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27話 逆位置デス

『最後の手段に出るしかない』

 夫の不穏な言葉の真意を聞けないまま、夜が明けてしまった。

 あの思いつめた声――まさか私がいない間に、シオンを出る気ではないだろうか。最悪なことばかりが頭を過る。ドラグのそばに張り付きたいところだが――。


「……イオさん、迎えに行かないと」


 今日は朝から、狼が棲みついたという太古の遺跡へ調査に向かう約束をしている。ドラグが妙な気を起こさないようアレスターに監視を頼み、後ろ髪を引かれる思いで屋敷を出発した。

 しかし、いざカフェ&ギルドに赴くと。


「えっ、まだ戻っていないのですか?」


 ギルドの受付で、朝のコーヒータイムをしていたシンシアに確認をとったところ。イオは夜明け前に依頼へ出たという。


「朝一だから、エメルが迎えに来る時間には間に合うって言ってたのよ。でもまだ戻っていないわねぇ」

「ちなみに、どのような依頼ですか?」

「セイレーン族の入り江で鬼水雲(おにもずく)の駆除をする依頼よ。大量発生して、彼らの漁網に引っかかって困っているみたい。まぁ草刈りみたいなものね」


 ギルドの依頼といえば、「魔獣の討伐」といったものを想像しがちだが。実際は、ボランティア活動のような内容が多いらしい。


「私たちもそうだけれど、人間は魔法が使えない種族でしょう? 娘たちのように特殊な戦闘経験でも積んでない限り、危険な依頼は出しませんよ」

「それで草刈り、ですか」


 ただ帰りを待っているのも時間がもったいない。せめて謎めいた()助手について、何か知ることができれば――首を傾げるシンシアに、彼の登録者名簿を見せてほしい、と頼み込むと。


「あらまぁ! まさかエメル、彼の熱烈なアプローチに気持ちが傾いてしまったの?」

「違います! 誤解が広まりますから、あまり大きな声を上げないでくださいませ」


 冗談かと思ったが、どうやら本気の心配だったらしい。ほっと胸を撫で下ろしたシンシアは、「内緒ですよ」、とイオの個人情報を控えた書類を公開してくれた。

 領主代理特権でプライバシーを侵害しているが、緊急事態だ。仕方がない。


「イオ・サキギリ、人族、21歳。トウキョウト出身、フリーの冒険者……」


 大体は本人から直接聞いたことばかりで、特に有益な情報はない。


「これは内緒の話だけれど。彼、質素な身なりをしているわりに、振る舞いがとても上品でねぇ。実はどこかの国の王子様なのかしら?」

「……まさか!」


 あのエセ紳士に、そんなおとぎ話のような秘密があるわけない。しかし多方面からイオについての話を聞くごとに、「怪しい」という認識が強くなってきた。今思えば、初対面でプロポーズしてきた時点で、正気を疑うべきだったのだが――思考が歓声にかき消される。


「外が騒がしいですわね」

「あぁ、テラス席よ。カフェに上客が来ているの。あの占い師さん、最高ランクの『魔力増強キノコーヒー』を何杯も頼んでくださっているわ」

「それは気前の良い占い師さんですわね」


 そんなにキノコーヒーを気に入ってくれたとは、いったいどんな魔族なのだろうか――下に降りていくと、テラス席が客に囲まれていた。シカクまで輪の中に混ざっている。


『エメル! この人間、すごい』

「えっ、人間?」


 バフ効果のあるコーヒーを頼んでいるというから、てっきり魔族かと思ったのだが。

 シカクが青いボディを退けると、テーブルにカードを並べる少女が顔を上げた――この少女、ただものではない。ラメの入った黒のシャドウと長いまつ毛の奥から、闇色の瞳がこちらを捉えている。秘めた力を持っていると確信させる、何かを感じるが――それよりも。


「くっ、クラシカルなゴシック・ロリータ! 甘さがほぼないカチューシャにツインテール、病みメイク……どストライク」

『エメル、それ魔法の詠唱?』


 しまった。外見が滅茶苦茶タイプすぎて、うっかりご令嬢キャラが元のオタクに回帰してしまった。

 それにしても、この世界で人間の女性を見るのは初めてだ。


『この人間、レヴィン、ボクが恋人とケンカしてるの当てた。エメルも、相談乗ってもらうといい』


 珍しくはしゃいでいる様子のシカクに、ただ微笑むしかなかった――これまで占いを信じたことはない。人族は魔法が使えないというのだから、彼女も元の世界の占い師同様、観察眼に優れている人間なのだろう。


「レヴィン、あなたから感じル。ブレるふたつの心」


 不思議と頭に響く少女のカタコト言葉に、余裕を保っていた胸がドキリと鳴った。彼女の指摘は曖昧だが、前髪の隙間から覗く瞳には強い引力を感じる――闇色の鈍い光に誘われ、いつの間にか彼女の正面へ座ってしまった。


「あれ? どうして私……」

「カードの導キ。そういう運命だったかラ」


 囁くように喋る間にも、彼女は慣れた手つきでカードを並べている。


「1000ソロン、ちょうだいしまス」

「あっ、料金はしっかり取られるのですね」

「レヴィン、養う家族いル……まいどあリ。これでお土産のコーヒー買えル」


 すると占い師の少女は何かを訊ねることもなく、伏せたカードを開いた――現れたのは、大鎌を担いだ死神のような髑髏だ。


「これは、逆位置の『デス』」

「デス? まさか『死』……ですか!?」


 最近の占いでは、あまりにも不吉な意味は出ないと聞いたのに――元の世界での話だが。


「『(デス)』はあなたを見ていなイ。多分、まわりの誰カ。うんと、ツノのある『影』の男と金ピカ『太陽』の男」

「影と太陽って、まさか……」


 ドラグとイオのことを指していたとしても、具体的すぎる。


「あの、レヴィンさん? もしや私のことをご存知なのでは」

「ううん。知らなイ」


 疑わしいが、これまでにシオンの町や森で彼女を見た覚えはない。まさか本当に、他人のことを視る特別な力があるというのか。


「それにしても不吉なカードですが……2人が不幸な目に遭うってことですか?」

「死は、あなたが選ばなかった男の方を見ル。すべてはあなたしだイ」


 そもそも、だ。占いで死の運命を予測するなど可能なのだろうか――ドラグはまだしも、出会ったばかりのイオの運命が私にかかっているというのは納得し難い。


「生きるも死ぬも、あなたの選択しだイ。『太陽』のこと、どう思ってル?」

「どうって……」


 太陽――イオのことを指すのだろう。

 ドラグとの誤解を生み出した件については許せないが、彼の核心は分からない。助手を名乗り出たわけや、怪しい行動の真意――とりあえず、今の時点では「名助手・エセ紳士」だ。


「じゃあ影ハ?」


 影。まさに、気弱でいつも顔に影を落としている夫のことだ。最愛の推しに似ても似つかない彼だが、本当は気遣いがうまくて、料理や掃除も得意なところは見習うべきで――ダメだ。彼が稀に見せる笑顔を思い出すと、目の奥が熱くなってくる。


「……早く話さないと」


 目の前の少女に聞こえないよう、そっと呟くと。彼女は『死』のカードをこちらへ差し出しつつ、不気味に微笑んだ。


「レヴィンの占い、絶対当たるヨ。その時が来たら迷わないように、どっちか決めておくといイ」


 絶対、と口にする彼女の目が黒く光った。その暗い輝きを浴びていると、「占いが絶対当たる」という気がしてくる。

 占いで人の死を予見できるわけがない。あんなに信じられないと思っていたのに、なぜ――。


「おや、占いですか」


 弾むような声に、ハッと顔を上げると。


「イオさん?」


 ずっと待ち構えていた彼が、テーブルの側に立っていた。見慣れてきた胡散臭い笑顔に、今はなぜかほっとする。


「すみません、お待たせしてしまって。貴女がこちらにいらっしゃると、受付のレディから聞きまして」

「え、ええ……ですが今」


 イオからレヴィンへ視線を移すと、右目がじんわりと熱くなった――疑念が勝手に作用して、彼女を鑑定()てしまったらしい。

【紫魔法B・レベル82】――シカクはレヴィンを「人間」と言っていた。おそらく彼女がそう名乗ったのだろう。


「どうして魔法スキルをもっているの……」

「エメルレッテ様? どうかしましたか?」


 イオの声に弾かれ、正面を向くと。カードを片付けたレヴィンは、「帰る」と素早く立ち上がった。

 揺れ動くツインテールの奥に見えた、もうひとつのダイアログ――文字がよく見えない。おそらく強スキルだ。彼女は【スキル:擬態】をもっていないようだが、怪し過ぎる――。


「イオさん、彼女を尾行します」

「ええ、仰せのままに」

「え……?」

 

 まさかの即答に、思わず足を止めてしまった。もう少し、「なぜ?」とか「彼女は?」とか訊かれると思っていたのだが。


「彼女の服に、これと同じ毛がついていました。おそらく何か関係しているのでしょう」


 イオが取り出したのは、白のハンカチに包まれた赤茶色の毛だった。まさか、彼女は太古の遺跡に棲みついたという狼と関係があるのか――。


「考え事はあとです。とにかく追いましょう!」

「はっ、はい!」


 イオに手を引かれ、森の中へ入っていく早足の少女を追う。足音を聞かれないよう一定の距離を保ちながら。

 それにしても、彼女の足音が聞こえない。ふつうは枝や葉を踏みしめる音が響きそうなものだが――思考を打ち切るように、先導するイオが「太古の遺跡とは……」と囁いた。


「シビュラの一部の学者や歴史マニアの間で有名な、『シオン遺跡』のことですね。太古の強力な魔法の痕を見ることができると聞きました」


 ドラグがかつて事故に遭い、翼に怪我を負った場所――まだ屋敷に来たばかりの頃、アレスターからそう聞いている。

 

「イオさん、詳しいのですね」


 ここに来て日が浅いというのに。

 疑念の視線を向けると、イオはいつもの調子で微笑んだ。


「もしや名探偵は、私が盗難事件に関与しているとお思いですか?」

「え!? どうして……」


 イオの登録者名簿を閲覧する私の姿を見た、とイオは告白した。まさかあのタイミングで依頼から戻っていたとは――。

 正直分からない。推理も現場観察も苦手な私――ただ個人の能力を鑑定()ることしかできない私にとって、この目に映るイオ自身が、信じるに足るか否かという判断しかできないのだから。


「でもイオさんは、信じられる気がします。勘ですが」


 得体の知れない微笑みに、あの鋭い観察眼。ただの冒険者ではないことは確かだ。しかし私にとって彼が「善」か「悪」かと問われれば、おそらく前者の気がする。


「そうですか。それは光栄です」


 イオは意外にも、心底ホッとしたような表情で前へ向き直った。

 そういえば彼は、私と誰かを重ねているようだった。竜巻の上から落下した時、『今度こそ救えた』――そう絞り出すような声で呟いたのだ。


「実は私、フリーの冒険者ではないのです。とある神官殿のお遣いで、こちらに参上した次第で」

「え……神官って」


 ゲームの「神官」は、神王の座に着いたプレイヤーが自由に指名できる、6体のサポートキャラだ。それぞれが領主クラスの強スキルや戦闘力を有する特別なキャラクター――イオの正体は、その配下だというのか。


「ちょっと頼まれごとをしましてね。『シオンの様子を人間の目線で見てきてほしい』、と」

「人間の目線で……」


 イオはそれ以上語らず、「ご覧ください」、と森の前方を指した。

 なぜ彼がここへ遣わされたのかも気になるが、今は妖しさ満点のレヴィンが先だ。

 

「彼女が入り込んだあの場所。やはり遺跡のようですね」


 木々の隙間から朝日の射し込む、神聖な石の祭壇。そして苔の()したモニュメントに結晶石の祠――画面の中以上に幻想的な風景が、そこに佇んでいた。


「ここが太古の遺跡……ですのね」


 鳥のさえずりだけが響く静寂の中、「わっ」と子どもの歓声が上がった。慌ててイオと石柱の影に隠れたところ。


「お姉ちゃん! いい匂いのそれ、なに~?」

「コーヒー。水筒にたっぷり入れてもらっタ」


 ゴシックガールの周りには、様々な毛色のウェアウルフたちがまとわりついている。

 あれがナノの言っていた狼たち、そしてレヴィンの「養う家族」、「お土産を買って帰る相手」――ウェアウルフのことだったのか。


「エメルレッテ様、あちらをご覧ください」


 イオが指したのは、十数匹の中でも1番小さな子狼――あの子だけ赤茶色の毛並みだ。


「イオさん、あれって……」

「ええ。この毛と同じものに見えますね」


 疑念に反応して、勝手に右目が熱を帯びていった。全体ではなく、対象を赤茶毛の狼に定めて。

 黒のスカートに縋り付く子狼から鑑定()えたダイアログは――【擬態】。

 忘れもしない。偽ブラックと同じスキルだ。


「これって……偶然?」

次回:人間の占い師レヴィンの正体とは…?

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