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30話 代理の夫ではなく

 迷いなくシカクを指すイオ――つまり彼の言う、資材をここまで運んだ種族とは。


「ゴーレム族……なのですか?」

 

 偽ブラックが【スキル:擬態】を使って運ぶとしても、なぜゴーレムと断定できるのだろう。


『えっ……なに、ボク、何かした?』

「それはまだ分かりませんが、皆さんどうぞこちらへ」


 自信に満ちたイオに先導され、森の入り口へ向かっていくと。


「あっ、この凸凹(でこぼこ)!」

 

 森の中では暗くてよく見えなかったが、ここならば分かる。頻繁に足が引っかかっていた段差は、ゴーレムの足跡だったのだ。


「……僕らがたどってきた道と、まったく同じところを歩いてきたみたいだ」

「ご明察! さすがは領主様ですね……おや」


 森の中から続く、いくつもの足跡。ほとんどは小さいが、あることに気づいてしまった。正方形の巨大な足跡は、おそらく2体分ある。それもまったく同じ幅に見えるのだ。つまり、資材を運んだゴーレムとは――。


「シカク様。ゴーレムの方々は、足の形が皆さん同じなのですか?」

『ううん、全然違う』


 その通りだ。以前倉庫の周りを調査した時、1メートル幅の長方形、台形、正方形――様々な形の足跡を見つけたのだから。


「では、これは……」

「イオさん!」


 きっとイオが話そうとしたことは、私が思ったことと同じ。しかしまだ、シカクが犯人と決まったわけではない。同じ足形のゴーレムがいないとも限らないのだから。


「ランド社長に、この件を伝えましょう。ゴーレム族の皆さんの足形を確認してほしいと」


 証拠の足跡を踏まないよう、ゴーレム族の倉庫まで帰ると。ちょうど社長が、平ゴーレムたちと資材の搬入を行っているところだった。


『なに? 資材を盗んだ犯人はゴーレムだと!?』


 社長からすれば、同じ一族の誰かが犯人だなんて信じられないだろう。それでも、ここから港まで、ゴーレム族の足跡が続いていたのは事実だ。


『あぁ……分かった。冷静に対処せねばならんな。よし貴様ら! 全社員をここへ集めるのだ!』


 社長は怒りつつも、裏切り者を炙り出すために全社員をそろえた。

 胸騒ぎがする――でも、シカクが資材を盗む動機はない。何より彼が、そんなことをするはずがない。


『我々の中に裏切り者が?』

『まさかそんな……オレたちの団結は岩より硬い!』


 平ゴーレムたちの間で不安の声が上がる中。港まで続く足跡の横に、彼らは一体ずつ足跡をつけていく。


『全社員と宣言したのだ。我が息子も例外なく確かめる』

『トーゼン』


 胸が嫌な音を立てる中、シカクが足を踏み出すと――。


『あぁ……そんなことがあるか? なぜ息子の足跡が……』


 ガシャンと崩れ落ちたランド社長の横から、おそるおそる顔を出すと――正方形の足跡はたくさんある。しかし微妙に異なるどの足跡よりも、欠けた部分のないシカクのものが1番近い形をしていたのだ。


「そんな、あり得ませんわ!」


 とっさにシカクを鑑定()たが、スキルは【超怪力】のみだ。偽ブラックの擬態ではないと分かる――もしシカクが犯人だとしたら、彼が自ら資材盗難に加担したことになってしまうではないか。


『そんな……ボク、知らない!』

『しかし非常に疑わしき足跡が一致した以上、我が息子といえど野放しにはできん……ことの次第が分かるまで、お前は部屋に軟禁する』


 シカクの巨体が、さらに一回り大きいランド社長に担ぎ上げられた。


『そんな……エメル、ボク、誓ってやってない!』

「え、ええ! もちろん信じております! だって貴方は」


 ギルド創設から今まで、ずっと仲間として付き合ってきたというのに――しかし子狼のことに関して、シカクが何かを隠していたことは事実だ。ランド社長に担がれていくシカクと見つめ合いながら、「どういうことなの?」と喉から声が漏れた。


「……大丈夫?」

「え、ええ。いきなりのことで、少し驚いてしまいました」


 ドラグの手に、ふらつく身体を支えられた。

 

「……彼はそんなことをするようなゴーレムじゃないって、僕も思うよ」


 その通りだ。もし仮にシカクが犯人だとしても、動機がない。


「大変失礼ですが、ひとつよろしいでしょうか? 彼が金銭に困っていた様子は」

「……それ、今訊くことじゃないと思うんだけど」


 まったく普段通りのイオに対し、ドラグは普段と違う敵意剥き出しの目を向けた。やはり少し、彼は以前と違う――私を隠すように、イオの前へ立ちはだかったのだ。


「ええ、ですから失礼を承知でお尋ねしたのです。ゴーレムの彼がエメルレッテ様にとって親しい間柄とはいえ、客観的な視点を失っては何も見えなくなってしまいますから」


 まだ頭が混乱しているが、イオの言葉は正しい。肩に乗せられた震える手へ自分の手を重ね、「ありがとうございます」と呟いた。


「でも、エメルレッテさん……」

「まだ少し、こうしていてくださいますか? 貴方の手、暖かくて落ち着くので」

「あ……うん。僕でよければ、いくらでも」


 今は冷静に考えなければ――ランド社長は、魔性ツリーは黄金に等しい価値があると言っていた。イオはそれで、犯人が資材を金銭目当てで盗んだと考えているのだろう。しかしシカクがお金に困っている話は聞いたことがない。それに父の会社の資材を盗み出して、売るような真似をする彼ではない――結局、彼を庇う方向に考えてしまう。


「見せつけていただいているところ、失礼します」


 イオの少し苛立った調子に、ふと我に帰った。「見せつけ」とは、この手のことか――ずっと重ねていたドラグの手を、そっと離そうとしたが。手は固まったまま動かなかった。


「ドラグ様?」

「……別にそのままでも構いませんが。犯人の動機について、彼、シカク様自身のこと以外に何か心当たりはありませんか?」

「シカク以外、ですか」


 きっと彼が動くとすれば、他者のため――ふと浮かんだのは、彼の大切な恋人、ミス・グラニーだった。開発に断固反対の弟、ナノほどではないが、彼女も自然保護派のエルフだ。ゴーレムたちの伐採に、思うところがあるのは確かだろう。

 しかしシカクが、彼女の思いを汲んで共犯になるか――何よりミスが、そんなことを望むだろうか。


「分かりません……直接会って、話をしないと」


 シカクの真意を確かめるには、彼の瞳に宿る青い光と直接向かい合わなければ。

 シカクが軟禁されたのは、彼らの住居でもある石のビルディング――『ゴーレム建設魔導式会社』と立派な看板がかかった建物だ。森の中、塔のようにそびえる会社に、イオと夫を引き連れてお邪魔したのだが。


「これはまた、随分と大きな鍵がかけられておりますね!」

「感心している場合ではありません! どこか他に入れるところは……」


 エメルレッテの身長の倍は高い位置にある小窓からであれば、中の様子が見えそうだ。


「ドラグ様、肩車をお願いします」

「えっ……ええ?」


 強制押し倒しイベント(あんなこと)をやらかしておいて、今更この程度を渋るのか――頬を染めるドラグの背中へ強引に飛びつき、肩車してもらうと。高いところにある小窓から、ちょうど顔を覗かせることができた。


「シカク、私ですわ!」

 

 硬そうな石のベッドに横たわったシカクは、目に灯るふたつの光を不安定に揺らしている。


『エメル……ボク、どうしたら』

「貴方がそんなことをするはずないと、私は友人として信じています。でも……『だれか』を庇うために、何かを隠しているのでは?」


 シカクの瞳の揺らぎが止まった。

 悩んでいる様子の彼に、「ララミィを悪いようにはしません」と声をかけると。


『エメル……そっか、ララミィと会った?』


 やはり。シカクが庇おうとしていたのは赤茶色の毛を持つ子狼、ララミィだったのだ。あの毛は彼女と倉庫で遊んだ時に落ちたもの――ようやく彼は白状した。


『倉庫に他の種族入れたのバレたら、トーさんに怒られるって、思った……』

『何をしている貴様ら!』


 背後からの大声に跳ね上がると、平ゴーレムが廊下の向こうから突進してきた。


『たとえ領主代理だろうと、疑惑のあるシカクには近づけるなとのお言いつけだ!』

「ですが……」

『問答無用!』


 3人とも巨大な指に摘み上げられ、一階のロビーまで降ろされてしまった。もう少し話を聞きたかったのだが。


「ランド社長はかなりショックを受けられているご様子ですね」


 イオの指す方を見ると。陽を浴びたランド社長が、外の巨大なデッキの上でうなだれていた。

 シカクには、自分の会社の資材を盗む動機なんてないはずなのに――しかし港への足跡がシカクのものであることは事実だ。

 果てしない青空を仰いでいると、肩にそっと冷たい手が触れる。


「……僕、ランド社長と話してみるよ」


 なんとドラグは、社長を落ち着けさせて、シカクと話ができないか説得してみると言い出したのだ。


「えっ、でも……」

 

 ひとりで他種族と話をするなど、これまでのドラグからは考えられない行動だ。


「……僕、いちおう領主だし。これくらいのことは頑張らないと」


 イオに弱々しい睨みを利かせるドラグに、つい「成長しましたね!」と口走りそうになった。いくらなんでも、これは年上の彼に失礼だろう。


「成長されましたね!」

「イオさん……」


 まったく、悪意があるのかないのか――無垢な空色の瞳を向けられ、ドラグは決まりが悪そうにため息を吐き出した。

 とにかく、ここはドラグの勇気を信じるべきだ。シカクが軟禁された会社に夫だけを残し、彼の成長に本気で関心している様子のイオとその場を去った。


「さて、今度はどちらへ参りましょう?」

「【擬態】のスキルをもつララミィが気になります。遺跡へ向かいましょう」

 

 もう一度だ。レヴィンと子狼のスキルを、念のため再確認しなければ。そしてララミィに、シカクが犯人と疑われていることを伝えてみよう――資材を運んだ犯人がシカクでないのならば、擬態した彼女以外考えられない。倉庫で遊んだ仲ならば、思うところはあるはずだ。

 軽く切れた息を整えながら、太古の遺跡に到着すると。


「あれ……どうしたのですか?」


 夕陽の照らす結晶石の上に、子狼たちは荷物を並べていた。


「……引っ越しの準備」


 こちらを煙たげに振り返ったゴシックガールは、すぐに前へ向き直った。対話を拒むかのように。


「……なぜ、このタイミングで?」

「ここ、あんまり占いの商売にならなイ。そろそろヨソへ移動する頃」

 

 そう簡単に行かせてなるものか――こちらに背を向けたレヴィンに意識を集中させ、熱を帯びた右目で彼女を鑑定()ると。


「えっ、どうして……」


 最初に見えた、紫魔法のダイアログが消えている。かすれて見えなかった表示、【???】だけが浮かんでいた。


「でも、なんで……?」


 右目がおかしくなったのか。それとも、レヴィンが何かをしたのか――()み色の横顔を見つめても、あからさまに視線を逸らされるだけだ。


「エメルレッテ様。何か気掛かりなことがあるのでしたら、彼……いえ、彼女に直接聞いてみては?」


 イオのいつも通りの笑顔に、少しだけ鼓動が落ち着いてきた。

 

「……そう、ですね」


 この際、【能力鑑定】について知られても構わない。震える指を握り、不機嫌そうなレヴィンの前に進み出た。


「貴女、本当に人間なのですか?」


 前回と今回のスキル鑑定結果を、彼女に伝えたところ――病み色の瞳が一瞬こちらに向いたが、すぐに逸らされてしまった。


「……今は引越しで忙しイ。これから出ていくレヴィンとあなたは、もう関係ないでショ」

「では、ウェアウルフたちにお話をうかがっても?」

 

 疑念の目を子狼たちへ向けると、レヴィンはようやく動いた。しかし背に庇われた子どもたちは、相変わらず事件のことと聞くと、「ヒュードロドロ」と幽霊ごっこをしている。

 赤茶色の毛の小さな狼――ララミィだけは、幽霊ごっこに混ざっていない。仲間たちから一歩引いたところにいるララミィに歩み寄ると、彼女は小さく飛び上がって顔を背けた。


「ララミィに、お伝えしたいことがあります」

「……なに?」


 シカクが資材盗難事件の犯人と疑われ、軟禁されている――そう伝えたところ。一瞬こちらを振り返った瞳には、戸惑いの色がにじんでいた。


「……かんけーない」


 本当にそうなのだろうか――言葉とは裏腹に、彼女の小さな耳と尻尾が動いている。

 動揺する横顔を鑑定()ると。【スキル:擬態】のダイアログ――やはり彼女も関与している。ならば、このまま見過ごすわけにはいかない。

次回:ついに真犯人との直接対決…!

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