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38話 開幕前夜

「オーク族の皆さんに、農家になっていただこうと思います!」


 翌朝、グロウサリア家の庭先にて。ジュードの取りなしで、改めて話し合いの場を設けたエルフとオークを前にして、そう宣言すると。


「どういうことだ? 領主代理はまだ目が覚めていないというのか……?」


 相変わらずのナノは、半ば本気でこちらを心配している。それを受け流し、「他にご意見は?」と100を超える両族を見回した。すると、白く細い手が控えめに挙がる。

 

「わ、私は賛成……です! とても良い判断だと思います」

「さすがミス!」


 受け入れに賛成なのは、ミス・グラニー派の老齢なエルフが少数。そして「これだけは譲れない」、と姉と対立する気のシスコン、ナノは受け入れ断固反対の若いエルフたちを率いている。


「……エルフは割れたね」


 隣のドラグの呟きに、ゆっくりと頷いた。

 ここまでは予想通り。あとは移住したいオーク族たちがどうするか、だ。

 

「シオンに移住したいとおっしゃるのならば。自分たちの食糧は自分たちで作り、またシオンにもその恵みを還元してください」


 エルフ、オークともに沈黙する中。ひとり分の拍手が響いた。あれは昨晩花冠をプレゼントしてくれた、繊細なオーク少女だ。


「カナメロさん……」


 それでも、まだエルフたちの反応は静か。同じくオークたちも、不安の声を漏らしている。


「壊し奪うことしか能のないコイツらに、植物を育てるという尊い行為ができるのか?」


 あのシスコンエルフ、余計なことを――。


「なんだべ、力も体力もないヒョロヒョロ族のくせに!」

「……なん、だと?」


 一気に燃え上がった両者の間へ入ろうとしたが、背後から伸びる黒い手に止められた。


「ドラグ様……!」

「……エメル、落ち着いて」


 そうだ、危ないところだった――このまま突っ込めば、大型トラックの運動会会場に生身で突っ込むのと同じくらい危険だ。


「で、でしたら! 森を育てることに関して詳しいエルフ族の皆様に、ひとつ仕事をお願いできないでしょうか?」

「……仕事だと?」


 ナノが発動しかけていた魔法陣を消したことで、他のエルフたちも動きを止めた。今だ――。


「おっしゃる通り、オーク族は農業初心者です。そこでエルフの方々に、植物の育て方を教える講師をしていただきたいのです」


 あからさまに顔を顰めるナノが、桜色の唇を開くより早く、「代わりに」と畳みかける。


「これを呑んでいただければ、貴方たちの森には今後一切開発の手は入れないと約束いたしますわ」


 そう断言すると、ナノの表情が変わった。


「領が我らの森を永劫に守ると約束する……そう言っているのか?」

「ええ、その通り。いかがでしょう?」


 目を輝かせる姉、ミス・グラニーを見て、ナノは小さく唸っている。

 あと一押し。その上、領が保護すべき自然公園として、公費で維持管理することを約束する――ナノが最初に望んだ「公費による森の維持」を提案すると。眉根を寄せた彼は、ため息混じりにこちらを睨みつけてきた。


「そういうことなら……様子を見てやらんでもない。しかし本当に、コイツらに農夫の真似事ができるのか?」

「な、なんだと! エルフはよそ者を見下すんが趣味なんだべか!?」


 何ということか――ナノの態度に、せっかく収まりつつあった火種が再燃してしまった。それもオーク族が拳を構え、先ほどより状況が悪化している。


「ちょ、皆さんお待ちください……!」


 必死に声を張るが、誰も話を聞いてくれない。カナメロが揉み合う両族を押さえようとしてくれているが、長ディズロムも狂化スイッチが入りかけているようだ。

 いったい、どうすれば――。


「出来るかできないかは、やってみないと分からないんじゃない……」


 揺らぎつつも、はっきりとした声が響いた。

 誰かと思えば、隣のドラグだ。こんなに大勢の前で発言するなんて珍しい。

 毅然とした横顔に見惚れる間にも、夫は元の調子で「ごめん」と顔を背けてしまった。


「そうですわ……やってみないことには、分かりません!」


 勇気を出して発言してくれたドラグを見上げていると、それを実行するために最適な案が降ってきた。


「このままでは堂々巡りですから、スパッと勝負で決めませんか?」

「どんな勝負だ?」


 案の定、「勝負」という言葉に食いついた戦闘民族と血の気の多いナノに、つい口元が緩む。一斉にこちらへ注目する100の視線をなぞり、深く息を吸った。


「チキチキ! 作物祭りですわ!」

「ちっ……?」


 元の世界の映画ネタに戸惑う声も多少はあったが、「勝負」という言葉がまだ効いている。

「今のうちに」、と思いついたままの言葉を続けた。


「勝負の基準は『野菜をどれだけ作れるか』が勝敗をつけるのに分かりやすいかと。また『野菜の美味しさ』を加味すれば、面白くなるのではないでしょうか?」


 エルフたちと違い、魔力のないオーク族に配慮して、「純粋な作物育成」を提案したところ。


「でも、味は誰がどうやって審査する……?」

「それは……」


 しまった。そこまでは考えていない。

 ドラグの抜け目ない疑問に対し、答えを必死に絞り出そうとしていると。


「その審査、美食家であるワシが引き受けようぞ!」

「わっ……!」


 いつの間にドラグの背後へ隠れていたのか――突然姿を現したのは、当家の執事アレスターだった。


「美食家って初耳なのですか?」

「……僕も」


 アレスターはこちらの問いに答えることなく、「2週間で収穫できる魔性カブ」のことを話しはじめた。魔力を吸うそのカブは、栄養をたっぷり与えられればキングサイズまで育つという。


「ですがそれだと、魔力のないオーク族が不利になるのでは?」


 すかさず尋ねると、アレスターは「心配ご無用」と手を叩く。


「魔性カブは工夫次第で、魔力を与えずとも大きく育つのじゃ。他に心配な点はあるかの?」


 魔力以外にも育成方法があるのならば、オーク族にも不利にはならない。

 カブの特性に納得しつつ、首を縦に振ると。


「グロウサリア家には広い畑などないからな。収穫量ではなく、カブ1つの大きさで審査しようかの」


 いつの間にかアレスターに主導権を握られ、話がスルスルと進んでいく。私が即席で考えた方法を、具体化してくれているのだ――これに乗らない手はない。


「よし、異論はないな? ならば味を競う作物祭り、ここに開幕じゃ!」


「勝負」という言葉に両族が盛り上がる中。黒い手が、爪を立てないよう控えめに肩へ触れた。


「エメル……勝った方の報酬について、今のうちに言っておかないと」

「あっ、ナイスですわドラグ様!」


 オークチームとエルフチームに分かれ、オークが勝てば移住を認める。エルフが勝てばオークはシオンを去る。そう決めたところで、アレスターが、「そして領主夫婦チームじゃな!」と声を張った。


「は……?」


 突然の言葉に驚く間もなく、アレスターは「その方が面白い」と続ける。


「面白いって……君、僕たちで遊んでないか?」


 まったく。このショタじじ吸血鬼、いったい何を考えているのか。


「いえ、お待ちください」


 冷静に考えると、参加はアリかもしれない。もし私たちが勝ったら、両族に領主チームの意見を呑んでもらうことができるのでは――。


「なに? お前たちが勝ったら、『オーク族が農家としてシオンに移住し、エルフ族が講師役をする』……だと?」


 当然先ほど話した「公費で自然公園維持」は約束する。そう告げると、ナノは渋々頷いた。


「不安は残るが……良いだろう」

「オラたちも依存ねぇべ」


 アレスターが「魔性カブ」の種を町へ買い出しに行く間、一時解散となったところで。


「んだども、オラたちどうすりゃ良いんだ?」

 

 売り言葉に買い言葉で勝負を受けてしまったが、作物を育てることなどできるのか――頭を抱える長ディズロムのところへ、屋敷の影に隠れていたカナメロの手を引き連れて行った。


「心配ご無用ですわ! お嬢様のカナメロさんが、優秀な能力をお持ちなのですから」


 戦闘民族の彼らは気づいていないだけだ。戦えない代わりに、食物に関する知識を長年培ってきた彼女ならば、作物を美味しく育てることもできるはず――そうして【探索】から進化したと思われるスキル【探索知識】があれば、美味しいカブを作ることもできるはずだ。


「でっかいカブっこ……育てたことある」

「カナメロ、任せてもいいだが!?」


 控えめながらも自信を発揮するカナメロの背を押し、「お父様も一緒にですわ!」と微笑むと。オークたちは勝算が見えてきたと感じたのか、雄叫びとともに奮い立った。

 これでひとまず、オークの方は大丈夫そうだ。エルフ族も、自然公園化計画の約束さえあれば、これ以上文句は言ってこないだろう。


「あとは……」

 

 一番の問題は私たち、「領主夫妻チーム」だ。ブラック・ハウジング会社で週6残業を行っていた私に、農業の経験などない。頼みの綱のドラグはといえば、先ほど図書館の方へ消えていくのを目撃したばかりだ。きっと本から知識を仕入れようとしているのだろう。


「どうしよう……」


 もし勝つことができれば、農家と講師をいっぺんに手に入れることができる――しかし対策を思いつく間もなく、種の袋を抱えたアレスターが帰ってきた。


「よし! さっそく各々、裏庭に種を植えるのじゃ」


 アレスターが不在の間に、エルフたちが魔法で掘り交ぜてくれた畑ができている。この土壌にどれくらいの栄養があるかは分からないが、条件が同じならば勝負にはなるだろう。


「ここからどう育てるかですわね、ドラグ様」


 目の前で土を弄っているドラグに視線を向けると。彼は「え?」と顔を上げたものの、出会った頃のように、目を合わせようとしなかった。


「……ドラグ様?」


 まだロードンに言われたことを考えているのだろうか――いや、先ほどまで平然としていたはずだ。時間とともに、衝撃から回復したものと思っていたが。


「あの。今夜、ドラグ様のお部屋へうかがってもよろしいでしょうか?」

「……え?」


 私たちのチームには、オーク族やエルフ族のようなその道の専門家がいるわけではない。博識なドラグと打ち合わせし、知識で勝負するしかない――そう思ったのだが。


「ご、ごめん……今夜はその、都合悪くて」


 本当に、一度も目が合わない。

 それでもこの日はドラグの言葉を信じ、また翌日、リビングで打ち合わせようと誘ったのだが。


「ごめん……用事があって」

 

 さすがに3度も断られると、意図的に避けられているとしか思えない。

「ごめん」と言われるたび、胸が苦しくなる――。

 カブの種を植えてから、3日目の夜。自室のベッドに倒れながら、「どうして」と呟いた瞬間。


「あ……」

 

 気づいてしまった。私が接触を拒むたびに、彼も同じ思いをしていたのだ。

『アンタ、『匡花(じぶん)』が死んだことを受け入れられてないんだ』――あの時は無意識だったが、図星だったと今になってようやく気付いた。レヴィンの言う通り、私はいまだに自分がエメルであることを受け入れられてない。

 ただ――そのせいで、今ドラグを傷つけていることは事実だ。


「……ちゃんと話さないと」

 

 彼が真っ直ぐに私を想ってくれるから。私も彼と正面から話さなければ――もう夜遅いが、アポ無しで行くしかない。


「……ドラグ様、失礼します」


 返事はない。扉に鍵はかかっていない。もう寝てしまったのだろうか――そっと部屋へ忍び込むと。ベッドサイドのランプだけが灯り、沈む横顔を照らしていた。

 怖い。でも、向き合わないと――。

 こちらに気づいているのか、いないのか。彫刻のように動かないドラグに近づくと、暗い黄金の瞳がこちらを一瞬とらえ、再び逸らされた。

 胸に鈍い痛みが走る――。


「……エメル。こんな遅くに、どうしたの?」


 やはり目が合わない。その理由は、もう分かっている。それでもあえて、なぜ自分を避けるのか尋ねると。


「……ここ、座りなよ」

 

 ベッドから降りたドラグは、私にベッドへ座るよう勧めてくれた。彼は少し離れたソファに落ち着くと、「僕が弱いから」と静かに呟いた。


「だから君は、距離を取ろうとしてるんだろ……雄として見れないから」

「それは違います!」


 精一杯の否定とともに立ち上がると、ドラグの瞳が大きく見開かれた。

 今、言わなければ――自分を守るよりも、ドラグを安心させるための嘘を。

次回:転生後妻(恋愛経験の薄い喪女)、素直にがんばる。

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