。
胸の内がむず痒いまま、彼らの笑顔にただ微笑み返すしかできない。
「オラも最高の案だど思う……『エメル村』」
「カナメロ……」
ここまで来たら、絶対に成功させなければ。
彼らの感謝と期待に応えるためにも、「農業体験型リゾート施設『エメル村』」を、良い形でオープンさせなければ。
「では1か月後のプレオープンに向けて、『エメル村』始動計画スタートですわ!」
そうして、能力や特性の異なる多くの種族が力を合わせ、各々の仕事をこなした1か月――。
初めての接客練習で頬の筋肉がつったディズロム、知らないところで心の距離を詰めているカナメロとナノなど、挙げればきりのない出来事が飛ぶように過ぎていった。
そして――。
いよいよ施設や設備が整った本日。
多種族の協力の結晶であり、何より私が心血を注いだ「農業体験型リゾート施設『エメル村』」がプレオープンする。
「よくお越しくださった、お客人!」
まずはシンシアの指導で「接客スキル」を磨いた案内役のディズロムが、15名の客を出迎える。
彼らはギルド経由で領内外から集めた、獣族、魔族問わず、様々な種族のモニター客だ。
「まずは、ビビッときた農業ギルドを選んでくだせぇませ」
ディズロムの、長年の言葉遣いまでは1ヶ月で変えられなかったらしいが――逆にいい感じだ。
最前列のくたびれたドワーフが、メニュー表を見て目を輝かせている。
「身体も鍛えたい人」は『ギルド:オーク』。
「リラックスしたい人」は『ギルド:エルフ』。
「バランス重視の人」は『ギルド:領主』。
そして1週間のプレ農業体験中、3つのチームで収穫量や味を競ってもらう。いわばギルド対抗戦だ。
ただ、基本はゆっくり過ごしてもらうことが目的。滞在中の目標をやんわり提示しつつ、田舎体験を堪能してもらいたい。
「迷っちゃうなぁ……あんたはどうするんだね?」
「オレはのんびりゆったりしてぇなぁ。『ギルド:エルフ』に入ろう」
客同士の会話が生まれている。
ここまで非常にいい感じだ。
「農作業の時間だけは決まってますが、その他は自由だす」
温泉入り放題かつお部屋でくつろげる――支配人の言葉に、客たちはにっこり微笑んだ。
良かった。
「癒しの空間」は、人間以外にも需要があるらしい。
「そんだら、皆さまギルドは決まったな。これから1週間、『エメル村』でゆっくりしてってくだせぇ!」
いよいよ、モニター客の滞在期間がはじまった。
私の方はゆっくりしていられない。
提供されるサービスに対して、客がどのような反応をするのか、こっそり見ていなければ。
「うわぁ……温泉って初めてだけど、あったかいんだネェ。ボク溶けちゃわないかなァ」
スライム族には好評――と。
「俺も一緒に入れたらいいんだけどな、流石に無理かぁ」
身体が常に燃えている、火の精霊族はさすがに入れないか――。
例外はあるとしても、温泉は各種族向けに最適化された湯船の構造と広さだ。そしてレヴィンの提案で、緩やかなバフ効果のある入浴剤を投入している。
「次はごはんー! この『石ころの田舎煮』おいしそー!」
鉱石が好物の精霊族は例外として。
人型種族の方達に用意したご飯は、畑の恵みをふんだんに使用した、オークたちの振る舞う田舎料理。これもシンシアに仕込まれているから、味は保障できる。
温泉、料理は好評。
そして肝心の農業も、「日常から解放されたチル体験」として好感触――特にそれぞれのギルド所属のインストラクターであるオーク、エルフたちがよく働いてくれている。
「僕らの育てたカブさん、大きくなるところ見たかったなぁ〜」
「また来週末くりゃいいべ。その間、オラたちがちゃーんと面倒見ておくかんな」
うん、オークたちも意外と商売上手だ。
経営サイドとしても、「また来たい」に応えられる提案を、最後に用意している。
そして――。
あっという間に訪れた、最終日の帰り際。
「また来たいけど、1泊10000ソロンだからなぁ」
「頻繁に来れないかも。カブちゃん気になるけど……」
来た、今こそ私の出番だ。
「ご安心を! ギルドに継続所属すれば、割引特典が適用されます!」
1ヶ月の定期契約で、1泊あたり3000円以下。
解約いつでも自由の良心的なサービスの概要を、玄関口の壁に映し出す――ここを結晶石のスクリーンにしておいて正解だった。
「えっ! 月たった30000ソロンでいいの? それでいつ来てもいいって?」
「ええ! お仕事の合間に、ご飯を食べにくるもよし、温泉に浸かるもよし! ただし作物たちの様子も見ていってあげてくださいませ」
その上「季節ごとのイベントへの参加もできる」と畳みかけたところ。多くのモニター客が、「ぜひまた来たい」とこの場でサブスク契約をしていってくれた。
まさか、ここまで上手くいくなんて――たぶん、ここが異世界だからだろう。元の世界では珍しくない体験型リゾートも、このシビュラでは斬新に見えたらしい。
「では、最後にアンケート用紙をお配りいたします! 後日返送をお願いいたしますわ」
ナノに作ってもらった魔法の紙は、封筒に押印がされると、勝手に私の手元へ戻っていくという優れものだ。
「ありがとう! 世話になったね」
「すぐにアンケート書くよ。なんなら来週来たとき出す」
笑顔で帰っていくモニター客を敷地の外まで送り出し、ようやく深呼吸することができた。
「お、お疲れ様」
耳慣れた穏やかな小声を振り返ると。
夫がタオルを手に立っていた。
「ドラグ様?」
「……少し休憩、しない?」
夕陽を受けた黄金の瞳が、小さく揺れている。
なんだか緊張しているような――夫の後に続き、たどり着いた場所は。
「温泉、ですか?」
ドラグは「うん」と呟いただけで、カップル・その他用に作った貸切露天スペースに入っていく。
「え……と?」
前回は偶然だったが、今回は明らかに誘われてしまった。お約束の邪魔が入る確率も少ない。
夫、つまり『人生の推し』と合法的に混浴――頭がすでにのぼせそうだ。
「エメル、いや……かな?」
「えっ! いえ、そんなずなくなくもないです!」
「……どっち?」
冷静になろう、私。
これは仕事。
まだ貸切露天は利用したことがないから、試しに利用するだけ――そう、それだけだ。
ドラグに渡されたタオルを巻いて、先に心地よい温度の湯に浸かると。
「……失礼します」
夕焼け色に染まる湯船に、大きな波が音もなく立つ。
彼は前回同様、肩が触れるか触れないかの位置に腰を落とした。
「……あ、温かいですわね」
「うん……気持ち良いね」
前回は完全に仕事だと思っていたから切り抜けられたが、今回は隣のドラゴンを妙に意識してしまう。
黒いツノが視界の端で揺れ、つい顔を背けると。
「施設……すごく上手くいってるね」
ドラグは、「農園」から「農業体験型リゾート施設」にまで成長したこの場所を褒めてくれた。
「君のことは、ギルドを作った初めの頃からすごいと思ってたけど……どんどん遠くに行っちゃうな」
なんだか声に元気がない。元から柔らかい声色だが、いつも以上に輪郭があやふやな気がする。
「そんな、ドラグ様の支えもあってこそですわ」
お世辞でも慰めでもない、心からの言葉を口にすると。
「僕は本当に、このままでいいのかな?」
いつか聞いた言葉が、また繰り返された。
やっぱり、ロードンの言葉が胸に残っていたのか――『ドラグ様は、そのままでいてください』――いつかの言葉は、やはり彼の胸に届いていなかったようだ。
「やっぱり領主なら、このままじゃダメだ。もしもの時、領を守れる強さがないと……」
君といると、よりそう思う――苦しそうに微笑む夫に、口を引き結んだ。
今の彼に、「そのままで良い」なんて言えない。
でも、言葉が見つからない――だったら、今の私にできることは。
「……あの、ドラグ様」
こっちを向いて欲しい、と告げた直後。
不安に沈む顔が振り返ると同時に、立ち上がり、意外と筋肉質な肩に手を添えた。
「なにを……」
目を丸くする夫の、薄く染まった頬に口付ける――いま、精一杯の勇気を振り絞って。
「好き」は言えない。これからも、ずっと言えないかもしれない。
でも、これくらいなら――。
「ありがとう……」
ドラグの腕が伸びてきて、そっと抱きしめてくれた。
暖かい。暑すぎるほどに。
でも素肌同士が触れる感覚に緊張する反面、心地良い。
好き――。
「……ねぇ」
「はい?」
「君は……何があっても、僕とずっと一緒にいてくれる?」
それはどういう意味なのか。
特に、「何があっても」とは――。
夜色に侵食されつつある、黄金の瞳。吸い込まれそうで、ちょっと怖いそれを見つめ返した瞬間。
「ん?」
頭の上で、カサッと音がした。
「あっ、これ……」
ドラグが指しているのは、見覚えのある封筒。
「もうアンケートが届いたのですか!?」
嬉しい一方で、緊張する。
私の指先に触れた封筒は、勝手に開いて中の評価を読み上げはじめた。
『サービス:星5、食事:星5、風呂:星5、体験星5……』
評価は星5が最高。
なんと、ここまで満点だ。
「エメル、すごいよ……!」
「これはいきなり、高評価ですわね!」
すると総合評価は、もちろん――。
『総合:星1』
「やりましたわ…………え?」
聞き間違いだろうか。
改めて手紙を開いて読んでみると。
「本当に、星1……?」
てっぺんから、一気に谷底へ突き落とされた気分だ。
それぞれの細かい項目は満点評価なのに、なぜ――。
「エメル、ここ……」
ドラグが指したのは、自由記入欄。
そこには、こう書かれていた――『最後が全てを台無しにしている』、と。
最後――サブスク契約のこと?
しかし強引な勧誘はしていない上に、多くのモニター客が提案に快く乗ってくれたはず。
なのに、どうして――。
次回:4章最終話「商売敵の黄金眼」
「あなたたち! いきなり飛んできてイチャつくなんて、いい度胸じゃない」
レビュー低評価の裏には、思わぬ「真犯人」が…?




