40話 知VS力の作物祭り【なかなかカブは抜けません】
「……見たことない色だぁ」
横でオークたちが「魔力なしでも育てる方法」を模索する中。畑をいじる手を止めたカナメロが、こちらのカブに注目している。
「エメルさん……この子になにしただが?」
「ええと……」
たったひと晩で葉が手のひらより大きくなったことに加え、この禍々しい赤い色――嫌でも目につくのだろう。
「領主代理、何だこの色は。悪い水でもあげたのか?」
最悪なことに、厄介な2.5次元俳優ナノまでこちらに寄ってきた。「面倒だ」と言いつつも、今朝もカブの様子を見に来た彼が、怪訝な顔でこちらを見下ろしている。
「我らのカブに移ったら困る。何をしでかしたのか、正直に言え」
「それは……」
言えるわけがない――私の血を飲んだ吸血鬼の魔力を与えた、なんて。
「エメル……思い当たること、あるの?」
「いえ、何にも……」
今更になって、昨晩のアレスターとのやり取りを後ろめたく思ってしまった。
以前アレスターによって首筋に印をつけられた時、ドラグは自分の指示でありながら「複雑」と口にしていたのだ。今度は私の意思で血をあげたと知れば、浮気認定される可能性もある。
せっかく仲直りできたというのに、今の関係を壊したくない――。
「……ともかく、このままでは大きさより味に不安が出そうですわね」
話を逸らすように呟くと、ドラグは少しの間をおいて「そうだね」と応えてくれた。
アレスターの魔力のおかげで、カブが大きく育つ予感はある。今の時点で、芽の大きさが他のチームの倍はあるのだ。あとは味を良くする方法を調べなければ。
「ですが一度赤く育ってしまったものに、手を加えることなどできるのでしょうか?」
「えっと……多分できるよ? 待ってて……」
ドラグが何気なく抱えていたもの。それは紐で括られた紙の束だった。彼は黒い指で丁寧にページをめくりながら、「たしか」と呟く。
まだ時間がかかりそうだ。今のうちに、他のチームがどんな方法で育てるつもりなのかを観察することにしたのだが。
「できるできるオメェならできるべ!」
「よっ! シビュラいち!」
いったいオークたちは何をしているのか――カブの芽を取り囲み、熱血コーチさながらの熱量で応援の言葉を叫んでいる。
「カナメロさん、これはいったい?」
「ん……やる気を引き出してんだ」
なんと彼女は、カブに応援の言葉がけをすることが、カブの成長に繋がるのだと言い切った。さらに彼女の指示で、彼らは結晶石の入ったじょうろの肥料水をたっぷり与えている。
「あとは……オラの出番だべ」
カナメロの右手が、煙のような白い光を帯びている。彼女は太い枝のように立派な指を土に刺すと、その手をゆっくりと回しはじめた。
「……これで成長具合を調べんだ。あと、土の状態も」
驚いた。誰に教えられるわけでもなく、彼女はすでに自身のスキル【探索知識】を使いこなせている。
「作物の成長測定」に「土壌の分析」ができる農業向きスキル、そして何より彼女の武器は、全体を見て指揮する力だ。
「おい、お前そこにいると死ぬぞ」
「はい……?」
突然の死刑宣告直後。水の塊が髪の先を掠めた。瞬間、背後から素早くも優しい力で腕を引かれる。
冷たいのに温かさを感じる、この手は――。
「ドラグ様!」
「はぁ……ナノのやつ、人の妻に何してくれてるんだか」
「つ、妻……?」
これまで3ヶ月余り、仮にもずっと夫婦だったはずなのに。彼の口からそう聞くだけで、胸がむず痒くなる。
「人の妻」――言葉を噛み締めていると、目の前に巨大な雫が現れた。
「これはいったい……?」
畑の上を浮遊する水の塊は、やがて「エルフ族チーム」の苗の上で弾けた。魔力の光を宿した、細かい霧の水滴が双葉を濡らしている。
「成長途中の植物は神聖で繊細なものだ。触れずに魔力を注いでいるだけのこと」
珍しく親切に解説してくれたナノを振り返ると、彼は無意識にスキルを発動していた。いつか町で鑑定た彼のスキルは、畑の栄養となる魔力の粒子を降らせている。
「やっぱり、自然を育てるのに最適なスキル持ち……」
しかも植物を愛(崇拝?)する心は人一倍強い。
「オークとエルフがタッグを組めば、農園をかなり大規模なものにできそうですわね」
ナノの無遠慮な魔法から守ってくれた夫を振り返ると。彼は「そうだね」、と屈託のない笑みを浮かべた。
「それで見つけたんだ、『魔性カブ』の味を変える方法」
「えっ! そんなことが可能なのですか?」
ドラグ先生によると。この魔性カブは「魔力の質」と「育成環境」の影響を受けやすい。また思考回路のようなものをもち、与えられた愛情や負の感情を蓄積するという。それ次第で味も多様に変化していくと――そもそもこの世界では、野菜に心があるというのか。
「赤いのは『興奮状態』……らしいけど。この状態だと、相当辛いらしいよ」
「カブが興奮ってどういうこと?」とドラグは首を傾げている。
言えない――昨晩のことは決して。
「と、とにかく落ち着けさせましょう!」
きっと愛情を与えれば落ち着くはず――決着の日まであと10日あまり。できることを目一杯やるだけだ。
それからはドラグが知識を補い、私が水や肥料を考え、かいがいしく世話をする毎日が続いた。
ドラゴンの姿に戻ったドラグが一緒に昼寝してみたり、ドラグと2人で優しい声かけをしたりしていると――5日が経過した頃から、葉の色が濃い赤からだんだん薄桃色に変化していった。
「美味しそうかは微妙だけど……マイルドな色になってきたね」
「ええ! ですが本来植物とは、自分の力で育つもの。あとは余計な手を加えるより、見守ることが正解ですわ」
そうしてカブの種を蒔いてから、2週間が経過した日。
「『チキチキ! 作物祭り』最終日じゃ! お主ら準備は良いか?」
立派に成長したおのおののカブを前に、いよいよこの時が来た。自分の身長をはるかに超える大きさに育ったカブを、各チームがそれぞれの力で引っこ抜くのだ。
「それにしても、とんでもない大きさですわね」
こんなものが本当に抜けるのだろうか――表面に出ているのはカブの葉と、白い根の部分が半分だけ。
とりあえず、太いホースのような葉を抱えて引っ張ってみると――。
「うわっ!」
カナメロとナノがふかふかに育てた畑の泥で、足が滑った。
「エメル……!」
背中から思いっきり倒れそうになったところを、直前でドラグが支えてくれた――と思いきや。ドラグもろとも、身体が傾いていく。
「わっ……ご、ごめん!」
どうやら私を抱えようとして、一緒に足を滑らせたらしい。それでも顔に泥が跳ねただけで、作業着と言っていいのか怪しい村娘スタイルのドレスはあまり汚れずに済んだ。
それにしても――。
「ふっ、ふふ……」
ドロドロだ。ドラグも、私も。
「ご、ごめん……! 今すぐアレスターに湯あみの準備をしてもらうから」
あまりにもドロドロで、笑いが込み上げてくる――畑に横たわり、口を押さえていた手を解放した。
「あははははっ! こんなの小学生以来かも!」
近所の畑で育てていた、サツマイモ掘りのことを思い出した。あれ以来土に触れるどころか、自然に存在するものに触れた記憶がない。毎日ペンと紙、それか電子機器に触れているだけの生活だったのだ。
「そっか……あのままだったら私、こんなに笑うこともなかったのかな」
ふと視線を感じ、横を向くと。膝をついたドラグが、キョトンとしてこちらを見ていた。
「あっ……」
しまった。すっかり素に戻って、お嬢様言葉と振る舞いを忘れていた――慌てて起き上がり、「違うのです」と今更ながら口にすると。
「いや……君って、そんな風に笑うんだなって。なんか、そっちのほうがいい」
「え……」
こちらをまっすぐに見据えた柔らかい微笑みに、目の奥がじわりと熱くなった。
『そっちのほうがいい』――貴族夫人エメルにふさわしい振る舞いよりも、素の私を褒めてくれたのだ。
「……ドラグ様、あの」
「これ、そこの夫婦!」
背後からの声に、思わず肩を震わせる。
振り返ると、カブの葉の上に乗ったアレスターがこちらをニヤニヤと見下ろしていた。
「イチャついとらんで早よ進めい!」
無駄に大きな声のせいで、オークたちから豪快な笑い声が上がった。エルフのクスクス笑いも聞こえてくる。
公衆の面前でイチャつき認定された――穴があったら入りたい。
「ほれ、それぞれが違った質感と色味の葉をつけたカブがどう育ったのか……実際に抜いて確かめい!」
アレスターの合図で、オーク族は薄っすら黄色い太い葉に向き直った。また、エルフ族のものは薄緑の宝石のような葉。そして私たちは、最終的に青々と瑞々しい葉に成長したカブを見上げる。
「よーし! オーク一同、全身全霊でカブっこさ引っこ抜くべ!」
ディズロムの合図で、功労者のカナメロを先頭に葉を引っ張るオークたち。全員の力を合わせてすぽんと抜けたカブは、気球のバルーンほどに大きくなっていた。
「わぁ……カブっこ、立派に育ったな」
「本当に……私の知るカブではありませんわ」
カナメロの感動につられ、無言でカブを見上げていると。
「では私たちも抜くぞ!」
ナノの合図で、エルフたちがカブに手をかざした。エルフ族は最初から手で抜く気はないらしい。それぞれが魔力を共鳴させ、魔法で抜こうとしている。
しかしこちらも根が強く、並の風魔法ではびくともしていない。
「た、竜巻で根から掘り起こします……!」
ミス・グラニーの言葉に、エルフ全員がカブから離れる。すると彼女の本気の風魔法で、カブが揺れはじめた。
葉が激しくはためき、根を覆う土が削られていく。やがて青緑色の巨大な輝きが宙に舞い上がった。
「わっ……きれい!」
カチコチの結晶のようなカブが、どしんと地面に着地する。が――大きさは、オーク族のものとあまり変わりない。
「チャンスですわ、ドラグ様!」
これで私たちのカブが彼らのものより大きければ、勝ちは確定。ドロドロの顔を腕で拭い、気合を入れ直したところで、再びカブの葉を抱えた。
もうドロドロになろうと構わない。足裏をしっかり地面につけ、腰を入れて抜こうとしたが――まぁ、私の力だけでは抜けるわけがない。
「ちょっとドラグ様、お手伝いくださいませ!」
「あ……ごめん」
背後でこちらの様子をうかがっている、引っ込み思案の夫に声をかけると。
「ひゃっ!」
強い力で腰を抱え込まれたかと思えば、次の瞬間にはカブが宙を舞っていた。
「すごい……」
当の本人は、「やった」と小さく微笑んでいるだけだ。
私ごとカブを抜くとは――いよいよ「この人実は強いのでは?」という説が濃厚になってきた。
「おぉ! さすが領主様だべなぁ」
「ふん、腐ってもドラゴンだな」
関心するディズロムに対し、ナノは皮肉めいた笑いを披露している。
「ナノ……」
相変わらずの態度に、身体の土を払いながらため息を吐いていると。
「え、エメルさん大丈夫ですか?」
「ミス! ご心配ありがとうございます」
ミスの差し出した白い手を、泥を払った手で遠慮がちにとると。不意に、彼女の桜色の唇が耳元へ寄った。
「この子素直ではないのですが、実は昔から、エメルさんの旦那様のことを気に入っているんですよ」
「え? ナノが? 昔から……ですか?」
これまでの態度を見る限り、到底信じられないが――微笑みとともに離れていくミスに、疑問の続きを尋ねることはできなかった。
それにしても。一時は葉が赤くなって心配していたカブは、薄桃色のつやつやなカブに育っている。
「美味しそうな色に育ってくれましたわね!」
「うん、でも……」
3つのカブを見比べるドラグの、微妙な反応のワケは分かる。
「こんなこと、あるか……?」
ナノの言葉に、その場の全員が3つの巨大カブを見上げた。
「ほとんど同じ大きさに見えますわね……」
ひとつあたり、小型車くらいの大きさがある。しかし車種が違うだけで、大きさはそれほど変わらないといったところだ。
魔力を注いだとはいえ、自然の環境下で育った作物がほぼ同じ大きさに成長することなどあり得るのだろうか――。
「んだな。これじゃ勝敗つけらんねぇべ」
一体どういうことなのか。
作物の大きさ比べ勝負に、「魔性カブ」を提案した本人――アレスターを振り返ると。
「では皆、勝負は味が決めてということで良いか?」
この吸血鬼、話を逸らそうとしている。
「アレスター……ちゃんと説明して」
ドラグの珍しく鋭い声色に対し、アレスターは「やれやれ」と首を横に振った。
「まさか全チームが、許容量限界まで育てるとは誰も思わんじゃろ!」
「……どういうこと、ですの?」
言い淀むアレスターに、3つのチームが詰め寄る。そんな一触即発の空気の中響いたのは、聞き覚えのある「あらまぁ」だった。
「遅れちゃってごめんなさい。吸血鬼さんに代わって、おばあちゃんが説明するわね」
畑に現れたのは、ノーム族の可愛らしすぎるおばあちゃん――ブナ・カフェ&ギルドのマスター、シンシアだった。
次回:自然に関わるエキスパートが決める、作物祭りの優勝者とは…? そして始まる、配属希望調査。




