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34話 自首します

4章「週末農業体験リゾート:エメル村」開幕!

 盗難事件の犯人――レヴィンと資材の行方は不明なまま、1週間が経とうとしていた。

 ギルドを通じて彼女の捜索を行ったが、足取りは掴めず。シオンの書に尋ねても、『領内のレヴナント族はゼロ』だという。彼女はもうとっくに、シオンを去ってしまったらしい。


「でも、このまま立ち止まってはいられない……」


「今日くらいは紅茶を嗜みながら、推し語りを楽しんだらどうじゃ?」と執事に誘われたが、領主代理にそんな時間はない。

 たとえ推しが()()()()になっていようと、今後の対策について冷静に分析しなければ――。


「エメル……そろそろお茶にしない?」

「椅子は喋りませんわ」

 

 勝手に腰に回る腕をつねり、魔力を帯びた本へ『お願い』と問いかけると。アンティーク調の装丁が輝きを放ち、書庫の壁を埋め尽くす魔法の本たちが共鳴した。


「シオン領内の治安維持率が、この3ヶ月でどれくらい上昇したか教えてくださいませ」


 表紙に「了解」と文字が浮かび上がったくせに、シオンの書は該当のページを開いてくれない。


「どうして……」


 最近はシオンの書を、ゲームの「データ一覧」さながらに使いこなせている気でいたのだが。


「比率で聞いても反応しないよ。それなら、『1日あたりの犯罪件数』とか聞いた方がいいかも……」

「なるほど……ですわ」


 椅子に助けられてしまった。

「邪魔しないから一緒にいたい」と必死にお願いされ、ドラグの膝へ乗ることに承諾したものの――存在を意識すると、集中力が途切れそうになる。修行僧になったつもりで心頭滅却し、ようやく背中と膝裏の熱に慣れてきたというのに。


「集中集中! 時間がありませんわ」


 事件の犯人探しはともかく。監査官から出された、「領査定で30点以上を取らなければ領地没収」という課題の期限まであと2ヶ月。

 指摘されたインフラと治安の改善は進んでいる。でも、まだ5点足りない。次に強化できそうなのは――。


「他に点数に関わりそうな項目は『食料』、『住居』、『医療』……あぁ、どこから手をつけましょうか」

「そんなに真剣な顔して……無理、しないでね」


 どこか他人事の領主様を睨みつけ、シオンの書に「お願い」と声をかける。

 領民たちは、食糧に関してどれくらいの満足度を得ているのか――。


「『1体あたりの満足度・平均36点』……低い!」

「君がギルドを作ってくれたおかげで、シオンに越してきた人が増えたからね……」


 ゲームだと人口増加は喜ばしいことだが、現実問題そうもいかない。このまま人口が増え続ければ、領内の食糧が不足することもあり得る。

 畑の野菜類はノーム族が、森の果物類はエルフ族が収穫し、それを市場で流通させているはずだ。


「そろそろナノの要望に応える時……わっ!」

 

 突然身体が宙に浮き、いつの間にか夫と向かい合っていた。不服そうに細められた黄金の瞳から目を逸らすと、強引に顔を前に固定される。


「い、椅子は動かないのでは!?」

「もう椅子はやめた。朝から2時間もシオンの書と睨めっこしてるんだから、そろそろ構って……」

 

 この夫竜、あざとい。

「僕もしたいようにさせてもらう」――そう宣言してから、明らかに遠慮がなくなった気がする。いつの間にか名前に「さん」が付いていないし、隙あらば触れようとしてくるのだ。


「アレスターから聞いた……『推し』っていう、君の()()()()()()()が僕と似てるって」


 そう囁かれ、思わず頬が熱くなる。「いつも遠慮がちだった夫が成長した」という点では、良いことなのかもしれない――が、問題は私だ。

 転生先の「エメルレッテ」を受け入れたくない今の私は、クリスタル族の始祖の言葉を借りれば、「この世界の異物」。本当の私(きょうか)を未来永劫知ることのないであろう彼に、心を許すことはできない。


「別に推しと似ていらっしゃるからといって、す……好きというわけではありませんので」

「……じゃあ、嫌い?」


 僕は好き――かつてのドラグからは想像もできないようなセリフが、耳をかすめた。


「う……」


「私も好き」――そう返すことができれば、どれだけ楽になれるだろうか。

 でも、ダメだ。


「とにかく、シオンの書の分析に集中したいので降ろしてくださいませ!」


 心を鬼にして胸板を押すと、ようやくドラグは解放してくれた。密着していた背中と膝裏が熱い――少しずつ引いていく熱に、言い知れない寂しさを感じていると。


「あら……?」


 図書館の外が騒がしい。聞き覚えのある低音が、少しずつ扉の方へと近づいてくる。


「失礼するぞ、主人に奥方殿! お主らに客人じゃ」

「客人……?」


 首を傾げつつ、ドラグと目を見合わせた。


「疾く向かえ。緊急事態じゃからのう」

 

 やけに落ち着いた口調で「緊急事態」を宣言され、ドラグとともに玄関まで向かうと。

 広い玄関ポーチに仁王立ちしているのは、青黒い肌をしたオーク族の男性。隠しきれない筋肉が、黒のスーツ越しに浮き出ている。そして彼にスーツの首根っこを掴まれている、黒髪ツインテールの少女は――。


「レヴィン!?」


 1週間前。嵐の遺跡から逃げ出したはずの彼女が、今確かに目の前にいる。

 いったい何から問い詰めるべきか――声を失っていると。ドラグと同程度に背の高いオークが、うちわサイズ並みの手を振り上げた。


「……っ!?」


 ドラグの腕が、私の前に伸びる。とっさに顔を背けた瞬間――。


「大変申し訳ございませんでしたぁぁぁ!」


 破壊音と同時に、オークの雄叫びが玄関ホールへ響いた。


「へっ……?」


 小さなツノで、床を破壊する勢いの土下座。そして彼の手によって、床にめり込み土下座させられているのは、半透明になったレヴィンだ。


「グッ……この怪力オッサン! ボクは来たくて来たんじゃな……」

「黙れ不届きものが!」


 露骨に嫌そうな顔をするレヴィンを、追い打ちをかけるように床へ押し付けている。このダンディーな見た目に反して脳筋なオーク、いったい何者なのか。


「……あの、どういうことですの?」

「この馬鹿者が資材を盗んだ件について! 第二神官であるこのジュードが、責任を持って神王閣下へ報告させていただいた」


 神官――つまりレヴィンと同じ、このシビュラを統べる神王に仕えるものの1人ということか。

 ゲームでは見かけていないが、彼は誠実な人なのだろう。他人のスキルを借りられる【魔借り】で、クリスタル族のブラックに擬態したり、ゴーレム族のシカクに催眠をかけたり――色々とやらかした挙句、資材を盗んだ彼女をここまで連れてきてくれるなんて。


「盗難事件に神王様は関わってなくて、すべては彼女の独断……ってこと?」


 ドラグの問いかけに、ジュードは深く頷いた。

 

「資材を集めるよう、指令を受けたことは事実! だが『手段を選ぶな』、とは仰られていない。この者の勝手な解釈により、御領の資材を盗むような真似をしたということだ」


 ジュードの説明に対し、レヴィンは否定も肯定もしなかった。ただ静かに、床から彼を睨み上げている。


「この度の件に関して、『誠意を示せ』と神王閣下より仰せつかっている。つまり、この者にシオン……ひいては領主家へ償いをさせることが、同僚としての俺の使命!」


 燃える瞳でジュードは語るが、その横でレヴィンは心底うんざりした顔をしている。ついには半透明の身体になり、ジュードの手をすり抜けた。


「はいはい、もう分かったよ。『自首します』って言えばいいんだろ?」


 この幽霊、まるで反省していない。


「それでレヴィン? 貴女が盗んだ資材はどこへ?」


 傘をさして宙を漂うレヴィンは、皮肉たっぷりの笑みでこちらを見下ろした。


「さぁて? どこでしょーかぁ……痛っ!」

 

 いつの間にか立ち上がっていたジュードが、レヴィンを傘ごと地面に叩き落としている。


「領主代理に舐めた口をきくな!」

「いてっ、やめろオッサン! ちゃんと返したでしょーが! オッサンがぜんぶ、クリスタルとゴーレムどもにっ」


 驚いた。このオーク族の彼、実体化していない幽霊(レヴナント)に触れることができるらしい。それにまさか、大量の結晶石と魔性ツリーを、その身ひとつで運んできたというのか。


「……これは【鑑定()】たい」

 

 ゲームでの神官は、神王となったプレイヤーを補佐する役割だったが――この世界(シビュラ)では、レヴィン同様ただならぬ力を持っているのか。

 それにしても隙がない。右目の力を発揮するのは、今は無理そうだ。


「……僕、神官に初めて会ったけど。なんか思ってた人たちと違うね」

「え、ええ……」


 ドラグの言う通りだ。シビュラを統べる神王の補佐官というから、もっと威厳のある感じを想像していたのだが――種族は違えど、まるで親子のようだ。

 レヴィンはレヴナント族だから、見た目に反して実年齢はジュードよりも上のはず。それでも、レヴィンの方が明らかに子どもに見える。


「つかぬことを伺いますが……お二人はどういう関係なのですか?」

「先ほど言った通り、同僚だ。それ以上でも以下でもない」


 この感じ、「親子みたいですね!」と言うのはやめておいた方が良さそうだ。今度は私が、床へめり込むことになるかもしれない。


「とかく! 盗みを働いた不届者には、しっかり働いてもらう。皿洗いでもゴミ拾いでも、なんでも言いつけてくれ」

「はっ? ボクが皿洗いにゴミ拾い……? 聞いてないんだけど!?」


 浮遊したままジュードの腕にまとわりつくレヴィンを、ジュードは一切聞く耳を持たずに振り払った。


「神王閣下に誓い、性根の腐ったこいつを更生させてみせる!」

「……チッ、暑苦しいヤツ」


 冗談の通じなさそうな筋肉オークに、反抗期娘さながらのレヴナント――とにかく資材は戻ったのだから、正直まとめてお帰りいただきたいところだが。


「ちょうど良いではないか! 当家(ウチ)はいつでも火の車でな? 幽霊の手でも何でも借りたいところじゃからな」


 心底楽し気な笑みを浮かべているアレスターに、レヴィンが「ゲッ」と声を上げた。そういえば、2人は遺跡で闘っていたのだった――少年姿の吸血鬼が、物理力だけでレヴィンをねじ伏せていたシーンは記憶に新しい。


「おいオッサン……あの吸血鬼、ボクをいびり殺すつもりだぜ?」

「甘んじて受け入れろ! すべては貴様への罰だと思え」


 軽口を叩き合う凸凹コンビを眺めつつ、隣のドラグを見上げると。いつも白い顔が、さらに青くなっていた。


「……何でこんなことに?」


 かくして第二神官のジュードと第六神官のレヴィンが、グロウサリア家に滞在することになってしまったのだ。

次回:筋肉メイド、大暴れ。

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