表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/103

26話 推しモドキ、再来。

 エメルレッテの細腕を、強引に引いた竜人――黒く大きな手の持ち主は、まるで「推し(ドラグ)」のような堂々たる振る舞いでこちらを見下ろしていた。


「帰るぞ、我が妻よ。もう日も暮れるというのに、いつまでよその男と出歩いているつもりだ?」


 黄金に輝く瞳、漆黒の髪、威厳を感じさせる長身――いや、冷静に考えよう。元の世界の推しは、画面越しでしか会うことの叶わなかった完全なる竜だ。どう見ても半竜半人、この腕に触れている彼は、この世界のドラグに違いない。しかし人が変わったかのような態度と陽オーラは何なのか。


「どうした? まさかぼ……俺に見惚れているのか? やはり堂々とした男が好みなのだな」


 明らかに無理しているが、これは指摘して良いのだろうか。

 

「失礼、ドラグ様……ですよね?」


 擬人化したドラグ様が現実にいたら、こんな感じなのかもしれない。「元の世界の推し」と「この世界の推し」の完全融合体――完璧なはず、なのだが。「これじゃない」感がすごいのは、なぜなのだろう。

 きっとグロウサリア家に転生したばかりの私だったら、彼の姿を見て尊死(とうとし)したに違いない。しかし今は――。

 何かを期待するドラグから視線を逸らすと、傍らでイオが興味深げに彼を見つめていた。


「ほう、これは面白いですね。旦那様は、エメルレッテ様の好みに寄せようと努力なさったのですか?」

「イオさん……!」


 火に油を注がないでほしい――しかしイオの挑発に対し、ドラグは表情を変えず口を開いた。


「妻が敬愛する『オシ』とやらについて、執事(アレスター)から聞いた。俺は……この姿のほうが、彼女の望む夫に近いのではないか?」

「ドラグ様、それは……」


 たしかにアレスターと「推し談義」をした覚えはあるが、「推しに寄せてほしい」とドラグへ望んだ覚えはない。それにどう見ても、無理をしているようにしか見えなかった。


「別に、こんなことを望んだわけじゃ……」


 思わずこぼれた小声に、隣のイオが口元に指を当てて笑った。


「なるほど。では旦那様は、奥方のことをどれくらいご存じなのです?」

「……何?」

「例えば、彼女が愛用する化粧品は『トウキョウト製』だとか、朝起きて最初にするのは『猫のポーズで伸びをすること』だとか。そういった細かい部分ですよ」


 イオの言葉に、ドラグの表情がかすかにこわばった。

 いや、そもそもイオがなぜ私のモーニングルーティンを知っているのだろうか。


「イオさん、その辺でもう……」

「では、奥方が現在考えていることは?」


 いつも細められている碧眼が、一瞬だけ鋭く開いた。一方のドラグは言葉に詰まっている。


「エメルレッテさんが……何を考えてるか?」


 首をひねったまま固まるドラグを、イオは強い眼力で見上げた。いつもとは違う雰囲気に、鳥肌が立つ。


「領主代理として働く彼女は、盗難事件を一刻も早く解決しようと動いています。それに比べ領主の貴方は何です? 奥方の周りをコソコソ着いてまわるだけ、あまつさえ彼女の気を引こうとこのような――」

「イオさんストップ!」


 イオの指摘はもっともだが、彼はドラグの事情を知らないからそこまで言えるのだろう。

 私の後をついて外を回れるようになっただけでも、大した変化だと感じていたのだが――甘やかしすぎだろうか。


「私の方が、今は彼女を支えているように見えますが? ねぇ、エメルレッテ様」

「え……そう、かも?」


 時々イラつくが、助手として役立ってくれていることは事実だ。しかしドラグがいてくれたからこそ、ここまで来られたというのに――そう口を開く前に、ドラグの周囲の温度が急速に落ちていった。


「……そうか。暗い欠陥品より、明るくて頼りになる男が、君の隣にいた方が……」


 不穏な呟きを残し、ドラグは黒い影を纏った翼を翻した。


「ドラグ様!」


 呼び声は届かず、彼は人混みの中へと消えていく。


「どうして、こんな……」

 

 何が彼をここまで不安にさせてしまったのだろうか。

『抱きしめた時も、き、キス……したいって言った時も、君はなんか後ろめたそうな感じがしてて』――ギルドでイオと出会った時、ドラグはそう言っていた。

 私が「エメルレッテ」ではなく「匡花」であることが引っかかって、ドラグに遠慮していたから――?

 それとも、私がイオを助手として認めたからか――。


「エメルレッテ様」


 落ち着いた声に弾かれ、顔を上げると。「今日はもう帰りましょうか」、とイオはいつもの調子で微笑んだ。

 そうだ。帰ってドラグと向き合わなければ――しかし胸の奥がズキリと痛み、声が出ない。


「エメルレッテ様……?」

「ま、まだ日は落ちていませんし、もう少しだけ街の様子を見ましょう! せめて何か、手がかりを見つけませんと……」


 イオに背を向け、深く息を吸った。

 今の私は、ただの無力な人間ではない――この右目を全力で使えば、何か分かることがあるかもしれない。


「……今は、事件解決が最優先」


 自分に言い聞かせるように呟き、じんわり熱くなる右目を手で覆った。温度を増す瞳が、溶けそうなくらいに熱くなってもまだ止められない。

 もっと、もっと、もっと――町全体を透過(スキャン)するほどの力でなければ、いつまでも犯人は見つからない。


「エメルレッテ様、おやめになった方が……」


 イオの手を払いのけ、大通りを一通り見回した。スキル情報の載ったダイアログが現れては消え、次々と枠を塗りつぶしていく。


「っ……!」


 突如、頭に鋭い痛みが走った。


「もうおやめください!」

 

 強い声に集中が弾け、目の前が揺れた。ふらついた拍子に、鼻の下と唇を生暖かいものが流れていく。


「えっ……血?」

「エメルレッテ様!」


 鼻血が石畳に広がる中、イオの手が肩を強く掴んだその時――。


「……っ、このスキル……!」


 目に映る膨大な情報を少しずつ閉じ、ひとつだけ際立つ強スキルを残した。

緑の大地(グロウス・グラウンド)EX・レベル11】――対象がフィールドにいるだけで、森林エリアの自然回復効果を生み出す強スキルだ。ゲームではかなり重宝した能力の持ち主が、長い珊瑚色の髪をなびかせ振り返った。


「オマエは――」

「ナノ……? えっ、ええ!?」


 レベルはかなり低いが、これは使える――目を見開いているナノに駆け寄ろうとすると、イオの腕に阻まれた。


「落ち着いて、まずは止血しますから」

「おい領主の妻!」

 

 相変わらず2.5次元俳優並みのルックス――ナノは半透明の羽をはばたかせ、恐ろしい形相で向かってくる。


「やっと見つけた! いつまで私との約束を放置するつもりだ!?」

「約束?」


「ふた月前の」、と高圧的にこちらを見下ろすナノを見つめながら、思考を巡らせると――そういえば転生直後、彼がグロウサリア家の屋敷を訪ねてきたことを思い出した。『ゴーレムの森林開発を止めろ』――そう談判にきた彼を、「不幸イベント」だと追い返してから、もうそんなに経っていたのか。


「あ……え、ええと、その……」


 思わず目を泳がせると、ナノは組んでいる腕に力を込めた。


「『森を育てることのできるノームを、公費で雇う』――そう約束したな?」


 確かにした。忘れていた、と言える雰囲気ではない。しかしこちらも忙しかったのは事実だ。正直、ゴーレム族とエルフ族の問題は急務ではなかった。それよりも、乱暴者のロードンに対処したり、資材を盗んだ犯人を探したりする方を優先しただけで――流れる血をレースのハンカチで押さえつつ、「もう少し待って」と告げると。


「まったく……」


 ナノは大袈裟なため息とともに、沈みゆく夕陽へ視線を向けた。

 

「オマエの方が、あの引きこもり竜より多少はマシだ。姉さんから盗難事件のことも聞いている……だが、これが終わったらすぐに話し合うぞ!」


 意外だ。最初はあんなにしつこかったナノが、すんなり妥協してくれた。


「……姉さんがオマエに感謝していた。暴走を止めてくれたと」

「ミス・グラニーが?」

 

 なるほど。ナノがおとなしく引いたのは、そういうわけか――シスコン弟の姉へ、心の中で感謝した。とりあえず当分、ナノが騒ぐことはなさそうだ。


「……はぁ。こちらも()()()()()が発生して大変だという時に、盗難事件とはな」

「新しい問題?」


 盗難事件3件目は勘弁してほしい――そう願いつつ、ナノの言葉を待つと。彼は「狼だ」と吐き捨てるように呟いた。

 

「最近、我らの神聖な遺跡に狼どもが住み着いたんだ。エルフの森と遺跡は繋がっている……獣族なんかに棲みつかれたら、厄介だと思わないか?」


 狼、獣族――つい最近、そのワードを聞いたような気がする。ふとオレンジ色の地面に視線を落とし、沈黙を貫いていたイオを振り返ると。


「覚えていますか? 赤茶色の毛……その遺跡に棲みついた狼の毛は、いったい何色なのでしょうね」

「あっ……!」


 そうだ。ゴーレム族の倉庫でイオが見つけた、獣族のものらしき毛――繋がっている気がする。これは無視できない情報だ。


「明日、さっそく遺跡を調べに行きましょう」

「……我らの森に入るのは構わんが、神聖な遺跡を荒らすなよ」


 終始無愛想だったナノと別れ、ひとまず今日は屋敷へ帰ることにした。ギルドの宿泊施設に滞在するイオは、わざわざギルドを通り過ぎ、丘の上に立つ屋敷の門前まで送ってくれた。


「ではまた明日……ギルドで待ち合わせですわね」

「ええ、おやすみなさい。旦那様と和解できると良いですね」


 まったく、どの口が言うのか。

 ただ今回の件は、イオだけのせいにはできない。ドラグの妻として、きちんと向き合わなければ。


「おおっ、奥方殿! 身体は平気かの?」

 

 溺れたことを気にかけているのか、人を驚かせることが大好きなショタじじ吸血鬼は、いつものように上から降ってくることはしなかった。

 玄関先に出迎えてくれたのは、アレスターだけ――。


「……ドラグ様のご様子は?」


 アレスターは笑顔を保ったまま、正面階段を振り返った。

 

「あやつなぁ。帰ってから部屋にこもりきりじゃ……昼頃に、あんな堂々と屋敷を出発したのじゃが」


 以前アレスターに話した、「推しのドラグ様」の情報を聞き出したドラグは、アレスターの演技指導を受けて屋敷を出たという。


「『強引』で『勇ましい』ドラゴン、あやつはお主の推しに近づけていたか?」

「まぁ……そうですわね」


 きっと推しが擬人化したら、ああいう風になるのかもしれない。しかし――。


「ドラグ様は、あのままで良い気がしたのです」


 他人と話すときは視線が合わず、黒いオーラをどんよりと纏った、竜人らしからぬ彼。それでも私は知っている。意外と人のことを見ていて、ホットミルクを差し出してくれた彼の優しさ。自分も怖いのに、ロードンから私を守ろうと奮い立つ勇気。そして何より、ここまで隣にいて支えてくれたのは、「推し」ではなく(ドラグ)なのだ――。


「うむ。それを直接言ってやれ」

「でも……」


 小さくも力強い手に押され、ドラグの部屋の前に立たされてしまった。しかも「奥方殿がお越しじゃ」、と扉を叩いたのだ。


「ちょっと、アレスター!」

「……エメルレッテさん?」


 中から響く、少し枯れた声に胸が小さく鳴った。

 怖い。でも、言わなければ――。


「あ、あの、ドラグ様……」

「……いいんだ。もう、ここまで来たら……最後の手段に出るしかないかなって」


 最後の手段――物騒な言葉に、頭が締め付けられた。


「……心の準備が必要なんだ」

 

 気がかりな言葉を残したまま、それ以上ドラグの声は聞こえなくなった。


「最後の手段……心の準備って?」


 嫌な予感がする。まさかシオンを出ていく気なのでは――扉を叩いても、声をかけてもドラグの反応はない。頭と胸を不安が占めたまま、扉の前で立ち尽くすしかなかった。

 このまま夜を明かして、本当に良いのだろうか――。

次回:追い詰められた夫竜の、最後の手段とは…?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ