37話 シオンの緑を守る会(過激派)
「あれは300年前……流浪のオークたちが、シオンに滞在していた時のことです」
ミス・グラニーが語りはじめると、エルフたちが不満を吐き出す口を閉じた。
「彼らは誇りである武器を納め、我々との交流を望みました。しかしたった三ヶ月の滞在で、森の実りは枯渇した……彼らの暴食が原因で、森は滅びかけたのです」
「そんな……」
ゲームでのオーク族は、他の種族を脅かす敵キャラ的存在だった。この世界でも同じだったのか――しかしミスの話にじっと耳を傾けているオーク族の長ディズロムを見ていると、そんなふうには思えない。
ここに着いた時、彼らは確かに戦っていたが、誰ひとりエルフたちを傷つけてはいなかったのだ――ドラグは巻き込まれていたが。
「そんな乱暴で自然を愛さない野蛮な奴らと、手を取り合えるものか」
「ちょっとナノ……!」
珊瑚色の髪を振り乱しながら、ナノは妨害しようとするこちらの手を振り解いた。ナノが矢をつがえ、ディズロムに向けたその時。
「…………ん」
彼を守るように、ナノの前へ立ちはだかったのは、口数少ないオークの少女だった。
「カナメロ……! 戦えねぇ娘っこは引っ込んでろ」
「娘……?」
彼女は見上げるほどの巨体をかすかに震わせながらも、ナノの前で両手を広げ、懸命に父を守っている。
「お前もろとも射るぞ!」
ナノの脅しにも、カナメロは動じない。ただ、恐れつつも真っ直ぐな瞳でナノを見つめていた。
「……ナノ」
きっとナノは本気ではない。それでも、カナメロが動じないせいで意地になっているのだろう。しかし彼の姉、ミス・グラニーが「ナノ」と呼ぶと。
「……っ、はい姉さん」
カナメロの瞳に負けたナノは、ゆっくりと矢を降ろした。
人のことは遠慮なく突き飛ばしたくせに、さすがはシスコン――。
「とにかく我々は断固反対だ。でしょう、姉さん?」
「私は別に反対しません」
「そうでしょうね! さすが姉さ……え?」
ミスの意外な返答に、ナノだけでなくエルフたちもざわめき始めた。
「過ちは彼らの代より数世代も前のこと……それに、我らが見放したせいで、彼らは故郷なき流浪の身となってしまいました」
「さすがミス……!」
どこかの2.5次元俳優とは違い、さすがミスは冷静だ。この流れで、彼らを労働力として迎え入れたいと提案しようとしたのだが――「馬鹿なのか?」と半透明の羽で叩かれた。
「コイツらを森に住まわせれば、また喰い尽くされるに決まっている! お前はオークがどれくらい危険か分かっていないんだ」
「それは……」
確かに分かっていない。森を食い尽くすという彼らが、実際どれほどの食糧を必要とするのか。
ふとナノは、エルフたちに混ざって話を聞いていたジュードを睨みつけた。
「お前、オーク族の神官だろ? いくら上品な顔してたって、お前らが日にどれくらい喰うのか私は知っているぞ」
ナノの話によると。なんとオークは、人型種族の五倍の量を一日に食べるという。
「ご、五倍……ですか!?」
「ああ。そんなペースで貴重な森の恵みを奪われてみろ、あっという間にシオンの森は丸裸だ!」
ただでさえ領内に出回る食糧が少なくなっているというのに、それは確かに厳しい。
「そういうわけで、お引き取り願おうか」
ナノの合図で、エルフたちが次々と弓をつがえた。ロードンの炎で傷ついたオークたちは、それに応じて身構えている。
再び緊張が走る中――睨み合う両者の間に割って入ったのは、スーツを着こなすオークだった。
「ひとまずここは俺が預かる! 傷を治しながら、同胞たちの話を詳しく聞かせてもらおう」
ディズロムを超える巨体の彼が割り入っても、ナノは動じなかったが。ミス・グラニーが片手を挙げて退散を命じると、エルフたちは渋々引き下がった。
彼らは不満をこぼしつつも踵を返し、弓を背負って森へ帰っていく。
「領主代理、頼みがある!」
オークたちを屋敷の外で一時的に野営させてほしい――ジュードの申し出に、ドラグの方を見ると。まだぬかるんだ地面に膝をついたまま固まっていた夫は、ようやく顔を上げた。
「……いいよ別に。今更オークの50体くらい……」
「感謝する!」
いまだに沈んでいるドラグへ近づき、手を差し伸べると。彼は「屋敷に帰ろう」、とその手を取ることなく立ち上がった。
「君が汚れちゃうから、大丈夫……ありがとう」
「ええ……」
何だろうか。ドラグが言うことに不審な点はない。それでも、「手を取ってくれなかった」ことに対して、何か引っかかる。しかし慣れていないのがよく分かる笑顔も、少し挙動不審な口調も、いつも通りだ。
「思ったより大丈夫……なのかな」
『テメェが弱ぇせいで』――ロードンにかけられた言葉の衝撃から、抜け出せたのだろうか。
とにかく今は、オークたちを連れて屋敷へ戻らなければ。
「はぁ……一時はどうなるかと思いましたが、彼らは攻めてきたのではなかったのですね」
オークたちを引き連れた帰り道、隣を歩くドラグを見上げると。
「うん。でも、ナノの心配はもっともだと思う……移住するってなったら、領内に出回る食料が更に減るだろうね」
その言葉に、昨日シオンの書で調べていた「領内課題」を思い出した。
現在のシオンは、住民が増え続けているせいで食糧の供給が減っている。現状ですら、100点中36点――ただでさえ低い食糧への満足度が、これ以上下がるのはまずい。
「ですが、彼らはせっかく貴重な労働力になりそうで……」
彼らを受け入れつつ、食糧の生産率を上げる方法があれば最高なのだが。そんな方法どこに――戦地の緊張が解けた頭に巡ったのは、画面の中の記憶。神王にまで上り詰めたプレイヤーの私が、食糧満足度を上げるためにしたことは――数値を上げる効果のある施設を作ること。
「……あ、そっか」
なんて簡単なことを忘れていたのだろうか。ゲームで領地経営をはじめた直後、まず最初にすることへ立ち返れば良かっただけの話だ。
「移住する皆さんに、農家になっていただきましょう!」
右腕を茜色の空へ向けて突き出すと、隣のドラグが目を丸くした。
「農家……自分たちで作物を作れってこと?」
「ええ! あれだけの数のオークがいれば、大規模な農園を開けるはずです」
消費する量を上回って生産できるかは分からないが、他種族の魔法にも頼ればそこは何とかなるはずだ。
「で、でも、オークは戦闘民族だよ……農業とか、できるのかな?」
「それは……斧が振れるのでしたら、鍬の扱いもできるのでは?」
自分の発言に苦しさを感じつつも、期待を込めて言うと。ドラグは、背後に続くオークたちへと視線を向けた。
「本人たちのやる気次第……かな」
屋敷の庭へ着いた後。
テントを建てはじめたオークたちに、農業について聞いてみると。
「オラたちの仕事、傭兵じゃなくて農家だが!?」
長のディズロムをはじめ、次々と困惑の声が上がりはじめた。
「ギルドの傭兵業も募集中ですが、今もっとも切羽詰まった問題は食糧なので」
力と体力、そして連携がピカイチのオーク族ならば、きっと農業だってこなせるはず。そして自分たちで食糧を作れば、エルフたちも認めてくれるかもしれない――胸のブローチに手を当て、必死に訴えると。
「オラたち、戦いの腕だけで生きてきたんだぁ!」
「んだ! オラたちにできるはずがねぇ!」
「そんな……」
これは思った以上に難航しそうだ。
「……あ、わた、私」
多くのオークたちが怪訝な顔をする中。か細い声を振り返ると。
「……やって、みたい」
無口なオーク少女、カナメロだけは、ナノに弓を下ろさせた瞳を輝かせていた。
それでも、彼女のか細い声に気づいたのは私だけらしい。結局彼女以外は聞く耳持たず、私の提案に疑問を唱えるだけだった。
これは彼らの事情を聞きつつ説得した方が良いのだろうか――その夜、庭で野営するオークたちのテントを訪れると。
「領主代理! 貴様も一杯どうだ?」
あぐらをかいて向き合ったジュードと長が、酒の杯を酌み交わしている。意外と広く暖かい皮のテントには、ブドウの匂いが充満していた。
「オラたち、戦いの次に酒作りが得意でな! 領主代理さまもこっちさ来てけれ」
「では、せっかくですから」
元の世界同様、酒の席でしか話せないこともあるだろう。しかし酒のせいで、後々約束を「覚えていない」と言われるのは最悪だ。今は彼らの話を聞く程度に留めておこう。
「美味しい……! ところで、おふたりは顔見知りでいらっしゃったのですね」
「俺は別の集落出身だが、ディズロムは親父の親友だ! まさかこんなところで再会するとはな」
故郷のない彼らは、いくつかの群れに分かれて、各地を放浪しているという。
「放浪するのが楽しいっつーヤツも多い。んでもオラの娘っこみてぇに、戦いが嫌っつーヤツも中にはいんだ」
平和に生きることを願うオークたちが、安心して暮らせる場所を探している――ディズロムは杯の中に優しい視線を落とした。
「親父もそうだった。ガキの頃の俺はそんな親父が情けなくて、『ディズロムが親父だったら』と言ったこともあったが」
「平和主義ってだけで、オマエさんの親父は強えがったぞ。子どもは知らねぇだけだべ」
岩のような大男たちが、膝を突き合わせて思い出話に花を咲かせている――キャラ同士の会話を画面越しに聞いているこの感じ、何だか久しぶりだ。
「それにしても領主代理の提案、悪くない!」
「……はい?」
突然話題を振られ、思わず葡萄酒をこぼしそうになった。
「自分たちの作物を自分たちで作らせる話のことだ。だがオークに農業ができるのかは疑問だな」
ジュードの率直な言葉に、油断していた胸がドキリとなった。熱が冷める間にも、ディズロムが赤らんだ頬をこすっている。
「んだ。オラたちの馬鹿力で、繊細な植物を育てられんだべか」
これは――ドラグが心配した通り、「できるかできないか」ではなく、「本人たちにやる気があるかどうか」が問題なのか。
「それは……」
ドラグに話していた、「斧扱えるなら鍬も」なんて理論では納得しないだろう。
言い淀んでいると、冷たい風が頬を撫でた。
「今、あそこに……」
テントを覗く何者かの影。それを追いかけ庭に出ると。アレスターが毎朝世話している花壇の前に、小岩のような身体がうずくまっていた。
「カナメロさん……お花、好きですか?」
ディズロムよりも柔らかそうな背中へ、そっと声をかけたところ。青い肌をかすかに染めた、可憐なオーク少女が振り返った。
「……領主代理」
「ぜひ、エメルとお呼びくださいませ」
するとカナメロは立ち上がり、無言でこちらに手招きした。駆けていく彼女に続き、屋敷の裏側へ回ると。
「わぁ……」
月光が照らす丘の草原には、ぼんやりと青白い光を放つ花々が咲き乱れている。それは夜にしか花を咲かせない、ハート型の雑草――カナメロはそう説明しながら、花を摘み取りはじめた。
「ここにこんな花が咲いているなんて、よくご存知でしたね」
「ん……」
花集めを手伝ううちに、カナメロは静かに語った。戦うことが得意ではなく、いつも一族の役には立てないが、森で食料を集めることだけは得意だったと。
「なんとなく……分かんだ。どこに、何があるか。食べたら、美味いかどうか」
「まぁ! それは素晴らしい力ですわ」
言葉を交わす間にも、カナメロの太く大きな指が、器用に花冠を編んでいく。やがて彼女は、無言でそれをこちらに差し出した。
「いただけるのですか?」
月を背景にした彼女は、私の頭にハートの花冠を乗せ、そっと微笑んだ。
食物を見つけることが得意で、手先の器用なオークの少女――もし彼女がノームに生まれていたら、その力を重宝されていただろう。
「あの。カナメロさんは、農業を営み暮らすことについて、どう思われますか?」
これまで流れの傭兵として暮らしてきた彼らが定住したい理由は、「故郷を作りたいから」とディズロムは言っていた。彼の娘、カナメロはどう思っているのか。
「……戦い、キライだ。植物、優しい……好き」
カナメロの大きな手が伸びてきて、冠の乗った頭に触れた――温かくて優しい手だ。
「つまり、貴女は『オーク農家』に賛成ということでしょうか?」
優しい目を細め、カナメロは頷いた。
それにしても、こんなところに珍しい花が咲いてるなんて、屋敷に住む私ですら知らなかった。もしや、かなりレベルの高い【探索】スキルもちなのでは――久々に右目へ集中し、【能力鑑定】を発動すると。
「探索……じゃなくて、【探索知識・レベル128】!?」
探索の上位スキル、それもレベルがかなり育っている。
「……どうしただ?」
穏やかに首を傾げるカナメロの手を取り、「いける」と呟いた。
心優しいこの少女がいれば、オーク側の苦手意識も拭えるのでは――。
「どうか貴女たちの故郷作りに、一役買わせてくださいませ!」
期待を胸に、カナメロの手を強く握った。
次回:流浪のオーク族は農家になれるのか…? オークVSエルフVS領主夫妻の作物祭開催!




