46話 全種族向けリゾート計画
できることなら、ずっと温泉に浸かっていたい。
いっそ、この露天風呂に住みたい――そう思えるほどに、ゴーレムたちの作り上げた岩風呂は快適だった。
しかしそう感じたのは、人間の私だけではない。青天の下、せっせと畑を耕す彼らも同じだったようだ。
「おーい、エルフのあんた! こっちさ手伝ってけれ」
「はっ! 仕方ない。我の崇高な魔力、貴様のために奮ってやるとしよう」
温泉に肩まで浸かっていたオークたち、そして足湯だけでも蕩けていたエルフたちが、自然とおしゃべりしている様子は見ていたが――まさか、ここまで協力して農作業をするようになるなんて。
温泉の力ってすごい――。
その光景を微笑みつつ見守るうちに、広大な畑の基礎が出来上がった。
「さっそくノームの方たちに分けていただいた種を蒔いて、野菜を育てましょう!」
『エメル、こっちも、見にきて』
シカクに呼ばれ、現場に向かうと。ゴーレム建設に依頼していた、オークたちの住むロッジもいよいよ建設段階に入っていた。
すべてが着々と進んでいる――ここから計画の変更を申し出るのは、ちょっと申し訳ない気もするが。
「全員揃ったところで、改めてお話があります」
エルフ、ゴーレム、ノーム、オークが集合したお昼休み。
再びドラグの肩車に乗せてもらい、テント前に集まった彼らを見渡した。
「温泉も出たことですし、ここをただの農園ではなく、『農業体験型リゾート』にアップグレードしたいと思うのです」
久々の温泉に浸かった初日、思いついた計画変更。領査定の項目「食料」、「観光」、「娯楽」の点数をすべて上げられる逆転の発想だ。
「いかがでしょうか?」、とざわつく面々に問いかけると。
「オラたちは文句ねぇべ! 何がどう変わんのか、まだ分かんねが」
長のディズロムが声を上げると、オークたちは今日も元気に雄叫びを続ける。
経営チームリーダーのカナメロも、「それ、すごくいい……」、と拍手を送ってくれた。
「我々も問題ない。魔の泉は存分に生かすべきだ」
温泉の魅力にすっかり取り憑かれたナノまで、素直に賛成している。
エルフさえクリアすれば、他の種族たちも当然問題なし――打ち解けてきたオークとエルフは、「オーク村」か「エルフ村」かと、施設の名前で争いはじめた。
「オーク族の生活基盤を作る計画だったのに……エルフたち、完全に当事者だね」
彼らへ温かい視線を送るドラグの言葉に、深く頷いた。
「ええ。最初の戦争からしたら、可愛らしい揉め事ですわね」
長いようで短かった、この道のり。
あとは私が具体的な計画を詰めて、リゾート化計画を進めるだけ――とにかく今は、まったく性格の異なる彼らの争いを、微笑ましく見守るつもりだったのだが。
「『農業で鍛錬施設』が最善! そうだろう!?」
背後から上がった、ジュードの雄叫び。
「いーや、そんな暑苦しいの、誰も望んじゃいないね! 『完全娯楽施設』だろ」
言い返すレヴィンの、皮肉めいた声。
「それではいけません。領内の人手を集める、『人材育成施設』こそ最善です」
ちびドラの面をつけた監査官まで、2人の間に入っている。
「これは……」
最悪だ。
手伝いを申し出てくれた神官たちが、施設のコンセプトを巡ってバチバチ火花を散らしていた。
たしかに施設の方向性を決める上で、コンセプトは大事だけれども――。
「領主代理の貴女はどう思われますか?」
「どうって言われましても……」
今どこかに味方すれば、面倒なことになりそうだ。ひとつひとつ詳細を聞かなければ。
助けを求めるようにドラグへ視線を遣ると、彼は「じゃあ」と牙を見せた。
「それぞれの良いと思うプランを、試しに体験できれば良いんだけど……」
ドラグの静かな声に、神官たちが動きを止める。
「ドラグ様……それ、ナイス!」
本当に、ここ最近の夫は頼りになりすぎる。
いつも真っ直ぐに見てくれる黄金の瞳を見つめ返すと、彼は「うん」と呟きつつ尻尾を揺らした。
「では経営・サポートチームの両リーダーと、私たち夫婦がモニターとして参加いたします」
施設は貸し出すから、それぞれ自慢のプランを体験させてほしい――そう申し出ると、まずはスーツ姿の似合うオークが雄叫びを上げた。
「まずは俺から挑もう! 『農業で鍛錬プラン』! シンプルだろう?」
尻尾がかすかに揺れているドラグ、面倒そうなナノを引っ張ってきてくれたカナメロ、そして私を合わせて4人。
まずは全員が、完成したての広大な畑へ連れて行かれた。
「まずはこれを各々装備しろ!」
そうして渡されたのは、ふつうのスコップ――ではなく、腕を上げられないほどの重量級スコップだった。
「これはっ……む、り……ですわ!」
ドラグが支えてくれなかったら、腕ごと持っていかれていた。
カナメロはさすがオーク、軽々と担いでいるが、ナノは――。
「こらそこ! 魔法で鍬を持ち上げるな!」
「は? 私に手を使えというのか?」
ジュードの暑苦しい接近をもろともせず、ナノは魔法で畑を耕している。
「ナノはともかく、私たちは一応プランの方針に従いましょうか」
「……うん、そうだね」
その調子で、わざと重くした農具で日中作業。そして夜はガッツリ男飯を食べ、温泉で汗を流して寝る――これは確かに、筋力が鍛えられそうだ。その証拠に、風呂上がりの今、激しい筋肉痛が襲いかかっている。
「き、キツい!」
「エメル、僕が部屋まで運ぶよ……」
ただでさえか弱いエメルレッテの身体では、耐えられないプランだった。
私を抱えることがやけに楽しそうなドラグに甘え、部屋まで運んでもらうことにする。
「……って、こっちは私の部屋ではありませんよ」
「こ、今夜こそ僕と寝よう……ダメ?」
「私、とんでもない筋肉痛に襲われている最中なのですが?」
まったく、このドラゴンは。
隙あらば人を食べようとするのだから、心臓がもたない――まだプロフィール帳の雛型を作っている最中だというのに。
そうして、何事も起こさせないまま迎えた翌朝。
満面の笑みのプランナー・ジュードの前に、昨日と同じメンツで集合すると。
「それで、どうだった!?」
高評価を疑わないジュードから、つい視線を逸らしてしまった。
「どうもなにも、『ナシ』だろ」
筋力強化に興味のないエルフ族のナノには、不評。
「僕はわりと『アリ』……かな」
強さに憧れをもつドラグには、好評。
一方、カナメロは――。
「これ、修行目的でねぇと厳しい……」
さすが経営チームのリーダー。冷静に分析してくれて助かった。
まぁオーク族など、需要は一部ありそうだが、調整が必要な気はする――。
「おい、おっさんのプランはもういいでしょ? 今度はボクの『極楽リゾートプラン』ごっこに付き合ってよ」
意外と乗り気なレヴィンに連れられ、向かったのは常設テントだった。
周囲に目隠しが張られたテントの中に通されると、清潔な白衣を着たオークたち並んでいる。
「ええと、この方たちは何ですの?」
先ほどまで、畑仕事をしていた顔ぶれに見えるが。
レヴィンは「マッサージ師だよ」、と得意気に宙へ浮かんだ。
「コイツら、ちゃんとそれぞれの種族に合わせた力加減ができるように仕込んどいたから」
言われるがままシートの上に寝転ぶと、大きな手が最適な力を見極め、背中をほぐしてくれる。
「はわ……これは、いい」
温泉に引き続き、まさか異世界でマッサージが体験できるとは思いもしなかった。それもオークに凝りをほぐしてもらえるなんて――。
レヴィンは「トウキョウト」で流行っているものを、独自に学んだのだという。
「透けてるレヴナントに、揉みほぐしって必要なの……?」
ドラグの指摘に、レヴィンは小さく舌打ちをした。
「余計なこと気にしないで、そのツノもゴリゴリに解されとけよ!」
各種族に向けた最適なマッサージで全身をほぐした後に向かったのは、温泉。
「あら? なんだかお湯の色が白く濁っていますわね」
「にゅーよくざい? とかいうの、入れてみたんだけど。『トウキョウト』では定番らしいし」
人間の都トウキョウト――本当に、一度行ってみたい。
それにしても、入浴剤を溶かしたお湯で、魔力まで回復できるという極上の慰労回復プラン――個人的には最高だ。
「いじめ抜いた筋肉は回復したが、これが農業なのか?」
ジュードの指摘に、夢心地だった全員が我に帰った。
「んだ……畑さいづいぐ?」
確かに、本来の目的である農業がおまけになるのは良くない。
畑仕事をメインに据えて、オプションでマッサージをつけるのも良いかもしれない――。
「さて、皆さん。いよいよ私の番ですね!」
ここ数日どこかへ消えていたちびドラ、もとい監査官が、ジュードの背後からニュッと現れた。
いよいよ最後のプランだ。
「『人材育成』と仰っていましたけれど、具体的にはどのようなプランなのですか?」
「ええ、よくぞ聞いてくださいました! 私が提案しますのは、『ジョブカフェプラン』でございます」
監査官は流れるようにお辞儀をしながら、私たち4人のモニターを見回した。
相変わらず、世界観を壊すちびドラの面が気になって仕方ない。
「では早速、会場へご案内いたします」
やってきたのは、再びテントの下。
しかし今回用意されていたのは、マッサージ師オークではなく、大きな円卓と小さなガーデンチェアだった。
「さぁ、ご着席ください。職を求める者を集ってお茶会をしながら、まずは農業の座学を受けていただきます!」
「座学だと?」
知識を問われる話題が出たことで、プライドがシオンいち高いエルフが反応している。
それにしても、なんて現実的――元の世界的なプランなのだろう。
魔法でスクリーンに投影された資料を見ながら、みんなで揃ってお勉強をした後。畑に連れ出され、緩く気ままな畑仕事がはじまった。
「あっ、エメルの足元にむ――」
「虫ぃぃぃ!?」
カナメロがすべてを言い終える前に走り出すと、ナノに「馬鹿が」と額を小突かれた。
「せっかく作った畝が駄目になるだろうが。虫ごときで騒ぐな」
「だって虫だよ……じゃなくて、ですわよ!?」
この世界の虫はとんでもなく大きい。ただのミミズが、私の指くらいの太さなのだ。
「和気あいあいとした空気、大変よろしいですね。さて、お次は畑の恵みをいただく夕飯、その後は温泉で汗を流して眠りましょう」
「……なんか良い感じじゃない?」
上から降ってきたドラグの囁きに、こっそり頷いた。
今までのプランの中で、1番現実的かつバランスが取れている。
「そして1日分の体験に対し、3000ソロン……シオン内の宿の宿泊費、その半分程度をいただけば、資金繰りにも困らないでしょう!」
「……たしかに、いい感じだべ」
カナメロの呟きにも、自然に頷いていた。
監査官の案は相当に現実的。まるで「元の世界のプランナーが考えたみたい」なプランだ。
「悪くないが、何か物足りないな」
ナノの言葉にも一理ある。
実用的すぎて、娯楽・観光施設としては魅力が足りないかもしれない。
監査官のプランに対しては、全員「悪くはない」という評価だったが――結局どの案も完全勝利とはいかなかった。
「農業を誰よりも何よりも重視していたのは俺のプランだろう!」
「おっさんのは『農業』じゃなくて『筋トレ』だろ! アレならボクのがマシ」
「いえ、バランスと実用性を重視した私のプランにはどれも及びませんね」
再び揉めはじめる神官たちを横目に、腕を組んだ。
どのプランも基本的には悪くないが、何かがちょっとずつ欠けてる。
「うーん、その何か……なんだよなぁ」
元神王、いや、今はゲームではなく、元の世界の記憶を呼び起こそう。
確か似たようなものが、すでにあったはずだ。遊びながら週末だけ農業体験ができる、田舎の施設――キャンプに近いけれど、もっと楽でリラックスできるアレ。
「そうだ、グランピング……!」
ただ、人間相手だけのビジネスではない。その一歩先をいくプランを考えなくては。
今度は、廃課金ゲーマーとしての記憶を呼び起こす――。
「みんなのやる気を引き出すのは……競争。でも、もっと気楽に……」
広大な畑を耕すオーク族、それに指示をするノーム族、魔力で野菜の成長を速めるエルフ族を眺める。
また、後方で争う神官たちの声に耳を傾けた。
『農業で鍛錬』
『極上リゾート』
『ジョブカフェ』
普通に考えれば、全部のプランの良いところだけを集めて、統合すれば良い。たぶん、仕事だったらそうしていたと思う。
が、ここは異世界。かつて夢中になったゲームのように、幻想種が生きる世界だ。
だったら――普通じゃないことを、やってみたい。
「そう、いいとこどり……ではなく、すべてを統合して『ゲーム』にしちゃいましょう!」
「え……!?」
ドラグ、カナメロ、ナノだけではなく、神官たちまで争いを中断し、こちらに向き直った。
次回:領主代理の考える、「全部いいとこどりプラン」とは?
そして、
プレオープン結果のレビューを待つ間に、『人生の推し』との”合法的混浴”イベント、再び…!?




