28話 ヒュードロ
ゴーレム族の倉庫で見つけた、赤茶色の毛。遺跡の祭壇で跳ねる、赤茶色の毛をもつウェアウルフの子ども――そしてその子のもつ【スキル:擬態】。
繋がっているようで、繋がらない。
「偶然……なの?」
人間を名乗りながら魔法スキルをもつ、占い師の少女レヴィン。彼女とウェアウルフたちがじゃれ合う現場に、このまま乗り込んで行くべきか。
「エメルレッテ様。貴女は領主代理であらせられるのですから、堂々と事情聴取なさっては?」
「あ……そうですね」
勝手に貴重な遺跡へ侵入したとして、領主代理の権限で事情聴取をする――よし、この名目でいこう。そう決意し、足を踏み出した瞬間。
「にんげん、お姉ちゃんのともだち?」
「こっち」、と呼ぶ幼い声を見下ろすと。ブーツのつま先に、栗毛の子狼が乗っていた。さらに反対の足にも、黒い毛の子が抱きついている。
「かっ……かわっ!」
毛がふさふさで、亜麻色の瞳がキラキラと輝いている。そして彼らから漂う、この嗅ぎ慣れた匂い――キノコーヒーだ。
「ちょっと、エメルレッテ様」
「はっ!」
隣のイオの声に引き戻され、ふと遺跡の祭壇を見上げると。こちらに湿った視線を向ける、深淵のような瞳に捉えられた。
「……お客さん、レヴィンのこと、つけてきタ?」
「あ、あの、これは……」
もう正直に話すしかない。
あごに手を当て微笑んでいるイオを引き連れ、石の祭壇に上がっていった。
「実は、領内で資材の盗難が相次いでおりまして。あちこちで話を聞いて回っている最中なのです」
嘘は言っていない。が、彼女たちに容疑をかけていることを知られるのはマズイ。
とにかく素性について話を聞きたい、と「領主代理」の権限を行使したところ。黒いレースを翻したレヴィンは、飛びついてくる子狼たちを抱えたまま、青緑の結晶石へと腰かけた。
「……別に楽しい話じゃなイ。占い師として、遠くから旅してきタ。その途中、色んなところで親とはぐれたこの子たちと出会っただケ」
兄弟にしては、毛の色や耳の形などにばらつきがあると思った――レヴィンが行き場のない子どもたちを、シオン領まで連れて来たという。
「こんなにいっぱいで泊まる宿代なイ……どこに行っても野宿してル」
「それで遺跡に滞在しているのですね」
たしかにここならば、結晶石でできたモニュメントの下で、雨風をしのぐくらいはできそうだ。
それにしても、なぜレヴィンは彼らを助けたのだろうか――種族を偽っている以上、「ただの良い人」では片付けられない。
「……レヴィンが雪山で遭難して、死にそうだった時。最初に出会った子たちが、身体を温めてくれタ」
そのおかげで、彼女は生きながらえたという。
レヴィンが視線を向けたのは、赤茶色の1番小さな子狼だ。
「あの子のお名前は?」
「ララミィ……」
レヴィンより先に、あの擬態もちの子狼へ、事件について尋ねた方が良い気がする。
レヴィンから離れ、兄弟たちとじゃれ合うララミィへと近づいた。珍しく口を閉じたままのイオも、後をついてくる。
「初めまして、ララミィ」
「……うん」
人見知りなのか、こちらを警戒しているのか――固まっているララミィの前に膝を折り、「突然ですが」、とできるだけ自然に微笑んだ。
「ゴーレム族の倉庫に入ったことはありませんか?」
「えっ……」
亜麻色のキュルンとした瞳が小さくなっていく。イオに促し、倉庫で拾った赤茶色の毛を取り出すと。
「どうして、それ……」
ララミィの尻尾がピンと立った。やはり何かを隠している気がする。
もしかすると、赤茶の毛を捨てようとしたシカクは、この子を守ろうとしていたのだろうか。
2人はあの倉庫で会っていた――?
「もう分かったでショ?」
思考を打ち切ったのは、レヴィンの冷たく響く声だった。
「ノーム族よりも小さくて、魔法も未熟なこの子たちに、丸太の山を盗み出せると思ウ?」
「……たしかに無理そうですが」
ゴーレムですら手のかかる資材を運び出すのは、彼らには不可能――しかしこの子は【スキル:擬態】をもっている。
【超怪力】という恵まれたスキルをもつシカクに化け、資材を盗んだのか――でも流れの子狼が、何のために?
それにララミィが偽ブラックだったとは思えない。偽ブラックには、あの時点で読み取ることのできなかった、第二のスキルが鑑定えたのだから。
「にんげん、トーナン事件の犯人、さがしてるの?」
遺跡のあるエルフの森と、倉庫のあるゴーレム族の森は繋がっている。もしかしたら、子狼たちが何か目撃しているかもしれない。淡い期待を込め、「何か変わったことはなかった?」と尋ねると。
「きんいろのツブツブ、もりをフワフワしてる。シザイぬすんだの、ユーレイのしわざかも」
「金色の……ツブツブ? 幽霊?」
レヴィンの右肩から降りたチビ狼は、手をぶらぶらさせ、「ヒュードロドロ」と楽しげに発した。まさかここに来て、「犯人は幽霊」という斜め上の発想が飛び出すとは――。
「やめテ!」
突然の声に、思わず肩を揺らしてしまった。
今のはレヴィンだったようだ。ふざけているのを止めようとした割には、妙に慌てている気がしたが――まさか、本当にこの森には幽霊が出るとでもいうのか。
「ふぅ……そんなまさか、ですわね」
レヴィンと子狼たちは事件に関係ないのか――いや、そんなはずはない。ララミィの擬態スキルは、偽ブラックと同じ――しかし偽ブラックは2つのスキルを持っていたが、ララミィはひとつだけ。一方素性を隠すレヴィンは、精神系の魔法である【紫魔法B】と、もうひとつ隠しスキルを持っている――ダメだ。微妙に噛み合わない。
「イオさん……」
頼みの綱を振り返っても、イオは先ほどと同じポーズで微笑んでいるだけだった。細められた碧眼は、子狼ではなくレヴィンの横顔に注がれている。
「それやめテ。不愉快」
「ヒュードロ」ごっこを続ける狼の子たちを、レヴィンは半ば本気の迫力で止めている。そして何かを隠している様子のララミィは、遊びに参加していない――やはりダメだ。今の時点では何も繋がらない。
「エメルレッテ様、一度現場へ戻りませんか?」
「……ええ。その方が良さそうですわね」
たしか倉庫では、シカクが見張り番をしていたはずだ。ララミィのことについて、今度はシカクを問い詰めてみよう。
言うことを聞かない子狼と、それを追いかけるレヴィンからそっと離れ、ゴーレム族の森へと戻ることにした。
「シカク、ご苦労様です」
『エメル……何か、分かった?』
占いの時ギルドにいたシカクは、倉庫の前に戻っていた。さっそくまずは、レヴィンについて尋ねると。『ギルドで会ったばかりで何も知らない』という。
「では、貴方が狼の毛を捨てようとしたことについて……ララミィという、この毛と同じ毛並みを持つ子とお話をしたのですが」
もしかして友だちなのでは――そう問いかけたところ。
『ギクッ』
再び分かりやすい擬音を立てたシカクだが、それでも『トーさんに怒られる』とそっぽを向いた。
「ランド社長には黙っていますから、本当のことを……」
「金ピカのニンゲンっ!」
町の方角から駆けてきたのは、シンシアの孫――ニシカだった。彼女は息を切らしながら、「イオに追加の依頼が来てる」と話した。
「おや、もしかすると早朝の『鬼水雲駆除』の続きでしょうか?」
「そう、それ! セイレーンの長、モズクの大量発生で困ってる」
イオの腕が良かったため、鬼水雲の駆除をまた手伝って欲しいと、セイレーン族から要請が来たという。
「生活がかかっているのですから、どうぞ依頼を優先させてくださいませ」
「ですが……いえ、今はそうさせていただきましょうか」
とりあえず明日、またギルドの前で待ち合わせる約束をしてイオを見送ったが――自分ひとりで考えても、謎は深まるばかりだ。
シカク、ララミィ、レヴィン――偽ブラックと繋がりそうで繋がらない。
『エメル、顔色悪い。もう休んだほうがいい』
「え? ええ……もう日も暮れますしね。また明日ですわ、シカク」
やはりひとりではダメだ。
ドラグのことも気にかかる。今日は早めにお屋敷に帰るとするか――。
「おお、ようやく帰ったか!」
玄関をくぐると同時に響いた低音に、顔を上げた瞬間――天井から黒い影が降ってきた。声のない悲鳴が、疲れた喉を震わせる。
「油断しておったようじゃのう。本当に、お主は良い反応をする」
見た目にそぐわない色香を放つ少年執事は、満足げに微笑んでいた。
「アレスター……はぁ」
まったく、このショタじじ吸血鬼は普通に登場できないのだろうか。今度こそ強く言って聞かせたいところだが、今はそれどころではない。
バクバクと脈打つ心臓を押さえ、深呼吸していると。
「お主、昨晩の話し合いは上手くいかなかったのか? あやつ、一歩も部屋から出てこなかったぞ」
「……え?」
『ここまで来たら……最後の手段に出るしかないかなって』――不穏なことを口走っていた夫が、まさか動いていないとは。
屋敷を去ろうとしているのではなくて安心したが、逆に一歩も出てこなかった――不穏な気配を感じる。
「だいぶ思い詰めておったからのぅ。グロウサリア家の執事として助言はしてやったが……早く何とかしてやらんと、あやつ何をするか分からんぞ」
「何をするか分からんって……」
相変わらず食事も摂らずに引きこもっている。アレスターの言葉に、不安の影がより濃くなった。昨日の夕食にも出てこなかったというのに――これは迎えに行くしかないだろうか。
今は目を見て話す自信がないが、このままにはしておけない。
「頼んだぞ、奥方殿。ワシはいつでも、お主らを見守っておるからな」
「……? はい」
アレスターにちょいちょいと指で近寄るよう指示され、膝を曲げると。
「いっ!?」
首筋にがぶりと噛みつかれ、あまりの痛さに声が出なくなった。噛みついた本人といえば、満足げに笑っている。
「ちょっと何するんですか!? これ絶対血が出てますよね?」
「なに、目印をつけただけじゃ。安心せい、血は余さずいただいておいたぞ」
結局詳しいことは教えてくれないアレスターに手を引かれ、ドラグの部屋の前へと連れて行かれた。
「頼んだぞ」、と早々にアレスターが去る頃には、いつの間にか首筋の痛みも和らいでいる。
「……はぁ」
痛みで気が逸れていたが、今は身体がこわばっている。彼とどういう顔で向き合えば良いのか――。
「ドラグ様……?」
決心して部屋のドアを何度叩いても、物音ひとつしない。もしや考えすぎで寝てしまったのだろうか。
「……失礼しますわね」
カーテンは閉め切られていて、灯りもついていない。記憶を頼りに、手探りでベッドの方へ向かうと。
「……君か」
黒一色の中に、金色の瞳がふたつ浮かんでいる。この暗闇でも、ドラゴンにはこちらの姿が見えるのか。
「勝手に入って申し訳ございません。夕食のお誘いに参ったのですが」
鈍く光る瞳の方へ近づいた瞬間――抗いようのない力で腕を引き寄せられた。震える短い息が、顔にかかるのを感じる。
「ごめん……やっぱりダメだ。君を離してあげられない」
「え……?」
ドクンと跳ね上がる鼓動が頭を乱し、何も考えられない。
常に気弱で遠慮がちな夫が、エメルレッテの身体を逃さないように捕まえている――「なぜ」、という言葉が真っ白な頭を回る中。ただひとつ感じたのは、唇に触れる熱い温度だった。
次回:いやいやいや、待ってください。『最終手段』って、まさかこれのことですか?




